護衛スキャンダル
この話を書いたことは、反省しています
あまりにも暇すぎる時間を持て余している圭は、里村の住むタワーマンションに用意された自室で大きく欠伸をした。
定期的に探知魔術は発動している。一般人のストーカーでタワマン屋上まで上がってくる人はいないだろう。この設備を見させられたらそう納得させられる。
「大丈夫……だよね?」
非常用の対策として、魔女印の特製ミサンガを里村へと渡しておいた。
これにより彼女がどこにいても、探知できる範囲で居場所は把握できる。
夜十時。
今日本でも大ブームの新人女優と、最も注目を集めている時の人が同じ屋根の部屋にいる。これはこれで大問題だと考えつつあった圭は、いくら護衛とはいえやはり家も別にすべきかと考え始めていた。
基本的に部屋に篭って時間を潰しているため最初は良かったのだが、慣れてきたのか里村がリビングでお話ししましょうと誘ってくる。
何か起こってしまってからではまずい。でも一般的なマンションで護衛のことまで考えた設計なんてあり得ない。
「……どうしようか」
最近頻繁に使うようになったスマホで楓から送られてきた画像を見る。そこにはのびた黒井とその様子を見る白川が写った写真が送られてきた。
黒井には勝ったようだがそこを自撮りで見せてこないあたり楓らしいなと思いつつ、部屋の中で軽く身体を動かした。
「けーくーんっ、ちょっと来てぇー」
「あー、はいはい」
リビングに行けば、口の広いワイングラスに注がれた明らかにお高そうなワインを、少し顔を赤らめた里村がユラユラと揺らしていた。
「はいこれ、けーくんの。ここ座って?」
「ツッコミどころがたくさん……」
まず、けーくんという呼び方はいつできたのか。さっきまでなかった。
圭はまだ19、未成年だとは昨日くらいに説明した。
そして何よりこの女、だんだん圭の前での行動が大胆になっている。
バスローブで人と飲もうとするな。
とまあ他にもたくさんあれど、言いたいことはひとまず飲み込んで、姿勢良く指定された二人がけの柔らかいソファに沈み込んだ。
「あのね?けーくん。わたしは今、困ってるの」
「は、はあ」
「最近ずっと変な人に狙われてて、ホントは怖くて、逃げ出しそうで……」
里村がワイングラスをテーブルに置き圭と距離を詰める。楓とは違う、愛くるしい甘い雰囲気が鼻腔をくすぐる。
「でもね。わたし、分かったの。あなたならわたしを守ってくれるって」
「……ちょ、」
腕を、白い指がツーっとなぞる。人差し指が肩までたどり着いた後、そっと他の指も添え置かれた。
「そう、これは運命の……「わあぁぁー!ストップ、ストップ!」
しなだれかかってきたところで、咄嗟に飛び退き回避した。
「……あれえ?」
肩を預ける相手がいないことに倒れ込んでから気がついた里村は、トロンとした目を上に上げ、荒い息で上目遣いを向けた。
それに早鐘を打たされ、慌ててもう一歩後ろへ下がる。
「な、なんか危険な香りはしてましたけど、色恋沙汰はご法度ですよ!ご法度!」
「えぇ、なんで?わたしそんなに魅力ない?」
「あんたわりとマジで……じゃなくて。僕は浮気は好きじゃないんです」
「ほえ、うわき?」
浮気という言葉に反応し、パッと雰囲気が変わる。まるで心地よい夢から覚醒したかのような変わりざまだった。
「この依頼ですら激怒されてんのに、やるとこまでやっちゃあもう殺される未来しか見えないんで」
「あらあ、そうなの。どんな子、どんな子?」
「え、あ、はい……」
さっきまでの迫り方がまるで演技のように、普通の友人のような気軽さで再び圭との距離を詰める。その流れに押され、よく分からないまま自室からスマホを持ってきて、以前母妙子が撮っていた写真を見せた。
「まあ、カワイイ。圭くん、なかなかやるじゃん」
「どうも」
「この子、お人形さんみたい。モデルとしても全然活躍できそう。スカウトとか来なかったのかしら」
「箱入り娘……?でしたから。たぶんあんまり外目にさらされることもなかったんだと思います」
角度を変えても写真が変わるわけでもないのに、里村はスマホを持ち上げていろんな方向へかざし回した。
それに一通り満足してから、素早く画面を操作しガッツリ圭の通知欄を確認した。
「あ、ちょっと!」
「あら、……友達少ない?」
「違います!」
