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複数複雑世界線

作者: Koshi

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登場人物

・名前 秋山

アキヤマ

 双他

ソウタ

男 20歳前後

 身長170cm程度 中肉中背 黒髪 切れ長な目?

 性格 隠れ熱血 普段は冷静な感じ 自身より仲間を優先する.

 ゲテモノが好み 家事得意

 元・救世の乙女

ジャンヌ・ダルク

団長 第1次世界オリジナルハイヴ攻略作戦でのミスにより人類は敗北,データ削除へ.その責任を感じ単身での戦闘に固執している.


・名前 月宮・B

ブラージュ

・アカセ(紅瀬)女 20歳前後

 身長 165cm程度 お姉さん体型 金髪碧眼

 性格 はっちゃけた性格,オープン.秋山を守る?

 天才肌だが家事は苦手 秋山を愛している

 元・救世の乙女・副団長 現・七英雄

サーヴァント

の団長 前世界でのことで秋山に避けられているが,愛している.第1次世界でのことを教訓に旅団を結成.


・蝶乃

チョウノ

女 小学生?(25歳)

 身長150cm ペッタン 無表情 金髪紫眼

 性格 冷静沈着 微感情 ハッキリしている,が抜けているところも.

 ラムネ菓子が大好物

 秋山専用のCP


・エングレス・ザッハクルト 男 30歳↑

身長 180cm 浅黒い肌 濃い茶色 刈り上げ 黒眼

面倒見の良い性格 豪快 新兵の育成に熱心 強面だが優しき教官役

 実は第1次世界経験者 雛鳥の羽

バーヅ

の団長


・荒居 新之助 男 16歳

 身長170程度 普通の日本人 眼にかからない程度の髪型 黒眼

 臆病で無知ではあるが芯の通った性格.中肉中背

 新兵


・アーニャ・グラタスキ 女 19歳

 身長165cm 普乳 少しキツ目の顔 銀髪

 性格 騎士風な性格,言動 生真面目 仲間を想うことにかけては人一倍

 北方騎士団

ヴァーティアスク

団長 南方旅団と仲が悪い


・ギリシアム・トドコロス 男 21歳

 身長162cm 赤髪 赤眼 白に近い黄色

 性格 激情家.すぐに熱するが生き残ることを第一としている.仲間想い.

 南方旅団

ア・カトラシア

団長 北方騎士団と仲が悪い


・相良 進 男 30歳

 身長173cm 黄色肌 黒髪 黒眼

 性格 落ち着き払った性格.糸目

 東方騎兵隊

ツツノミ

団長 西方知識連合と仲が良い



・アンナ・バートル 女 26歳

 身長 165cm 小さめ 眼鏡 茶髪 茶眼

 性格 ぽわぽわとした喋り,性格 アラアラ系 糸目?

 西方知識連合

ノーレッジ

団長 東方騎兵隊と仲が良い.

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出国01





 女のくせに、だなんて言ったらいろんな人に怒られてしまいそうだが、とにかく女のくせに国近はあまり自分を着飾るということをしない。普通女の人ってそういうもんじゃないの? と面と向かって訪ねたことはないが、きっと彼女のことだから「面倒だしねぇ」と返してくることだろう。

 だから正直予想していたといえばしていたことだが、まさかの破壊力に出水は思わず掌で目を覆いたくなった。だがそんなことをすれば「どうしたのいずみん~」だなんて言いながら己の顔を覗き込んできてもっとまずいことになるだろうからどうにか抑える。


「その……」

「んん?」

「そのジャージって、中学の時の?」


 そうだよ~とゆるい口調で答える柚宇さんの身に纏うジャージは、自身も通っている高校の体操着とは異なる色・形をしているもののどこかの学校のものということが容易にわかってしまうデザインだった。

 しかしそのジャージはどういうわけか彼女の体にまったくもってあっておらず、折られている袖を伸ばせばきっと裾から辛うじて指が出る、所謂『萌え袖』状態になること間違いなしだろう。あ、それはなんだかそそる、と健全な男子高校生は邪な考えを抱きつつもそれをすぐに追い払う。物理的に手で払う、なんてことはいなかったがぶんぶんと首を横に振ってしまったが故「どうしたの?」と国近が首を傾げる。それになんでもないと簡単に答えると、彼女の座るソファの横を陣取る。なるべく彼女を見ないようにしながら。


 ボーダー内、太刀川隊の作戦室において出水の定位置は国近の座るソファの隣、というのが最近では確立されてきており、抜けているようで意外としっかりしている――ちゃっかりしているともいえる――太刀川は兎も角として、どこか空気の読めない後輩の唯我さえも国近の隣に座るだなんてことはしなかった。

 これ幸いと自分も遠慮なく国近の隣を陣取るのだが、果たしてそれはただしいコトなのだろうか。―――ただしくないコトってのが何かはわからないのだが。



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l_wt01-07

【 磨 羯 宮 】

27. 物語の外にいる二人


 この世界に髪がいるとしたら、その存在はひどく残酷なものであると、常々私は考える。




 換装体に身を包み、梓はコツリコツリと響く足音を気にせず、ひどくゆっくりとした歩調で男のそばへ向かう。だが、声をかけるよりも早くに男は梓の存在に気づき、視線をこちらへと向けた。その表情は普段換装しているときに浮かべているような好戦的なものとは打って変わり、まるで抜け殻のようだなと梓は思った。


「どんな感じ?」


 曖昧な問いかけではあったが、この状況下においてはすぐに意味は分かる。

 太刀川は「どうもこうもねえよ」と冷たく言い放つと、すっと梓から目を逸らし、梓が尋ねた言葉の答えを持っているものをじっと見つめる。

 そっか、と梓は短く返すと太刀川のすぐ隣で壁に寄りかかり同じ方を向く。


 黒トリガー、《風刃》

 最上宗一という男のなれの果てであるそれは、現在行われる争奪戦の勝者の手に渡るべく、高みの見物をしていた。


「ひどいひと」


 その呟きは、現在戦闘中の最上の弟子には届かなかったが、隣の男にはあっさりと届いてしまう。それが狙いだったと言えばそうなのであるが、届かなければ自分も戦いに向かうつもりであったために、あてがはずれたと梓は肩を竦める。

 もっとも、争奪戦に参加したところで梓は《風刃》を手中に収めるつもりはさらさらない。起動ができるというだけで、なぜ、


「あんなものを手にしたいと思うのかしら?」


 口にした言葉同士は繋がっているようにも思える。深くこの場を、最上という男やその弟子、そして梓を知らぬものからしたら、彼女の言葉は迅悠一という男へ向けた軽蔑の言葉としてとらえただろう。

 だが、隣の男は最上も迅も、梓のこともよく知っていた。

 前者の二人を、知りすぎていた。


「俺に、そんなこと聞くなよ」

「聞いたつもりはないわ。ただ、独り言をつぶやいただけ」


 ジロリと横目でにらみつけてくる太刀川へ顔を向け、にっこりと笑みを浮かべる。


「あぁそうかよ。でも、その答えならお前はよくわかっているんじゃないのか?」

「何でもかんでもサイドエフェクトを使っているだなんて思わないで。あと、苛立っているのはわかるけど私に八つ当たりしないでちょうだい」


 今度は打って変わり梓が太刀川を睨みつける。一触即発といった空気が二人の間に流れた途端、何かに気が付いたように梓が長い髪を揺らしこちらへ来たとき同様ゆっくりとその場から二、三歩離れた位置へ移動した。太刀川はその意味が分からなかったが、持ち前の戦闘の勘で何かに気付く。

