MAAC
翌日、火曜日も鬱陶しい周囲に悩まされた。
大学の講師ですら圭に興味津々で、授業中にせがんでくることすらあった。
あまりにも大学生活を邪魔するのでいっそのこと校舎ごと消しとばしてやろうかと思ったくらいだ。
「ふと思ったんだけどさ。他にもたくさん魔法使いや能力者いるんだろ?」
「他は知らないけど、僕は魔術師」
「あ、あー悪い悪い。まあともかくだ、他にもいろいろいんだろ?どんなやつがいんの?」
慎也が気になるのももっともな話だ。まさか圭だけが魔術を使えるとは他の人も思ってはいない。
自分以外の魔術師や能力者を思い浮かべ、まず浮かんだのは慎也も知っている人だった。
「楓も使える」
「ふぉっ!?楓って、圭の彼女の?うぇぇマジかよぉそんな雰囲気、全っ然なかったぞ」
「魔術師や能力者にもいろいろいるんだ」
まず、能力者は説明が非常にシンプルだ。一点特化、ナクモだったら身体強化。能対課の葛西であれば皮の能力。ランク6の真田であれば圧力。それぞれ身体能力の向上と特定の能力を扱うことができる。
能力者はそれぞれの能力が異なっており、どんな能力があってもおかしくはない。
「前に見せてきた水鉄砲のやつあったろ?あれも能力だろうね。『水を飛ばす能力』とかじゃないかな」
「へえ、なるほど。てか、常時身体が強いってのは羨ましいな」
「まあ能力者でもピンキリだ。魔術師にも言えることだけど、あまりにも戦闘で使いどころがなさすぎて一般社会に溶け込んでいる人もいる」
「じゃあ、例えば一般の大会でそういうやつが出場してるってのもありえるのか?」
「まあそうなるね」
「はぁ?マジでかよ!ズルじゃねえかよそんなの!」
まさに慎也の言う通りだ。
魔術師は意識しないと身体強化を使えないが、能力者はデフォルトで身体能力が一般人より上だ。もろに身体能力の影響が出てくる陸上などの競技はそういう人たちばかりが大会上位にいる可能性もありえるのだ。
「けど、それは今後どうなるかってのは見ものだよね。能力者には『鑑定』ができる人もいる」
「え?それはどゆこと?」
「簡単に言えば、ドーピングと同じことだよ。大会出場時に鑑定されれば、能力者かどうか分かる。そうなれば、そのうち出場禁止の人たちが出てくるかもしれない。さらには、そのうち能力者のみの大会とかも出てくるはずだ」
「おお?おお、そうか。逆に考えれば、これから力がない人たちの活躍ができるかもしれないってわけか!」
おそらくどんな大会でも、優勝など優れた成績を残した人は須く鑑定を受けろと言われるようになる。
そうなれば、好成績を収めた人たちが能力者であればこぞって非難の的になるだろう。それが故意ではなくても、だ。
「他にも魔術師は沢山いる。悪の組織もいるし、それを取り締まる警察もいる。さらに正義の味方をより増やすべく学園もある」
「が、学園まであんのか!」
「そりゃあるさ」
慎也は百面相を見せながら謎の動きをしてから、改めて圭の方を見た。
「学園、どこだ!?」
「……神城学園ってやつ」
「神城学園……ダメだ知らねぇ!」
「夏休みに行ったけど、施設自体はすごかったよ。あそこは魔術師もしくは能力者だけが通うところだから、秘匿されてもおかしくはないと思う」
「そうか、そりゃそうだよな」
それからもある程度は魔術師の裏事情を説明し続けた。前と状況は変わり、すでに圭たちは表に出つつある。隠し続ける必要もなくなってきた。
「あと聞くけど、圭。おまえどれくらい強いんだ?」
その質問に黙り込む。
おそらく例の動画を見た上で聞いてきたのだろう。少しだけ上を向いてから、笑顔を慎也に向けた。
「どうせすぐ分かるさ」
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圭は楓とともに、百瀬海斗とその親に連れられ大きなビルの一室へと招待された。
