作戦とやらの外の話
ふつふつと怒りが込み上がる。
圭は楓と一緒に、以前も入ったことのある作戦会議室の外で、壁に背中を預けていた。
「……なんで、こんな時に『闇夜の騎士団』と『赤』が衝突するんだよ。しかも、幹部クラスが出張るなんてさ。もはや紛争じゃん」
「……私、魔術の修行を続けたいわ」
「それなら例の『最強』さんに言ってくれ」
里村春海の護衛を2週間程続け、ようやく見つけ出した『死霊』のいる拠点。そこを狙うのを放棄して作戦に加われと言われてしまった。
拒否することも可能だが、さすがに圭も『死霊』に一人で行きたくはない。真正面から飛び込めば、死体に物量で押し殺される。
因縁の組織が関わっているということもある。協力してほしいと言われれば協力はするが、それでもせっかくの成果を台無しにされた気分だった。
今回、国内二大巨頭の犯罪組織がぶつかり合うことになり、至るところから人が集められている。能対課でも各支部から数人派遣されており、その中には馴染み深い葛西や、楓の因縁である綿貫浩紀も混ざっていた。
「白川くんと黒井くんは来てない、と」
「お、三鷹かぁ。なんだか久しぶりだな。お、楓ちゃんもおひさ」
「葛西さん、お久しぶりです」
無精髭をこさえたどこかやる気のない風貌で、葛西は二人に話しかけてきた。
「白黒コンビは?」
「留守番だ。ま、今回はあの二人には荷が重い」
「そっか、弱いものね」
「おいこら楓、最近調子乗ってるだろ」
「い、いふぁい、ひっふぁるあぁ」
得意げな楓の両頬をつまむ。相変わらず柔らかい頬は、簡単に広げられた。
「ふぉ、ふぉあっ!」
「んぉっ?っと、」
仕返しのつもりか圭の頬をつねろうとするが、残念ながらリーチが足りない。
ゲシゲシと脚で蹴るのを軽くさばいて、両手で持っていた頬をピンと弾いた。
「い、痛いじゃないっ!」
「お仕置き」
その様子に、葛西の隣にいた少年が笑う。見た目は強そうには見えない。むしろ人によっては庇護欲まで出るかもしれない。どこか中性的に見える彼を見て、思わず「男の娘」というフレーズが湧いてしまった。
「あはは、いいなあ」
「……えーっと、誰?」
「綿貫浩紀です、師匠。よろしくお願いします!」
「は?」
勢いよく90度に下げられた頭を見て困惑する。顔も見たことがないのに師匠と言われても困る。
「師匠って、なんぞ?」
「それはもちろん、神城学園でいろいろと教えてもらったからです!」
「あ、あー……そんなことあったっけか。綿貫ってことは、楓より強い人?」
「なーに、その言い方。嫌味?」
「イエス」
「ふんっ」
「あだっ!?」
手加減なしで足を踏まれ、思わず声を上げる。少しご立腹な楓を宥めてから、この綿貫浩紀という少年を改めて見た。
「優秀だと聞いたけど、葛西さんホント?」
「ああ、ランク5でも通じるだろうな」
「マジか、めっちゃ強いじゃん」
楓から聞いた感じでは、超万能型らしい。属性魔術も複数使いこなし、接近戦も素養はある。そして何よりその魔力。その量は圭の何十人分にもなるようだ。
今まで魔力の扱いが下手だったが、圭が特別講師をしてから急に伸びてきたとのこと。
人のことを言える口ではないが、こんななよっとした覇気のない男がそれほどの強さだとは思えなかった。
「バーカ、三鷹の方が意味わかんねえからな?」
「ありぇなんでぇ?」
「魔力も大したことねぇのに、なんでランク6たちと渡り合えるのか、俺には分かんねぇ。この一年、結局さっぱり分からんかった」
「やだなぁ、ただちょっと器用なだけですよ」
「ちょっとですまねぇからこんなんになっちまってんだろうが……」
そんな会話をしながら、二人は何かを言い合う同級生に目を移した。