直後、ヒュッと音を立てて二人に向かって欠けた刃が飛んできた。


「ったく、迅の奴……」

「戦いの邪魔をせず、見ていろ……ってところかしらね」


 戦闘中の誰かが、メテオラを放ったようで爆風が二人の元まで届いた。戦うつもりがないのにステージに入るなと言われたことを思い出しながら、梓は風でぶわりと舞い上がった髪を押さえながら壁際まで下がり、防御する気がないのかそのまま壁に身を預けている太刀川の分も含め二人分のシールドを展開する。

 接近戦闘を行っているときにメテオラなんて放てば自分だって危ないだろうに、風刃発動候補者はそれさえも覚悟で他者の、もっと言えば最有力候補であろう迅の排除にかかった。


 だが、そんな攻撃で止まるほど、迅悠一は甘くない。

 梓の直感は読み漏らしたが、彼の予知は攻撃が見えていたようで、候補者がメテオラを放つよりも先に他者を薙ぎ倒しその者達を盾としていた。

 そのやり方に候補者たちは口ぐちに「そこまでやるかふつう!?」「えげつねぇ」と不満のこもった声を漏らす。

 それには太刀川は眉を顰め、梓は展開していたシールドを解除するなり右手をすっと前に向けた。


「あれのどこが悪いんだ」

「それが分からないやつらはその程度ってことよ」


 言い終えるが早いか、梓の手には黒い銃身・イーグレットが握られていた。それを構え狙いを定めると、二度ばかり立て続けに弾丸を放ち、二人の候補者をベイルアウトさせた。

 完全に傍観者だと思っていたであろう候補者たちは驚き数名が意識を梓へ向けたが、その瞬間に迅の鋭いスコーピオンの刃を突き立てる。


「梓さん」


 怒鳴るような、それでいて弱っているようにも聞こえる声が響く。


 ―――邪魔しないでくれ


 そう、言っているようにも、聞こえる。梓はハッと鼻で笑うと、イーグレットを再び構えた。


「あんなやつらに時間かけているお前が悪い。私にとられたくなかったら、早く終わらせろ」


 梓の言葉に候補者たちは目を剥いた。それでは、これからは迅の攻撃に加え梓の狙撃にも注意を払わなければならないということなのだろうか。それなら先に彼女を、という考えのものは、その瞬間に頭を吹き飛ばされベイルアウト。


「その程度の考えで、風刃をとろうと考えるだなんて、ほんと、わらえてくる」


 そういう梓の表情はちっとも面白くなどなさそうで、「くだらない」と吐き捨ててもおかしくないだろうと太刀川はその横顔を見つめる。


「風刃が欲しいなら、私なんかよりも迅を、それこそ死ぬ気で倒すべきだろう。そんなこともわからないやつは、全て私が殺してあげる」


 その囁きは候補者たちへは届かない。だが、きっと独り言ではない。太刀川は目を瞑り梓から目を逸らした。


「本当に、ひどいひと。なんであんな人たちにも起動できるのかしら。なんで、命を背負うことのできない人にも、起動できるのかしら。……これじゃあ、迅が報われないじゃない」


 梓の手からイーグレットが消えた。その手を右耳へ持っていくと今はない黒いイヤリングを想い、耳を押さえる。


「自分の大切なものの命を他者へ奪われるくらいなら、えげつなかろうと、卑怯だろうとも、奪おうとするものを殺すのが、当り前なんじゃないの?」

「泣くなよ」

「泣いてないわよ。トリオン体馬鹿にしてんの?」

「だったらそんな顔するな。これは迅の問題であってお前が口を出していいことではないだろ」


 にゅっと伸びてきた手が梓の頭を掴むと、優しさも何もない手つきで頭を振る。そこはせめて撫でろよと思ったが、太刀川なりの思いやりなのだろうと直感するまでもなく気付き、あきらめされるがまま頭を揺らす。


「それに、あんな雑魚が、俺のライバルに勝てると思っているのか?」


 太刀川の言葉に梓は目を見開く。途端に手が離れたので彼の方を向けば、なんとも凶暴そうに嗤う太刀川の顔が目に飛び込んできた。


 それもそうねと梓は肩を竦める。

 ほんと、無駄なことをしに来ちゃったわね。




 直後、二人を除いてすべての候補者が倒れる。


 一人は風刃となった最上の弟子・迅悠一。

 もう一人は、東條梓。


 後者は既に別の黒トリガーを手にしているため、性格には候補者にはなりえなかったため、自動的に風刃は迅の手へと渡った。





20151112


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出国03


「国近ってさー、男に媚び売りすぎじゃね?」

「あ、わかる。語尾伸ばしたりしちゃってさ、かわいいと思ってるわけ?」

「思ってなかったらやらないでしょ!」


 ぎゃははと下品な笑いを漏らし、女子生徒たちは念入りにマスカラをなおす。化粧を禁止されていないこの学校において、化粧をしていないおんなというのは大変少なく、どれだけ綺麗に、どれだけ美しく、どれだけ制服に合わせられるか、皆競うように、念入りに化粧を施す。


「すぐ男に抱きついてさ、ボーダーの仕事だって、絶対体でとったんじゃん」

「やだー下品よそれ」

「カマトトぶってんじゃないわよ! そうでなきゃあんな馬鹿がA級一位? のチームにいられるわけないじゃん」

「それ、言えてる」


 おんなたちは好き勝手言い、満足したところでその場を後にする。

 個室に二名ほど、おんなたちとは関係の人間がいたことに気付くことなく。


 そのうちの一人、今結花は、ギイ、とゆっくり個室の扉を開くと、隣の個室から困ったように笑いながら出てきた友人に向かって、「いつから」と短く問いかける。その表情は大変恐ろしく、正直に答えればまずいと分かったのか、友人はただただ困ったように笑うばかりで絶対に口を開こうとしない。

 今は呆れたように溜息を吐くと、水道の蛇口を開き手を洗う。先程の女子生徒たちは香水をつけていたようで、混ざり合った匂いが自分の服にうつってしまいそうで、再びため息。どっちが男に媚びているんだか。人工的なにおいが苦手な友人も手を洗いながらその匂いに顔を顰めている。彼女は特別何かの香りをつけようと思ったことがないらしく、いつも彼女からはシャンプーらしき石鹸の香りが漂ってくるだけ。そういえば彼女のチームメイトである年下のおとこのこが「そこが最高。だけど毒」と言っていた。高校生男子らしい言葉だが、その言葉を聞いたのがその『最高な毒』である彼女と同級生の女子高生ということに気付いてほしい。

 ハンカチで手を拭き、ポーチから薬用のリップクリームを取り出し塗り直しながら、今は再び先程の言葉を友人に向ける。


「いつから、あんなこと言われてるって気付いてた?」


 友人は、国近は確かにそれほど頭はよくない。同じボーダー隊員であるA級二位の当真と二人、試験前になると自分に泣きついてくるのだからそれは確かである。

 だが、馬鹿ではなかった。そういう悪口を言われていることに、彼女が気付かないわけがない。周りをよく見て、判断を下す力がなければ彼女はA級一位のオペレーターなど努められないだろう。その点は同じオペレーターである今は自信を持って言えた。


「結構前、かな。よく覚えてないんだ。別に直接の被害があったわけじゃないし」


 だからそんなに怒らないでよ~。そう言いのけた国近は、癖の強い髪を濡れた手で直しながら、鏡越しに今の顔を伺う。笑っているはずの表情はどこか諦めているにも見えて、今度は国近に向けて怒りが湧きあがってきた。

 なんで、嫌なことを、嫌って、言わないのよ!

