四ツ橋サバイバル④
そのよん
折り返し地点、だよ
時は少し遡り、二時間経過の警告音が鳴り響く前。
樹海エリアでは激戦が行われていた。
その場にいるのは四人。
四ツ橋総合研究所代理人の石川裕也。
ランクは3、『身体の一部を変化させる』能力を持つ。
見た目はまだ若いガテン系、冬でも浅黒く焼けた肌は健康さを感じさせる。
四ツ橋不動産代理人の東堂円華。
ランク4、『邪眼』の二つ名を持つ。幻惑系故にランク以上の厄介さを持つ。身体のほとんどを黒いローブで隠しており、手だけが唯一肌を露出していた。
四ツ橋食品代理人の赤井奏。
ランク5、『吸血女』。自らの血を操る能力で、常に輸血パックを懐にしまい込んでいる。
能力のせいか、血走ったかのような赤みがかった目をしており、ガールの名の通り、まだ十代の少女。二つに縛られた髪と絶壁が特徴的だった。
四人目は四ツ橋商事代理人、生田翔子。ランク5として登録されており、二つ名は『人形遣い』。身長は低いが二十代くらいに見える。表情がほとんど動かず、自身がマリオネットではないかと思ってしまうほどだ。
この四人が全員、樹海の特定の場所に集まってしまっていた。
「おいおい、これ、ヤベェぞ」
石川がポツリと言葉をこぼす。混戦は弱者でも逆転できる可能性もある。だから、別の敵を呼んだ。もともと東堂と戦っていたのだが、近距離戦闘と精神干渉では分が悪い。そのため自身の能力を使い他の人に自分たちの位置を知らせた。
だが呼んだ相手が悪かった。『吸血女』と『人形遣い』は両方とも殲滅型だ。手当たり次第に人を攻撃することができてしまう。ランクも低い石川では事故一発で死ぬ可能性もある。
今回のサバイバルが原因というわけではないのだが、石川は常に自分以外の能力者のことは情報として頭に入れていた。
これは彼の趣味と、決闘などの類の準備を兼ねている。
そのおかげで目の前の女が幻術系統の能力か魔術を使うことも知っている。
八重歯を覗かせる、血統付きの魔術である血の魔術を操る女のことも知っている。
さらにはゴーレムの肩に乗り三人を見下ろす女のことも知っている。
これらの情報から判断して、石川は逃走を決意した。四人が睨み合う中で、一人だけくるりと反転し背を向けた。
だが、石川が背を向けた瞬間を生田は見逃さない。
「逃がさぬよ」
女にしては低めの声を出して生田が何か動作をすると、石川の目の前が隆起しあっという間に土人形が出来上がる。
「これが、『人形遣い』……」
ただの人形であるはずなのに自身より速い動き。逃れようと距離を取ろうにもそれは許されない。
動きの間を読まれたった一発殴られると、石川は横に大きく吹っ飛んだ。
「邪魔ですわ」
赤井の言葉とともに、変形し鋭くなった血が突如として現れ、石川の肩に命中した。
「へ、『変化』っ!」
肩が変化し、石に変わる。硬化した血と変化した石がぶつかり合い、血の方がグニャリと曲がる。石の方が打ち勝ったのだ。
だが、それで赤井にダメージを与えられるわけではない。わずかな滞空時間の間で赤井の脚は大きく上がり、変化させていない方の肩へと振り落とした。
「がはっ!、」
半身が地面に埋まる。力の差は歴然だった。
さらに赤井は針状の血を形成して石川の皮膚に突き刺した。
「あなたに血を分けてあげる」
溶血性輸血副作用というものがある。これは輸血する時の血液型が異なる時によく発生するもので、わずかな輸血量で血液が凝固し身体が異常をきたしてしまう。
大抵の場合、赤井は相手の皮膚を突き刺して溶血を起こさせる。
ただ、たまに血液型が同じ人がいる場合がある。
「あら?あなた、わたくしと同じタイプですのね。ならば美味しくいただきますわ」
その場合は突き刺した部分から強引に敵の血を奪い、貧血を引き起こさせる。いずれにせよ、刺されただけで致命的なダメージを負うことは間違いない。
さらに彼女は、血を操るだけでだいたいの空間把握が可能になる。
死なない程度に石川の血を抜いた赤井は、愛おしそうに血の球に触れる。その姿はまさに吸血鬼そのものだった。
「ああ、この血はなかなかの上物。サラリとした美しい血ですこと」