登録された連絡先は五十人もいない。これが多いか少ないかは人によるだろうが、里村春海からすれば圧倒的に少ないだろう。
「仕方ないなあ、わたしの連絡先も教えてあげる」
「いらないですからっ」
「まあまあ、ここはおねえさんに任せなさい」
身体への接触を避けようとしているのをいいことに、里村は取られないよう圭に背を向けて自分のものと連絡先を交換してしまった。
「はい」
「…………」
手渡されたスマホを勢いよく奪い取りそのまま連絡先を消してやろうとしたが、手をかける前にメッセージが届く。
それを開くと猫キャラスタンプで「よろしくにゃー」と表示され、その名前が自分の目の前の人だと気付いた。
「よろしくにゃー、てへっ」
そのあざとい動作に毒牙を抜かれ、護衛にも必要かと頭を切り替える。
大人しく、よろしくスタンプを送り返した。
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「いいようにやられている気がする」
四日経った今のところ、ストーカーらしき気配はない。里村も最近変な気配を感じないと言ってはいるが、そろそろ本気か疑わしくなってきた。
披露した魔術をキラキラした目で見ている里村を、怪しげな目で窺った。
彼女の性格がイマイチ掴めない。何個も性格があるとすら感じられ、どう対応すればいいのかを測りかねている。特に、突然スイッチが入って魅了しにかかるのをやめてほしい。
止めればあっという間に友達感覚になるし、友達にしてもやたら距離が近かったり、離れてたり、性格も甘え上手かと思えばサバサバしたり、かと思えばふと年上らしさを見せたりと、距離感を掴めない。
ただ、自分が徐々に懐柔させられているようには感じていた。
トークの一番上には最近楓と同じくらい里村が来ている。
「写真は撮らないでくださいよ」
「えー、なんでえ?」
「どうせSNS投稿するつもりでしたよね?」
「そうだけどお」
「あなたが個人的に魔術を見るのはおかしいじゃないですか」
「あ、そっかあ……おおぉっ!」
里村が手に取っていたスマホがスルリと抜け、遠く離れたキッチンカウンターにフワリと着地する。
それを見てまた感嘆に浸る里村を見ずに、圭は自分のスマホで楓が写真を送ってきたのを見つめていた。
『合格!』
そこに添えられた三文字が何を意味するか如実に表している。ようやく、楓は完全に受験から解放されたのだ。とはいえ9割がた確定してたので特に心配していなかったが。
『あと、香奈さんも!』
そうやって送られてきた写真には、圭は知らなかった香奈の受験番号が載せられていた。
「よかおめ、っと。感慨深いなあ。おっと、香奈にも」
指をクルクルと動かすと宙に舞った火が文字を模り始め、それを自分の写真に収めた圭は画像送信した。
「今の合格おめでとうってなあに?」
「え?ああ、楓……僕の彼女さんが大学合格したんですよ」
「ま、まさかの歳下!?」
「大丈夫、もう合法」
「どんな馴れ初めなのか、気になるなあ……」
「聞きたいですか?」
「うんうん」
よく聞かれるのだが、馴れ初めというか、出会い方は世界でも有数の特殊さだとは思っている。
散歩中にぶっ飛ばされて目の前でバウンドした女と会ったことがあるだろうか。そんな出会いを説明するだけで質問相手は満足するのだが。
「じゃあ、そのー、楓ちゃんも魔法使いなの?」
「魔術師、です。そうですね、僕の弟子です」
「ステキ!わたしも弟子にして!」
「才能ないんで諦めてください」
指を鳴らして火を消す。それから時間を確認して仕事の準備はいいのかと聞くと、里村は慌てて身体を動かし始めた。
「ヒドい、早く教えてよ!」
「時間に間に合うようにしたじゃないですか」
それから里村に続いて圭は外を出る。基本的には車外では魔術で姿を消して行動する。これにより下手なスキャンダルを防ぐ。
あとは圭に誘惑に負けない心があれば、残り二十日も耐えられないことはない。
「ない聞いて夏樹!圭くんったら、ちっともわたしに魅力感じてくれないの!女としてのプライドが打ち砕かれた!」
「最近大人しかったと思えば……何人をたらしこもうとしてんだこのバカ女!」
「ヒドい!夏樹は味方だと思ってたのに……」
「私が今まで味方だったことがおありかと?」