 鏡越しなどではなく、今は直接国近をキッと睨みつけると、国近の頬を両手で掴み己の方を向かせる。先程洗ったばかりの手はひんやり冷え切っており、びくりと国近が肩を震わせたのが分かったが、今が止まることはなかった。


「たしかに国近は頭悪いし、そのくせして暇さえあればゲームばっかりだし、勉強教えようとすればすぐ逃げ出すし! なんであんたがA級一位になるのよって思うこともたくさんある! その胸寄越せって思うしその胸で誰彼かまわず抱きつくなこのEカップ! 出水くんが煩いのよ! どうやったらそんな胸になるのよ教えなさい!」

「今ちゃん…………わたし、こんちゃんのことばになみだがでそうだよ……」


 突然始まった今の言葉に、「なみだがでそう」以前に国近の瞳には薄ら涙の膜が張られていた。最後の言葉に至っては完全に今の八つ当たりである。出水云々に関してはよく意味が分からないのでスルー。


「だけど!」


 パチンと今が国近の頬を両手で叩く。痛みはなかったが突然のその行動に目を丸くしていれば、どういうわけか今が泣きそうな目で国近を睨みつけていた。

 えぇ、泣きたいのはこっちだよ……。そうは思っても直接それを言えるほど国近は強くない。いつも勉強を教えてもらいどうにか赤点を回避させてもらっている今には殊更頭が上がらなかった。


「国近が体でA級一位になったわけないし、ボーダー隊員なら誰だってそんなこと信じない。国近頑張ってるもん。私しってるもの。だからそんな諦めたような顔しないでよ!」

「今ちゃん……」

「ああいうやつらに直接言いに行けるわけないってのはわかってるけど、でも、何も知らないやつらにうちの国近が貶されていいわけがないのよ!!」


 感情の昂ぶりにより、遂には国近よりも早く泣き出してしまった今。

 そんな彼女に、国近は焦るでもなく同じように泣くでもなく、どういうわけか笑い出してしまう。声を上げ実に楽しそうに、嬉しそうに笑う国近に、今は驚き涙が引っ込んでしまった。

 そっか、柚宇は今ちゃんのなのか。笑いを含みながら国近の口からこぼれたことばに、今は頬が紅潮するのがわかった。すぐ近くに鏡があるのだからそれを見れば絶対に耳まで真っ赤だとわかってしまう。国近の頬から手を離すと、鏡を見ないようにしながら国近からも目を逸らす。思わず飛び出してしまった言葉だったが、国近がそれを馬鹿にして笑っているわけでないのはわかる。だが、どうして彼女がこんなにも笑っているのか分からず、またどうすればいいのかもわからず、今は


「そうよ! 国近はうちの子なの!」


 と言い張ることにした。

 それを聞いて国近は一層笑みを深めたので、遂に今は「まぁいいか」という気持ちにさせられてしまい、一緒になって笑った。






 ただ、「まぁいいか」なのは国近自身のことだけであって、あのおんなたちは全然「まぁいいか」ではない。






 ある日の放課後。女たちは浮き足立った様子を隠そうともせず、手紙に合った通り校舎裏へと足を運んだ。

 所謂『呼び出し』というやつで、そこに呼ばれたのは一人の女だけであったにも拘わらず、おんなは自分の所属するグループのおんなたちを連れ立って校舎裏へ来た。

 人目のないそこは生徒の間で『告白スポット』と言われており、手紙の送り主の男は手紙に用件は何も書いていなかったが、そこに呼び出すということは、つまりはそういうことである。


 校舎裏まで来て、おんなは何かがおかしい、と気付いた。


 ざわざわと騒がしい校舎裏。そこには、手紙の送り主もいたが、それ以外にも多くの生徒がいた。学年もクラスもてんでバラバラで、共通点などなさそうに見えたが、ひとりひとり顔を確認するうちに、おんなは気付いてしまった。


 ―――全員、ボーダーに所属している


 むしろ、この学校にいるボーダー隊員全員が集合しているのではないかと疑ってしまうほど、戦闘員も、オペレーターも関係なく、ボーダーに所属しているというだけの共通点をもった男女が、この場に揃っていた。

 ひとりが、おんなとそのうしろのおんなたちに気付いた。肘で手紙の送り主をつつき、「ほら行けよ」とわらう。おんなたちは気付かなかったが、その目はまったくと言っていいほど笑っておらず、きっと彼は近界民を彼の得物である槍で薙ぎ払っている時の方がいい顔をして笑うだろう。

 彼の言葉で、ざわめきが収まった。その場を代表するように手紙の持ち主が彼らよりも一歩前に出る。


「来てくれてうれしいっす。ありがとうございます、センパイ」


 最後の単語には敬意もなにもあったものじゃない。しかし、男の顔は実に楽しそうで、状況も忘れておんなたちは顔を赤らめる。

 直後、男の後ろから「ほんと、どっちが男に媚びているんだか」と吐かれた毒に、赤らんだ顔を引っ込める。


「い、出水くん……これ、どういう、こと?」


 唇を震わせ尋ねる。普段であれば、また深く事情を知らないものからしたら、おんなのその姿は加護欲をそそられるものだっただろう。だが、手紙の送り主は、ボーダーA級一位太刀川隊のシューターは、出水公平はそんなこと一切思わない。


「ちょーっとセンパイ方に行っておきたいことがありまして。ご足労いただきありがとうございました」


 わーやらしい、と笑いの含まれた言葉が聞こえる。意味も分からず、おんなの背中につうと汗が流れた。


「絶対体でとったんじゃん」


 出水の短い言葉は、おんなたちには心当たりがある。ありすぎた。

 はっと小さく息を呑み、「どうして、それを」と言葉を漏らす。

 出水はその問いかけには答えない。代わりにそれまで浮かべていた笑みを消しさり、ゆっくり前に、おんなたちの方へ、進む。


「ねぇセンパイ方、その言葉のいみわかる?」


 一歩、また一歩と、おんなと出水の距離は縮まる。

 逃げ出したいのに、出水の後ろにいる他のボーダー隊員たちがそれを許さない。

 国近が、言いふらしたのか。おんなたちは、その集団の中から国近の姿を探そうとするが、多くの人の中、国近の姿だけがなかった。ほかのボーダーはいるのに。なんで、国近だけ、いないのよ。


「柚宇さんならいないよ。あの人こういうの興味ないし、第一あの科白は柚宇さんから教えてもらったわけじゃあないから」


 もうちょっと頼ってほしいのにという出水の顔は、この場に似合わず大変甘い。きっと彼は内心「そこがいいんだけど」と思っていることだろう。


「で、言葉の意味。わかる? わかんないか」


 尋ね直しながらも、出水は早々に結論を突きつける。

 わかっていたら、あんなこと言わないだろうから。

 おんなの目と鼻の先、出水が手を伸ばさずともすぐに届いてしまうほど近距離で、出水はわらう。


「あんたたちは、柚宇さんだけでなく、ボーダー全体を馬鹿にしたってこと、わかんないか」


 もし仮に、国近がその地位を体でとったとして。それを許したボーダーという組織は、いったいどうなる。この組織は、そんな甘いものじゃあない。子供に戦わせているという時点で清廉潔白とは言えないが、それでもこの組織は、腐り切ってなどいない。


「ここであんたたちにナニカするのはすっごく簡単なことだけど、そんなことしたら根付さんに叱られるだろうから、やめといてあげる」


 出水はおんなたちに背を向けると、仲間の元へ再びゆっくり歩きだす。途中、「そうそう」と思い出したように振り向くと、にっこりという効果音が付きそうなほど鮮やかな笑みを浮かべる。