何度も撫でてから、幻惑の魔術師こと東堂円華へと視線を向けた。
「あなたの血は、いかがかしら」
「うぇ、カッコいいと思ったウチがバカだった」
赤井は東堂へと見下すような視線を向ける。実力に裏打ちされた自信を持ってすれば、相手の名前は知らずとも魔術師の家系に生まれてきた自分が負ける未来は見えない。
しかし、今回に限ってはその自信が裏目に出た。
東堂が動く。
赤井を真っ直ぐに見つめ、ここに来て初めてローブのフードを取る。そして、右眼に付けられていた眼帯を剥ぎ取った。
「ふふふ、我が右目よ唸れ……くらえ、『暗黒邪眼』っ!!!」
彼女の能力は目に宿る。目と目があった時、どんな人間であろうと幻覚に囚われる。
そのことを知りもしない赤井は、東堂が叫んだと同時に大きな光に目を眩まされた。
「……」
生田は東堂に対し目を合わせない程度に注視しつつ、赤井に目を向けた。
そこでは闇雲に血の形を変化させて暴れる姿があった。明らかに何もないところに向けて攻撃を仕掛けている。幻術に取り込まれているのは一目瞭然だった。
「ふっふっふ。ウチの暗黒邪眼にかかれば、あの程度は当たり前」
「幻術とは、厄介じゃのお」
今赤井は、今の景色の中に東堂が沢山いる世界が見えているだろう。赤井の中では仕掛けられた幻術によって東堂が何人もいるように見せられているのだが、それは違う。
視覚を惑わせるのではなく、自分自身が夢の中にいるかのような状態にまで陥れられているのだ。そのため赤井は自分が幻術世界の中にいるまでひたすら暴れ続けるだけになる。
その様子を見向きもせず、東堂は真っ直ぐ生田に眼を向けた。そして決めポーズを取るべく身体を止め左手を腰に当てる。
「どこの誰とは知らないけど、貴様もうちの幻覚に囚われるがいい。『暗黒邪が……へぶっ!」
目に横向きピースサインを当てたタイミングで、東堂の左側から大きな衝撃が襲ってきた。
唐突な衝撃によって尋常じゃないほどに弾き飛ばされたが、派手に吹っ飛ばされたとはいえ能力者らしい頑丈な身体を持っている。自身の身体能力を生かし、木に足をつけ衝撃を殺し回転して地面に着地する。
そして自分を吹き飛ばした相手を見た。
「ゴーレム、これが貴様の能力か……しかーし!だからと言って、うちと目を合わせるのが貴様の最後!ウチの優位に変わりはない!」
「ふんっ、小賢しい」
掌を上に向けて人差し指をあげると、土が盛り上がりゴーレムが生成される。先ほど東堂を攻撃したゴーレムも入り、東堂に対し二対一の環境を作り出した。
「甘い、甘いぞゴーレム女!うちが暗黒邪眼しか使えないと思ったか!とぅっ!」
東堂が上へ大きく飛ぶ。そして中で体勢を変え、片方のゴーレムへと足を構えた。
クルクルと回り、重力に従い下に落ちる。
「くらうがいい!暗黒蹴脚!」
ただの踵落としが頭部に直撃したゴーレムは、一度動きを止めてからガラガラとその場に崩れ落ちた。
「ふふん、たわいもない」
「……生意気な女じゃ」
腕を組み生田を鼻で笑い挑発する。しかし、それを見ることもなく、今度は全ての指先を上にあげた。
それに合わせ、地面から土がズブズブと這い上がり、今度は五体のゴーレムが形成された。
「ふ、ふふんっ、この程度、我が暗黒拳にかかれば瞬殺!」
「行け」
ゴーレムが連携を取りつつ、東堂へと襲いかかった。
東堂は身体をバネのように縮めた後に目の前のゴーレムへと跳びかかる。弾丸のような速度で繰り出された拳は、ゴーレムの心臓部をえぐり一気に崩壊させた。
それを見届けることなく、東堂は木に着地しまた跳ねる。重力を感じさせない空中機動で、今度は別のゴーレムの頭を吹っ飛ばした。
しかし、それを別のゴーレムが狙った。宙で動きを制御できない東堂の射線上に、ゴーレムが手を合わせる。そして身体をしっかり捉え、ゴーレムらしい強靭な力で東堂をそばにあった木に叩きつけた。
「はっ、がぁっ、……」
想像以上の威力に、東堂は眼を瞑らされる。壁に叩きつけられてから、ずるずると木を背に地面へとずり落ちた。
「くっ、……まだだ、まだまだ終わらんよ!」
