抗争開始
その日の夜。やたらゴツい護送車によって、大量の能対課が前線へと送られていた。ほかにもフリーの魔術師もいる。ギルド登録していた人も多い。
「ゲッ、五十嵐……」
「やあ、また会ったね三鷹くん」
見た瞬間に鳥肌が立った。相変わらず、視線が目ではなく下の方に釘付けになっている。
「あ、あんたもいるのか」
「言ってただろ?何か動きがあるって」
「……そんなこと、言ってたな」
「まさか、『闇夜の騎士団』と『赤』の全面衝突だとは思ってなかったけどね」
「け、ケイに近寄らないでっ!」
「そんなこと言わないでよ、かえでちゃん」
「ひぃっ!」
どうやら楓も苦手意識を植え付けられてしまったらしい。嫌がり方が尋常ではない。
この前里村をドン引きさせたにも関わらず、エステサロン五十嵐の経営は順調らしい。始めて一月程度しか経っていない。しかもエステサロンにしてはボッタクリの価格設定なのに、初期出費を考慮しても余裕で黒字なのだとか。とはいえそもそも設備もほぼベッドだけなので、赤字になる要素がない。
「『水よ』、『凍れ』」
「あぅん、ひんやり気持ちイィ」
ジリジリと近付こうとする五十嵐を、椅子ごと強制的に氷漬けにしておいた。
今回いるのは、五十嵐だけではない。他にも以前あった人は多い。
例えば、護送車の一番角で俯きながら何やらブツブツ呟く男は、『無力』河内武司。四ツ橋のパーティ中も近寄り難いオーラを放っていたので話はしなかったが、あれでもギルド登録はしてくれている。
五十嵐の前を見れば、そこにいるのはつい最近『銃火』と二つ名をつけられた日村重吾。彼は銃遣いなのだが、後ろに背負う鞄にはそれ専用のアイテムが入っているようだ。
あいにく、彼はギルドには登録していない。能力バレを避けているらしい。暗殺やスパイなどを専門にしているため、情報の流出に対してかなりの警戒を示していた。
ただ、話しかけてみれば、少しキザっぽいが意外といい男だった。
それにしても、人が多い。
「ねえケイ。本当に、こんなに人いる?」
「……要らないんじゃね?」
総勢二、三百人はいるのではなかろうか。
今回の作戦については、葛西からある程度の話は聞いた。どうやら全員にイヤホンが配られたようで、これで指令を受け取るらしい。
ほぼ全員に行き渡っているようだったため二人も受け取ろうとしたが、なぜか手が止まった。
そして、よくよく考えれば自分は適当に行動していい立場だったことを思い出し、受け取りはしたものの耳にはつけないでおいた。
「……フリー組が犠牲にされないように、祈っておこうか」
「どういうこと?」
「終わってから話そう。聞くと気分が下がるからね」
周りを見る。今回フリー組はそれなりの報酬を提示されている。いつものようなボランティアではない。
そのためどこか明るい雰囲気も感じられた。
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行く先では、すでに激しい音が響いていた。どうやら『闇夜の騎士団』と『赤』はもう衝突しているらしい。今から行くところは、『赤』の最重要拠点の一つらしく、それを『闇夜の騎士団』が攻勢を仕掛けたという形だ。
少し離れたところに車が止まり、能対課、野良共に素早く外に出て駆け出す。その姿を、圭と楓はボンヤリと見送った。
「しかし、よくこんなところに拠点があるなんて分かったな」
ここは都心からかなり離れたところに位置する。『赤』に関する情報は袴田が知らないはずがないため、『闇夜の騎士団』側から流出したのだろうか。
少し経つと、二キロくらい先に、巨大な爆煙が上がるのが見えた。今までの戦いの音とは迫力が違う。それが誰の攻撃かは、二人には考えるまでもなかった。
「さすが竹岡さん。火力が違う」
