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エステサロン 五十嵐

 この日は里村春海の久々のオフ日だった。


 彼女は有名人。そのため移動するときは目立たないように少しは変装する。


 あれだけ目も冴えるような美人だった彼女も、三つ編みを後ろに作りマスクとニット帽をかぶれば誰とは分からない。


 そこで同じく目立たぬように不審者の如く変装する圭と、マフラーとニット帽で肌の露出を減らした楓とともに、里村が予め予約しておいたエステに行くことになった。


「僕、エステとかよく分かんないんでいらないです」

「よく分からないけど、面白そうだから行ってみるわ」


 そんな正反対のことを言う二人を見て、目だけで微笑みを見せた。


「つい最近できたところで、能力?を使うらしいの。すっごい効果らしいよ」

「へ、へぇ。能力者かぁ」


 治癒魔術は基本的に怪我したところを治すことしかできない。そのため身体の活性などは別の魔術を使う。

「すっごい効果」という怪しげなワードを聞き、少し様子を見てみるかと随行することに決めた。






 エステサロン 五十嵐



 五十嵐というワードを聞いた瞬間に、圭はあっと声を出した。


「さ、里村さん、本当にここに行くんですか?」

「うん、そうだよ?」

「なんか、やーな予感が……」

「大丈夫大丈夫。ここは知り合いも使ってみたみたいだし、さすがに安全だよ」

「いや、そういうわけではなくてですね」

「いーからいーから」


 楓に「何を怖がってるの?」と聞かれて言葉を失った圭は、里村に引きずられるようにしてサロンへと入ってしまった。



 中に入ると、そこには一切汚れを感じさせない淡い乳白色の空間が三人を包んだ。

 前には清潔感のあるカウンターがあり、そこには慣れていなさそうな新人受付係が不安げな表情で虚空を見つめていた。


「すいませーん」

「はひぃっ!」

「?」


 里村が声をかけると、勢いよく姿勢を正し奇声を上げた。


「あの、大丈夫ですかあ?」

「は、はい、すいません。えーっと、……ご予約の方ですか?」

「11時に予約入れた、里村です」

「はい、里村、さとむら……はっ、もしかして里村春海っ!?」

「しっ、静かにお願いします。ねっ?」

「は、はいぃ」


 早速本人だと気付かれながらも、慣れた対応でその場を流す。受付係の女は、里村を確認した後に後ろの二人を見た。


「ご予約の方でしょうか?」

「あの二人はわたしの付き添いなの。気にしないでね」

「付き添い……はっ、まさかあの三鷹圭っ!?こ、ここかこんなところにまで」

「しーっ!静かに、静かに、ねっ?」

「は、はわわわゎっ……」


 受付係が混乱している間に、圭は部屋の周囲を見回す。すると、やはり圭の想像していたあの男が、写真でガッツリ飾られていた。


「……楓」

「なに?」

「あれ」


 指をさすと、写真を確認した楓もなるほどと深く頷いた。


「院長、五十嵐冬夜か。免許とかなんも持ってないくせにようやるわ」


 五十嵐冬夜は、四ツ橋サバイバルの時に出場した能力者の一人だ。文字通り『不死(ゾンビ)』と思わせる能力で、身体中が雷で焼き焦がされても数分すれば元どおりになる。戦うことになると厄介なのは間違いない一人だった。


