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死霊術師

 死霊術師、すなわち死者を操る魔術師は、誰しもが忌避感を持つであろう存在だ。


 それは楓のような、死霊術を見たことがない人でも感じるだろう。


 ただ、圭にとっては、それだけの意味ではなかった。


「死霊術師ってのは厄介だ。特に、この世界においては、な」

「それって、やっぱり……」


 死霊術師は異世界でもいた。だからこの世界にいてもおかしくはない。ただ、この情報が瞬く間に世界に拡散する情報社会では、死霊術師は非常に厄介な特性を持っていた。


「……想像してる通りだよ。死霊術師に操られた死体は、ほとんど生きている者と違いがない。魔術を使わずに見分けるのはかなり難しい」


 死霊術師にとって、死体は操り人形だ。その動きはほぼ生物と同じで、違うのは生物特有の反応がないこと。


 心音が聞こえない。身体が冷たい。瞬きをしない。眠らない。など、本来生物に必要な動作はカットされる。しかし、術者の練度によっては話すことすらできる。反射の動きの有無によって見分けるしか方法はない。


 そして、現代社会で最も厄介なことは、魔術師たちの立場と、死の存在を移動させてしまえることだ。


「死体を戦わせなくてもいいんだよ、この世の中なら。魔術師の目の前に死体がある。それだけで、()()()()()()()()()ように見えてしまうんだ」

「っ、……」


 咄嗟に使った魔術は、証拠写真を撮られないため。探知反応に対して光の魔術を放ったのは、証拠写真を撮ろうとした操り人形を破壊するため。


 死体だろうが、スマホで写真を撮りSNSを通じてネット上に載せてしまえば、もうそれは止められない。噂が噂を呼び、冤罪は人の頭によって事実に変換される。


 事件を、捏造できてしまう。




 異世界で最も有名な死霊術師を思い出す。


 名はモーデン。あまりにも有名過ぎたその男は、世界で最も忌み嫌われていたと言っても過言ではない。


 魔王の側近として作られたモーデンは、ありとあらゆる死体を自分の支配下においた。


 あちらの世界では、死は生活と隣り合わせ。死体はそこら中に転がっていると言っていい。


 それらを操り軍を編成した男は、異世界の国家をいくつも滅ぼした。

 これは数千年の勇者魔王物語の中で、史上最悪と言ってもいい被害だった。



 そしてなんの因果か、圭は、ケインはモーデンと対面したことがある。


 醜く曲がった顔は、人間っぽさを残しつつもこの世のものとは思えない奇怪さを目に焼き付けた。

 そしてモーデンの性格、性癖も異常だった。ネクロフィリアである彼は美しい女を捕まえては殺し、自分の妾にする。異常な執着心と用意周到な作戦によって、様々な人を恐怖と絶望に陥れた。


 四人いた魔王の配下の中で、唯一魔王より恐れられた男だった。


「……それで、そのモーデンはどうなったの?」

「勇者が仕留めた。魔王の配下は本来世界にいない、世界の書き換えによって生まれた存在だ。勇者の持つ聖剣は書き換えを修正する。致命的な相性のせいで本体は瞬殺されたよ」



 なぜ圭が異世界の存在であるモーデンを思い出したか。

 それは非常に単純なことだ。


「似てる。あいつは本当に人が苦しむ姿を見るのが好きだった。里村春海は確かにモーデンが欲しがるような女だ。それに、死体を好む異常性癖とともに、人の顔が恐怖や苦痛に歪む姿を見て快感を感じていたらしい」

「き、キモ……」

「たかが一人の一般人のために、そこまで強い魔術師がこんなくだらない真似するって信じられないだろ?手に入れるなら、さっさと捕まえてしまえばいい」


 今里村春海が受けているような、姑息かつ嫌らしい行動が、モーデンがよく好むことだった。



 そして、なんの因果かは知らないが、こちらの世界でも、死霊術師に一人有名な男がいた。


「本当にその男かは分からない。けど、一人いるんだよ」


 助手席に乗る楓を見る。その表情は、今にも怒鳴り散らしてしまいそうな、とんでもない苦渋を見せていた。



「『闇夜の騎士団(トゥワイス・ナイト)』に、一人だけな」








 ------------------------






 ストーカーが死霊術師だった。

 字面だけだと非常にしょーもない出来事なのだが、事態はそんな適当なことでは済まされない。


 死霊術師の厄介なことは、いつでも罪をなすりつけられること。したがって、魔術師や能力者が護衛につく場合、これらが世間に知れ渡った今となっては、逆効果になってしまう。


 かといって、里村を放っておくといつか殺されて人形にされてしまうだろう。


 それほどに、死霊術師とは厄介な存在だった。



「解決方法は一つ。術者の存在を消すことです」


 超有名女優である里村春海と、そのマネージャーである木本夏樹に向けてそう話した。


「存在を、消す……」

「でも、圭くんがいれば、その死霊術師?には気付けるんでしょ?」

「……ジリ貧ですよ。それはなんの解決にもなってない」

「そ、そう……」


 木本は青ざめ、里村は眉を潜めながら俯く。

 圭としては、そして楓もそれなりに、死に対して抵抗はない。それは人が傷つくのを何度も見ているから。圭は殺人を犯してる。楓は何度も殺されそうになっている。


「ひとまず護衛は続けます。ですが、なんらかの対応策を立てる必要があります」


 ベストは、里村が外へ出ないことだ。外に出なければ、自分の存在を隠そうとする死霊術師はそれ以上何もできない。あのマンションならネズミ一匹入ることはできない。当然人間はもってのほかだ。