竹岡の魔術は、かなり特殊だ。異常な量の魔力を有しており、普通の魔術を使うだけなのにその何十倍もの威力を出す。その規模は本人でもなかなかコントロールできないらしく、目立つ攻撃を見ればまず彼女だろうと予測された。
狼煙のような噴煙を見て、楓が圭に問いかける。
「ケイ、私たちも行かなくていいの?」
「……行きたい?」
「なんか、ほら、いたたまれない空気になりそうだと思わない?」
「確かに」
ランク6のくせに、何もしていない。こう悪評を立てられるのは少し嫌な気持ちになる。
仕方なく、身体強化をしてその場を走る。楓も遅れずそれに連れ添った。
二キロなら一分もかからない。あっという間に二人は戦場にたどり着いた。
「なるほど」
木の上から一度様子を窺った圭はポツリと言葉をこぼす。戦局としては、相変わらず能対課が蹂躙していると言ってもいいだろう。
誰が『赤』で誰が『闇夜の騎士団』かは分からないが、手当たり次第に捕縛または殺害している。
その中には木の皮を剥いで何人も拘束する葛西と、何種類もの魔術を駆使して人を倒す綿貫の姿も見えた。
「……必要なさそうだけど、最高幹部が出張ってるらしいしなあ」
木の下にいる楓の元へと移動し、拠点らしきものを見つけたことを伝える。そして、楓には待機するように伝えた。
「楓は待ってて。ちょっと中覗いてくるから」
だが、楓は首を振った。
「イヤよ。私も行くわ」
「いや、今回はランク6もいる。敵も強い。楓じゃ、力不足だ」
「ダメ。行く」
「楓、自分の力量を過信しちゃダメだ。それくらい、分かってるだろ?」
そう言うと楓はシュンと肩を落としたが、それでも圭へと懇願した。
「私も、行かせて。もしかしたら『死霊』がいるかもしれない。私なら役に立てる。それにこんな場所にいたら、外だろうと中だろうと何かしら巻き込まれるわ」
『死霊』というフレーズを聞いて、戦場に目を向けた。二つの組織のぶつかり合い。どちらがどちらかわからない。だが、死体がいるとなれば話は別だ。
「……探知、してみてくれ」
「ええ。『捉えろ』」
楓が魔術を唱えると、両手大の赤い魔法陣が現れ淡い光を放つ。
それが消えていくのと同時に、楓の探知が全方位に拡散した。
「っ、」
人数が人数だ。ここまで多いのは初めて。今までにないくらい多くの情報量が頭に入ってくる。
だが、探知した結果は、それどころではなかった。
「楓、どうした?」
「いち、に、さん……」
目は圭ではなく、戦場ど真ん中へと向けられていた。
「澱んだ反応が、たくさん……」
「な、なにっ……」
指の数では到底足りない。何人も、何人も死体が戦っている。
倒され、致命傷を負っても立ち上がるその姿ははっきり言って異常。
それが何人も。
「ここ、死体だらけだわっ!」
実際のところ、『闇夜の騎士団』のほぼ全てが、『死霊』の魔術によって息を吹き込まれた死体だった。
こうすれば、『闇夜の騎士団』側は被害はほぼゼロだ。ランク6級は同じレベルの相手をぶつけるつもりなのだろう。
この死体による人海戦術のせいで、力では押しているにもかかわらず『赤』の方がジリジリと追い詰められていた。
しかもそこに能対課の登場。拠点を守る側としては、あまりにも敵が多すぎる。
現状は、『赤』が圧倒的に不利だ。
それを二人は理解してしまった。
そして、この戦場に『死霊』がいる可能性もおおいにある。もしかするとこれはチャンスかもしれない
「どうする?」
「どうするって……死体に関しては本体を倒すのが手っ取り早いけど、この状況でできることは……」
圭は主戦場となっている方を見た。
そこでは竹岡と『重厳』真田権蔵の二人が暴れまわっており、『死霊』の操る死体程度なら瞬殺されていた。
