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実戦

 楓は目の前の男を見据える。まばたきもせず、瞳孔は開いている。身体も血の気を感じさせない色だ。


 この男は、厄介だと判断された圭を倒すために接近してきた男だ。探知魔術を発動しているせいで逆探知され、今の状況に至った。


 この行動のおかげで、楓が探知する限りでは今現在里村を追う動きを見せる死体はいない。


 不自然な口の動かし方で、男が喋る。


「キジュツシ、ハ、ドコダ」


 その話し方は生きている人のものとは思えない代物で、全体を通してもマリオネットのような動きだった。

 それに楓はストレートな皮肉を返す。


「片言だと、外に出た時死体だとバレるわよ?」

「……殺ス」


 自分が死霊術師だと見破られた瞬間、男は楓に向かって鋭い突きを繰り出した。


 が、それはあくまで遠目から見ればの話。すでに身体強化を施している楓ならそれを避けるのは容易い。


 完全に見切った楓は突きを紙一重で躱し、相手の速度を利用して鳩尾に強烈な一撃を叩き込む。その衝撃で一瞬身体が止まったところに、側頭部に回し蹴りを叩き込んだ。


「っし。まだ余裕ね、渡り合えるわ」


 コンクリートの壁に叩きつけられた相手は、ズルズルと地面に落ちてから、何事もなかったかのように立ち上がった。


 死体は痛みを感じない。脳を揺さぶられようが、気絶もしないし動きが鈍ることもない。


 それを距離を離して様子見していると、男は胸ポケットをガサガサと探り、一枚のカードを出した。


「『人祓イ』」

「……カード?」


 何かを唱えると同時に、取り出されたカードは燃え始める。

 そして、全てが燃え尽きたタイミングで、楓はなんらかの魔術的要素が一定範囲に広がったことを感知した。


「コレデ、人ハ来ナイ」

「一般人を巻き込むのを避けるなんて、意外ね」

「無能力者ヲ傷ツケルツモリハ、ナイ」

「ふーん、そう。『土よ』」


 唱えた言葉は、地面をある程度支配下におく。多少なら変形し、人に攻撃を加えられる。

 楓が選択したのは捕縛。蔓のように伸びるアスファルトは、あっという間に男の足を取り押さえた。


「元が死体なら、殺しに抵抗はない、はず」


 必死にアスファルトで捕らえられた足を動かそうとしているうちに、風を唱えた楓は腕を構え、鞭を打つように空を切る。

 それに合わせて風は形を変え、最大速度に達した瞬間、衝撃波を発生させた。


「『土カベ』」


 それを見た男が反射的にカードを手に掲げ言葉を発すると、衝撃波を防ぐようにしてそびえ立つ。


 しかし、一般人でさえ音速を超える鞭打ち、それを魔術で強化している。能力の防御とはいえ単純な土壁では、防ぎ切るには些か足りない。


 土壁はそのまま崩壊し、男の腹部へと衝撃波は到達した。


「ア゛」

「汚い悲鳴ね」


 弾き飛ばされるほどの威力だったが、予め楓が土の魔術で足を固定していたせいで、不自然なまでに身体は後ろに逸れた。


 だが、男は死体だ。ボキリと骨が折れる大きな音がしたが、それでもゆっくりと体を直立に戻す。


 それを忌々しげに見る。


 男は再びカードを取り出し手を掲げた。


「『溶カイ』」


 カードに火がつくと同時に、楓の魔術によって囚われていた足が自由になる。気がつけば、元通りになっていた。


「『カミナリ』」「『水よ』っ!」


 カードを燃やして放たれた稲妻は、咄嗟に唱えた楓の魔術により水を伝って地面へと広がる。


 そのまま現れた水を男へと誘導し、囲うように捉えてまた紡ぐ。


「『凍れ』」


 透明な色の水が一気に白色の氷へと変わる。それを見るまでもなく接近し、顎に大きく脚を振り抜いた。


 だがそれもあまり意味をなさない。楓が作った氷の束縛は、身体能力によっていとも簡単に破壊される。


「効果なし。……はぁ、やんなっちゃう」


 カードを取り出すのを見て、警戒を強める。男は楓を一切見ることなくまた唱えた。


「『ダク流』」

「なっ!?」


 現れたのは水。しかしその量が桁違いだ。圧倒的な量がカードから溢れ楓へと襲いかかる。


「くっ、」


 これを避けるために壁へと跳び、三角跳びで男へと接近。再びカードを取り出そうとした男の首に脚をかけ、体を一回転して投げ飛ばした。


「『衝ゲキ波』」

