楓の来訪
パパラッチ、謎の飛翔体。これらを受けて、里村春海にはまず即座の引越しを提案した。
「たぶん向かいのマンションから誰か見てますよ。前の引越しからどれくらい時間が経っていますか?」
「うーん、一年くらいかなあ」
「木本さんにも伝えてここは退去した方がいい。あの写真は角度的にマンションからでなくては不自然だ」
「そっかー……」
たまたま見つけてしまったのか、それともわざわざ引っ越してきたのかは分からないが、近いが故に見つからなかったのかもしれない。
「うーん……周りのことは他の人にも頼んで、近所の人は違うって教えてくれたけどなあ」
「どちらにせよ引越しが手っ取り早い。ストーカーがいるとして、家まで特定されてはその時点で厄介です」
それから圭は、今日限りでこの家泊まりはやめることを伝えた。
「もとから問題がある気はしましたが……とりあえず、近くのホテルにしばらく宿泊することにします。……めんどくさいけど」
「めんどくさいならいいじゃん」
「それは無理です。それよりこの前渡したミサンガは着けてますか?」
「ミサンガ?……あー、あれはね。えっと、そのー……」
「着けてはいないみたいですね、はあ」
ミサンガは魔力を内包しており、これにより探知魔術で特定することができる。逆に言えば、これがなければ場所の特定はできない。
「何かあった時、これがあればあなたの居場所が分かります。万が一のためにつけておいてください」
一般人がストーカーであれば、こんなことをする必要はないかもしれない。しかし、空飛ぶ反応は圭を警戒させるには十分だった。
「でもでも、ここ何日もストーカーいなかったし、大丈夫だと思うの」
「だいたい、ストーカーってどこまでされてたんですか?車で送迎してるし、ストーカーされる余地なくないですか」
「違うの、それはわたしがお願いしてここ最近はじめたから。それに、ここ最近は私用での外出も控えてるの」
なぜストーカーを感じたのか。それは外を歩くときに度々つけられている気配がしたから。
しかしそれは本当に妙なもので、人がいるときは一切気配を感じさせない。それは探偵だろうと、警察だろうとだ。
この気配はたまに大きくなったり一定期間いなくなったりするとのことだが、魔術で身を隠しているにも関わらずそのような気配は一切感じなかった。
こう考えると、どちらにせよ方針は変えた方が良かったのだろう。
「じゃあ、なおさらミサンガを身につけていてください。囮捜査、してやりますから」
やはり家の中は安全と言ってもいいだろう。外でも即死でない限り魔術で治せる。今まで受動的に護衛をしてきたが、ここからは能動的にストーカーとやらを捕まえに行く。
------------------------
翌日、圭はすぐに家を出た。
木本から予定を確認し、それに合わせて後を追う。その際にはかなり距離を離し、魔術探知を一切使わずに里村を監視する。
「ケイ、久しぶり。こっちこっち」
途中すぐ合流した楓と、今後の動きを確認し合った。
「囮捜査に切り替えるよ。世間がなんと言おうと問題ないだろ」
「そう。それより、変なことされてないでしょうね」
「変なこと?一線は超えてない」
「ふーん」
久々に会えたのにトゲトゲしている楓は、圭と同じように目を強化して遠距離から里村の仕事姿を確認した。
「へー、とっても美人。さぞかし楽しかったでしょうね」
「そういう話はあとでいくらでも聞くから」
受験が終わった今、楓もすっかり暇人だ。魔術も使え、護衛される側からする側へと気がつけば変貌していた。
「ストーカーが発生するのは、プライベートの時だけみたいだ。マンションの前は監視されてて、個人で出かけるときにだけストーカーは発生する。そんなところだろう」
「魔術の要素はあるの?」
「ないならそれでいいんだが、ちょっと怪しいところがある」
