四ツ橋サバイバル⑦
そのなな
圭は周囲を完全にゴーレムに囲まれていた。その素材は廃墟のコンクリートのため、今までの土のゴーレムとは強度が違う。
「お手並み拝見させてもらおうかの」
かといって、焦ることはなかった。
「『土よ』」
手元に魔法陣が展開すると、全てのゴーレムに土が這い上がりくの字の状態で横一線に貼りつく。
「『爆ぜろ』」
二つ目の言葉でもう一度手元に両手大の魔法陣が形成され赤く光出す。それと同時に、貼り付いていた土が轟音を立てて爆発した。
土煙が上がり一瞬視界が閉ざされるが、すぐに晴れた。
圭の眼前に立つのは生田翔子のみ。ゴーレムはといえば、胴を横に真っ二つに裂かれて転がっていた。
「言っとくけど、その程度の強度なら何発やっても無駄だから」
先ほどの魔術は言葉二つにしてはほとんど魔力を使わない。本来ならただ土が爆発するだけの魔術で、やろうと思えばランク1か2でも使え得る。
ただ、形状の影響で威力は格段に上がっている。爆発物を凹みの内側に設置することで、衝撃の方向を指定することができる。
これはビル解体や兵器などでも使われる技術、火力を出すにはコストパフォーマンスは保証されている。
「む、こんなものではダメか。ならば……」
「『土よ』」
「むむっ、」
生田が余裕そうに顎に手を当てている間に今度は圭が攻勢に出る。
土の魔術を使い生田の真下の地面をすり鉢状に凹ませる。そして、先ほどと同じように魔術を使った。
「『爆ぜろ』」
「むむむっ、これはっ!ま、まずいのじゃっ!」
咄嗟に生田がすり鉢の範囲外に飛び退ると、その直後に爆発により轟音が鳴り響き、わずかな土がものすごい勢いで遥か上空まで吹っ飛んだ。
「チッ、惜しい」
「出し惜しみしてられんの。『絡め取れ』」
「んっ?」
生田の言葉により地面が蠢く。平だったひび割れたアスファルトが意思を持つかのように動き出し、圭の身体を拘束しようと蔦状に伸び出した。
「なんだこれは……魔術か?」
すぐさま距離を取り様子を窺う。その着地の隙を狙うかのように圭が跳んだ足元からもアスファルトの蔦が這い上がってきた。
「っ、なんだこれ……めんどくせぇっ!『土よ』」
土の魔術で直下のアスファルトを無理やり固定、それでも追い討ちをかけてくる蔦を避けるために何度もその場を飛び回った。
「ふふふっ、無駄じゃよ。それはどこまでも追っていくからの」
「『土よ』」
少しだけ範囲を広げて魔術を行使する。すると効果範囲までは一切蔦は現れないことが見て取れた。
「魔術に完全相殺されるということは能力系?ゴーレムを作るのと現象的に同じなのか?」
「ほれほれどうした。ランク6の称号が泣いておるぞ」
「うるさいなぁ」
「『学習せよ』」
「んぁ?」
生田の言葉に反応するように蔦は変形し、波のような形状となって圭に襲いかかる。横に逃げるのをまるで予測しているかのような動きだ。
それに舌打ちを打ちながら波の形になったアスファルトの上を通るように回避する。一度着地してから鉄棒をまっすぐ生田の方へと向けた。
「『水よ』『穿て』」
「『守れ』」
鉄棒から発射された高速の水は、生田の前に現れた壁によって呆気なく塞がれた。役目を終えたと言わんばかりに崩れ落ちる壁の向こうから嘲笑の表情が顔を覗かせた。
その間にも波は圭を襲う。距離を詰められる前に跳躍し、波を変えようとした時だった。
「っ、伸びたっ!?」
アスファルトの波は突如として高さを増したのだ。それも丁度圭が跳んだ高さに合わせるように。
咄嗟のことに驚いて反応が遅れつつも、鉄棒を下に向けてから口を開いた。
「『キュー』『リバース』」
慣性を無視した動きで方向を壁波を越える高さに調整、少し無茶をしたが波に飲み込まれるのは避け切れた。
「『炎よ』」
再び圭を襲おうと形状を変化させるアスファルトに、圭は炎をぶち当てる。するとアスファルトは固体としての形を保つことができず、次第にそれ自体が揺れるようになり地面へと溶け始めた。
アスファルトは熱に弱い。現代であれば多少の温度に耐性があるが、ここは昔に廃止された街。そうであれば溶解温度は100℃にも満たない。
ある程度規模の大きい炎の魔術ならあっという間にアスファルトを溶かしてしまうのだ。