「ま、マネージャーじゃん!」
「マネージャーは味方とは違いますから」
耐えられないことはない……とは思うが、フラストレーションが溜まりつつあるのも事実だ。
一歩間違えれば大問題。それに頭を抱えながら、三人はマネージャー木本夏樹の運転で例のタワーマンションに帰る途中だった。
「……ん?」
探知魔術に何かが引っかかった。
これ自体はこの依頼の中ではよくあることだが、探知された対象がちょっとおかしい。
「すみません、少し止めてもらっていいですか?」
「え?……ああ、はい。ちょっと待ってください」
木本が不思議そうな顔をしながら、信号がなくなったあたりの道路に止めた。
「どうしたんですか?」
「ああいえ、ちょっと、ね」
探知魔術は球状に魔力を発動する。大抵数人の反応がある事が多い。一人もいないこともあるし、十人いることもある。
ただ今回の問題は、その場所だ。
「空……鳥か?」
宙を飛ぶ反応が二つ三つ存在している。それぞれ一定範囲をクルクル回っているようで、妙なモヤモヤを抱かせる。
「すいません、大丈夫です。いきましょう」
「はあ……わかりました」
魔術という世界を知らない木本はただの休憩か何かと勘違いしていた。それはそれで好都合だろうと考えながらも、今も宙で浮遊している飛翔体に意識を割き続ける。考えられる理由をいくつか検証していると、横から声がかかった。
「ねね、何かあったの?」
「へっ?」
声の方に顔を上げると、そこには鼻先が触れそうなまでに顔を近づけてきた里村春海が不思議そうに圭の目を見つめていた。
「……あ、ああ。べ、別に大したことありませんよ」
あまりに近い距離に心臓が跳ね上がりそうになるのを抑えて、身体を外へとずらす。
その様子を見て不満げな態度を取りつつも、里村はなぜか下がらない。
「うそだあ、何にもなければ車止めないもの」
「休憩したかったんですよ」
「ほんと?」
「ホントですよー」
「里村、ちゃんと座れ」
「夏樹ちゃーん、邪魔しちゃだめ。ね、こっそりわたしだけに教えてよ」
「なんで里村さんにこっそりなんですか。意味わかりません」
「またまたあ」
宙を飛ぶ何かはわざわざ車に追随するように動いてくる。そちらへの意識の方で対応を雑にしていたのを見破られたのか、里村はいつもよりしつこく迫ってきた。その対応を雑に流しつつようやくマンションに着くと、空の反応は突然なくなった。
「どういうことだ?」
車が止まってすぐに再び空を確認したが、やはり飛んでいる反応はどこにもない。消えた場所を今から調べに行こうと思ったが、反対側に立つ女を見て足を止めた。
「ねえ、ほんとにどうしたの?ねえねえっ」
「いや、……勘違いだったみたいです。とりあえず入りましょう、寒いですし」
部屋に入ってからも何度も探知魔術を使ったがそれらしき反応はない。あれはいったい何だったのだろう、そればかり考え里村の言葉を適当に流し返事をした。
「え、ほんと?やったあ!」
「は?え?」
「じゃあどうする?」
「あ、え、ちょっと?」
「今度の日曜日、どこ行こっか……」
「え……え?行きませんけど」
「今行くって、約束したよ?」
「……さあ、なんのことでしょうか」
「あ、ずるいそれ!反則!嘘つき!」
「お互いの立場を考えましょうよ」
「そんなの知らなーい」
「はい、おんなじことしたので反則はなしですね。また機会があれば」
「え?……あ、え?今の、今のなしっ!」
屁理屈で切り抜けて、内側から鍵をかけてベッドに寝転がった。
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それから同じような現象が三日続き、いい加減問題対処に移ろうかと考えていた頃だった。
バイブレーションが震える。画面を確認すると、楓が電話をかけてきたのが分かった。
ここ数日声聞いてないなと電話を繋いだ。
「もしもし」
『こ、の、バカァァァァァァァッ!!!!』
「っ!?!?」
鼓膜が逆側まで破れそうな大声が、電話の先から聞こえてきた。
思わず持っていた手を離し、床に音を立ててスマホが落ちる。
「圭くん?」
部屋の外にも声が聞こえたのか、里村が不思議そうに部屋をノックしてきた。
「な、なんでもないです!」
慌てて適当に返事をしてから、落としたスマホを拾う。
