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琴桐楓伝説の始まり

楓ちゃんの実力はいかに

 楓は今、一人で外を歩いていた。

 河原に降りてぶらぶらと一人で歩く。途中で足元に転がってきたサッカーボールを、近くでサッカーしていた少年たちに蹴り返した。



 これは一年前では考えられないことだった。このご時世、上流階級の人たちは常に能力犯罪集団に狙われる。それゆえにほとんどの場合彼らには護衛が必要とされる。

 能対課などのおかげで誘拐や殺人などの事件をいくつも未然に防いでいるが、それでもゼロにはならない。


 特に楓は、以前『闇夜の騎士団』に目をつけられていたため、何度も連れ去られそうになった。


 しかし今は違う。

 楓は圭のおかげで魔術を習得し、襲われたとき撃退するための体術も学んだ。圭もランク3レベルの敵ならば十分逃げ切れると太鼓判を押している。


 そんな彼女が最近通っているのが、警察署、能力対策課であった。


「こんにちはー」

「おう、楓ちゃんよく来たな」


 部屋に入れば、葛西繁信がまず反応する。葛西は楓のことをよく知る一人だ。昔何度か助けられており、二人の仲は悪くなかった。


 そしてその次に目に映ったのは二人。


「久しぶり」

「う、うむ。久しいな」

「ひ、久しぶりだな」


 卒業後すぐに配属された、白川と黒井だった。二人ともピカピカの制服を着ており、ぎこちない動きがどこか新人らしかった。


 他にも二、三人学園から配属されており、この地区の能対課は一気に倍に増えた。


 そんな彼らを見渡して、楓はにっこりと笑った。


「二人とも、勝負よ!」






 ------------------------





 楓を含めた能対課の面々は、自然と修練場へと足を運ばせていた。

 もともと彼らは一日の業務の一部に鍛錬が組み込まれている。ある程度の自由も聞くため、すぐに楓が戦える状態にセットアップされた。


 それはいいのだが、周囲の人は皆揃って楓のことを心配していた。


「楓ちゃん、本気でやんのかい?」

「葛西さん。わたしは、やる女ですから」

「……なんか三鷹に吹き込まれてないか?」

「べ、別にそんなことないから!」


 能対課でも、学園生でも、楓の実力はランク1で止まってしまっている。そのためランク4である二人を相手に戦うのはあまりにも無謀だと思われてしまっていた。


 とはいえ楓が勝負を切り出して、やる気満々だ。黒井と白川を含めた能対課の面々は、お遊び程度かなと言うふうに楽観的に捉えていた。


 楓もさすがに前の圭のように二対一で勝てるとは思っていない。ジャンケンをしてもらい、負けた黒井の方が先攻として修練場の真ん中に立った。


「楓さん、あなたは確かランク1では?」

「残念、今は三つ星魔術師なんだから」

「三つ星?ああ、あの最近できたよく分からない組織のことか。わざわざあれに所属することもなかろう。今すぐ辞めることをオススメする」


 当然、能対課側もMAACの存在は知っている。彼らにとってこの組織は邪魔でしかなく、あまり良い印象は持っていない。

 それに加え、星の基準がよく分かっていないため、楓の成長具合も測ることはできなかった。


 このように、どれだけ言っても弱いという烙印を押され続ける。それが不服で、思わず挑発の言葉を口にした。


「別に登録だけなら自由じゃない。それに、今から負ける相手に言う助言ではないと思うわ」

「っ、!……いいだろう。楓さんだからといって、手加減はしないぞ」

「ふふん、いつでもかかってきなさい」


 この言葉には黒井もイラッときたらしく、ようやく戦う構えを見せた。心配そうに眺める葛西に楓は顎で指示し、無理やり審判を務めさせる。


「怪我しても知らないよ?」

「いいから早くしなさい。今日のコンディションは最高なんだから」

「何か変なものでも食べた?」

「……」


 ジト目で睨まれた葛西は慌てて姿勢を正し、改めて中央に立つ二人を交互に見てから、始めの合図を出した。