探知魔術は使わない。ミサンガは非常時のお守りだ。
それからも圭と楓はかなり離れた位置から里村の動きを観察し続けた。
結果としては、その日はやはり特段変化はなかった。
「もしもし、今日一日どうでしたか?」
『ちょっと不安だったけど、なんにもなかったよ』
「そうですか、それはよかったです。それじゃあ次のステップいきましょう。今から一人で外に出てもらってもいいですか?」
『え……』
「大丈夫、出て左にまっすぐ進んでください。その先に待っていますから」
『う、うん。分かった』
通話を切り、ホテルの外へと飛び出した。
この付近は閑静な地域で、都心らしいうるささをあまり感じさせない。真っ直ぐな道は綺麗に整えられた歩道で飾られており、高級住宅街であることをわずかながら示している。
その道を、壁にもたれながらジッと見つめていた。
「楓まで来なくてもいいのに」
「依頼者に言いたいことがあるの」
「はいはい」
街灯もつけられた道はほとんど暗くなるということがなく、ずっと先まで見通せる。その途中から、人影が一つ現れたのが見えた。
『もしもし』
「はいはい、見てますよ」
『わたしは見えないよお』
「私も見てるわ」
『あれ、誰かいるの?』
「知りたければちゃんときてください」
『はあい』
電話は繋がったままだ。何かあったときにすぐにわかるようにするため。ストーカーの気配を感じたと言われれば、すぐさまその場を走り駆けつければ良い。
それからたっぷり五分くらいかけて、里村は二人の元へやってきた。
「あっ!圭くーんっ、寂しかったよお」
「あー、はいはい」
ようやく顔が見えて走ってきた里村は嬉しそうに圭を見た後に、隣にいる楓に目を向けた。
「……この子、だあれ?」
圭へと目を戻し首を傾げると、それを見かねた楓がズイと前へ身体を出した。
「琴桐楓です。ケイとは、こういう関係です」
スッと身体を圭によせ言葉の外でアピールすると、里村はその光景に目をパチクリさせていた。
「か、彼女さん?なんで、こんなところに?」
「それは、……暇だったからよ」
「マジで?寂しかったとかじゃなくて?」
「……暇だったのと、やることができたからよ」
思いっきり舌を出して威嚇してから、楓は素早く圭の後ろへと隠れた。
「仲、いいんだね……はぁあ」
その姿を見て落胆したのか、里村は大きなため息をついて肩を落としたのだった。
しばらく事情を説明して、帰りは里村を二人で送る。
堂々と姿を現したまま、圭と楓は里村の住むマンションのすぐ目の前で手を振った。
「それじゃあ、おやすみ。撮影の時とかは仕方ないけど、なるべくミサンガは身につけておいてね」
「うん、うん。気をつけるね」
「それじゃあ、おやすみ」
そう言うと同時に目を後ろへと走らせた。
魔術による目の強化。これにより暗闇でも、遠距離でもある程度動きを把握できる。これによって、前回パパラッチしてきた位置を完全に特定しようとしていた。
「……特になし、か」
目で見てもそれらしきものは見つけられない。見落としもあるかもしれないが、あえて細かい部分まで覗かずにさっさと切り上げてホテルの方へと戻った。
------------------------
ホテルに戻ると、楓が一目散にベッドへとダイブした。そしてその場でゴロゴロと何度も転がり布団を体に巻きつける。
普段の楓からは想像もつかない動作だった。
「……何してんの?」
「舞よ、舞。よく分からないけど」
「なんじゃそりゃ」
なぜ楓が圭のところまで押しかけてきたのか。それはスキャンダル写真だけが理由ではなかった。
「まあ?スキャンダルというよりこの依頼を勝手に受けたケイに怒っているのもあるけど?」
「仕方ないじゃん、女絡みのことは何にも考えてなかったんだよ」
