魔術って素晴らしい by村上慎也
間話みたいなものです
少しバトルはお預け
四ツ橋サバイバルからしばらく日数が経ち、圭は無事に期末試験を乗り越えていた。
その一方で、楓は二月末の二次試験に向けて勉強の真っ最中だ。過去問をひたすら解いて帝一大学の傾向に慣れるようにしている。
それにしても、ここ二十日くらいは散々な日々だった。芸能人でもここまで注目されたことはなかったのではないだろうか。初めの方は直接取材がやってきて特集を組ませろと迫ってきたこともあった。どこかで見たことのあるタレントばかり。「密着!魔法使いの二十四時!」などと誇大表示した取材につけまわされ、余計悪目立ちした。
だがそれも前半の話。十日もすれば別の噂が立ち始めた。なんでも、魔術師や能力者についての情報が載せられたサイトができるらしい。ファンタジー世界のギルドのようなものができるらしい。
そんな噂がどことも分からず立ち始め、圭に来る人も少しずつ魔術への期待よりもそちらの真偽の方が気になる人が増えてきた。
「で、どうなん?今回の噂は。まあどうせあたりだと思うけどさ」
暇を見計らって家にお邪魔してすぐに、慎也に例の噂のことを聞かれた。
「その噂、本当だよ」
「やっぱりかぁー……うぉ、ば、バカやめろっ!」
魔術をせがまれたので、油性ペンを浮遊させて慎也の顔に落書きを始める。掴んで逃れようとするが、魔術で完璧に操作しれたペンは容赦なく慎也の顔に模様を書き込んでいった。
「どうも政府は腰が重いらしい。まあ対応が遅いのは今更だけどね。で、今魔術師市場はブルーオーシャンだから、真っ先にベンチャーが動き出した」
「うゎっぷ、くそっ、やりやがったな!って、うぉっ、なんじゃこりゃぁ!」
落書きを終えたペンは元の位置に戻り、今度は姿鏡が慎也の前に浮遊し容赦なく落書き姿を写した。
見事な落書きで、自分でも一瞬笑いそうになってから、剣幕を立てて圭の方を睨もうとする。しかし鏡はそれに合わせて動き、継続して落書き顔を見せ続けた。
「まあ能力者とか一部はそこに登録していて、例えば依頼なんかを頼むことができる。ほら、ファンタジーにあるだろ?ギルドシステム。あんな感じだ」
「くっ、こりゃ消えねぇぞ、どうすりゃ……おっ?」
慎也の顔に書かれた落書きは別のところから飛んできたタオルによってあっという間に消されてしまった。落書きを消したタオルを不思議そうに眺めてしばらくから、自分のタオルが油性ペンのインク塗れになったことにようやく気付いた。
「ぬぉっ!てめ、洗濯物増やしやがって!」
「せっかく顔洗ってあげたのに」
「元は圭が落書きなんてするからだろ!」
「そりゃ、魔術を使えと言われたからなあ」
「ああ言えばこう言いやがって。あーあ……」
ひらひらと宙を彷徨ってから手に収まったタオルを、慎也は残念そうな顔で両手で広げた。わざとらしく、インクは全面にほとんどムラなく広がっていた。
「で、とりあえず噂は本物ってわけか。どんな感じなんだ?」
「能力者たちのステータス及びランク公開。それと登録、依頼、斡旋事業も行うらしい」
「依頼?なら、俺が手伝ってほしいと言えば、魔術師が助けに来てくれるってことか」
「まあ世の中そう単純にはいかないんだけどね」
今までの相場を思い返す。はっきり言って、雇うにはぶっ飛んだ値段と言えるだろう。しかしそれでも需要と供給のバランスが取れていた。これが世間に広がると、供給は変わらずに需要の方だけが大きく増える。
契約価格がさらに跳ね上がるのだ。
もはやそこまで行けば、会社側のインセンティブが微々たるものでもボロ儲けできるだろう。
「なあるほどなぁ。じゃあ俺一人が雇いたいって思っても無理なわけか」
「そうだろうね。さらに言えば、レベルの違いが一気に魔術師の印象を変える。能力者はまだしも、魔術師の8割以上が三つ星以下だ。そのレベルになると、魔術自体が使えない人の方が多い」
「えっ?詐欺じゃん」
「この世界の魔術って、そんな簡単なものじゃないんだよ」
魔術が使えるのは、ごく限られた人間だけだ。半数は魔術現象を発動させることができずに、身体能力だけで魔術師として生活する。
「みんなが見たいだろう魔術は殆どが四つ星以上だ。彼らが年間どれくらいで雇われてるか、知ってる?」
慎也は真面目腐った表情で顎に手を乗せた。一般人では分からないその感覚、魔術を使えるのがこの世界でどれだけ凄いのか、とんと見当がつかない。
「……一千万くらい?」
精一杯の答えがその価格だった。それを鼻で笑うと、圭は答えを言う。
「桁がひとつ足りないぞ」
「え゛っ……マジ?」
