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ストーカー

 圭は何も、里村春海の護衛をサボっているわけではない。


 里村が仕事の際は車で後ろを追い、家にいる時はその近くの様子を監視する。24時間とは言わないが、監視体制は整えていた。


 ではなぜわざわざ回りくどいことをしているのか。


 それは、探知魔術が原因だった。


「これが光、ちょっと複雑。組み合わせは……炎だと潰れちゃう」

「どっかのカフェでやった方がいいんじゃない?」

「いいの!私も護衛する側になってみたかったんだから」


 魔法陣について勉強している楓を横目にしながら、相変わらずドラマ撮影などで忙しい里村の様子を数百メートル離れたところから監視していた。


「だいたい、なんでそんな回りくどいことするのよ。探知魔術を使えば一発じゃない」

「探知魔術を使うからこそ、警戒されている気がするんだ。だから今は何もしない。送迎も車だし、不審な感覚を受けることもないはず」

「ふん、毎日電話してるものね」

「拗ねるなよ、仕事だろ?」


 室内では何も起こらない、それを前提で動いている。セキュリティはかなりのもので、気付かれずに侵入するのは圭でも難しい。


 寝る前と朝に連絡を取ることは徹底しているので、何かが起こった時でも対応はできるはずだ。


 それを楓に説明して魔法陣を渡す。

 使う魔術は外に何の影響も及ぼさない魔術で、使えるかどうかは本人次第。それでもテンプレ魔術はいくらでもあるので、楓の鍛錬は終わりそうにない。


 同時に、楓は同世代最強に成り上がった綿貫浩紀への対策も考え始めていた。


 綿貫の強いところはいくつもある。


 魔力の量、魔術の多彩さ、それを接近戦で展開できるマルチタスク能力。さらにはつい最近まで魔術が使えなかったせいで、体術も使える。


「もしかして、勝てる部分、ない?」

「んなことはない」


 綿貫浩紀は万能だ。接近戦と魔術の組み合わせは圭と似たような動きになる。

 そもそも綿貫は、夏にあった圭の特別講義を見てから腕を上げたのだ。似るのは必然と言える。


「魔術発動の速度は確実に楓の方が速い。あの特訓は魔力の操作を限界まで引き上げる。後の先が出来るだけで、相手に大きな有利を取れる」

「でも、発動する魔術が分からなきゃ」

「だから魔法陣を勉強してるじゃないか。魔法陣は魔術の効果を増幅させる。魔法陣を見て何かが瞬時に分かれば、それに対応する策も反射的に思い浮かべることができる」


 良くも悪くも、学園の魔術はお手本通りのものになる。予め学園式テンプレ魔術を把握しておけば、それに対する策も事前に用意することができる。


 魔法陣の意味を読み解くのは、戦いにおいて非常に意味合いの大きいものとなるのだ。


「でも、この調子じゃ時間がかかりすぎるわ」

「千里の道も一歩から。付け焼き刃の対策で勝てたとしてもそれで終わりだ。勉強と同じように、なぜそうなのかを理解しなきゃ意味がない」

「そ、それは……そうね」


 相手の対策のための理解と応用のための理解は違う。

 魔法陣の意味から読み解くのは、自分がどんな魔術でも使えるようにするためでもある。


「まあ、ある程度覚えたら対策考えよう。あと一、二ヶ月もすれば基礎の基礎は覚えられる。重ねとかはそれが理解できれば簡単、異世界とは違ってこっちの人たちがみんな頭いいからね」

「っ、うんっ!」


 遠目で里村の住むマンションを見る。そこは至って普通の住宅街の景色が広がっていた。


 それからしばらく時間が経ち、夜も更けた頃。繋ぎっぱなしにしていた里村との電話の先から声が聞こえてきた。


『圭くん。ちょっと外出ていいかな?』

「いいですけど、なんで?」

『家に食べるものがなくて、買い物に行きたいの』

「あー、なるほど。いいですよ。遠くから見ておきますから安心してください」

『ほんとっ?ありがとうっ!』


 魔法陣の理解に苦しんでいる楓に少し出てくると伝えてエレベーターで下へと降りる。外からマンションの方を見ると、人っ子一人いない道路に街灯と街路樹が立ち並ぶ道が目に入る。