「ようこそ。歓迎するよ」
顎髭を軽く蓄えた男が、ガラスで仕切られたディスカッションルームで圭と楓に改めて挨拶をしてきた。
彼の名は百瀬秀介。数多のベンチャーを渡り歩き、自身でもミドルベンチャーの代表として勤めている男だった。
どことなく息子の海斗と似ているが、雰囲気が違う。海斗の方が学生らしい遊んでそうな雰囲気を持つのに対し、秀介はどこをとっても一流の社会人だった。丁寧に整えられた髪は第一印象で魅力を感じさせ、姿勢良く、なおかつ親しみも感じさせる。
こういった男に、意識の高い人は惹かれるんだろうなと感じさせられた。
十を超える席に対しわずか四人しかいないディスカッションルームの中で、二人は心地よいデスクチェアに座り奥の方にあるモニターに注目させられた。
そこには、「MAACの創設について」というタイトルのプレゼンが表示されていた。
「それじゃあ、始めようか」
レーザーポインタを手に持ち、百瀬秀介は圭、楓、海斗の三人を見ながら話し出した。
「今回二人、特に三鷹くんに来てもらったのは、MAACというプラットフォームの創設についてだ」
MAAC、正式にはMagic and Ability Agent Communityは、今回新しく作った株式会社MAACの中心事業だ。
これは名前の通り、魔術師や能力者と一般人を繋げるプラットフォームである。
主な事業は、従来政府が運用していた「コミュニティ」とほとんど同じで、魔術師や能力者に依頼された仕事を斡旋する仲介事業だ。
ただし、コミュニティとはいくつも異なる点がある。
「まず一つ、我々はコミュニティとは違い、さまざまな依頼に柔軟に対応する予定だ」
今までコミュニティは非常に閉鎖的かつ不便だった。
斡旋されるのは護衛及び決闘代理、それ以外には直接交渉しか依頼交渉は不可能だった。
だがMAACは違う。登録者に対し、1日単位からの斡旋を実現する。それも、依頼をコミュニティの行なっていた二つだけに絞らずさまざまな要件に対応する。
これ自体が画期的で、魔術師も能力者も、そして依頼者も便利なMAACへと参加すると予測している。
だがこれには問題もある。
「犯罪の温床になりそうですけど、それにはどう対応するんですか?」
「それに関しては、登録の際に制限をつける。うちで身元の確認を行うよう能力者に取り付けた。かなり苦労したが、『心眼』に協力してもらう」
『心眼』とはかなり特殊な能力者で、相手の嘘を見抜いたりすることができる。これによりほとんどの犯罪は事前に防ぐことができる。
「なるほど、でも登録の時だけでは防ぐことは不可能でしょう?登録後に心変わりする可能性もある。もしくは言葉巧みに登録者を騙して誘導するかもしれない」
「それに関しては……なんらかの事故が起こったときに正式に能対課へ調査を依頼する」
「事後対応ですか」
「必要な穴だというのが我々の認識だ。それに、もともと『闇夜の騎士団』や『赤』が世に蔓延る世界だ。危険度で言えば、世間の注目も集まる分むしろ安全だとも言えるだろう」
それに加え、一度軌道に乗れば問題ない。間違いなく最前線に位置する上に、例えメディアなどが騒ぎ立ててもその時には人々にとって必要な存在になっているはずだ。
こういうことはスピード感が大事だ。出遅れてしまえばその時点でアドバンテージを失ってしまう。
この企画は近々世界に公開されるであろうことを予測して事前に水面下で進めてきた。それが多少早まったとしても影響は微々たるものだ。
それらを順に説明してから、二つ目の利点を表示した。
「次はこれだ。登録者の情報を公開する。今まで秘匿されてきた情報を公開することで、一気に人の目を釘付けにする」
今世の中のトレンドは、魔術一色だ。SNS、テレビ、ネット。あらゆる情報網を通じて連日話題になっている。