形状を保てなくなったアスファルトはゆっくりとその場に崩れ落ちていく。その様子を見るまでもなく、圭は生田の方へと走り始めた。
「あんた、『人形遣い』って嘘ついてないか?」
「……さあのぉ」
「なんの能力かは知らないけど、早めに倒した方が良さそうだ。『土よ』『爆ぜろ』」
人大の大きさまで広がった魔法陣が展開するとともに、今度はお椀状に形成された土が圭の前に生成され、さらに圭が持つ鉄棒がお椀を蓋するように変形した。
そして、土は爆発する。
「『守れ』、……っ!?ぐっ、なっ、……」
圭の攻撃に合わせて作られたアスファルトの壁は、いともたやすく貫通された。
くの字ですらゴーレムを真っ二つにしたのだ。さらに衝撃波を集中させた成形炸薬は進行方向にとてつもないエネルギーを伝える。
ただ扱いが難しく、操作性には難がある。胸の位置目がけて放ったつもりだったのだが、実際には生田の肩を軽く抉っただけだった。
「まだ……まだこの程度ではわしは倒せんのぉ。『絡みとれ』『貫け』」
「めんどくせぇ、土の魔術ととりあえず仮定しよう。能力だとしても分からん。『水よ』」
小さな魔法陣が現れると、前に宙に浮く水球が現れる。それを確認してから、圭は握っていた右手を勢いよく開いた。
それに合わせて水が一気に拡散して宙に幕を張る。そのまま地面へ落ち、土の中へ沈み込んでいった。
魔術師とは仮定したが、先ほどまでの戦いの間で自身の魔術で相手の攻撃を制限できるのは分かっている。土中に染み込んだ水は圭の魔力を含んでおり、解除するまで土への干渉は妨げられる。
魔術なら簡単に突破されてしまうがそれも良し。能力者ならどんなに魔力が少なくても大きく影響が出るので、攻撃の手自体を大きく制限できる。
「なんとっ、水の魔術で土を封じたかっ!……しかし。別に下にこだわる必要はない」
その声とともに、今度は廃墟の構造物が動き出す。
いくつも現れた廃屋の触手は、全て圭に向けられている。
「『討ち滅ぼせ』」
動き出した廃墟を見てため息をつく。
「しゃーなし、やるか」
クルクルと棒を回し、下に叩きつけた。
----------------
「おおー、なかなかいい戦いしてるじゃないか」
観戦会場では、残り二人となったサバイバルマッチに全員が食い入るように観戦していた。ランク6の戦いというのもあるし、何より見栄えがいい。
土を主に使った生田の特異な攻撃と圭が繰り出すバラエティに富んだ魔術。これだけで十分すぎる価値がある。
他の人たちのぶつかり合いにも白熱した戦いはいくつもあったが、数ある中でもこの戦いが一番面白いとほとんどの人が思っていた。
そんな中、左神美子は手を頭の後ろに組んで椅子を前後に揺らしながら、心中にある疑問を口に出した。
「それにしてもあいつ、たぶん……合ってるよな。だとしたら何してんだ?」
「え、何ってどういうこと?」
隣に座る楓が反応する。たとえ好きとは言えなくとも、左神の言葉は非常に重要な情報となる。
そんなことをつゆほども把握していない左神は楓の方に顔を向けた。
「なあ、出場者名簿ってあんのか?」
「……始まる時に渡されたじゃない」
「んぉ?あ、そうかそうか。えーっと……」
出場者名簿には、今回サバイバルマッチに出る能力者たちの名前と姿、大まかな能力が記載されている。
名簿をパラパラとめくり、とあるページで手を止めた。
「生田翔子……生の文字……あー、やっぱりそうだな。見えてた展開とは違うけど、これはこれで面白い、いいねぇ。」
「ねぇ、左神さん。いったいなんの話をしているの?」
「話は簡単さ。ほら、今圭と戦っているやついるだろ?」
「え、ええ。たしか『人形遣い』の」
不思議そうに左神を見る。彼女はふざけた笑いでも深刻な表情でもなく、ただただ戸惑うだけの様子を見せて楓に伝えた。
「生田翔子は、偽名だ。本名は分からんが、あいつはランク6『生命』だったはずだ」
「はっ?」
楓だけではない。無意識に左神の言葉を耳にした全員が同じような声を上げた。しかし放心状態の人たちを無視してさらに左神は話を続ける。
「『生命』はよく暇だからランク偽装して遊んでるんだよなぁ。『人形遣い』って名乗ってるあいつはちょくちょく見かけるけど、全然面白くなさそうだわ」