「綿貫くん。あなた、図々しいわ」
「ほぇ?」
「ケイの弟子は、わ た し だ け!なの!」
「そんなことないです。僕だって師匠から学んだんだ、師匠の弟子と言ってもいいはずです」
「ちょっっっと強いからって調子に乗って。私はあなたたちみたいに学園でぬくぬくしてきたわけじゃないんだから。あの特別講師なんて、暇つぶしよ。ひ、ま、つ、ぶ、し。ねっ!」
キッと鋭い目つきで圭を睨む。その迫力に久々にたじろいでしまった。
「ぼ、僕?」
「だって、綿貫くんが、……コイツが、ケイの弟子とか言うんだもん。そんなことないよね?」
膨れっ面を見せる楓にため息をつく。
この綿貫は確かに圭の魔術を見てから急激に成長した。
だが残念ながら、死にかけてはいない。
「ふふんっ、綿貫くん。あなた、何度死にかけたことがあるかしら」
「し、死にかけた?」
「そうよ」
「えっと……分かんない」
「そう。私は、762回よ」
「ゲホッ、ゲホゲホッ」
思わず咽せた。妙にリアルな数字を言われては動揺もする。これはある意味殺しかけた回数でもあったりするのだから。
まあ、二人の間の信頼のおかげで、幸いにも命に別状はない。
「おい、楓。盛るな、てか、そんなこと喋るな」
「だって、綿貫くん……コイツ、ケイの弟子のこと、ぜんっっぜん知らないんだもん」
「……めんどくせぇ」
二人のやりとりを見て、綿貫が何かを懇願するように圭の方を見てきた。
どうも、弟子という肩書に憧れを抱いているらしい。
「葛西さん。あなたの弟子ということにしておいてください」
「アホか。んなことで終わるか」
それからもどこか子供じみた言い合いをしている二人にため息をつき、壁にもたれて天井を見た。
里村春海に関しては、問題はないだろう。今回の行動に際して、能対課の中に待機してもらうことになっている。楓の探知では死体はいないようだったので、この際任せることにした。
「『闇夜の騎士団か。てことは、アイツも来るのか」
思い浮かべたのは、死にかけのナクモを連れて帰った女、『記憶』ミモザ。あの女の存在は、最も不愉快だった。
そして『死霊』。こちらもいろんな意味で嫌いな存在だ。他にも、身体能力オバケのナクモもいるし、『赤』の方にもランク6級はいる。
視線を天井から下ろして、興味のない作戦会議室とは逆方向を見る。
今回は相当大規模な戦いだ。フリーの魔術師たち、いわゆる『野良』もたくさんかき集められた。
総勢500はいる。こんなに必要なのだろうか、そして自分は本当に必要なのだろうかと考えて、まだ言い合いをしている二人に目を向けた。
竹岡は圭の力を借りたいと言った。因縁もある、協力するのもやぶさかではない。だが、それは本当なのか。
指先の上で小瓶をクルクル回しながらため息をつく。
「んぉ?三鷹、そりゃなんだ?」
「これですか?あー、えっと……オキシドールですね」
「はぁ?なんでそんなもんを」
「それは企業秘密です」
ニヤニヤと笑う圭を見て、今度は葛西の方がため息をついた。
「んじゃ、俺たちは中に入る。三鷹と楓ちゃんはどうすんだ?」
「僕も行きますよ。聞いておいて損はないでしょう」
「おう。……楓ちゃん、大丈夫か?」
葛西が心配そうに楓を見る。その頭は、ガッチリと圭の手に掴まれていた。
「痛い、痛いって!」
「子供みたいな喧嘩するんだったら時間の無駄だ。テンプレあげるから大人しくしてて」
「え、ホント?ならいいわ」
あれだけ綿貫に敵意剥き出しにしていたはずなのに、魔術の特訓ができると聞いてアッサリと態度を変えた。
「なあ、楓。なんか幼児退行してない?」
「っ!……してないっ!」
圭に言われて一瞬なにかを悩んでから、顔を赤くして叫んだ。それに肩をすくめ、葛西とともに作戦会議室へ移動する。