実際今日も取材と銘打ってテレビ局の人たちが接触してきた。
何もしていなくてもその姿が生中継され、全国の人がそれを見続ける。圭が姿を消してもそれを衝撃映像と称して同じような動画がテレビに何度もリプレイされている。
これは、今表社会で魔術を使うのを直接見せたのが圭だけだからだ。
しかし今回MAACの設立により、他の人の情報も公開される。そうすることによって圭に集まっていた注目はかなり分散される。
これが圭にとってのメリットにも繋がる。
このままだと永遠に続きそうな擬似芸能人生活も、早めに緩和されるだろう。
その代わり、金で時間を取られる可能性もあるが。
「どうかな?なかなかいい企画だと思うだろう?」
少し髭をなぞりながら、百瀬は圭の目を射抜く。これが社会のエリート、そんじょそこらの能力者よりもよっぽど強い威圧を感じさせた。
「そうですね。素晴らしい企画だと思います。今後の動向を先取りしている。よほど運営がクソでない限りは軌道に乗るでしょう。それにこれ、百瀬さんだけの企画だけではないのでしょう?」
「無論だ。伝手で仲間内と協議している。わたしがこうして代表になっているのは、他の人たちよりも優秀だという自負もあるが、それ以前にただ単純に、ランク6である君を捕まえることができるからだ」
「……でしょうね」
「それで、どうかな?君には是非とも我々MAACの第一登録者になってもらいたい」
ボンヤリと異世界のことを思い出す。この企画とそっくりな団体があった。
ギルド。
依頼者の案件を冒険者自身が選び受ける。それを成功させると報酬を得る。
MAACというオシャレな名前をつけているが、やっていることはほとんど同じだ。
なるほどこうやってギルドもできたのか、などと感嘆しながら圭は改めてこの企画代表の百瀬秀介を見た。
「いいですよ」
「本当かい!じゃあ契約成立だ。早速書類を持って来る……」
「ただし、条件があります」
「……条件?」
扉を開けて外へ出て行こうとした百瀬は、取手に手をかけたまま圭の方を見る。
「簡単な話です。登録に関して、僕は常にあなたたちMAACよりも上位の位置に置くこと」
圭の話を聞き、百瀬はゆっくりと身体を戻し扉を閉めた。
圭が指をパチンと鳴らすと、持ち込んできた鞄が勝手に開き真っ白な紙とボールペンが宙を舞ってから、圭の前の席に整えられた。
「アイデアはいいけど、簡単には信用できない。今持って来ると言ったのはもともと用意していた契約書でしょう?条件は僕も含めて煮詰めるべきだと思いませんかね」
「むっ……」
百瀬は少し渋い顔をする。信用できない、と言われたのもあるが、何より持ち込もうとした契約書がMAACを促進する上で最善な要綱を盛り込んだものなのだ。これを否定されてしまっては、スムーズに事業が進まない可能性も出てくる。
しかし、そこに圭の事情は盛り込まれていない。
ベンチャー企業は目的のためならどんな穴をついてでも成功させようとする。それはアイデア勝負もあれば、法のギリギリをつくこともある。
少なくとも圭はそういう認識を持っていた。
「まあ、話は簡単です。登録するのは構いませんが、MAACの運用に関しては僕への強制を認める条件は全て却下。あくまでも、僕はMAACに縛られるのではなく、規約にしても何にしても協力者という立場を取らせていただきます。これが最も優先される事項だ」
目の前に座った百瀬を見ながら、指を目の前にある紙へと向けた。これは契約だ。今この机の上に乗っている真っ白な紙が、今から契約書になる。
それからも、わざわざ百瀬にペンを走らせさせて契約に盛り込む内容を協議し合う。
そこには、圭が不満を感じた場合はたとえ契約の穴をついても拒否する権利を持つことも明記された。