「試合は試合だ。覚悟してもらう」

「何度も同じこと言ってると、女の子にモテないわよ?」

「っ、『土よ我に従い槍となれ』」


 黒井の正面に展開された魔法陣が赤く光ると、楓の足元から土の槍が盛り上がった。


「っと、」


 それを素早く感知した楓は、体に染み込んだ動きで後ろに避ける。そして一言、


「『土よ』」

「な、なにっ!?」


 僅かな時間で展開された魔法陣は一瞬で魔術を発動させ、まだ黒井が展開させていない範囲を自分の魔術でカバーした。


 どこぞのいけすかない男と似たような魔術を発動した楓に、黒井は目を丸くしながら硬直する。その隙を圭に仕込まれた楓が逃すはずがない。


「『爆ぜろ』」


 魔法陣が展開されると同時に、黒井の正面から小気味良い音と衝撃波がセットになって襲ってきた。


「ぐおっ、」


 怯む黒井に、楓は一瞬で距離を縮める。そして、胸元に手を当てた。


「『雷よ』」

「ぐっ、」


 魔法陣から紫電が走り黒井の体を貫く。それを見ぬ間に、楓は身体を大きく回転させ、痺れてうまく動かない黒井の側頭部に強烈な回し蹴りを打ち抜いた。



「ふぅ、まず一人」

「…………、は?」


 身体の力を抜いて、軽くその場でジャンプする。

 横を見れば、黒井が痺れた身体をなんとか起こし立ち上がっていた。


 この光景に、この場の誰もが驚愕していた。半年前、神城学園に訪れた楓は確かにランク1だった。魔術も使えなかったし学園でもトップクラスに弱い分類だったはずだ。


 それが今となっては色々な魔術を使い近接戦闘すらできるほどにまで強くなっている。


 この場にいた誰もが、楓の成長に開いた口が塞がらなかった。


「ふふん、ランク4の名が泣いてるわよ?」

「くっ、今のは、油断しただけだ……今度は油断しない」

「負けを認めないのなら、もう一度倒してあげる」


 仕切り直しになり、再び葛西が審判として初めの合図を出した。


「『土よ我に「『土よ』」っ、くそっ、」


 一瞬で展開される楓の魔術は、黒井が魔術を発動する前に地面から土の槍を生み出した。

 制御を取れなかった黒井はすぐさま横に飛び退き、手を前に出して再び魔術を唱える。


 しかし、この場での楓にそれは悪手だった。


「『土よ我にしたが……このっ、」

「不便ね。接近戦と魔術を同時に使えないなんて」


 発動する前に楓は距離を詰め黒井の魔法陣より内側に入り、強化した手で顎を打ち上げた。


 顎を打たれ脳が揺れる。身体が後ろに倒れそうになり、なんとか踏み止まろうとしたところで、顎に二度目の攻撃が入った。


「っ、……」


 楓の脚が、黒井の顎を正確に打ち抜いていた。


 黒井が倒れると同じタイミングで、楓の脚も地に戻る。誰がどう見ても、黒井の敗北は明らかだった。


「どう?ランク1に負けた気分は。といっても、聞こえてない、か」


 地面に仰向けに倒れ伏した黒井は、脳震盪を起こし完全に気を失っていた。



 黒井を含めた、学園出身の魔術師への対策は非常に簡単だ。


 彼らの中でも魔術を使える者はどうしてもそちらに傾注しがちだ。そのため武術に関してはあまり得意ではない。

 したがって、魔術を封じて接近戦に持ち込めば、相手に有利を取れてしまう。


 もちろん一度魔術が展開されてしまえば、そこからいくらでも攻撃の起点にできるので、いかに魔術を封じるかが焦点になる。

 とは言うものの、以前黒井の戦闘スタイルを見ていた楓としては、どうすれば有利を取れるかは簡単なことだった。


「か、楓ちゃん……魔術使えたの?」

「覚えたの」

「覚えたって、そんな。学園でも発現できない人が多いのに」

「世の中死ぬ気になれば、なんでもできるものよ」


 白川と話しながら、ボンヤリと今までの修行の日々を思い出す。


 悲惨だった。


 初めは何も分からないのに「魔力を感じて〜」などと気軽な声でひたすら魔術をぶつけられ、半年弱かけてそれが終わったと思えば、今度は「防御して〜」と言われてひたすらタコ殴りにされた。


