世界は広がる
ここから周囲の環境が激変します。
パーティも終わり月曜日。
この日いつも通り楓を送ると、扉を開けて外に顔を出した瞬間にその場のすべての人の視線が集中した。
「あぅぇっ、?」
思わず変な言葉を出してしまいながらも、よく分からない浮ついた心のまま後ろの扉を開き楓を外へと導く。
楓も同様に視線を感じ、思わず周囲を見渡した。
だが近づく者はいない。よく分からないと感じながら、楓は校舎へと向かう。その間、視線は楓ではなく圭の方へと注がれ続けた。
それから一度琴桐邸に帰り自転車を跨いで大学へと走る。それもいつも通りなのだが、どこか妙に人からの視線を感じる。
違和感を感じながら、月曜の初めの授業を受けるべく部屋に入る。
そこには珍しく、いつもの定位置にわんさか人が集まっていた。
不思議に思いつつも、いつもの友人、村上慎也を探す。あんな人だかりのできているところにいないだろうという希望的観測を立てながら。
だがそれは無駄なことだった。
「ん?お?おお!圭!圭じゃねえか!こっちこいこっち!」
慎也の声が聞こえたのはやはり異常な人だかりの中心。そこから手招きをする仕草をすると、その場にいた全員が圭の方へ目を向けた。
「え……、え?」
「いいから来いって!ほらはよ来い!」
変な視線を感じつつも、仕方なしに人だかりの中へと足を入れる。自然と人の波が分かれ、慎也までの道ができていた。
「おうおう、来たか圭。これ見ろこれ!」
慎也が見せてきたのはスマホだった。そこにはツブッターが表示されており、そこに投稿された動画が再生されていた。
「……え゛っ」
動画には、見覚えのある姿があった。三人が謎の力を使ってぶつかり合い、無機物を生き物のように操る女と、どんなものでも破壊してしまうほどのアホみたいな力を振り回す男。そしてその二人に挟まれ、魔法陣を展開しながら超速で動く男が映っていた。
「これ、圭だろ?」
動画はまだ続き、女が叫ぶと同時に様々な物体で構築された半球状の格子が構築されていく。それからしばらくしてその動画は終わった。
「こ、この動画……どこで手に入れたの?」
「はぁ?どこでって、どこでもだろ。もうSNS通じて世界中に拡散されてるぞ?それに今日テレビでもやってた」
そこまで聞いて、ナクモが乱入してきたときに言っていたことを思い出した。
そうだ、あの戦いは『闇夜の騎士団』のドローンによってネットにライブ中継されていた。
それが巡り巡って拡散し、今となっては世界中に広まった。
ついに、魔術が世界の明るみに出てしまったのだ。
そこまで思考を巡らしてから、二度目の再生が始まった動画を見る。
「な、なんだかすごい戦いだなぁ」
「とぼけんなこのアホたれ!ここまで輪郭同じで騙されるバカはいねぇよ!」
「そんなこと……」
たしかに解像度がいいせいで、人の目で顔を認識できてしまう。ここまで見えてしまえば、他人の空似と言い訳するのも難しい。
なにより、慎也は圭が魔術を使えることを知ってしまっている。
言い逃れはできなかった。
「……で、何が言いたい」
控えめに声を出した圭を見て、その場の全員が「おお!」と声を上げた。
「おま、このやろ!魔法見せろ魔法!ほらなんでもいいから!」
周りのガヤを耳に流しながら、今更隠す必要もないだろうと思いため息をつきながら唱える。
「『炎よ』」
すると、圭の真上に魔法陣が展開され、赤く光り魔術を発動させる。その上には握り拳くらいの大きさの火の玉がチロチロと宙に浮いていた。
「「「おぉぉ!」」」
全員が一斉に声を出し、頭上の火の玉に釘付けになった。その騒ぎはどんどん大きくなり、百人程度しか座れない教室に何百もの人が押し詰めてくる。その様子を見て、頭を抱えながら机に突っ伏した。
「なあ、慎也。これ、どう収拾つけんのさ」
「んあ?そんなこと知らんわ。それより他の魔法も見せろよ!この動画だといろんな魔法使ってたじゃねえか!」
「魔法じゃなくて魔術ね。てか、こんなんなったらキリないじゃん」