「まあ安心してください。僕も一般良識は持っています。MAACという事業に関しては面白そうだし、よほどのことがない限り協力はしますよ。……あ、それと。せっかくだから僕も出資しましょうか?お金は余ってるし、株式公開すれば資産もふえますからね。いらないけど」
これらの内容をまとめた契約書を改めて百瀬が見直す。
別にこれといってMAAC側に悪影響があるわけではない。ただ、予定していた立場が変わっただけ。参加しないわけではないし協力はする。
それだけだ。
「まだ何かありますか?」
「……いやいい。悪かった、学生だとナメていたよ」
「別に僕も契約とかの作法は知りませんけど、拒否する権利は持つべきだと思わされてますからね」
拒否権はない。
このあやふやな言葉によって能対課に何回か痛い目を見ている。今の世の中、魔術師や能力者の反発を買うのは良くない。
「それに、登録してくれる能力者にも、強制させる権利を作るのは避けた方がいいですよ。今まで目立ってきたわけではないですが、皆が皆、気が向けば壊滅的な被害を出せるんですから」
「……心得ておこう」
それから二人は細かい部分を擦り合わせていった。どうしても一般人ばかりで構築されたシステムは登録者に対して不満を持たせる部分がある。
圭という魔術師視点がいるだけで、システムは大きく変わる。
その間楓は黙って聞いていたが、ふと言葉を口にした。
「あの……ケイが時間と手間をとるわけではないですよね?」
「ん?もちろんそうだが」
「それは他の人も同じなんですか?」
「そうだな。三鷹くんほどではないが、強い強制力はない」
楓は百瀬と圭の二人を交互に見る。その目は、輝いていた。
「私も、登録していい?」
「へっ?」
MAACは、圭の言葉によって魔術師もしくは能力者に対しての強制力を大幅に軽減した。
それならば、自分も登録くらいはしてもいいのではないかと思ったのだ。どちらにせよ、登録者が多い方がいい。百瀬が断ることはなかった。
「では、楓くんはどのランクにいれようか」
「そういえばランクって」
「ああ、コミュニティのをほとんど流用するつもりだ。最初はAからEまでで分類しようと思ったんだが、どうもDやEにネガティブイメージがつきそうだからね。ランクをそのまま真似るのもよくないから、星でつけようと思う」
最も上のランクが五つ星、下が一つ星。これは意外と表示するときに便利で、やろうと思えば星が4.5のように端数も表示できる。
「まあ楓もかなり成長したし、三つ星少し下くらいが妥当だろうな」
「分かった、そう登録しておこう」
「三つ!星三つ欲しい!」
「ダメ」
「そんなぁ……」
そこまで話して、この場はお開きになった。
学生の身では今の時期は忙しい。圭は期末試験が始まりつつあるし、楓に至っては受験生だ。百瀬海斗は推薦ですでに帝二大学に進学が決まっているらしいが、それに関してはどうでもよかった。
「ああ、それと」
琴桐家の車まで見送りに来てくれた百瀬親子を窓越しに見て、今思い出したアイデアをふと呟いた。
「今思ったんですけど、魔術師や能力者のバトルってものすごい利益になると思いませんか?」
それを聞いて、百瀬秀介は少し硬直した後にまた圭に目を向けた。
「今度また話をしよう。連絡先は海斗を通して教えてほしい」
「はいはいっと。それじゃあ、MAACオープン、楽しみにしています」
「いろいろありがとうな。今後もよろしく頼む」
「もちろんです」
これで多少は落ち着く。そう祈りつつ、圭は帰り道へと車を動かした。
ベンチャー企業とは、簡単に言えば意識高い人が新しく作ったイケイケ企業のことです。有名なのはYahooとかDeNAとかメルカリとかですね。
あと、本当に意識の高い人(意識高い系ではない)はやたらかっこいい名前を使う傾向があります。そのため、あえて英語にしてみました。
ですが一般人はそんなこと考えてないので、公表されてすぐに「ギルド」と呼ばれ始めてしまいます。