そして、入室する前に、圭と楓は能対課の一人に止められた。
「ここからは能対課以外の人は侵入禁止です」
「はぇ?」
唐突に二人の前に立った大柄の男が圭を見下ろす。どうにも威嚇されている感じで気まずい。
「あの、竹岡さんに協力を依頼されたのだけれど」
「だめです」
「いちおう、ランク6なんだけど」
「だめです。例外は認めないとの指示です」
「えぇ、なんでぇ?」
ちらりと葛西を見るが、彼もこの件については初耳らしく、明らかに困惑していた。
「ま、まあ後でできる限り教えるからよ。二人ともどこかで時間でも潰しておいてくれ」
「……まあ、いいか。じゃあ葛西さん、お願いします」
なぜ能対課のみなのかはよく分からない。それに、『最強』織田正樹の姿を見れなかったのも心残りだ。だが断られたものは仕方がない。騒ぎを起こさないように、圭はしずしずとその場を退いた。
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「あの人を倒したいわけか」
「そうなの。腹立たしいことこの上ないわ」
「それって、負けたことの腹いせじゃん」
「いいの。近いうちに、リベンジしてやるんだから」
「あー、はいはい」
途中自販機で水を何本か購入してから、能対課本部に備えられた修練場に顔を出した。
「おおっ、広い!」
無断というわけではない。ちゃっかり竹岡に許可をもらっている。
今までの能対課の作戦を考えれば、野良は必要ない。大方の人は、いれば儲け物、と考えているだろう。
ならばなぜ能対課だけの戦力じゃ足りないのか疑問ではあるが、何かしらの理由があるのだろうと考えていた。
「今日は『重ね』をやりたいわ」
「いいけど、難しいよ?」
「習うより慣れろ。この前魔法陣の構造解析しようと思ったけど、さっぱりだったわ。屈折の魔術から理解した方が簡単だったのよ」
「ふーん、なるほどね。じゃあ何がいいかな……」
ここで、楓がせがむ魔術はもう決まっていた。
「あれ、あれやりたいの!灼熱の魔術!」
「あれかぁ。いいよ、じゃあ魔法陣渡すね」
灼熱の魔術。楓は『灼炎』系統の魔術をそう呼んでいた。
これは楓が初めて見た『重ね』た魔術。対瓦田戦の時に見せた、凄まじい威力の魔術。今でもそれは脳裏にこびりついて離れない。
初めて見たからこそ、初めに習得したいと思っていた。屈折の魔術を先に覚えてしまったが。
他にも、二詠唱で覚えたい魔術はいくらでもある。少しずつ応用編に入っていくこの魔術特訓に、楓はいつもの通り目をキラキラさせていた。
魔法陣を受け取り何か唸り続ける楓を見ながら、頭の中でぼんやりと考え事をする。
テンプレ魔術の学習も、順調以上に進んでいる。完全な理解までは届いていないが、魔法陣についても理解しつつある。もうそろそろ認めてもいい頃だろう。
そんなことを考えていると、楓が魔法陣を手にかざしたまま声をかけてきた。
「ねえケイ」
「ん、なに?」
「私ね、ケイの記憶の中にある異世界について、話を聞いてみたいの」
「……いいけど、なんで?」
「なんとなく」
楓は魔法陣を覚えるのをやめ、アッサリと灼熱の魔術を放つ。もう完成している魔法陣だ。使えばすぐにその効果は発動する。
「いろいろ気になるけど、何から聞こうかしら」
「異世界のグルメとか?」
「なにそれ気にな……るけれど、それじゃなくて」
「じゃあなにさ」
漠然とした質問には、範囲が広すぎて答えられない。どんなところだと聞かれても、ファンタジーみたいな剣と魔法の世界としか言いようがない。
「じゃあ、これ。向こうの人たちは、どんな力を持ってたの?」
「力?」
「そう、力。だって、魔術だけじゃないんでしょ?」