「次はないから」


 その声は冷え冷えとしており、どれだけ本気であるかがうかがえる。

ひとりが、地面にへたり込んだ。それを切っ掛けにふらふらと崩れ落ちる。


 どうやら、自分たちは知らず知らずのうちに、毒を飲み干していたらしい。



20151114 … the work of a poisonous sweets

 ボーダー隊員の結束力は相当固いんだろうなって話。トリオン体のときは死なないとはいえ、いのちのやりとりをしているわけだし。

 タイトルは国近ってある意味毒だよねって。そうと気付かれない、ものすごく甘くて柔らかい、綿菓子みたいな毒。ということで有毒なお菓子の作用。それに気付かずおんなたちは毒に触れ、おかされる。出水もその毒にやられているけど、あいつの場合自分から嬉々として飲み干しているだろうからいろいろパス。







 ネチネチ国近にいう女子がいる

 気にしていないけどちょっと傷ついてて今ちゃんにばれて起こられる

 確かに国近はだめだめだけど(いろいろ貶す)、でも戦闘オペレーションに関して頑張ってるの知ってるし、第一体でなんてそんなのあり得ないってみんな知ってるから!

 今ちゃん、その言葉で泣きそうだよ(貶された部分)


 その後こっそり今ちゃんから出水へ連絡

 出水がきっちり制裁、というか釘を指しておく

 後ろに米屋従えていたり

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wt03

「あ」


「どうしたんだよ。なんか見えたか?」


「うーん…………いやまあ見えたんだけどさ、」


「珍しいな、迅が戸惑うなんて。そんな不味いものでも見えたか?」


「俺だって戸惑うことあるよ。それをいったら太刀川さんだって戸惑うことないじゃ…………うわ太刀川さんまた課題やってないの? 月見が太刀川さんのこと踏んでんだけど」


「踏んでるってなんだよ未来だろ。余裕余裕」


「十分ぐらいあと、かなぁ……」


「………………」


「わー太刀川さんが戸惑うなんて珍しいなー」


「んな棒読みで言われても…………で、何が見えたんだ?」


「誤魔化されてよ。てか月見のことはいいの?」


「お前の相談受けててそんな場合じゃねえって言うから問題なし」


「………………」


「えっなんだよ問題あるのか?!」


「わぁ…………頑張って生きて、太刀川さん」


「……なに、えそんなまずいの?」


「まずいまずい」


「えー……うーん…………」


「課題やったら? てかなんで月見が踏んでんだろう……」


「そういえばこの間蓮と喋ってたら教授に「君たち仲いいの?」って言われたわ」


「……それで?」


「幼馴染みだからまぁ仲いいっちゃいいかなって答えた」


「それだよ……うわ月見かわいそう。絶対その教授の中で月見は太刀川さん要因になったよ……」


「なに、サイドエフェクトがそう言ってる……ってか?」


「それ俺? 似てないよー。てかサイドエフェクトに頼らなくってもわかるってそれくらい」


「まじか」


「まじだよ」


「んーーじゃあ課題するわ」


「頑張って太刀川さん。俺はもういくけど」


「いや俺頑張るけどお前も頑張ろうぜ」


「何いってんの!?」


「いいじゃん」


「えーうーん…………あいやだめだわ、そういえば俺前に太刀川さんの課題手伝って風間さんに叱られたばっかだし」


「え、いつ?」


「ほらー、あの、一月か二月ぐらい前」


「あー、大規模侵攻明けか。そういえば頼んだっけ」


「俺あのとき風間さんに「太刀川さんの課題は手伝わない」って誓っちゃったから、頑張って!」


「うわなんだよお前その良い笑顔…………つーかそろそろ十分たつんじゃね。蓮来る気配ない! よっしゃ!!」


「あれーおかしいなー」


「…………まさかお前」


「いやいや」


「いやいや」


「いやいやいや……」


「やっぱりーー! お前さらっと嘘ついてんじゃねえよ! くっそ本当だと思って焦ったじゃん…………そんなにお前さっき見えた予知話したくねえの?」


「うわ覚えてた。そういう記憶力もっと他で発揮しなよ……」


「ほらほら、言っちまえって」


「えー……うーん……笑わない?」


「内容による」


「えぇー」


「なにお前が面白おかしいことでもすんの?」


「うーん……いや俺じゃあないけど」


「じゃあ良いじゃねえか」


「……まあいっか。この程度なら」


「? おう言っちまえ言っちまえ」


「あのね」


「あぁ」






「嵐山がヘリで登場して木虎助けてた」






「………………」


「………………」


「………………え」


「うん」


「それで?」


「めちゃくちゃ似合ってたんだよ……! なんだあのイケメンオーラ……さすが広報担当!!!」


「えぇーー」


「なにさ」


「笑う要素全然ねえじゃん。もっとこう、嵐山が腹躍りするとかそういうのじゃねえのかよ」


「それやったの何年か前の忘年会の忍田さんじゃん」


「あれは凄かった。一瞬弟子入りを考えた」


「あんた既に弟子じゃん」


「そうだけどぉ」


「可愛くない可愛くない。なにそのぶりっ子ポーズ。口許に手ぇ持っていくならせめて髭剃りなよ」


「なんでお前そんな俺に厳しいの?!」


「反応が予想外すぎたんだよ……いや、あれは俺が深読みしすぎただけか」


「深読みってなんだよ。なに、お前がヘリで登場して木虎助けるのでも想像したとか?」




「………………」




「………………」


「………………」


「………………え、まじで?」


「もーーー太刀川さん黙って月見に踏まれてきてよ」


「うっわそれは笑うわお前らがいくらエセ双子つったってそんな想像するとかうわまじかよ!! っははははは!!」


「腹抱えて笑うなんて! 笑わないでっていったじゃん!!」


「言ってねえよ! 笑わない? って聞いただけじゃねえか!」


「どうでもいいよ! うーわこれ俺一人が恥ずかしいやつだ」


「お前に実際起こる訳じゃねえのになに恥ずかしがって……っは、うわ、だめだ……っ」


「もーやだこの人ーー!」


「っはは、はっうわ、うわそれ考えるとめっちゃ嵐山バージョン見てぇ」


「なにその嵐山バージョンって! 迅バージョンないから! あとそのとき太刀川さんも任務に出てるから無理!」


「そこまで見えてんのかよ」


「あーーもうそこまで見えていながら太刀川さんのこの反応読み逃すってなんだよ俺のサイドエフェクト……仕事しろよ……」


「まあまあ落ち着けって」


「それ俺が太刀川さんに言いたいからね、…………あ」


「なんだよ、また何か見えたのか? 嘘は止してくれよ」


「…………いや、なんでもない」


「なんでもなくないだろその顔は! お前鏡見てみろってめちゃくちゃ笑い堪えてるかおだぞ!」


「ほんと、たいしたことな、から」


「言えてねえし…………えー……今度こそ本当に蓮が来るの?」




「残念ながら月見ではないな」




「………………」


「………………ぷっ」


「嘘ぉぉ忍田さんなんでえ何、何かあった? 出動? 太刀川隊出動? お願いそういって!!」


「私が何できたかはお前が一番わかっているだろう!」


「太刀川さん太刀川さん」


「うわーーえなんだよ」


「たいしたことじゃないんだけど、さっき太刀川さんが忍田さんに膝詰めで説教されてるの見えたんだ」


「たいしたことだろそれ!! っあ忍田さん耳だめちぎれるっだだだ」


「慶、いいからちょっと来なさい」




「頑張れ~」




「卑怯もの! そんなに俺が笑ったの嫌だったのかよつーかもとはお前が悪いんじゃっだ忍田さっいたいったいたいいたい」


「うるさい! いいから来なさい! 全くお前はいくつになったと思っているだ! 課題をためるなと何度いったと思ってる!!」












***


 夏休み最終日とか毎年言われてたよね太刀川さん。


 以上ワニメアラジュン感想でした! 書いてて楽しかったです! 正直落ち失敗した感あるけど!