「いや、あの……それ、ホント?」
「何言ってんだ?あたしが嘘ついてなんの利益があるんだっつーの」
肩の高さまで手を上げてひらひらと振ると、もう一度楓の方に身体を向けた。
「それによ、今から始まるんだぜ?こっからが面白いんだから、しっかり見ておけよ」
「え?いったい何を言って……」
楓が問い返そうとしたタイミングで、ドローンから鳴り響く警告音が耳を突き刺した。
----------------
「警告音?もう二時間経ってしもうたか」
生田が攻撃の手を緩めてポツリと呟く。警告音は範囲の縮小を意味し、移動を考慮に入れる必要が出てくる。
ただ、圭はそれとは別のリアクションを取った。
「ちょっと音が違うくないか。体感的にも二時間経ったとは思えない」
備えあれば憂いなし。圭はちゃっかり持ってきていた時計で今の時刻を確認する。
そして時計の長針が真上を指していないことに気がついた。
「おい、あんた。一旦休戦しないか?まだ二時間経ってない」
「ん?ほほぅ……それはまことか?」
「疑うならこれ見ろよ」
訝しげな目を向けてくる生田に対して、つけていた腕時計を投げ渡す。
それを受け取って色々なボタンを弄ってから、首を傾げた。
「電波時計か。なら嘘ではないか。だが、それで休戦する意味はあるのかの」
「周囲を魔術サーチするから。『捉えろ』」
魔術でエコーを発すると、魔術的要素に反射して魔力波が返ってくる。それを察知し続けることで、リアルタイムで周囲状況を把握する。
だがそれは一瞬で途切れた。
「誰か来るっ、」
移動すれば反射波は周波数が変化する。それが分かれば、何がどう動くかをほぼ完璧に把握できる。
圭が感じたのは異常に幅の狭い波の振動だった。
何かがやってくる方向を見据えると、そこにはかつてないほどの速度でこちらへと走り寄る男が視界に入った。
「なんだあいっ、」
「よぉ」
一瞬だった。
あまりにも早すぎて、見えたと思った時には既に目の前に立っていた。
日本人離れした身長に無駄のない筋肉、そして人でも殺していそうな顔つき。普通の人からすれば目に入っただけで縮み上がるような迫力を持っていた。
ただ、大雑把な特徴を把握するのが精一杯だった。目の前に近づいて声を発したかと思えば、気がついたら身体に強烈な痛みが襲ってきた。
「ぐぁっ、がっ、……」
塀を突き抜け廃屋を二軒挟んで、反対側の道路にまで放り出されてから、ようやく自分が攻撃されたことを理解した。
「くっ、うぅぅぅっ……ゔぁっ、」
横腹が攻撃の衝撃で大きく凹まされていた。骨は当然バキバキに折れ、内臓も破裂している。たった一撃にもかかわらず、突如として現れた男の攻撃は圭を半死半生へと導いた。
「な、……『治れ』『重ねろ』……ゔっ、」
身体の中がめちゃくちゃになったせいで治癒魔術を使ってもすぐには治らない。血反吐を数回天に吐き出してから、フラフラの身体に鞭を打ち立ち上がった。
「き、キツい……」
身体的にも、精神的にも、そして魔力的にも大きくダメージを受けた。この世界で感じた頭の中で、最もキツい一撃なのは間違いなかった。
「ふぅっ、ふぅっ……」
ようやく治癒が完了し屋根の上を跳び元の場所まで戻ると、そこにはリアクションに困る生田と、なんの気もなしに堂々とその場に座る男がいた。
「はっ、さすがだな『奇術師』とやらは。かなり強めに攻撃したのによぉ」
「……何者だ、てめぇ」
真冬なのに薄着で居座る男の首元に、チラチラと派手な色の刺青が姿を晒していた。
「そうだな、自己紹介が必要だとボスは言っていたな」
ゆっくりと胡座を崩して立ち上がる。座っていたからインパクトはなかったが、立ち上がるとやはり圧迫感が押し寄せる。明らかに二メートルはある。打ち合わせる拳は人の頭くらいなら一握りで潰してしまいそうなレベルだ。
男は生田の方をチラリと見てから、圭に向けて声を出した。
「俺はナクモってんだ。『闇夜の騎士団』に所属している」
「『闇夜の騎士団』って!まーたおまえらかよ」
「おまえは『奇術師』三鷹圭だろ?俺たちとはいろいろ諍いがあるようじゃねぇか。まあ知ったこっちゃねぇけどな」
ナクモと名乗った男は、犯罪者と言われなくても分かる凶悪さをもつ顔を歪めヘラヘラと笑い始める。圭と生田はそれを不愉快そうに睨んだ。