「きゃっ、」


 死体は動揺しない。楓が投げ飛ばす間に宙を浮きながらカードを燃やす。それによって発生した衝撃波が、楓の身体に襲いかかった。


「っつぅ、……『治……必要ない、わ」


 身体全体に衝撃波を食らったが、それによって与えられたダメージはただの打撲。この程度、圭との特訓に比べれば屁でもない。


 それに、そろそろ楓にも分かってきた。


 ──敵と戦う時は、まず相手の技を読み取るべし


 圭の言った言葉通り、戦いながら楓は男の能力を推察していた。


 シンプルな能力だ。どうやったかは知らないが、あのカードにいろんな能力が封じ込めてある。そして、一度使えば、カードは消える。


 カードそれぞれに違う能力が封じ込められており、それを多彩に操ることで相手を翻弄することができたのだろう。


 だが、相手は死体だ。


 発動条件はよく分かっていないが、生きている人に比べて死霊術師に操られた死体は思考があまり回らなくなる。特に死霊術師本体が頭が悪ければなおさらだ。


 わざわざ手に持って発動の言葉を言う必要があるのだろう。そういう思考しかできないと考えていい。


 そうであれば、話は簡単だ。


「『炎よ』」


 メラメラと燃え盛る炎球が、楓の眼前に現れる。これしきのことで倒れるとは思っていない。狙いは、服にしまい込まれたカードだ。


「行けっ」


 それを放り投げるように、斜め上へ飛ばす。

 質量がないはずなのに放物線を描いた炎球は、男の頭上へと落ちていく。


「『狙撃(スナイプ)』」


 楓は右手を銃の形に構え、視線上に構える。


 男は炎球を見て咄嗟にカードを取り出して唱えようとした。

 が、その数瞬前に、楓は唱えた。


「『ミ「『(ガン)』っ!」


 人差し指から放たれた衝撃はまるで空気砲のように真っ直ぐに男へと進み、詠唱が終わる前にカードを撃ち抜く。



「ア゛」



 汚い声が聞こえる。防ぐ手立てを失った男は、そのまま炎に飲み込まれた。


「『風よ』」


 風が吹き、炎は燃え盛る。燃えようが次の手立てを打とうと新たなカードを取り出したのを見て、楓はもう一度唱えた。


「『(ガン)』」


 再びカードは撃ち抜かれ、対応策を打てずに戸惑う。

 それを見越して接近した楓は、男の目の前に手を当てて魔術を使う。


「『爆ぜろ』」


 展開された魔法陣によって衝撃波が作られた場所は、口内。

 それを見てもカードを出すことしかできない男に向けて、詠唱の瞬間に、魔術を発動させた。


 パンッと小気味良い音が響く。声を出すために喉から飛び出た声帯は破壊され、詠唱が途切れた。



 炎に包まれる男から距離を取る。

 カードを取り出し能力を発動する動作をしているが、肝心の声が出ない。


 声帯がなければ、言葉を出すことは不可能。意味のない呻き声を上げる男を、楓は冷ややかな目で見ていた。


「……せっかくの能力も、使い手がこれじゃあ持ち腐れね」



 この男は、楓の火力では倒すことはできなかった。

 そもそも楓は、圭の使う魔術でもいわゆる『一詠唱』しか使うことができない。そのため、ランク4や5と向かい合う時は身体強化を主体に戦わざるをえない。


 だが、無力化は可能だ。


 男の身体能力は生前よりも一段落ちている。元がランク5だとしても、今は楓と同等、さらに言えば、魔術師である楓の方が瞬間火力は勝っている。


 その程度なら一定レベルでの拘束は可能。

 あとは攻撃手段をなくしてしまえばいい。


「『土よ』」


 再び土の魔術によってアスファルトが男の足を絡めとる。先ほどよりも深く、腰近くまで束縛していた。



 おそらく能力的には死体でも多彩な能力のおかげで十分な強さを出せたはずだ。


 だが、しょせん死体だったらしい。


「火葬にしといてあげるわ」


 ヒューヒューと声を出せないまま炎に焼かれていく男に背を向けて、楓は路地裏から表通りへと歩き出した。



「ケイ?今終わったわ」

『おおー早い。じゃ、場所教えて』

「分かったわ。えーっと……」






 ------------------------






「いたいた。アレだ」

「よく分かるな。言われるまで気がつかなかったぞ」


 袴田と行動していた圭は、楓の探知を利用してあっという間に死霊術師の操り人形を見つけた。