「確か『不死(ゾンビ)』よね?自分の身体なら全て治るのは見たけど、人にも効果ってあるのかしら」

「あるんだから、開いてるんだろうよ。あんまりあの人好きじゃないんだよなあ」

「……なんで?」


 二人が話していると、すぐに里村は次の番に呼ばれ、中に入っていった。


「リプレイの時に見ただろ?五十嵐、上岡にキモい連発されてたじゃん。それに実際に対面した時、ずっとこっち見てたんだよね」

「そうだったかしら」

「そうだった。そん時なぜか鳥肌が立って……」

「不思議なこともあるものね、魔術でもないのに」

「魔術じゃなくても鳥肌は立つんだよ」


 そう言って写真をもう一度見る。そこに写る五十嵐は、枠外で手をワキワキと動かしている姿が容易に想像できた。


「このエステ、ヤバいやつなんじゃないだろうか」


 そうボソリと呟いた。






 里村に手招きされて入った施術室では、院長本人が手を拱いて怪しげな目線を圭に向ける五十嵐がいた。


「よう、久しぶりだなあ」

「あ、ど、どうも」


 里村が何か気を利かせてくれたらしく、中で話せるように交渉したらしい。客三人はまとめて施術室でベッドに座らせてくれた。


「なんだか大変そうじゃねえか。能力者やら魔術師やらは世間ではいまバッシング受けてるしよ。まあ俺も能力者だから、スキャンダルも護衛関係だろうと分かっちゃいるが」

「バッシング、ですか?」

「おん?敬語はいらねえ、俺たちトモダチだろ?」

「あ、ああ、はい。わかった」


 視線が目からどんどん下に降りてくるのをみないことにしつつ、バッシングというワードについて聞いた。


「知らんのか?ついこの前、魔術師による犯罪があったんだ」

「へー」

「その様子じゃだめそうだな」


 楓と目を合わせて首を振ってから、里村を見る。彼女はその件を知っているらしく、ゆっくりと首を縦に振った。


「つい最近、魔術師が強盗を働いたんよ。それで死者一名。ランク1……いや、一つ星のザコだが一般人から見りゃ人外だ。今までならうちうちでごまかせたんだが、今回はダメだったらしい」


 聞けば強盗犯はあえて魔術師と名乗ったらしい。それもMAACに所属できなかった腹いせときた。


「この問題に関しちゃギルド側も困っててよ、なんも悪くないのに非難の的だ」

「ギルド?」

「んあ?そこから知らんのか。最近MAACのシステムが異世界のギルドシステムみたいだから、ギルドって呼び名が浸透してんのよ。MAACってのも先鋭的でカッコいいけど、やっぱギルドの方が安心感あるよなあ」