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皮肉屋とツンデレ - 一章


 大けがで倒れている男を発見

 助けようと救急車を呼ぼうとしたところで男に止められる

 意識を失ってもなお千景の腕を強く掴み救急車というより他の外部との接触を阻もうと



 翌朝

 看病しているうちに眠ってしまっていたらしくはっと起きると布団の中に男はおらず、だがまだ冷たくないことから遠くへ入っていないだろうと部屋をバタバタと飛び出す。

 外へ出ようとしたところで「女性ならばもっとおしとやかにしないか」と皮肉めいた言葉が飛んでくる。

 そこにはTシャツにジーパンというラフな格好をした男の姿。どういうわけかおいしそうな匂いも漂ってくる。

「な、ななな、なんで、あんた怪我はどうなったのよ!!」

「それならばすでに治ったが? あぁ、少し傷は残っているな」

「ふざけてんじゃないわよ! あんな重症だったのに、少し傷は残っているな、ですって!? なんなのよあんた人間やめてんじゃないの!?」

「一応人間という枠組みのはずだが……」

 首を傾げる姿は先程は気付かなかったが眉目秀麗という言葉は彼のためにあるのではないかと疑いたくなるほどかっこいい。鍛えられているのか鬱陶しすぎない程度に体には筋肉がつき、いかにも戦う男、といった空気を醸し出している。

 だがそんな容姿に対する千景の思考は、次の男の言葉によってかき消されることとなる。


「私は、魔法使いだからな」


呆れたように千景は男を見る。

「嘘つきにもほどがあるわよ」

「嘘は苦手だ。……まあ、信じられなくとも無理はない。人間は自身の常識から外れたものを認めようとしない生き物だからな」

「むしろそんなことを言って信じてもらえたらその相手疑ったほうがいいわよ」

 その言葉に男は驚いたように目を見開く。

「君に人を『疑う』という概念があったとはな」

「どういう意味よそれ!!」

「道端に倒れていたからといってほいほい男を家に上げるな、という意味だ」

 救急車を呼ぼうとしたのに止めたのはどっちよ、と叫ぼうとしたところで、「紅茶が冷める。早く顔を洗ってきなさい」と言いどういうわけか男はダイニングへと向かう。


 どうしようもないうえ男を自宅に招き入れたのは自分のため男を諌めようにも元をたどると自分に非があり、あきらめて男の言うとおり顔を洗いダイニングへ向かうとほかほかと湯気が立つ朝食の数々

「これ……あんたが作ったの?」

「まさかあそこまで材料がないとは思わなかったが、そうだな。質問の答えとしてはYESだ」

「…………朝食は食べないの」

「私が言ったのは朝食の材料が、ではなく食事の材料がという意味だ」

 わかっているだろうと言いたげに千景を見る男に誤魔化すよう「食べていいの?」と尋ねる。

「危機感がないと叱りたくはあるが助かったのもまた事実。助けられた礼としてはこれだけでは足りないだろうが、どうぞ召し上がれ」

 一言も二言も余計な男だ、と顔をしかめながらも席に着き一口。思わず口を押えれば「口に合わなかったか?」と男が尋ねる。

「逆よ! すごく、おいしいわ……久しぶりにこんなおいしいごはん食べた」

「あそこまで冷凍食品やら出来合いの総菜だらけの冷蔵庫というのは初めて見た」

「カロリー計算や栄養は考えているし、別に食べ物なんておなかに入れば同じだと思っていたのよ」

「…………いったい君の母親はどんなものを食べさせて育てたんだ」

「食事の準備は父がしていたのよ」

 そこでようやく気付いたのか男は「ご両親はともに暮らしていないのか?」と問う。千景はそれに「暫く会っていないわね。世界中を回っているとか言っていたかしら」となんでもない風に答える。

 男の名を問う

「で、魔術師なんだっけ?」

 千景の言葉に何か引っかかるものを感じながらも貴臣はうなずく。

20150923

 何か証拠はあるの?と尋ねながら学校へ行くことをあきらめる千景。あとで電話しなくてはと考えながらじっと貴臣を見つめれば、証拠と言われても魔力が空でどうすることもできないと言われる始末。「魔力切れぇ?」と訝しげなかおををみせる千景に、貴臣は代わりにディメンションジッパーをとりだす。手芸店に打っていそうだが、普通の洋服に使われているよりも大きさは三倍はありそう。マジックアイテムだ、と言い手渡され、わあまたどっかの青狸が持っていそうな、と頭を抱えたくなりながらもしげしげとそれをながめる。これが何?と尋ねながら返せば、「これならばのこった魔力でも扱うことができる」とつぶやき、ジッパーを引く。まるで袋が開くように空間が裂け、貴臣はそこに手を伸ばすと、そこから到底掌に隠すことは不可能なサイズのもの、昨晩着ていた血の付いた服を取り出した。

「これでしんじてもらえるか?」

 千景は素直に一つ首を縦に振った。


 自分を助けたことによって君も狙われるだろう。大変申し訳ないことをした。安全とわかるまで君を守るのでしばらくここにおいてくれないか。ご両親への説得はどうにかやってみる。それに……。いいかけやめる。なによ、と千景は聞くも誤魔化す。心の中で、(この家は、魔術耐性がありすぎる。彼女はどうにも魔術師には見えない。ならばその両親は……)と思っていれば「一人暮らしだから説得なら私を説得すべきね」となんでもないふうにいう。前言撤回。やはり近くに家を借りる、と言い出した貴臣に、部屋は余っているから別にかまわないわよ。傷も心配だし、あんたの話が本当か知らないけど、私も狙われるかもしれないんでしょう。だったらいいわよ。そのかわり食事当番は貴方だから。にっこり笑いながら手を差し出す。よろしく、と。

 奇妙な同居生活が始まる。



20151125

20150923


<カット>

「弁当を作ったというのに忘れていくとは何事だ」

「あんたは私の母親か! まめ過ぎてもういやなんなの……女として負けている……っ」

「そう思うならば料理を覚えろ」

 やり取りをし、弁当を受け取り教室に戻ろうとする。が何かに気付いたように当たりを見渡す貴臣に「何かあったの?」「……いや、気のせいだろう」

 別れ教室に戻るなりクラスメイトに「あのかっこいい彼とどういう関係!?」と質問攻め。一先ず、親戚で今うちに居候していると告げその場は収まる

<カット>


 時間は流れ夜8時。学校でずっと眠る千景

 気持ちよく寝ているところを貴臣が容赦なく起こす。何時だと思っているんだ、と。部活動か何かかと思えば眠りこけているとは何事だ。

 最近いつもそうだ。授業が終わると睡魔が襲ってきてしまいどこでも構わず眠ってしまう。今日眠っていたのは自教室。どういうわけか警備員は起こさない。

 「探しに来てくれたの?」「《お守り》を渡しただろう」

 ネックレスを取り出すと石が淡く光っている。「それをたどってきた」と答え、「突然の睡魔……か」と何かを悩む。直後千景の心臓が大きく鳴り響き胸を抑えうずくまる。

 どうしたと支えれば吐血する千景。「治癒術は苦手だというのに……っ」と文句を言いながら魔術を使おうとしたところを背後から切られそうになり、咄嗟に千景を抱えそれを防ぐ。