「知るか、そんなの知らん。だいたい隠しておくお前が悪い」
「……めんどくさ、逃げるか」
宙に浮かぶ火の玉は何をするでもなくクルクルと天井を回り始めた。それに完全に目を取られ全員が天井を見たところで、火の玉は弾け花火のように小さな火花が飛び散った。
「『光よ』『曲がれ』」
火花は人の頭に降りかからない程度の高さで宙に消えていく。そこまで全部見きってから、新たな魔術をせがもうと圭が座っていたところを見る。
だがそこには圭の姿どころか、物の置いてあった形跡すらなかった。
「あ、あいつ!逃げやがった!」
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「ふぅ……ったく、めんどくさいことになってきた」
学外に逃げ出した圭はコンビニで買ったマスクにニット帽をかぶり再び大学へと足を伸ばす。
大学の授業は半分は様々な人がごった煮になっており、そのうちの一人を気にするような人はほとんどいない。ニット帽とマスクさえあればひとしのぎできる。そう考えていた。
「えーっと、……」
キョロキョロとわざとらしく手を額に当てて教室内を見渡す男がいた。
村上慎也。ここに来て、最も親しいながら最も厄介な友人だった。
圭は慎也と授業は全て同じものを取っている。つまり、圭が出る授業は必ず慎也がいる。
「あ、いた」
圭と目が合うと鼻歌を歌いながらこちらへと階段を上ってくる。
それだけならいいのだが、好奇心に満ちた野次馬が慎也の後ろをゾロゾロとついてきてしまっていた。そして、慎也もそれを満更でもないと思っているようだった。
「おいおい、逃げるなんて白々しい真似すんなよ。俺たち親友じゃねえか」
「そのわざとらしい口上はやめてくれ。注目される僕の身にもなってほしい」
「そりゃあ無理だな」
空いた隣の席に躊躇なく座る。それ自体はいつも通りだし構わないのだが、後ろにいる野次馬たちは違う。席に座るわけでもなく、一定の距離を空けてずっと観察してくるのだ。
「もともと魔法……じゃなかったな、魔術の噂はあったんだ。都市伝説レベルだし、見た人もほとんどいなかった。それがどうだ。すぐ近くにとんでもねえ魔術師が紛れてたら、注目するなって方が難しい」
「……そりゃ分かってるけどさ」
「いや、それだけじゃねえ。圭、おまえはこの世界で唯一世界に晒された、ガチの魔法使いの一人なんだよ!」
「いや魔術師だから。てか、言ってる意味が分からん」
「察し悪いな、おまえらしくないぞ」
後ろの席に体を乗り出すようにして身体を横に向けた慎也は、若干興奮した様子で大袈裟な身振り手振りをつけて話し出した。
「最近よく魔法を使った動画がネットによく投稿されていたんだ。けどそれ自体はほとんどの人が釣りだと判断していた」
一拍子おいて、狭い椅子では物足りなくなったのか机にまで身体を乗せた。
「だが、おまえは動画投稿してる胡散臭い奴らとは違う。ホンモノだ。水鉄砲ができるとかいうくだらねえ魔法とは違うんだ。そんなやつが突然姿を現した。そりゃあもう世界が放っておかねえ」
ニヤニヤしながら、慎也は圭に指を突きつける。
「これからおまえの素性が頭の先からつま先まで、あらゆる情報がネット中を駆け巡る。wikiにもまとめられるし掲示板でもすでにスレが乱立だ。さっきの火のやつももうツブッターに発信されて10万くらいリツブートされてる。ほれ」
スマホを覗いてみると、ちょうど魔法陣が赤く光って火の玉が生まれるのが再生されていた。
トレンドにも魔術、魔法、能力に並んですでに三鷹圭という本名がインしている。
「じゃあどうすればいいんだよ。せっかく大学通ってんのになぁ」
ため息をついて、腕を前に置いて上半身を机に預ける。それを見て圭が手詰まりしていることは見て取れた。
「まああれだ。単純に、何も反応しなければいいと俺は思うぞ」
「なんでや」
「魔法が公になったんだ。他の魔法使いもどんどん身バレするはずさ」