あの二人もこの戦いの異常性には気がついているようで、重傷を負ってもなお立ち上がる者は、竹岡は特大の炎魔術で、真田は圧力でバキバキに身体を破壊して処理していた。
「……いるかな、これ」
とはいえ、敵方の主力はまだ見えない。それに、死体をいくら倒しても、『死霊』のところまではたどり着けない。
「いいの、ケイ?……たぶん、『記憶』もいると思うわ」
「『記憶』……あの人か。対面したいのは確かだけど、あの人とはまた近いうちに顔を合わせることになると思う」
「それはどういう……」
「だから、これが『死霊』の仕業と分かっている以上、そっちを探す」
「……分かったわ」
それ以降は無言で、二人は姿をくらました。
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二人が姿を消したタイミングでは、地上では能対課の圧倒的なワンサイドゲームになっていた。これは能対課の面々が優秀であるのもあるし、野良組をかき集め人数を大幅補強したという要因もある。
すでに死霊術によって操られている死体に対しては『最強』側から指示があり、肉体の切断など、身動きを取れないように欠損させるように動いている。
『赤』に関しては、ランク5クラスなら何人か出ているが、肝心の中心人物は出ていない。押されているのを察して篭城戦へと移行しつつある。
この状況で、竹岡は耳に手を当てながら『最強』の指示を聞く。ランク6である竹岡、真田にはまた別端末が用意されており、状況に応じて局面をひっくり返す動きを狙うことになっている。
ここで『最強』の司令は、火力がありすぎる竹岡をあえて先行させた。
『施設に侵入しろ。アイツも連れて行け』
「了解した」
ここに『死霊』が絡んでいるのは分かっている。『闇夜の騎士団』のほぼ全てが、『死霊』によって操られた死体だ。そのため、事実上『赤』のみが多大なる被害を被っている。
それには少し気にかかったが、現状幹部クラスの敵はいない。過剰戦力になっている竹岡は、幹部クラスを倒すべく山の中腹にひっそりと建つビルへと侵入していく。
斬り込み隊長の意味合いも持つ竹岡の状況を手合いに、地上組が『赤』のアジトへとなだれ込む予定だ。
それにもう一人、黒い尾を引いたような人間が竹岡に連れ添って入っていった。
そして、それを見る者がいた。
「『五属』確認」
片方は身長も小さく夜空に輝く銀の髪が目立つ少女。彼女の幼いながらも整った顔立ちは、ピクリとも変容しない。
その隣で気負う様子も見せない男は、木の幹に体重を預けていた。
「ミモザさんよぉ、そんで、俺は誰を狙えゃいいんだ?」
「ナクモは『韋駄天』。『重厳』へ誘導」
「アイツかよ。早えから嫌なんだよな……分かった、分かってるよ」
次々と襲い来る死体のはるか奥で、二人は様子を窺っていた。
「それとアイツは?いるらしいじゃねぇか、『奇術師』もよぉ」
「見えない。姿を隠している、もしくは来ていない」
「なんだ、見えねぇのかよ。あんたと何か因縁ありそうだったじゃねぇか」
「それは、知らない」
「あっそう。まっ、アイツぁ器用だからな、隠れてんだろぅよ。どんな手使うか分からねぇし、俺はアレとの戦闘はゴメンだぜ」
オーバーなリアクションを見せるナクモに対し、ミモザはほとんど表情を見せない。
「んで、死体スキーさんはどこよ」
「知らない」
「仮にも『記憶』なら覚えとけよ」
「知らない」
「……ああ、そうかい。まあ俺も知らねぇしな」
何やら饒舌なナクモをただただ冷たい目で一度を見てから、詠唱なしで魔法陣を浮かび上がらせる。魔法陣が赤く光り始めると、ミモザの姿は虚空に消えた。
「……チッ、分かってらァ」
ナクモが大きく舌打ちをすると、ミモザを追うようにしてその場から姿を消した。




