死霊術師は置いてけぼり
琴桐楓は里村春海の部屋でソファに座り、ブツブツと何かを呟いていた。
「魔女仕込みの魔術は詠唱の順序は関係ないのね……完成形に必要な要素をはめ込む。屈折の魔術は『光』と『曲がる』の二つの要素を同時に展開させ、それを混ぜた魔法陣を構築……あー、分からんっ!分かるかぁっ!!」
「あら、どうしたの楓ちゃん」
「勉強中、な、の!」
「受験は終わったって聞いたけど」
「んなことより、重要な勉強よ!」
里村が緻密な細工を施されたガラステーブルの上に置かれている、何枚もの紙を見る。
そこには大小合わせていくつもの魔法陣が描かれていた。
「これは、なあに?」
「魔法陣よ。魔術を極めるには魔法陣への理解が必須なの。だけど、『重ね』のせいで要素が分散してうまく構築までたどり着かないのよ」
「へえ、よく分からないけど難しそうだなあ」
「ええそうよ、とんっでもなく難しいわ。でもとりあえず、屈折の魔術のおかげで二種類の魔法陣分散は覚えられたわ。まだオリジナル魔法陣の展開はできないけど、今のうちに理解しておかなくちゃ」
魔法陣の構築には主に二種類ある。
一つはテンプレ魔術。人は自然と最も効率の良い方法で魔術を使おうとする。習得方法なども画一すれば、ほとんど同じ魔法陣が構築される。
学園生の魔術もそうだし、圭から渡してもらうテンプレ魔術もこれにあたる。
二つ目は、オリジナル魔術。テンプレ魔術とは違い、やり方次第で操る要素は無限大。
例えば圭の場合は、複数のテンプレ魔術を重ねることで、簡単にオリジナル魔術へと昇華させている。
この方法のメリットは、いちいち何個もオリジナル魔術を覚える必要がなくなることだ。かなり簡単に、しかも広い応用範囲で、オリジナル魔術を作ることができる。
その代償として、咄嗟の反応ではオリジナルに昇華できないという弱点もある。二回展開させる必要があるからだ。そのため、圭は戦うときは慎重に機を読んで戦っていた。
さらにこれには、魔法陣に対する完璧な理解が必要だ。
楓が知る限りでは、圭は魔術を四回まで重ねていた。おそらく魔力を無視すれば五回六回でも可能なはずだ。
だがそれは、それだけ重ねる場合の魔法陣構成も理解していることになる。
正直そこまで覚えられる自信はない。
ひとまず楓も、ある程度までは同じようなことができるようになりたかった。
「魔法陣の展開は写真で送ってもらったけど、なんでここまで複雑怪奇なのよ。腹立つっ!」
だが、どうもうまくいかない。まるで絵のないジグソーパズルを作り上げているみたいだった。
そんな姿を見た里村が、ワインボトルとグラスを二つ取ってきた。そしてスクリューを使いコルクを引き抜く。二つのグラスに二割ぐらいだけ赤いワインを注ぎ、片方を楓の前に差し出した。
「まあまあ、ワインでもどう?」
「私まだ十八!」
「あ、そうだったっけ。大人っぽいから忘れちゃってた」
「……はぁ」
知恵熱を出しそうになった楓は、グラスを押しのけて大きく深呼吸する。
護衛は順調だ。2日間で二人襲撃してきたが、二人とも撃退している。両方とも生前は強かったのだろうが、大して苦戦もせずに焼却した。
圭の言った通り、本当に楓でも倒せる程度の力量しかなかった。
圭を見た瞬間に冤罪を擦りつけるつもりだったのだろうが、その場にいたのが楓だったせいで、罪の偽装はできない。
楓は知らなかったが、命令では「『奇術師』に罪を擦りつけろ」となっていたので、楓に対して変なことはされなかったのだ。
そして、焼却したことにより、相手は護衛は楓が行なっている、という情報を得られない。探知魔術によって他の死体の位置も把握している。気付かれるようなヘマはしていない。
「だいたい、この護衛だって不本意なんだからね」
シャーペンの先を隣に座った里村に向ける。
「ケイがあなたの護衛をするのが気にくわないから変わったけど、……普通こんなに戦うものじゃないのよ」
「あらあ、ごめんねっ」
「はいはい、ぶりっ子ぶりっ子」
里村は運と容姿だけで有名になったわけではない。彼女は演技が非常に上手い。いや、演技とはいえないだろう。時と場合によって、自然と人格が変わる。無意識のうちに、ごく自然にだ。
ある意味天性の才能を持つ彼女は、当たり前のように女優としての地位を確立した。
それが、楓は気に食わなかった。
絆された圭と、懐柔しようとする里村を見て、女の勘が危険信号を知らせていたため、少し強引に交代したというのもある。
「そういえば、探知魔術?って、ずっと使ってるの?」
「……ほぼずっとよ。並列魔術の練習も兼ねてるから」
「すごいなあ、いいなあ。わたしも魔法、使ってみたいなあ」
「無理よ。あなたには魔力はな……」
一瞬、言葉が止まった。
なんとなくだ。
なんとなく、魔術は誰もが使えるべき存在だったと感じた。
だが、それはあり得ない。みんな使えるようになるなら、とっくにそうなっている。
「いえ、なんでもないわ。諦めることね」
その一瞬を見極めた里村が楓に抱きつく。
「あ、ねえっ、いま何か思ったんでしょ!ほらほらお姉さんにも教えなさあい」
「く、くっつかないでよっ!離れなさいよ!」
しばらくのすったもんだを経て、光の魔術で目を眩ましてから脱出した楓は、慌ててあてがわれた部屋、圭の使っていた部屋に逃げ込んだ。
椅子に座り天井を見る。
先程言い淀んだ時、今まで気にも留めなかった異世界について、なぜか唐突に知りたくなった。