「魔術に、魔術師な」
「ん?お、おう。随分こだわるな」
「特に意味はないけどね。それにしても、そうか。いずれ魔術は人に知れ渡る。もう準備ができててもおかしくないか。ならコミュニティも公になるわけだ」
「コミュニティ?なんだそれ?」
「そのうち分かるから楽しみにしといて」
「お、おう」
すでにめんどくさくなってきている圭の意を汲んで口をつぐむ慎也だが、やっぱり黙っていられないのか再び話し始めた。
「にしてもよ、相手の一人はあの『闇夜の騎士団』だったんだろ?よく生き残ったよな」
「あー、まあね。久々に死にかけた……久々でもない気もしてきた」
「もう一人もなんかヤバかったな。なんだあのウネウネ。俺もあんなのやりたい。やりたいぞ。まほ、魔術を教えろー!」
「いや、慎也は才能ないから諦めろ」
「なにぃっ!……はっ、……これ前も聞いた気がする」
「前も同じ答えを返したぞ」
それからも大学内で常に視線を集め、繰り返し写真を撮られた。撮られているのは慎也もであり、圭と一緒にいる時点で慎也の身バレもすぐに行われそうなのだが、本人はほとんど気にしていない。というか気が回っていないらしい。
それから昼食の時も、授業中も、休憩時間も常に何人もの野次馬に囲まれ続けながら過ごすことを強要された。
中には堂々と圭の元にやってきて魔術を見せてほしいという人まで現れた。
「魔術?ムリムリ。キリがなくなるから」
当然それでもしつこく食い下がる人は多く、中には脅しのような言葉をけしかけてくる輩もいた。彼らに対して、圭は二度と口を聞くこともない。
鬱陶しすぎて、頭の中の意識をすぐ先に差し迫っている期末試験の方に無理矢理向けていた。
だが自分が良くても周りが放っておくわけはない。
挙げ句の果てには帰りにもつけてくる人まで何人もいたため、再び魔術を使い姿を消した。
家に帰ると、ストレスの溜まる1日にため息を吐きながら柔らかいベッドに腰掛けそのまま後ろに倒れ込んだ。
持っていくのを忘れたスマホを見ると、そこには着信が嵐のような数が表示されていた。
家族、地元の友人である太一と香奈、その他勝手に連絡先を聞き出してきた人たち、そして大学の友達。あらゆる方面からの着信を見てから、それを全て見なかったことにした。
それから楓を迎えにいくと、やはり視線を感じざるを得ない。ただそれも大学に比べれば遥かにマシと言えるだろう。七琴学園に通う生徒と迎えに来る護衛たちは事情を把握している。一部には圭に同情の視線を送る人もいた。
「おまたせケイ」
「あ、うん。乗って」
二人とも車に乗り、音をシャットアウトした静かな空間を作り出す。
楓は車が動き出してからすぐに口を開いた。
「ケイのこと、噂で持ちきりだったわ」
「七琴学園でもそうなのか……どうしようかなこれから」
「その話なんだけど……」
「ん?」
バックミラー越しに楓を見ると、自分から口に出すのを躊躇している姿が見えた。
「……百瀬くんから、話があるみたい。いい話があるって」
「百瀬って、あのベンチャー息子の?」
「うん、その人よ」
百瀬海斗。
四ツ橋礼二郎と並んで、楓に迫っていた一人だ。両親が二人ともベンチャー企業の創業者で、今は様々な企業のCEOやらなんやらを渡り歩いているらしい。
つまり、彼が提案するアイデアというのはおそらく親がらみのものであることは予想できる。
そして、自分の価値と今後の展開予測を考慮して、提唱するアイデアが何かを理解し、同時に自分がそれを受けるだろうことまで予測して、大きくため息をついた。
【朗報】魔術、現実だった【神】
みたいな感じでTwitterやら掲示板が荒れるんでしょうね
なお拡散された激闘動画のせいで、某動画サイトに投稿されていた魔術や能力の動画は一斉に低評価が増え、コメント欄には「しょぼい」「あれと比べると、なあ」などのアンチコメントが溢れかえったようです。
このせいで、魔術能力動画の投稿者は一時全滅したとかなんとか。