 死ぬことはないと圭を信頼してはいたのだが、少なくとも百回は死にかけただろうと思っている。


 よく圭の言う、「いやーほんと、今回も死にかけました」の気持ちは痛いくらい分かってしまったりした。


 ともあれそれを乗り越え、最近ついに魔術を使えるようになった。

 まだ簡単な魔術しか使えないが、現在は圭と連絡を取り魔法陣について少しずつ勉強を重ねている。


 これまでの一年弱。期間は短いものの、学園の生温い温室育ちよりかは遥かにキツい修行をしてきたと自負している。


「じゃあ、次、白川くん」


 隣で伸びている黒井は身体を引きずられ、端で同じ土を使う魔術師の宮崎に顔をペチペチと叩かれていた。


「いや、少し待とうぜ。そんなに焦る必要はねえって」

「……まあ、それもそうかしら。ふふん、いつでも挑戦は受け付けているから」


 鼻を高くしながら白川に偉そうに語りかける。その後ろで立ちすくんでいる、見たことありそうななさそうな三人にも目配せをしてから、楓は上機嫌に身体を動かし始めた。


「いやー、あんな弱々しかった楓ちゃんも、今では立派な魔術師じゃねえか。それも三鷹のお陰か?」

「そうよ。この一年で死ぬほど修行したの」

「魔術ってそんな簡単に覚えられるものじゃねえと思うんだが……」

「だから、死ぬほど修行したっていってるじゃない」


 どうも会話が噛み合わない。


 これは、楓と葛西の間での「死ぬほど」というワードに齟齬が生じているせいだ。


「三鷹のやつ、こんな簡単に魔術を習得できる方法を知ってやがったのか。学園に行ったんだからその時教えとけよな」

「いや、だから……」

「いいんだ楓ちゃん。どっちにしろ俺は嬉しいよ、雛鳥が巣立った気分だ」


 手を額に当てて、何か言おうとする楓を逆の手で静止して一人感傷に浸る。圭より前から楓のことを知っている葛西は、好ましい変化に嬉しさを見出していた。


「めでてえことだ。じゃあ捜査んときには協力してくれりゃ嬉しいんだけど」

「イヤ。メリットないのは、ケイを見れば分かるもの」

「だよなあ」


 それから、あんまりにも暇な楓は葛西についていき一緒にパトロールに出かけたり、訓練にも参加したりと、意外と充実した一日を送っていた。


「ケイはよく何を見てたの?」

「そりゃ、情報よ。アイツはいっつも『情報は武器』だとか言ったからなあ。それが生きたことって、あんのかねぇ」


 圭にとっては、マロウ&タリナの存在を知ったり『闇夜の騎士団』の実情を得られたりと、すでに十分すぎる効果を得ている。

 しかし、これらの事件には完全に蚊帳の外だった葛西たち能対課は、圭の言った言葉にはいまいち共感はできなかったようだ。



「そういえば、三鷹のやつはどうしたんだ?」




「ケイ?……」




 葛西が楓とはだいたいセットのはずの圭のことを尋ねると、その言葉を聞いた瞬間に顔が下へと向き、身体をワナワナと震わせ始めた。


「楓ちゃん?」

「…………ケイは、あんの男はっ、」


 どことなくその場の空気が逆立つ。なぜか後ろにストレートに伸ばした髪の毛が、恐ろしい威圧に合わせて宙を漂い始めた。



「アイツは!浮気!したのよ!ほんっっっっとに!ムカつく!あの、バカぁぁっ!!」


 ガンと楓が勢いよく足を踏み抜くと、事務室の床が抜けた。それを気にも止めずに振り下ろした足を振り上げ、また勢いよく落とす。


 今度は抜けた部分だけでなく、その周りすらも跳ね落とした。


「このっ!このっ!このっ!!」

「ちょ、楓ちゃんやめて!お願いっ!」


 葛西が懇願すると、逆立っていた髪の毛が重力に従い地面へと垂れる。周りを見渡して事務室の崩壊っぷりを見てから、首を捻って言葉を漏らした。


「あれ?この部屋なんでこんなに壊れてるのかしら」


 葛西含めた能対課の面々は、何も言わずに目を瞑ったのだった。

 文中にも書きましたが、学園生は変則攻撃にめっぽう弱いです。


 魔術師は特定属性の魔術を使えるようになってから、その魔術を伸ばす方向に傾注してしまいます。接近戦も疎かになりがち。

 能力者も自分の能力を使うことを前提とした特訓をしています。能力を使えない状況に陥ることを考えていません。

 さらに、学園内では己の力をぶつけ合って戦うのが暗黙の了解となっており、使う前に倒そうとすると卑怯者のレッテルを貼られます。(社会に出てからはそういった考えは捨てざるを得なくなります。)


 このようなことから、威力は弱くとも、相手との相性を考慮して使う魔術を変えたり、後の先で攻撃を封じたりするトリッキーな戦略は大の苦手です。

 そのため、ステータス上であれば楓の方が弱いのですが、簡単に逆転勝ちできてしまいます。

 学園生はまさに、井の中の蛙といったところでしょう。


 ちなみに異世界では魔術技能が圧倒的に進んでおり、戦いにおいては複数属性魔術+能力が前提です。

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― 新着の感想 ―
[一言] 護衛は浮気だった…だと!?
[気になる点] 幼馴染ちゃんも貰ってあげて欲しいなあ
[一言] 圭、尻に敷かれそう
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