 若い男。名をカルバドス。赤髪をもち林檎とからかうことも。

 苦しみながらも「なに……」と尋ねる千景に、「君に助けられる要因を作った男だ」と傷を負わせたものであることを告げる。「あの時の気配はやはり貴様か」「気付いていないかと思ってたのに、さすがは《執行者》」

 立つのもやっとな千景だが《執行者》という単語に驚き目を見開く。

「ん、なぁんだやっぱり嬢ちゃんはそっちの関係者か」

 魔力が旨かったから貰っていたが、てっきり一般人だと思った、と。

「どういうことだ?」

「吸っても吸っても吸い尽くせない莫大な魔力。そのお嬢ちゃんはそれをもっていてなぁ。俺の力の源になってもらったってわけよ。だけど嬢ちゃんがそれに気付く様子はない。だから一般人だと思っていたんだが……」

 険しい顔をしながらも「私は……ただの、一般人よ」と荒い息を吐く。

「ま、ようやくそれも吸い尽くせたことだ。安心して……死んで良いぜぇ」

 その一言で再び激しく吐血。苦手とはいいつつもどうにか治癒術を発動させ千景の治療を始めるも全く効く気配はない。

「無駄無駄。魔力を吸い出すなんて行為、無理やりヤってるに決まってんだろう! そのおかげで嬢ちゃんの体に負荷がかかっているんだ。ただの治癒術で治るわきゃねぇじゃんか! そんぐらいあんたならわかってんだろう、なぁ、《執行者》ァ」

 息を荒げながらもどうにか貴臣に聞こえる程度の声量で「あの男、倒したら……私に魔力は、戻ってくると思う?」と尋ねる。「わからない。……だが、魔力とは本来他者のものを奪うなどできぬもの。奪った君の魔力は君へ戻ろうとあがいている……と思う。おそらくは」「…………なら、話は簡単じゃない。もともと、追っていたんでしょう? 昨日の朝、あんなにも早く傷が治っていたんだもの……いい加減、完治しているんじゃ、なくって?」

 ほぼ治ったと答える貴臣に「100%、完治させなさいよ、ねぇ!」と苦痛に顔を歪めながら足元に魔法陣を展開。

「おいおい何をする気……っ!」

 魔力を奪われぼろぼろになった人間とは思えないほど意志の強い目でにらみつけられカルバドスは身をすくませる。その隙に詠唱を開始。

「神の息吹は癒しとなりて、彼の者を守りたまえ」最後の魔力を使い切り貴臣の傷を完治させ、そのまま気絶。フラッシュバックするように、道端で千景と会った時のことを思い出す。


「天の恵みは慈愛、彼の者に加護を与え、今ここに光の奇跡を起こしたまえ。我が名は千景。千の影が差す娘である」

 深すぎてすべての傷は塞がらないが、死の淵より貴臣を生へと呼び戻した千景。

「光があるから、影は存在できるとは……よく言ったものだわ」

 肩を竦める千景を最後に貴臣の意識は再び闇へと戻る。


 朝改めて顔を合わせたとき、起き上がっていた貴臣になぜ千景が驚いたのかはわからないが、「魔法使い」と自分は言ったのにもかかわらず「魔術師」と言い直した理由はここで判明した。

「感謝する」そう告げると結界を張る。

「なんだぁ、ついにイっちまったかぁ?」と笑うカルバドスを鎖で縛りグラウンドへ投げ捨てる。


暫く戦ったところで千景が目を覚ます。

教室では障害物が多すぎるためグラウンドを選んだ貴臣だったが、あまりの遮蔽物のなさに早々に校舎へ逃げ込む。トラップをしかける方が性にあっている、と仕掛けようとしたところで壁を伝いながら歩いてくる千景の姿。

魔力を使い果たし意識を飛ばしていたはずだろうと近寄れば、据わった目で「少しずつではあるけれど動けるようになってきている。魔力が戻ってきているからだと思ったのだけど……何かしたの?」「冷静さをかいているようにもみえたが……」

納得したようにうなずくと、「魔術師たる者、常に冷静で在れとはいったものね」「……!」驚く貴臣だったが首を振ると「やはり一般人じゃあないということか」「一般人だっつの。だから魔力を奪われていることにも気付けなかった」

それに、どんなにいい人だと思っても魔術師相手ならば魔術を使えるということを隠せというのが両親の教えだと告げ掌を見つめる。

そこで「どうして校舎にいるのよ」「同じようなことを尋ねよう。なぜ結界の外に出たんだ」「遠目に吹き飛ばされたように見えたから……怪我していたら治癒術をかけようと思ったのよ悪い!?」逆切れ「戦うすべを持たぬものが戦場に出てくるな! 無駄死にするだけだ」「せめて衛生兵といってほしいものね」そう言いながら傷を手当

「無駄に魔力を消費するな」「平気よ。この程度の術なら魔力消費はほとんどないから」「君は、いったい……いや、それは後から問おうか」

 トラップを仕掛けるから下がっていろという貴臣に「人の学校ぶち壊すつもり!?」と怒る。「これが一番確実かつ手っ取り早い」「接近戦に自信がないの?」挑発するもそれには乗らず「私は私の仕事をするまでだ」と言い下がっているよう再び。

「奴は君から吸い上げた魔力を用い四大元素系の術を使う。接近戦を得意とする私との相性は最悪と言っていいだろう」接近戦に自信がないのかという言葉を根に持ち強調するように告げる。

「だが少々挑発しただけのつもりだったが、それにて冷静さを欠き君の魔力を体内に収めておくことがかなわなくなったのだろう」「だから私に魔力が戻ってきていると」「自分の中の魔力量がどの程度かわかるか?」「意識すれば……やってみる」結果半分は戻ってきているだろう、と。だがそれでもまだ千景の魔力の半分はカルバドスの中に。

20150923

「半分であれとかふざけてるだろう……」「同じことを昔言われたことがあるわ」「そりゃぁ誰だってそう思う」

 さてどうするか。

20151018

「あいつに隙ができれば、貴方は攻撃をしかけられる?」「簡単に言うが……まあ、そうだな。もし仮に隙ができれば、魔力ばかりが強いだけのあの男ぐらい、すぐにでも倒して見せよう」「それ、信じるからね」

 貴臣の言葉に千景は目を細める。薄ら寒さを感じながらも、『作戦』を話しはじめた千景に耳を傾け、驚愕する。


「おいおーい、逃げてばっかりかよ」「そんなわけないじゃない」

 出てきたのは千景。「女をおとりにするとは、さすがは《執行者》、下種いことするねぇ」

 その言葉を一切聞くことなく、「今なら助けてあげてもいいわよ。泣いて謝るならね!」と高飛車に千景が言えば、起こった男は術式を展開する。それを全て一瞬で千景は破壊。驚いている所へレーザーがカルバドスの頬をかする。

「《百花繚乱

インパクトショット

》―――ねぇ、どうする?」

 冷や汗を流しながらも千景へ攻撃を集中させようとしたところで、カルバドスの腹部から剣が突き出す。「注意散漫とは、《執行者》相手に余裕だな」

 剣を抜き倒れたカルバドスをついと見て、「死なぬ程度に治療を頼む」と千景へ告げる。「ただの女子高生にそんなもの見せるなんて、あんたまともな神経してないわね!」怒鳴りながらも治癒術をかける。傷は塞がったものの流れた血を戻すことは千景にもできないのでカルバドスは起き上がれない。