「今までであれば四つ星の相場は一億から五億だ。しかも今後一般公開されれば需要はさらに高まる。四つ星でも十億乗るかもしれないね」
この言葉には、さすがに慎也も顔を痙攣らせた。
正直言って、ここまでとは考えていなかった。例えば異世界を例にとれば、魔法を使う冒険者なら一日一万円くらいで雇われるとイメージするだろう。
それが現実では、その三百倍にまで膨れ上がると聞けば、誰もがめまいを起こす。
「一日レンタルができるように設計しているらしいけど、日割だと割高になるだろうから、四つ星でも一日あたり二三百万くらいするんじゃない?」
「……ち、ちなみにだぞ。圭の場合はいくらになるんだ?」
「ん?そりゃあもうあれだ」
背もたれに体重をかけて欠伸をする。
「プライスレス、かっこいいだろ?」
「……すまん、それはキモい」
「ふぁっ!?」
思わず体勢を起こすが、再び冷静になって身体を椅子に預ける。
「たぶん分給一万くらいだと思う」
「なんだ、一万か。そりゃそうだよな、圭だし……ん?分給?」
思わず鞄の中にしまっていた関数電卓を引っ張り出した。そして、一万に六十、二十四、三百六十五を掛けてから、表示された答えを見て電卓をポトリと落とした。
「ご、五十二億って、出たんだけど」
「日割だと割高だしそんなもんじゃない?」
「おぉぉぉぉぉ!ご、五十二億!ごじゅ、ご、五十二億!ごごごご……五十二億!」
「うっさい黙れ!」
「ごじゅ……」
布団が宙に浮き、謎の動きをしている慎也を布団にくるんで拘束させた。
錯乱した慎也がようやく落ち着いたのか、肩を動かして息をしながら圭の方を見た。
「そ、それにしてもよ、分給一万なんて、雇う奴いるのか?」
「いない」
「だ、だよなぁそうだよなぁ」
「まあ五つ星以上になると、雇ってくれる相手がいないってのも事実だよ。だって高いもん」
「い、五つ星かぁ。なんか、雲の上の存在だなぁ」
ただ、別に需要はいくらでもある。
例えばテレビ。一日出演くらいなら百万くらいなら簡単に払えるだろう。五百万も出せばランク5、すなわち五つ星が雇えてしまう。
それによる効果だけでも、コストを回収できる。一個人では無理でも、企業レベルになれば金を出す側も多いのだ。
それに元々の護衛業がなくなるわけでもない。魔術師サイドは一切困ることはない。
そんなこんなで、津々浦々で話題になっている噂の新たなプラットフォーム、MAACのお披露目の日がやってきた。
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イヤイヤながら、圭は百瀬秀介を中心とするMAACの公式発表の場に立っていた。出資をしたせいで、逆に矢面に立たざるを得なくなったのである。これは圭にも拒否権はあるのだが、今後のMAACの躍進のためには必要なことでもあったため仕方なく了承していた。
この場で発表することは、以前百瀬秀介が圭にプレゼンしたものと殆ど同じだ。ただちょっとだけ違うのが、圭による魔術の披露だった。敢えて魔法陣を浮かばせてから、ヤラセだと言われないようにその場で氷を作り出す。ゆっくりと作り上げられた氷の棒は会見の最前列にいた人の手に渡され、順々に後ろへと送られていった。
かねがね会見は順調だった。
記者たちが食いついてきたのは、やはり犯罪についてと魔術師たちの力の扱いについてだ。
特に食いつくのは彼らの存在そのものだろう。魔術師や能力者は人知を超える力を持っている。銃がなくても人を殺せ、兵器がなくてもビル程度なら破壊できる。
そんな人たちが世の中に堂々とのさばるのがそもそも許されない、そう言った考えだった。
ただこれに関しては、本来ならMAACに聞くことが間違いだ。魔術師などをコントロール下に置くのは本来なら政府の仕事で、MAACが取り扱うべきことではない。
そのため、予めそれに対して返答は決まっていた。
「私たちMAACは登録していただいた魔術師や能力者と共に、誠心誠意成長を続けていく所存です。そのため、MAACに登録していただいた方々には、決して、故意に、一般人に被害を出さないように協力していきます」
それから数日間、ニュースでこれらの一件が連日流れ続けた。ニュースでは犯罪や凶悪性など、問題点ばかりが羅列されるが、世間ではどう目を向けているのか、それはニュースだけでは分からない。
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話は変わり、二月末。
この日は楓の大学入試だった。
圭が表に出るとまた面倒なことになるため、光の魔術で身体を見えないようにしている。