「ん、ああそうだね。力か……」
力と言われるといくつか種類がある。が、代表的なものと言われると、身体能力、魔術、能力の三つだろう。
「あっちの世界だと、普通は魔術も能力も両方持ってるんだ。だから、魔術を前提としていかに能力で敵の隙をつくか、みたいな感じだったなぁ」
こちらの世界とは能力の傾向にも差がある。魔術を前提としたものが多かった。
例えば、最も優秀な能力の一つは、魔力増強だった。これだけで他の人より魔術の威力は格段に上がる。
他にも、ある魔術に異常に突出する能力も重宝されていた。
その代わり、ハザマのような科学よりな能力は少ない。あったとしても、その効果が分からなかったのかもしれないが、少なくとも圭は見たことがなかった。
「ふーん、他には?勇者とか」
「勇者と魔王はちょっと特別な存在でね、その二人だけ、直接大神から力を得ている。魔王は書き換える力。勇者は修正する力。だから、魔王は勇者以外が倒しても復活してしまう。逆に勇者ならどんなことがあっても倒せる。そんな感じ」
以前圭は、魔女の弟子から見れば勇者魔王物語は面白くもなんともないと言ったことがある。
これは、どんなシナリオを描こうとも結果は同じだからだ。
何があっても、これが繰り返される。それを教えられる。
それゆえに、力を持つ弟子たちは魔王に興味を示さない。実力だけなら魔王より上の人だっていた。
「勇者と魔王、か。なんか不思議、ただの物語にしかおもえない」
「まあ、あくまでもケインの記憶だ。本当にあったかどうかは分からない。でも、そのおかげで魔術が使えるようになったんだ。あるんだろうさ」
圭と似たような性格で、塔から追い出されてからも学園で自堕落に過ごしていた日々だった。ある日突然呼び出されるまでは、本当になんにもやる気がなかった。
そんなことを思い出していると、楓がさらに聞いてきた。
「じゃあ、神様は?」
「神、か……」
圭は神の存在を信じていない。しかし、ケインは神様と接したことすらある。
「神ってのは、主に神話時代に世界に能力をもたらした人たちだ。もともとは一柱だけだったけど、勇者魔王物語の影響で世界に広がりすぎた神の力による副作用をなくすために、世界を作り替えた」
「……何言ってるか、さっぱり分からない」
「だろうね。まあ、向こうの世界では神様は沢山いる。その影響で、加護なんかも得られるんだよ」
「なんか、便利そうな言葉」
「そうさ。神様に熱心に願えば、加護をもらえる、かもしれない」
「かもしれない?」
「時と運次第。まあ、大半の人は得られない。てか、そもそも神様ってのは曖昧すぎてなぁ」
どちらかと言えば、神様というより、人間より一段階高次元の存在となった。と言った方がいいかもしれない。
「ほかに、何か聞きたいことある?」
「えーっとね、それじゃあ……」
ある意味、まともに異世界の話をまともに話したのは初めてだったのかもしれない。くだらないことや、面白かったこと、向こうの世界がどんな景色でどんな環境だったのか、楓に聞かれる限りで全て話した。
「最後二つ。ケイの使命は、なに?」
「使命……よくそんなこと覚えてたな」
「それは、覚えてるわ。あんなこと言われたら忘れられるわけないじゃない」
「まあ、そうか」
とは言っても、圭自身にもその使命は分かっていない。おそらく意味はあるんだろうが、思い返してもさっぱり分からない。
「分からん。もうすぐ一年だけど、結局分からずじまいだ」
「どうせそうだろうと思った。じゃあ、……」
そこまで言いかけて、楓は口を閉じた。
二人の視線がぶつかり合う。
「やっぱり、やめておくわ」
しばらくの沈黙の後、二人は何も言わずに鍛錬へと戻った。