 それともう一つ。


「里村さんが死霊術師に狙われている、と公表してしまえば、一気に動きにくくなるはずです。人死にも全て死霊術師が関与していると分かれば、護衛の前に死体が転がっても世の中の人は死霊術師の嫌がらせだと理解してくれる。そうなれば、護衛は僕じゃなくても良くなります」


 しかしこの案はあまり好ましくない。魔術師の悪印象を世間に植えつけてしまう。


 とにかく今は、一人にならないことが第一だ。そして、身バレした死霊術師への対策をしておかければならない。


「木本さん。あなたに任せます」


 死霊術によって操られた死体の特徴は先ほどの通りだ。そのため、マネージャーをクッションに挟んで調べるのがベターだろう。


「あなたが関与するすべての人に、なんらかの方法で接触してください。死体に体温調整はできない。脈はない。血色も悪い。判断は、できるはずです」

「は、はい……」

「そして、里村さんが木本さんと接触する時も、同様のことを行ってください」

「はっ、はいっ」


 緊張した面持ちの二人に、手を肩にまで上げてみせる。


「大変だとは思いますが、なんとかなりますよ。それと、決して一人では外に出ないように。なんなら、木本さんが一緒に住んでしまった方がいいでしょう」

「け、圭くんは……」

「僕ですか?……これ以上のスキャンダルは、御免です」


 いちいち里村のそばにいては、動きたいときに動けなくなる。それに他にやることもある。


「その代わりに、とりあえずですが、楓が一緒にいてくれるそうです」


 ため息をつく。そしてポツリと呟いた。


「本当に、不本意ですが、ね」







 里村と木本と話す前に、楓はこの短期間で探知魔術ともう一つ魔術を教えてもらっていた。


「『光よ』『曲がれ』。む、難しい……」

「そりゃそうだ、初の重ねだからね」


 屈折の魔術。楓がそう名付けた魔術は、光をねじ曲げるものだ。これを応用すれば、光魔術の攻撃の進行方向を捻じ曲げることができる他、蜃気楼現象も起こすことができる。


 これは『光の魔術師』冨田日華里が使っていたものと同じで、うまく調整すれば姿を消すこともできる。


 現代社会での情報は大抵写真か動画だ。これは光を写すわけで、認識阻害の魔術よりも大きな効果を発揮する。


 今までの重ねなしの魔術の場合は一つ覚えるのにつきおよそ二時間程度の時間を要していた。

 今回は少なくともその三倍はかかるだろう。魔法陣の展開回数を数えるなら、百以上だ。


「早く覚えてくれ。僕の魔力も無限じゃない」

「そんなの私もよ。これ、今までの何倍も魔力使わされるわ」


 どういうわけか、楓は死霊術に操られた存在を見分けられる事が判明した。


 これは圭にはできない芸当だ。この見分けは不可能というわけではなく、魔力に対する感受性が高い人ならば判別することができる。


 才能のなかった圭にはできなかったが、たしかにわずか一年で魔術が使えるようになった楓なら、そういった才能があってもおかしくない。


 ここ二月くらいで判明したことだが、楓には才能がある。魔術に関しても、ケインが一日中かけてようやく覚えられたものを、楓はわずか数時間で覚える。

 さらに、勉学に対しても異世界よりはるかに理解が早い。魔法陣の勉強も異常なスピードでこなしている。


 これは本当に才能なのか、それとも、別の要因があるのか、圭には判断がつかなかった。


「まさか、ね……」


 思わず溢れた言葉に、楓は不思議そうに首を傾げた。


「どうしたの?」

「いや、なんでもない。……そういえば、楓は記憶力が良くなったとかない?勉強でとか、いろいろ」

「記憶力?よく分からないけれど、そんな感じはしないわ。成績良くなったのだって、圭が教えてくれたからだし」

「そうか、ならいいんだ」

「?……へんなの」


 再び魔法陣を作り出し楓に渡す。それを受け取った楓は、額に汗をかきながら魔術を習得すべく集中した。


「頼むよ。僕も、いろいろやりたいことがある」

「私でもなんとかなるのよね?」

「よほどのことがない限り」

「……」


 死霊術師は姿を現すことは避ける。そして、操る死体は本来の能力を引き継ぐが、それは生きていたときに比べて一段劣る。

 さらに重要なことは、()()()()()()()()()()()()()()()()()


 悪辣な手段で人を貶めるのが得意でも、せっかくの能力も、魔術も、それを幅広く応用することはできない。


 探知魔術に屈折の魔術。そして圭が仕込んだ戦闘術と判断力。実戦経験こそないが、学園卒のランク4を倒した楓なら、死霊術師のどんな攻撃でもなんとかなる。


「楓が覚えたら、僕は別行動するよ。何かあったら電話をくれればいい。それと……楓の探知なら、人も判別できるだろ?」

「大丈夫……だと思う。形はまだぼやけてるけど」

「それもうほぼ完璧だから。里村さんには、僕が魔術で作ったミサンガを渡してある。見失ったらそれを追えば分かるはずだ」


 再度魔法陣を展開させ楓は渡す。受け取った楓は圭の方を見ることなく聞いた。


「圭はどこに行くの?」


 楓が見ていないとは分かっていつつも、頭を掻いて苦笑いを見せた。


「能対課本部だよ」

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