歩いて大学まで行き、試験会場に入っていくのを見届けてからそのまま別の方へと歩いていく。
この日は慎也に、テニスコートに呼ばれていた。
「おお、来たか!待ってたぞ圭」
「何の用なの?」
「何の用って、決まってんだろ、テニスだ」
ウィンドブレーカーを羽織る慎也は、テニスラケットをクルクルと回した。
「ほら、今日のために借りてきたんだ。この靴とラケット使え」
「お、おう」
言われた通りに持ってきた服に着替えテニス用の靴を履きラケットを持つ。
「テニスは、できるな?」
「初めてなんだけど」
「魔術が使えてテニスができないはずがねぇ!」
「何その理論、初めて聞いたんだけど」
まあともかく、そう言って慎也はラケットの上でボールを跳ねさせながら、今回の趣旨を話した。
「まず、大前提。チート魔術を使って、一瞬でテニスがうまくなるようにしてもらう」
わずか三十分でテニスの基礎を教えられ練習する。トスを上げてサーブを打とうとしたら、見事に空ぶってボールが頭に衝突した。
「く、くくっ、う、ウケるわまじで」
「うっせーな。マジで初めてなんだよ」
「天下の魔術師様が、空振って頭に当たるとか、マジウケる。てか、どうせあれだろ?動きをトレースするみたいな魔術あるんだろ?」
「そんな便利な魔術あるわけ……」
言葉を止めて、下を向く。それから頭を掻いて慎也の方へ苦笑いを向けた。
「あったわ」
「あるんかい!」
魔術とは便利なもので、頑張れば大抵のことはできるようになる。もう二度と役に立たないだろうなと思っていた師匠の魔術をふと思い出したのだ。
「『トレース』。よし慎也、サーブを打て」
「よしきた!」
慎也と同じようにラインに立ち、動きを完璧にコピーする。すると、あれだけ苦戦したサーブがあっさりと打てるようになった。
「おお、なるほど。こうやって打つのか」
「いや、マジで打てるんかい」
「ちょっと他のも試してみてよ。全部真似るわ」
「マジで?マジでできるの?」
「できるよ。ほら」
サーブを打つと、今度はコートの端っこに、正確に着地し奥へとボールが飛んでいった。
「ず、ずるい……」
「記憶力はいいんだよね」
「そういう問題じゃねえだろうが!」
ともかく、慎也の動きをトレースしただけでそこそこテニスも上手くなった。おそらく、これ以降もやればもっと上手くなる。それを慎也も感じたらしく、練習を打ち止めした。
「今回おまえを呼んだのはな。魔術使えば、漫画の技再現できるんじゃね?て企画だ」
「漫画?……ああ、テニス漫画の」
「これを読め圭」
そこには、ネットを変えたボールが空高く浮き上がり、バウンドすると同時に強烈なスピンで勝手に自分のコートに戻ってくる、という技が描かれていた。
「自分のコートに入ったのに手で取っていいの?」
「打つ前にネット越えた時点で負けだ。というか、そんなのどうでもいい。魔術ならこれくらいの回転かけられるだろ?」
「……やってみるよ」
後ろに下がって、軽くラリーを始める。それから機を見計らい、ラケットを大きく振り被った。
「おおっ!」
ボールは慎也の目の前で上に上がり、頂点にまで行き着いてから地面に着地しバックスピンで圭のコートへと戻っていった。
「おおぉっ!!完璧だ!やべえよこれ!」
それからもいろんな技を見せられては実行させられた。
だんだん難易度が上がっていき、最終的にボールをネットに当てる技を何発も披露したあたりで今度は慎也が顔を青ざめ始めた。
「俺もう、テニスやめようかな」
「そ、そんなこと言うなよ。な?」
「……なあ。魔術師って、みんなこんなんなのか?」
「プロの試合を見れば、自ずと分かるんじゃないかな」
「は、はは……そうだよな。だ、大丈夫だよな」
そこまででテニスを終え、意気消沈している慎也を励ますついでに昼食を奢るというと、容赦なく食いついてきた。
いきたいところがあると言って連れてこられたのは、明らかに高そうな荘厳なレストランだった。
「おまえ、金あるんだろ?これくらい余裕だよな?」
「別に奢るのはいいけどさ。この格好で入るのはお断りだろうよ」
「あ、……それもそうだな」
テニスウェアにラケットバッグを担ぐ慎也は、落胆しながらもその路地裏にある安いラーメン屋に静かに入っていった。
いやーなんでもありだなー
『トレース』は体術を教えてもらう時に学びました。それでもなかなか身に付かずに苦労していたみたいですね。
補足しておくと、例の技は空想科学読本にて科学的に可能っぽいことが記されています。設定条件が少なすぎるので本当にできるかは怪しいですが……まあいいや。