「まさか、魔力をそのまま撃ち出す、なんてことができる人間がいるとは思わなかった。それにも拘わらず自分は魔術師でないだなんて、他の魔術師を馬鹿にしているだろう」

「そんなことないわよ。むしろその逆。私、魔力の制御が苦手で低級魔術ですらできないんだもの」

「……治癒術は高等魔術だが」

「これが治癒術だったらね」

 どういうことだ、と尋ねようとしたところで貴臣と同じ隊服に身を包んだ人間が何人も現れる。

 ご苦労だったという貴臣の上司らしき男は千景を見るなり、「記憶を封じる必要があるな」と千景の頭に手をかざす。がそれを払いのける。貴臣が。「どういうことだ?」「彼女は魔術師としての適性があります。ただの一般人ではなかったようですので、記憶操作は不要かと」「規則を破るつもりか? 魔術師であったとしても、我々の戦闘を見られた以上は記憶操作が原則―――」「もしくは、監視が必要でしょう。彼女はその魔力量が原因で狙われた。これでは記憶を封じたところで結局また狙われたら自分たちがでる案件にひっかかるに決まっている。それならば」「お前が監視する、と。そんなことが許されると思っているのか」「それは、隊長のご判断によるかと」

 どういうことなのかわからないものの、自分のために貴臣が上官に楯突いているということは辛うじてわかる千景。どうしよう、と戸惑っていれば、隊長は呆れたように溜息を吐きながら、

「貴官の任務を更新する。こちらが安全と判断するまで、そちらの―――御嬢さん、名は?」「……花笠、千景」「…………、千景嬢の、護衛及び監視を命ずる。以上、異論がなければ復唱」千景の名を聞いたとき驚いたような、何とも言えない表情をみせる。そして復唱したあと、貴臣は千景をみて「悪いな、勝手に決めて」と言い、「よろしく頼む」と告げる。

 なんだかめちゃくちゃだけど、ごはんおいしかったしいいかとあきらめる。



―――幾重もの影が差すことになろうとも、どうか、それに負けぬ子に育ちますように

千景とは、よく言ったものだ。いい名を付けましたね、莉奈さん

・・・・

20151107


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魔術師師弟物語

魔術師師弟


ジェイド

キリカ


十歳差。ジェイドは元はキリカの父の弟子。

キリカの父が禁術に手を出したことにより、ジェイドが師に手をかける。キリカは犯人は不明だと思っているが、魔術師協会では有名なこと。


父が亡くなってから、キリカの面倒はジェイドが見続ける。師弟関係になり、「犯人への復讐を望むか?」「それよりもなぜ私を殺さなかったのか知りたいです。だって復讐されるかもしれないのに、どうして犯人は私を殺さなかったのか、それが気になるんです。だから私は魔術を習った。ただ犯人への復讐心だけじゃないです」

そうか、とジェイドは頭を撫でる。


キリカが《執行者》入りするよりも前にジェイドが犯人とばれる。

なんで、どうして! 師として尊敬し、家族として愛しているからこその叫び。キリカに殺されるのもまた悪くない、と武器を向けた彼女に無抵抗でいれば、「なぜころさなかったの?」という質問。

「父の跡を継ぐとは思わなかったの?」「幼いころから気は聡明な子だ。師と同じ道を歩むとは思えなかったから、それなば君を殺す必要はないと思った」


キリカの体には禁術の魔術師気が刻まれているが、キリカがそれを悪用するようなことは思えなかった。


「なにそれ……なに、なんなんですか……もう……」

泣きながらジェイドに抱きつき、「そんなこと言われたら、何もできないじゃない……っ」


全てが終わり《執行者》入りしたキリカと顔にもみじ模様を作ったジェイドを見て、「光源氏計画失敗かァ?」とにやにや笑いながら貴臣。「うるさい!」と噛みつくジェイドと「むしろ成功ですよ~」と笑うキリカ。正反対の二人を見ながら、「丸く収まってよかったなァ。それじゃこれから俺任務だから」

カルヴァドスが発見された、捕捉に向かう。精々気をつけろ、と見送る。

「カルヴァドスって……たしか、《組織》に関わりがあると考えられている人物……ですよね」

「あぁ。……貴臣のやつなら問題ないだろうが、お前はもし遭遇しても絶対に近付くなよ」

「わかってますよ。そんな無茶しません」


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愛がほしいの



 気付けばクラリスは少女というには烏滸がましく、おばさんというにはまだまだ若い、という微妙な年齢を迎えてしまっていた。年はとりたくないものね、なんて自分よりも年上の人間が聞いたら怒ってしまいそうなことを一人酒場でちびちびと酒を飲みながら考える。

 誕生日は当の昔に過ぎ去っていた。というより忘れていた。クラリスの誕生日のその日、下町が巨大な蔦に覆われてしまい、そんなことを考えている余裕がなかったからである。教師をしている自分の教え子である小さな子供たちを両手に抱え、たびたび税の徴収に訪れる騎士様の案内のもと安全と思われる城へ逃げ、気付いたときには日付が変わっていた。とはいえ日付が変わったからと言って誕生日を思い出すようなことはなく、また当日祝おうとしてくれた子供たちも恐怖でそんなことは吹き飛んでいたようだ。別にそれを寂しいだなんて思ったりはしていない。小さな子供にとっては、誕生日といえばなによりも幸福で満ち溢れた楽しい日、という認識だろうが、いい年をしたクラリスにとってはそれほど祝ってほしい、と思えるような日ではなかった。

 だからと言って何もしないというのはそれこそ寂しいことだし、せっかく思い出したのだから自分で自分を祝ってやろうじゃないかと思って入った酒場。まさかそこの女将よりこんなにもありがたいお言葉を頂けるだなんて知らなかったから不覚にも泣いてしまいそうになった。


「クラリスちゃん、いつ結婚するんだい?」


 できるものならばすぐにしてやるわよ! と怒鳴るわけにもいかず、あはは愛想笑いを浮かべ「いい人がいたらそのうちに~」とのらりくらりこたえ、似たようなことを言われる前に一人で飲み始める。女将さんとは長い付き合いのため、その言葉が完全なる善意であることはもちろん承知している。しかしそれとこれとは話が別。適齢期を過ぎてしまった娘にはきついものがあった。零れおちそうになる溜息をぐっとこらえ、だがその代りに「ほんと、どこかにいたらいつでもするのに……」というつぶやきが零れた。完全に寂しい奴だわね、と口をへの字に曲げ、女将さんへ酒のお代りを注文しようとしたところ。


「なにをするんだ?」


 きょとん、という効果音が似合いそうだ。というより実際にそんな表情をしていた。


「ユーリ」


 クラリスが男の名を呼べば、「おう」と軽く手を上げクラリスの隣へ勝手に座る。座って良いかの一言もなしか、と思いつつ、この弟分にはいうだけ無駄ね、とそっと肩を竦め今度こそ女将さんにお代りを注文した。隣のユーリが「俺もおんなじの」という声を聞きながら、頬杖をつく。たくましくなったなぁ、という感想を抱きながら。