「か、楓?どうしたの?」
『圭のバカ!どうせニュースとか見てないから分からないでしょうけど、これ見て!』
「これ?」
通話越しにメッセージが送られてくる。そこには何かの記事へのリンクが載っていた。
それをタッチし、記事の中身に目を通す。そして一番最初に入った写真を見て、手を頭に当てた。
『何これ、どういうこと?護衛の依頼なのは分かるけど、この記事!パパラッチされてるじゃない、ウェンズデーよ!しかも熱愛だなんて、意味分かんない!』
基本的に、圭は自分が四六時中護衛しているのを隠すため、外ではほとんど魔術で身を隠している。それはマンションを出る時から帰る時まで徹底しており、車の外で身を晒したことは皆無と言っていい。
ただ唯一、空を飛ぶ反応を初めて感知した時だけは違った。
いろいろなことに意識を割いており、完全に姿を隠す魔術を使うのを忘れていたのだ。
そのわずか一日を見事に写真に収められ、すぐさま世間に『熱愛?里村春海の禁断の恋』という見出しでデカデカと報道されてしまったのである。
そしてこの記事を見つけてしまった楓は、慌てて圭へと電話した、というわけだ。
電話した時にはすでに世間に報道されて手遅れなわけだが。
「ごめん、気をつけてたんだけど……ちょっと油断した時に……」
『だからやめてと言ったのに。……あ、』
「楓?」
電話中に楓が突然口を閉ざす。通話口からは、キーをカタカタと押す音だけが聞こえてきた。
『そこ、なんて名前のマンション?』
「なんで急にそんなこと……」
『いいから』
「はい」
公表してしまえば大問題な住所を、勢いに押されて楓に正確に伝える。
それを確認してから再び楓は沈黙し、キーを叩く音とマウスをクリックする音だけがしばらく響く。
『契約、いつまで?』
「あと20日」
『そう』
数分間の無言の時間が終わり、楓がようやく話し出した。
『いい、私もそこに行くから』
「は?」
『は?じゃないの。圭、護衛してるうちに懐柔されていないかしら』
「あー、うーん……」
『されてるのね』
「はい」
『どちらにせよこのまま半月以上なんて、何も起こらない方がおかしいわ。だったら、こっちから仕掛けてやろうじゃない』
「何と戦ってんのさ」
『ということで、最寄りのホテルに二人で19日分予約を取ったわ。圭、あなたどうせ本人確認の対策してるんでしょう?』
「ミサンガ渡しといた」
『ミサンっ、……まあいいわ。ホテルまでの距離は500mもないし、夜はそっちに帰ること。車も必要よね。何かあった時は、絶対に、私もセットで動くから』
「そこまでしなくても……」
『するの!だいたい一月も別々でいられるわけないじゃない!どうせ暇だし、イライラしてたし、ちょうどよかったわ。それじゃあまた明日!』
勢いよく切られた電話を見て、何にも考えられずにその場で放心してしまった。
それから少しずつ頭を動かし出す。
まずは確認が必要だ。
「里村さん、これ知ってますか?」
里村が圭から受け取ると、中身を軽く読んで圭を見た。
「あ、熱愛報道だって。そんなことないのにねえ、えへへ」
「確信犯かあんた」
「嬉しいけど……わざとじゃないから許してにゃんっ」
「使い時を考えましょうよ……」
こうなればいいなと若干思っていた節もありそうだったが、本人も意外だったのだろう。
「まあいい。にしても、魔術を使わなかったのは三日前のあの時だけだし、ずっとつけられてるってことか?ちょっと見てきます」
「え?あ、ちょっと!」
斜め上方向から二人の姿を捉えた写真から逆算し、現場を確認して撮影元を探す。同時に探知魔術も継続して発動。空の魔術反応と連動したのも気になったためだ。
「斜め上……ここか?」
角度的にあり得そうな場所に狙いを定める。この付近は高い建物ばかりで見通しが悪い。パパラッチされたのなら、した場所もほぼ特定できる。電柱などに駆け上り様々な角度から試してみると、パパラッチを行ったとされる方向には、また別の高層マンションが立っていた。
「……魔術の絡まない事件は、ちょっと解決できないかもなあ。けど、そういうわけでもなさそうだし、どうしようかなぁ」
今後どうすべきか考えながら、キーを使ってまた里村の部屋へと戻った。
楓が最も警戒していたことが起こってしまいました
でも、ゆるしてにゃんっ