 その視線の先では、ちょうど里村がカバンを手に持ってエントランスから出たところだった。


 一週間ほど彼女の生活を見続けていたが、里村は料理が上手い。もともと田舎っ子で親の手伝いなんかをしていたらしく、家庭的な料理をよく自分で作っていた。


 そんな彼女が買い物をしに出かけてもおかしくはない。夜の道を一人ポツンと彼女は歩いていた。


「……ん?」


 その姿を眺めていると、何もないところで唐突に彼女は立ち止まった。背を向けているためどんな表情をしているかは分からないが、肩が縮こまっているのが確認できる。


 それから慌ててカバンを漁った彼女は、携帯電話を取り出し急いで電話を耳に当てた。


 バイブレーションが圭のポケットから響く。それを受け取ると、そのスピーカー部分から彼女の怯えた声が流れた。


『圭くん。す、ストーカー……』

「今行く」


 里村の言葉を聞き終える前に圭は電話を切り走った。

 500mの距離は魔術師からすれば一瞬、10秒程度で一気に距離を縮めた圭は、同時に今まで使ってこなかった探知魔術を発動した。



 そして、その反応に驚愕した。


「…………なんだこれは」


 一つだけではない。異能の反応が、十や二十どころではないほどに無数に反応したのだ。


 それらは人の形だけではなく、犬、猫、鳥、様々な形で圭へとその存在を知らしめる。

 この反応は圭の探知に反応して一斉に二人の位置から逃げ出した。


「チッ、近いのは……」


 すぐに身体強化をかけ最も近かった反応へと移動する。その速さは人間離れにも甚だしいほどで、あっという間にその反応へと接近した。


 が、しかし。


「消えた?」


 突如として反応は消失し、圭をさらに困惑させる。


「どういうことだ。なんで消えた。くそ、分からんっ!」


 とにかく周囲を探す。反応したのは、猫型だった。それらしき何かを探すために数分ほど近場を探したところで、それらしきものを発見した。


「猫……だが、死んでる。腐りかけだしこれは違うか」


 他に反応はない。もう少し周囲を探索したいところだが、護衛対象の里村が外にいる。彼女に身の危険がないようにつくのが最適だろう。



 そう頭の中で考えているうちに、自分の電話がまた震えているのに気がついた。


「もしもし、楓か?」

『今の探知魔術よね?何かあったの?』

「ああ、あった」


 手を上げてポリポリと頭を掻く。


「里村さん、めんどくさいやつに狙われてるみたいだ」


 いまだに身体を震わせている里村のところへと、楓との通話を維持したまま移動した。


「大丈夫ですか?」

「ええ、えぅん、ううぅ……」


 身体を震わせながら声にならない声を上げて何度も首を縦に振る。涙目でどこか物欲しげに圭を見る姿は、不謹慎にも誰しもが見張れてしまうほどの儚さを漂わせた。


「さ、里村さん……」

「う、うぅ……」


 意味ありげなな圭の行動を見てさらに怯えさせてしまったらしい。普段は全くその様子を見せなかったが、里村にとってこのストーカーはかなり精神的にダメージを与えているのは確かだった。