「……僕が離れてる間にそんなことになっていたのか」


 今世の中、いや、メディアでは異能者叩きが始まっていた。

 能力者たちの犯罪に対してMAAC、ギルド側はなんの対策も取ることはできない。それに対してメディアが肩を並べて批判し始めた。


 ただ、問題はギルドではなく政府側にある。それが今は焦点がずらされているところだ。


 これから数日もしないうちに、能力対策課の存在も露呈する。テレビなどにゲスト出演する能力者たちには能対課のことを口止めできないからだ。


「まあ俺もギルドには登録してるんだ。潰れてもらっちゃ困るから、陰ながら応援しておくさ」

「あ、ああ。登録してくれていたのか」

「あたぼーよ。三鷹の頼みなら、なんだって聞くさ。……だからさ、」


 スッと足を前に伸ばしたのに反応し、ゾワリと背筋が逆立ち危険信号が圭を襲う。


「と、ところで、なんで五十嵐くんはエステサロンなんか始めたのかな?」


 咄嗟に出てきた言葉は、五十嵐の足を下げさせた。珍しく上擦った声に楓は不思議そうな表情を示したが、里村は逆に圭の提供したネタに食いついていた。


「なんでって、そりゃ決まってるじゃねえか!人の身体に、合法で、触り放題!能力が回復系統でラッキーだったぜ。実際触りゃエステ効果は出るんだからな」

「……やっぱり」


 ボソッと呟きため息を吐く。楓はなるほどと閃いたような表情をし、両手を前で叩いた。


 そして、今大人気女優の里村はといえば、


「それ、ほ、ホントですか?」

「んぇ?」


 視線が、純粋なものから少しずつ蔑みへと変化していく。


「女の人の身体を触るためだけに、エステを開いてるんですか?」

「ちげーよ」

「そ、そうですよね。仮にも客に……」


 ホッと一息ついたと思えば、五十嵐は斜め下方向に里村の印象を蹴飛ばした。


「俺は女だけじゃねえ、両刀だからな。性別は関係ねえ」

「へ?はぇ?」

「なあ、三鷹。少しくらい、いいだろ?」

「や、やっぱり……」


 少し息を荒くしながら、再び五十嵐が一歩足を前に出す。それに今度は全身の毛が逆立った。


 その様子を見ていた楓が、ようやく圭が五十嵐に苦手意識を持っていた理由が分かった。


「か、帰るわ!私と圭は、別に予約してないんだもの、これで終わりよ!」

「まあまあ、そう言わずに。ちょっと触るだけだからさ。琴桐さんも一緒に、どう?」

「ムリっ!」


 もう一歩、足が前に進んだところで、楓が圭と里村の手を握り施術室から飛び出した。


「里村さん、手続き!」

「は、はいぃ」


 少し恐怖を感じながら、里村は震える手でカードを渡す。

 何にも知らない受付係の女は、里村と圭に目をキラキラさせながらそれを受け取り手続きを行った。


「あなたは院長に何かされたことある?」

「え、何がですか?」


 視界外だった楓が唐突に話しかけたことで、受付係は不満そうに楓を睨む。だがその視線は楓より少し奥の、少し高い位置に修正された。


「ミカちゃんには何もしていないさ。あくまで、お客様だけだから、ね」

「ひぃっ、」


 気がつけば、五十嵐は圭と楓の背後に立っていた。そしてさり気なく二人の尻を撫でる。


 その馴れた手つきに、圭と楓が同時に反応した。


「「『爆ぜろ』!」」

「ふぉばっ!」


 同時に発動した破裂の魔術は、勢いを重ね人を簡単に吹っ飛ばすほどの勢いで五十嵐の顔面に直撃。

 このサロンの院長はきりもみ回転をしながら壁に頭をめり込ませた。




「もう二度としないことね」

「ああ、新調した事務所が……」

「直しておきますから。『直れ』」


 めり込んだ部分に魔術をかけ元通りに直す。失敗したと頭に手を当てる五十嵐は、破壊された事務所が直っていくのにホッと息をついて二人を見る。


 背後では一般人二人が何とも言えない目で魔術師たち三人を見ていた。


「それと、能対課もなんだか騒がしいみたいだ。ギルド所属の人にまで声をかけているらしくて、俺の方にも回ってきた。何かまた起こるかもしれないな」


 迷惑かけたサービスだと無料券を里村に渡されたが、里村はそれを手に持って外に出てからもずっとしまうのを悩んでいたようだった。





「はぁ、なんか調子狂うな」


 メディアがバッシングを繰り返しても、大衆がそれを真に受けるとは限らない。


 世の中の評論では魔術師たちに恐怖し管理を願う者と、言葉に踊らされるもしくは人権問題として擁護する二つに派閥が分かれている。


 そして、魔術師たちを間近で見たことがない大多数の一般人は、それらの話をお祭り騒ぎのように認識していた。


「見てこれ。ケイの人形よ。サイズも沢山あるわ」


 久々のショッピングに里村が浮かれている間に、楓が特大サイズのデフォルメ人形を持ってきた。


「これ、3万円よ?最近人気すぎてレアものらしいわ。ほら、7万円で転売されてる」

「そんないらん情報言うな」


 ニュースを調べてみれば、確かに今論争の真っ只中。そしてつい先ほど能対課の存在が明るみに出され、竹岡恵理子があらゆるニュース写真のトップを飾っていた。


 これでMAAC側への批判もそのうち収まるだろう。


 同時に、コミュニティの存在も明るみに出された。全ての情報が解禁されたわけではないが、魔術師や能力者の名前、ランク、二つ名などが公開され、さらに指名手配犯や神城学園のことまで提供された。


 ただし、顔写真などは公開されていない。これは政府側のプライバシー配慮だと思われた。


「ランク6の情報はないのか。……まあ力尽くで止められない存在を公開するのも、非難殺到しそうだしなあ」




 結局、この日はこれといって何かが起きることはなかった。

 強いて言うならば、百瀬秀介が楓にキャラ作成をしていいか電話で尋ねてきたことだろう。


 容姿のせいかプロフィールのせいかは分からないが、何もしていないのに妙に人気が出始めている楓もちゃっかり商業利用したいらしい。


 少し悩んだようだが、すでに隣の圭がキャラクター化しているのもあってこの件を了承した。


 これは3日後にすぐに追加されてまた話題を呼んだのだが、それは別のお話。

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