再び東堂は動く。先ほどのゴーレムによるダメージを感じさせない俊敏な動きで障害を躱し、生田の方へと迫る。
それを黙って見ているわけではない。何回か指を動かすと、東堂の眼前に壁の如くゴーレムが立ち塞がった。
「ぬ、ならばっ!」
方向を直角に変える。敵を見たまま横移動をして回り道を図る。
しかし、その分だけ視界外の注意が削がれてしまった。
「よそ見しててよいのかのう」
「は?何を……がぁぁっ!?」
視界の横から衝撃が走る。進行方向にゴーレムが立ち塞がっていたのを、完全に見落としていた。
弾き飛ばされた上に、回り道しようとしたゴーレム壁に身体を打ち付けらた。さらに、その頭を別の場所ゴーレムが両手で叩き落とした。
「ぅ、……くっ、くぅぅぅっ!?!?」
頭を押さえてその場に寝転がる。頭がミンチになるほどの威力ではなかったが、頭蓋骨が潰されたかのような恐ろしいほどの衝撃だった。だが生田は慈悲を与えるつもりはない。地面に転げ回る東堂をもう一体のゴーレムが掬い上げるように東堂を上へと吹き飛ばした。
「あ、あぁ……」
頭にも身体にも一瞬にして大きなダメージが入る。特に頭の方は致命的で、意識を長い間朦朧とさせられた。木に貼り付けられてから、地面にボトリと落ちる。唯一理解したのは、地面に水溜りのようなものがあることだった。
「ふふふ、やっと、やっと見つけたわ!!」
声を上げたのは赤井だった。彼女は幻術に気がついてから、ひっそり、ゆっくりと、血を地面に広げ生物を探し続けたのだ。そこに人間らしきものが落ちてきた。
幻術にかかろうと、赤井の操る血は六つ目の確実な感覚を与えてくれる。
恨みと仕返しを込めて、赤井はあらゆる方向から自らが操る血で東堂を突き刺した。
「ぁ……」
完全にそれが止めになった。
身体をボロボロにされ、溶血により内部血液すら異常状態になった彼女にもはやなす術はない。
霞んだ目で赤井が自分に眼を向けたことを理解したあと、意識を手放した。
石川裕也
『変化』ランク3。
身体の一部を変化できる。ただし体積と変化先に大きな制限あり。今回は相性が悪くちっとも良いところを見せられなかった。
かなり気の良い働く男。コミュニティに登録しているが、一般就職もしており家族もいる。
本人に悪気はないが、叩き上げの重役の一人が持ち前のコンサルティング能力で別の人を推すべきと指摘したのを、社長が強引に縁故採用した結果出場している。予選は運良く勝ち上がったが、社長の地位は危うそうだ。
提案者 直翔 さん
東堂円華
『邪眼』ランク4。
目を合わせることで相手に幻影を見せることができる。ただし、目が合う→能力を発動する、という二つのステップがあるため発動は狙わないとうまくいかない。
超絶厨二病。自分の技に対し全て「暗黒」をつけるのが最近のマイブーム。三日前までは「暗黒邪眼」ではなく、「失われし悪魔の目」と呼んでいた。どうやら週一くらいで更新されるらしい。
みんなが厨二全開ですがと前置きするので、厨二キャラにしておきました。
提案者 お餅 さん、たぶん他にもたくさん
赤井奏
『血の魔術師』ランク5。
魔術師の家系で、自分の血を操る魔術を使う。ただし。出した血のうち空気に触れた部分は回収できないため、常に輸血パックを服に仕込んでいる。血液型が同じなら相手の血も回収可能、死なない程度に抑えてあげる優しい女の子。
実は高校三年生なのだが、家系と赤目の関係上ほとんど顔を出していない不登校。卒業だけはできるらしい。自分の容姿には自信を持っているが故に、自分の身体が真っ直ぐなのを激しく嘆いている。血筋的にも成長は絶望的。
提案者 Voice000 さん
生田翔子
『人形遣い』ランク5。
年齢不詳、低身長、のじゃっ子。ゴーレムの扱いは一級品で、まるで意志を持つかのように多彩な動きを見せる……
補足
・溶血性輸血副作用(急性溶血性副作用)
血液型が違う人の血を輸血できない最大の理由です。「溶血」とは赤血球が破壊されることを意味するようで、ちょっとミスるとガチで死亡します。赤井奏はそこんところはうまく調整している、はずです。