「どうしますか?僕が付き添いますから、買い物に行きますか?」


 不安げな彼女を気遣うように優しく声をかけると、里村は静かに顔を俯かせて圭の袖に手を添えた。


「今日は、一人になりたくない……」


 ゆっくりと目をあげて、上目遣いで懇願する。


「……一緒に、いてください」


 不覚にも、胸の鼓動が高鳴った。







 ------------------------







 護衛とは、護衛対象を守ることが仕事だ。

 そこにメンタルケアなどのサポートは本来含まれない。


 しかしそこまで徹底的に仕事のみにこだわる人は少ない。

 圭もその例に漏れず、震え続ける里村を一晩見守るためにその夜をほとんど彼女のそばで過ごしてしまった。


 とはいえ何かが起こるわけでもない。寝るときに彼女の部屋で本を読む程度だ。


 誘惑だらけで男として悩ましいことだらけではあったのだが、そこは類稀なる理性を保って耐えきった。


 そして一晩経って朝になると、彼女は元通り元気になっていた。


「昨日はありがとう」

「ああ、別に構いません。何かあったら困りますから」



 チラチラと圭の方を見るのだが、あえてそれには反応しない。彼女も今日は忙しい日、いちいち意識しては何も進められない。


「先に降りてます。またいつもの通り遠目で見てるので、僕のことは気にせず仕事してください」

「う、うん……」


 下に降りると、そこにはマネージャーの木本夏樹と楓の姿があった。


 木本は楓に昨日の状況を聞いているらしい。モヤモヤしながら過ごした昨日の夜のせいで不機嫌な楓は、真剣に尋ねる木本に対しぶっきらぼうな返答をしていた。


「あ、三鷹さん。春海の様子はどうでしたか?」

「大丈夫ですよ。仕事に支障はなさそうです」

「そうですか、良かった……」


 よほど心配していたらしく、取り乱していた木本は大きく安堵の息を吐いた。


「これでストーカーとやらは魔術師サイドの人間なのが分かりました。ここからはいろいろ仕掛けてくるかもしれないので、本当に注意してください」

「は、はい」


 自信なさげに木本は返事をする。その気持ちは圭も分かっている。魔術やら能力やらと人知を超えた存在につけ狙われては、注意してもどうしようもないこともある。


 その様子を見て、楓が木本をフォローした。


「大丈夫よ。私たちがあなた達を全力で護衛するから」

「楓も?」

「いいじゃない、別に」

「いや、いいけどさ」


 もうずっとだが、圭の周りは物騒極まりない。いくら成長したとはいえ、楓一人では対応できないこともあり得る。


「そうだ、探知魔術について今教えておくよ」

「え、なんで?」

「何か起きた時、探知魔術を展開しておけば状況把握が楽になる。そろそろ護衛も、不要だろ?」

「……賛同しかねるけど、探知魔術は覚えておきたいわ」

「おけ。じゃあ手を出して」


 護衛は不要、そう言われて少し困惑した。自分から首を突っ込んだことも何度かあるが、今まで巻き込まれたことからすると、まだ楓は弱すぎる。

 ランク5でも絶望的な状況を、学園生を倒す程度の実力で乗り越えられるという自惚れは持ってはいない。


 ともあれ探知魔術を覚えるために、いつも通りに楓に魔法陣を渡す。それを数回繰り返すのを、魔術を間近で見たことがなかった木本はなんとも言えない感覚で見ていた。


 圭が下に降りてからしばらくして里村が慌てた様子でエントランスに現れた。昨日の夜のことが嘘のように元気な表情を見せている。

 ただ、たまにチラリと圭の方を見るのは朝と変わらなかった。


「おはよう!」


 それから彼女は木本の車に乗り込み、圭と楓はそれを追うように車を出す。


「昨日の反応は、操作系の魔術か能力よね。それだけ多くの生物を操れるとなると只者じゃないわ」

「それは僕も思ってる。ただ、そのあとすぐ反応が消えたのがね……」


 昨日の話は楓も聞いている。


 運転中に目も向けずに展開された探知魔術を受け取り、自分に慣れさせながら圭の存在を感知する。同時に一つ二つの反応も探知したが、それらは人型のため、一般の魔術師かと思われた。