「ナクモ、だったか?お主はなぜこんなところにおる。闇騎士ほどの一大組織がこの場に用があるとは思えんがのぉ」
「ん?だぁれだてめぇ?……まあいい、理由は簡単だ。これだよ」
二人を視界に収まる位置に立ったナクモが親指で示した方向には、一台のドローンが飛んでいた。
「ドローン?……映像か?」
「よく分かってるなぁ『奇術師』さんよぉ。だが、このドローンはおまえたちが用意したものじゃぁねぇ。俺たちが独自に飛ばしているものだ。そんで今、わざわざこの時のために特設したとあるサイトにライブ中継されている」
「っ、なにっ!?」
二人がドローンの方向を見ると、その中心部にゴツいカメラが設置されているのが分かる。一般的なものより敢えて高性能なものを選んでいる可能性が高い。
これによって、今この瞬間に三人の姿はネット上に上げられた。それだけで、秘匿がバレて問題になるレベルだ。
だが、『闇夜の騎士団』がそれだけのためにここにやってくるとは、圭にはとても思えなかった。能力公開ならば勝手にやればいいからだ。もっと別の、大きな目的があるはずだ。
それは隣にいた生田も同じようで、その先の答えも予想していた。
「ふむ、ライブで闇騎士の存在自体を明るみに出すことが目的か。わしらはその礎というところかのぅ」
「……気色悪りぃ口調だが、大正解だ」
ナクモは二人を前に、そして中継カメラを意識して大きく手を広げた。
「この映像を元に、『闇夜の騎士団』の名は世界に広まる!それが、それがボスの力、ひいては俺たちの力となる!」
二人が理解できずに口を開けている中、ナクモは顔を天に向けて大声で笑い始めた。その姿はまさに異様、何かが狂っているとしか思えなかった。
何拍子か置いてようやく言葉を咀嚼した圭が、ナクモに不審な目を向ける。何度思い返しても意味が分からない。
「……何を言っている?知名度が力に?そんな能力があるってことか?」
「くくく……、言っても分かるまいが、冥土の土産に教えておいてやろう」
首の刺青を撫でながら、二人を斜めに見下ろして嗤う。そこには一切の迷いも存在しない。
「俺たちの存在は、誰もが知っている。そうなるのが必然だからだ。だが現段階ではこれは魔術や能力を知る存在のみ。だからここで広める。世界に!『闇夜の騎士団』の名が!植え付けられるのさ!!」
「……必然?」
ほとんど説明になってないナクモの言葉の中でそのフレーズだけが気にかかったが、それを深く追求する余裕はなかった。
「おまえらは俺たちの踏み台にされる。喜んで、死ね」
空気が変わった。
ただの静寂が、二人を威圧する。
それだけで目の前にいるナクモがとんでもない実力の持ち主だと分かってしまった。
「えっと、ゴーレム遣いさん。下がってた方がいいよ」
「よいではないか」
「は?何を……」
「倒すべき相手が一人から二人に増えただけであろう?」
パチンと指を鳴らすと、周囲にある全ての存在がまるで意思を持つかのように動き始めた。
「地面が、めくれ返ってる。それに岩も、家も、木も……あんた、なにものだ?」
圭の隣のアスファルトが蠢き、生田専用の土台を作り上げる。その姿はまるで、あらゆるものに生命が吹き込まれているかのようだった。
「ランク6『生命』、今は生田翔子と名乗っておる。安心するがよい」
生命が芽吹く。あらゆるものが、圭とナクモへ攻撃の意思を見せた。
「二人まとめて、なぎ倒してくれるわ」
科学の補足
・整形炸薬
プラスチック爆弾をご存知でしょうか。簡単に形を変えることができる爆弾で、C4などが有名ですね。
爆弾はくの字型やお椀型の型枠に入れることで、衝撃を一点集中させることができます。これを整形炸薬と言い、モンローノイマン効果を原理としています。
これらはビル解体や兵器に利用されており、爆発の計算を緻密に行えば倒壊せず真下にビルを崩れ落ちさせるなど色々なことができます。
・アスファルトと熱
一般に道路などに使われるアスファルトは熱に弱いです。
現在の耐熱温度はおよそ140℃。ここまで高ければ日光によって溶けることはほぼありませんが、昔は耐熱温度が低く真夏日などではアスファルトは一部溶けていたそうです。