そういえば、気になることはいくらでもある。あっちの世界にあるのは魔術だけではない。能力もあったし、神もいたらしい。
そして、圭の中に存在するケインの記憶は、なんらかの役割を持っているらしい。
だとすれば、役割が終わった時、圭はどうなるのか。
そもそも役割とはなんなのか。
今更ながら、それを知ることが必要なことに気がついた。
「……とは言っても、ケイも知らなかったみたいだし。今度、異世界のこと聞いてみようかしら」
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一方、圭と袴田のコンビは、『死霊』がいる『闇夜の騎士団』の拠点へと辿り着いていた。
「地下か。どうする?」
「……中田さん、連れてきますか?」
山の中の一部にコンクリート製の小さな入り口。
いったいどうやったらそんなところにアジトを作れるのか疑問に思ってしまう。
「泣いて嫌がるな、アイツは。なにせこの中は、確実に死体だらけだ。それに、なんとなく嫌な予感がする」
「ですよねぇ……僕も、嫌ですもんこの感じ」
姿を隠して様子を窺えば、追跡した死体の他にも何人も何人も拠点に入っていく。彼らは例外なく、一般人のように背筋を伸ばしたまま歩いていた。
「死体操ってんだから、もっとゾンビっぽくしろってんだ」
「世の中そんな甘くはないみたいですね」
しかし、それ以外には何も動きがない。音も聞こえないし、様子を窺うにしても情報が得られない。
「だがまあ、簡素なルートは書ける。ちょっと待ってろ」
屈折の魔術で姿を隠した状態で、袴田は紙とペンを取り出した。そして、『追跡』の能力で簡単な地図を構築していく。これを何回か繰り返し、移動ルートは確認できた。
「ほらよっ、」
「うわぁ……そんなに広くない?」
「かもな。操られているならどちらにしろ最短ルートでの移動だ、他の場所は分からねえ」
「普通に考えて、最高幹部なら一番奥にいますよね。前の無上山の時とおんなじくらいの規模に見えるなぁ」
「そんときはどんな感じだった?」
懐かしい話だ。
名前は知らないが、課長の言いつけで特攻役に指名された。
最終的にハザマは圭が倒したのだが、それは葛西以外は知りもせず、逃げ出した役立たずと罵られた。
「大きめの洋館でした。そこにいたメンバーは大したことはなかったですが、例の『剛毒』が現れました。いやー、懐かしい。ハザマは戦った敵としてはすんごい好きなんですよね」
「……いや、んなこと知らんわ。てか、おまえ『剛毒』とも戦ってたのか。つくづく運のないやつだ」
「それは言わないお約束です」
シガレットを取り出そうとした袴田の手を止める。
匂いは厳禁だ。
そして、圭は入り口部分を指差した。
「見てください、今度は出ていきますよ。……ん?あいつ、指名手配されてたやつですよ」
「ん?……指名手配っつっても何人もいるからな、そこまで覚え切れてねぇんだ。『死霊』の件といい、よく覚えられるな三鷹は」
「まあ、一時期漁ってましたからね。それに、記憶力だけはいいんですよ」
「その記憶力、半分だけ分けてくんねぇか?」
「自分で伸ばしてください」
とはいえ、そこで捜索は打ち止めだ。今日か明日には大規模人数で能対課が突入するだろう。
ランク6『五属』竹岡は、能対課でも矢面に立つ人物だ。その生真面目で真摯な姿勢が、周りからの尊敬を集めていた。
「竹岡さん、見つかりましたよー」
朝がけに警視庁へと向かった圭は、竹岡と面会する。若干寝不足で欠伸をしながら、立ち話で状況を説明した。
だが、今日の竹岡は、いつものような覇気がなかった。
「あ、ああ。そうか」
「どうかしたんですか?」
不思議そうに首を傾げる。らしくないその態度に、普段竹岡から距離を取ろうとする袴田も首を傾げた。
「実はな。その件を上に話したんだ」
「上?」
その言葉にピンとこなかった圭に、小声で袴田が解説する。
「上ってのは、竹岡さんの上司だ」
「あぇ?竹岡さん、上司いたんですか?」
てっきり彼女がリーダーとして能対課が機能しているものだと圭は思っていた。
「私もある程度権限は持っているが、トップではない。そのため、いちおう確認を取ったのだ」
「確認?」
今回の『死霊』捜索に関することだろう。律儀に確認を取ろうとするところは竹岡らしい。極秘ということで伝えれば問題はないだろう。はずだった。
「トップって、誰なんですか?」
ふと思った疑問には、竹岡ではなく袴田の方が教えてくれた。
「ランク6『最強』だ。知らなかったのか?」
「『最強』……」
二つ名だけは知っている。だがその実力に関しては、一切理解できなかった。『最強』だけ、能力の説明がランク6の中でもぶっ飛んでいたからだ。
「そういえば、名前。僕知らないんですけど……」
その疑問には、今度は竹岡が答えた。
「織田正樹。普段人前に現れないので、名前を知らない人も多い」
「織田、おだ、オダ……ふーん、覚えておきます」
なんとなく不思議な感覚を覚えながらも、本題についてまた竹岡に尋ねた。
「それで、何かあったんですか?」
「それはだな……」
なぜか申し訳なさそうな顔をした竹岡は、とんでもなく重要なことを口にした。
「『赤』と『闇夜の騎士団』がぶつかるという情報を得たらしい。そこに、能対課と野良の協力者で、乗り込むことになった」
「「…………はっ?」」