 だが、楓は妙な気配を感じた。


「あれ?ねえケイ。一人、変な感じの人がいる」

「変な感じ?」

「なんというか、その、澱んだ感じの……」

「澱んだ?探知魔術にそんな反応の仕方は」

「変なのが、近付いてくるわっ」

「はっ?」


 楓の言葉に反応してすぐさま探知魔術を展開させる。

 そこに反応を示したのは、急速に接近してくる人間だった。


「チッ、ぶつかるっ!」


 視界に入る前に慌ててブレーキを踏み、車体を横に投げ出す。


「『土よ』!」


 フロントガラスに何かが現れると同時に土の魔術を使い強制的にむりやり車を路上に止めた。


「後ろは……大丈夫か」


 追突者どころか同じ車線に車がいないのを確認してすぐさま車を降りる。半壊したフロント部分に構う暇はない。



「ケイ、これっ!」


 先に降りた楓が、大声で圭を呼ぶ。

 そこには、不可思議な光景があった。



「人が、死んでるわ……」

「んなバカな!ぶつかる前に完全に車は止めたはずだ!それで人が死んで、っ……」



 むりやり車を止めた土塊の先にあったのは、人の死体だった。



「どうなってるっ、向こうから突撃して勝手に死んだってことか?冤罪でも作ろうって腹か!?っざけんなよ」


 死体、と判断したのは、その場から仰向けでピクリとも動かなかったからだ。


 だが、それは不自然な光景でもあった。


 路上に人の死体が転がっている。この死体の人間は、自ら二人の乗る車に突っ込んできた魔術師もしくは能力者だ。


「……これは、おかしいわ」


 楓が死体と思しきものを見て、ポツリと呟く。


 不自然すぎる。魔術師なら、能力者なら、即死はあり得ない。それ以前に、車に撥ねられてもいないのに、なぜ一滴の血も流れていない死体がこの場に存在するのか。


 それを確かめるべく、圭は死体に近付き手を触れた。


「冷たい。これは……」


 目を見開き、すぐに立ち上がり周囲を見渡す。その状況を焦りつつ把握してから、楓に近付くように声をかける。


「何、どうしたの?」

「今から姿を眩ます。『光よ』『曲がれ』、『土よ』、『直れ』」


 あっという間に土塊はもとのアスファルトに戻り、半壊した車も新品同様に戻った。そして死体を一切触れないまま車の中に収容する。


 そして、再度魔術を発動させた。


「『捉えろ』」


 わずかな時間で発動した探知魔術は一気に広範囲の人外の存在を感知する。そして、それら全てに魔術を放つ。


「『光よ』『焦がせ』」


 圭の頭上に展開された魔法陣から、一気に複数の光が外へと飛び出した。


 それから慌てて車に乗り、邪魔にならないところへと移動させて姿を隠す。


「くそっ!やられたっ……」


 運転席で頭を抱える圭を見て楓が聞く。


「ねえ、何が起こったの?何が起きてるの?」

「SNSを見てほしい。僕らに関する情報は流れていないか?」

「えっ、……ないみたいだけど」

「ならいい、なんとかなった」


 右手でハンドルの上部を掴み強く握りしめる。


「最悪だ」


 言葉を吐き捨てた。


「この騒動の裏には全部、()()()()がいやがる……」


 人を殺せそうなほどの強烈な怒りが、圭の目から伝わってきた。

 前ページのバイセクシャルゾンビは、作廣さんのアイデアを採用しました。(四ツ橋サバイバルにも登場しています。)

 また、死霊術師は初めからプロットに組み込まれていましたが、ケイファさんにもアイデアをいただきました。


 採用枠も少なくなってきましたが、読者アイデアキャラはあと何人かは登場する予定です。

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― 新着の感想 ―
[一言] 楓ちゃんの新しい能力が発動? 異世界では通用し難くても現代社会では有効そうなゾンビ利用法 もちろん死亡時刻の整合性取るのが難しそうだから乱用はできないだろうけど 次回更新予定ありがとうござ…
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