 血の気がなく、瞬きもしていない。しかし腐臭はせず、よほど注意していなければ気がつかないだろう。


 楓の探知によれば、死体は複数体街中を歩いているらしい。目的もなく、ただフラフラと立ち止まらずに動いている。それだけだ。


「一般人なのか能力者なのかは知らないけど、結構な人数を支配下に置いてるみたいですね」

「だがよ、ちとばかし範囲が広すぎねえか?」

「ああ、それに関してはですね……」


 死霊術師は、死体を独立して動かせる。操る側の命令を最上位に置いた上で、多少の自由が効くのだ。


「そういや、『生命』も似たような能力だった気が……」

「そうなのか?ランク6はイマイチわからんが」

「まあ、あっちは意思を持たせるだけで、能力は使えないし死体を操っても腐る。その代わり、無機物だろうがなんだろうが支配下に置けますけどね」

「えげつない能力なんだな。てっきり折紙に生命を吹き込むみたいなのを想像していたぞ」

「まあ、ランク6あたりは二つ名と能力が食い違うことが多々ありますから」


 そんな話をしながら、圭だけ変装した格好で死体を追う。


「術が解けても、術師側はそれが分からない。だから定期的に本体のところに帰ると考えてます。魔力によって変わるんじゃないかな」

「なるほどねぇ、そういうことか、了解した。俺はアイツに『追跡(チェイサー)』をつければいいんだな?」

「そういうことです。護衛の方はしばらく楓に任せましょう。死体ではありますが、『札』を倒したみたいです」

「マジか。『札』といえば、アレだろ?ランク5級の」

「そうみたいです」

「いつの間にそんなに強く……」

「まあ、生きていたら勝てないでしょう」


『札』の二つ名がつけられている例の男は、その能力がゆえに非常に厄介だった。放たれた魔術や能力をカードに収め、いつでもそれを放出できる。


 アレにかかれば殆どの遠距離攻撃が無効化される、非常に厄介な能力だ。


 ただ、死霊術師の方は戦闘中の魔術の収納や、カードを利用した多彩な技が思考になかったらしい。


 自分があの能力を持っていたら、もっと上手く戦える。

 楓はそう愚痴っていた。


「たぶん、死霊術師本体は大したことないですね。戦闘もずぶの素人、戦ったりしたこともないんでしょう」

「……随分と死霊術師に詳しいな」

「えっ?……やだなあ、そんなの調べれば分かるじゃないですかあ」

「そうだったか?たしか公開資料では……」

「いいからいいから、とりあえず捜索は続けましょう。地図と照らし合わせたら、楽に探せます」

「あ、ああ、分かってるさ」


 少し訝しげに圭を見てから、袴田は追跡している死体へと目を移した。


 以前袴田と『赤』の捜索を行った時よりかは遥かに楽な作業だ。なにせ、すでに『追跡』ができている。以前はこれができなかったから何度も探知魔術を使わされたのだ。

 それと比べれば、圭の労力は微々たるものだ。


 どうも死霊術師の影響か逆探知自体は可能らしく、至近距離で探知魔術を使うことはできない。だが、これも些細な問題だろう。


「まさか、おまえも死体じゃねえだろうな」

「何言ってんですか。死んでたら、こう頭は回らないですよ」

「ま、それもそうか」

「とりあえず、日中は追うことにしましょう。いつどこに行ってるか、目で確認した方がいい」

「んあ?俺の能力ならそんなものはいらねぇぞ」

「滞在時間が短時間の可能性もあるじゃないですか」

「はぁ。ったく、子守でもしてやるか」

「袴田さんくらいですよ。ランク6にそんなこと言えるの」

「三鷹以外にいうわけねぇだろ」


 ()()()護衛は楓に任せ、圭と袴田は追跡を続ける。




 そして、3日目の夜。


「山か」

「みたいですね」


 死体は山へと歩き出していた。

 街をうろうろしていた今までとは違う行動だ。


「姿を隠しましょう。魔術を使いますから」

「んぁ?なんでだ?……ああ、そういうことか。そうだな頼む」


 死体が一つとは限らない。こんなところで追跡していれば、ほかのやつから見つかるかもしれない。


 そうなれば、アジトまでたどり着くこともできなくなる可能性がある。


 上へ上へと登る道の途中で、一気に視界が開けた。


 そこには、夜でも明るく光る東京が広がっていた。

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