「んなことで許されると思ってるなら、死刑よ死刑。まあそれはどうでもいいわ」
「いや、どうでもいいんかい」
ワナワナと握りしめた拳からしてどうでもいいもは微塵も思えないのだが、何か別のことを話したいらしいので軽く触れるだけに留めておく。
「ケイ。私はもっと、強くなりたい」
「強くって、修行中の身じゃないか」
「違うの。そうじゃなくて……」
ことは一昨日の夜、警察署の能対課でのことだった。
「ふふん、黒井くんに加えて白川くんにも勝利。これで同世代の学園生より強いということを証明できたということね」
「さすがだなあ楓ちゃんよお。黒井と白川は別に強いわけじゃあねえが、一年前とは比べものにならねえ成長具合だ」
「でしょでしょ?葛西さん、分かってるわ」
以前の黒井のように伸びた白川を見て、楓はすっかり鼻が高くなっていた。
見学に行った時にツートップを張っていた二人を倒したとなれば、そう考えてしまうのも仕方のないことだ。
しかし、それは見学に行った時点、半年以上前の話だ。
伸びた白川をチラリと視界に入れたまま、黒井が楓に衝撃の事実を伝えた。
「……実は、俺たち二人は学園で一番強くはなくなってしまったんだ」
「ほへ?」
一瞬何を言われたか分からなかった楓が素っ頓狂な声をあげると、その天然な表情に黒井は顔を赤くし目を逸らした。
「そ、それでだな。卒業する時には、最も強い人はこの男になってしまった」
黒井が身体を横に退けると、その先にはあまり戦闘が得意でなさそうな中性的な顔つきの男が立っていた。身長は楓より低い。表情もどこか抜けている。
楓からしてみれば、どこに強い要素があるのか分からない人物だった。
しかし、楓のそばには圭がいる。見た目はゴツくはなったが、相変わらずの覇気のなさを見せる圭の意味不明な強さを見ている楓は、たとえ相手が弱くとも油断するつもりはない。
それでもその姿は拍子抜けだった。
「綿貫浩紀です。どうも」
ペコリとお辞儀するこの男を見て、楓は黒井に問いただす。
「戦おうじゃない。彼のスタイルは?」
「……魔術師だ。しかも、複数属性」
「……へえ」
それから二人は戦い、結論から言うと、楓は負けた。
一方的とは言わないが、終始魔術で押され最後には炎の魔術で全身を燃やされた。
「ふーん」
この話を聞いて、意外そうな顔をしながら適当な返事をした。
「魔術を自在に使いこなす、ねえ。それぞれ同じ魔術なのに形も威力も違うと」
「そうなの。ずるいわあんなの!全部ほぼ同じ詠唱だからどう来るか全く分からなかったの。しかも、身体強化と魔術を同時に使って、至近距離で戦いながら魔術を使ってくるんだから」
「珍しいな。学園生っぽくない」
話を聞けば、圭の特別授業を見てからメキメキと実力を上げたそうだ。元から多い魔力量に自在な魔術を組み合わせたら弱いわけがない。
言葉だけ並べてみれば、圭より強いことになるだろう。
「だから、私はアイツを倒せるくらいに強くなりたいの!」
「なーるほどねえ」
これでも楓は修行中の身、圭の扱う『一詠唱』テンプレもまだすべて覚え切れていない。
「そいつに勝つのは難しいだろうなあ。僕でも苦戦するかも。でもまあ、やりようはいくらでもあるかな」
それから圭は頭をポリポリ掻く。
「この依頼が終わったら応用編に行こうか。まだ魔術を組み込んだ格闘術って慣れていないもんね」
「ほんとっ!分かったわ。死ぬ気でやるから!」
「まあいつも死ぬ寸前だしね」
再び楓は布団を掴みベッドを右へ左へと転がり始める。
「とりあえず、今はこの依頼に集中したい。何か嫌な予感がする」
「分かったわ。私も参加する」
「……無茶はしないでよ?」
「分かってるわよ」
窓からジッと外を見ていた圭は、欠伸をしてシャワーを浴びに風呂場へ動く。軽くシャワーを浴びてから、クシャクシャになったベッドに入りそのまま眠りについた。