 ほんの数か月前、ユーリが突如女の子を連れて下町から出て行った。やだ愛の逃避行? 頬に手を当て「まぁまぁ……」と言ったところ、教え子より「先生おばさんくさーい」と笑われてしまった。まだ先生は若いわよ、ときちんと教育的措置――つまり拳骨。クラリスは肉体派だ――を加えながらすっかり大きくなった幼馴染を見送ったのは今では良い思い出だ。とはいってもユーリが下町を出たのは女の子のためでなく下町の水道魔導器の核のためだったらしいが。ついでに行ってしまえば女の子の目的はユーリでなくフレン。やるわねあの子ったらとにんまり笑ってしまったのも良い思い出である。

 そしてあれよあれよという間に気付けばユーリは冒頭で述べた下町の異変を解決し、魔導器の運用そのものを全てなくす、という偉業をやってのけた。なんでも魔導器は存在するだけで世界の毒なのだとか。教師をしていてもそのあたりのことにあまり詳しくないクラリスにはよくわからないことであるが、本当にすべてを終え、帰ってくるなり脱力したように自分へもたれかかった弟分がとてもすごいこと、言葉では言い表せないほどのことを成し遂げたことだけはわかった。だから魔導器がなくて不便でもそのことを口に出すつもりはないし、ユーリの選択についてとやかく言うつもりはない。精々、「よく頑張ったね」と昔のように頭を撫でてやるぐらいである。


 とまぁそんなわけで一回りも二回りも大きくなって帰ってきた弟分は、注文を終え自分の顔をじっと見つめるクラリスに「俺の顔、なんかついてる?」なんて尋ねつつ同様に彼女の顔を見つめる。

 あらやだ見惚れていたみたい。だなんて馬鹿正直に言うのも恥ずかしかったので、「大きくなったなぁと思ってね」と笑えは、あぁ、だの、そう、だの言って頬をかく。照れているのだろうか。


「ほんと、大きくなったわねぇ」

「…………お前もしかして酔ってるのか?」


 酔うほど飲んでいないわよ、と言いかけて空いたグラスの数える。一つ。酔うわけがない。そのあいたグラスは女将さんが回収し新たに酒が並々注がれたグラスへと変わったが。

 ふむ、もしかしたら自分は酔っているのかもしれない。そんな風に自己分析できるうちはまだまだ大丈夫だろう、と一つ頷くとぐびぐびと酒を飲む。一気に半分ほどまで飲めば呆れたようなユーリの顔が目に飛び込んできた。


「あんま飲みすぎんなよ」

「平気よぉ。別に飲みすぎたからってお持ち帰りされるほど若くないし」


 へらへら笑って答えれば、重苦しくため息を吐かれた。しかも目元を押さえ、いかにも自分は呆れている、ということを強調するかの如く。どうしてだろうか。きょとん、と先程のユーリのような表情をみせれば再びため息を吐かれる始末。いったいなんだというのだ。そう口を開こうとすれば。それが声になる用も前にユーリの声が耳に飛び込んできた。


「で、なにをするんだ?」


 最初の質問に戻ってしまった。別段誤魔化したつもりはなかったが、それでも話が逸れて安堵していたというのに。回答に詰まってしまえば「言い辛いことか?」と少しばかり真剣な眼差しを向けられる。言い辛いことといえば言い辛いが、最近では自虐ネタの一つになりつつあるし、教え子の中には「大きくなったら先生を嫁にもらってやるよ!」だなんていう子もいる。だからそんな視線を向けられるようなことではない。

 そう考えながら、クラリスは簡潔に一言、


「結婚」


 と告げた。あぁ、もしかしたら言葉が足りなかったかもしれない、というのはユーリがガタガタと音を立てて立ち上がった後で気付いた。


「いったい、だれと」


 恐ろしいほどに低い声である。その声だけで人が殺せそうだ。だがそんなので怯えるクラリスではなかった。


「や、別にしないわよ。相手がいないし。だから言ったでしょう、いたらするのにって」


 ノーと言うように手をぶんぶん横に振れば、「なんだ、そうか……」と落ち着いた様子で椅子に座り直し、自分の酒に手を付けた。

 なんなのだろうか。本当に。


「で、なに。結婚したいの?」


 すっかり元通り、というわけではなく酒を飲んだためかほんの少し赤らんだ顔でユーリがそう尋ねてきた。

 結婚。どうなのだろうか。周りの女性陣はよく「結婚は女の幸せよ」というが、クラリスの幸せは今の生活にも十分あると思っている。だから特別これと言って結婚願望はないだろう。

 その旨を告げながら、あぁでも、と思い立ったことを口にする。


「家にいて一人~ってのは、最近ちょっと寂しいかも」


 その言葉がどれだけ地雷だったか、またユーリの口元が急激に上がったことを、クラリスはまだ知らない。






20160209 … 愛がほしいの

 久々にユーリです。それほど長くならない予定。というより年下攻め10題なのでそのぐらいだと思われ。もしかしたらサイトより先にたんぶらで更新するかも。

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l_wt01-09


 基本的に梓の化粧は濃い。

 制服を着ていた頃は校則に縛られていたため素顔を知るものも多かったが、最近知り合った者たちで彼女の素顔を知る者は少ないだろう。


 だからこそ、勘弁してほしかった。


 長い長い口づけのあと、唇を乱すように角度をかえ何度も何度も唇を合わせる。

 さすがに息が持たなくなってきた。抗議の意を込めて太刀川の胸板を叩くも、「ん……」とどうにも色っぽい声を上げるばかりでやめてはくれない。挙句の果てには己の腹の奥が熱くなってくるのがわかり、顔を顰めたくなった。梓の直観も、このまま流されていればこのままコトに及ぶだろうと告げており、本格的にまずい状況となってきた。


 まさか会議室に連れ込まれる羽目になるとは思わなかった。

 ここ数週間、予想される侵攻の対策訓練だの、梓のSEでの対策会議だので驚くほど会うことができなかった。互いに立場ある人間だから仕方のないことといえど、会えるのに敢えて会わなかった、ということも彼の欲求不満をついているのかもしれない。これは暫く終わりそうにないな、とあきらめに近い感情を抱きながら、しかしこのままでは確実に化粧が間に合わない、とどうにか抵抗する。実は今日、化粧ポーチを本部に持ってくるのを忘れてしまったのである。トリオン体で帰ればいいか、とも思ったが、以前それをしたとき当真が出動と勘違いしてしまい、大変な目にあったのでもうやらないと心に決めていた。


 さてどうしよう。

 悩みながらも、このまま流されるのが一番良いとSEも言っている。SEの言うとおりにするのは今も嫌いだが、どうやら己が声を押さえれば人は来ないようだし、ここはもうあきらめるべきなのかもしれない。



20160212 … 昼に見る夢

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主従


 紺のブレザーに同色のスカート。首元を彩る赤いリボンはアクセントに。ブラウスはしわなどなく、純粋無垢を表している。

 ふむ、我ながら上出来。だなんて鏡に映る自分を自画自賛していれば気付けば時計は家を出なければならない時刻を指していた。

 染めていないにも関わらず明るい色をした髪をさっと手櫛で整えていれば、がちゃりと扉の開く音がした。バッとそちらを向けば、真っ赤なランドセルを背負った少女が一人。


「もうお姉ちゃん遅い!」


 頬を膨らませ怒っている『ちぃ』に「ごめんごめん」と軽く謝り、ましろは部屋の隅に投げてあったスクールバッグを手に取った。

 「早く早く」とましろを急かす声に「ちぃ、急ぐと転ぶよ」とのんきな声を上げれば、


「お姉ちゃんがいっつもそうだから、わたしいーっつも遅刻ぎりぎりなんだよ!」


 小学生にして大したしっかりものである。いやぁまいった。へらりと笑って再び「ごめんって」と謝るもちぃの機嫌は戻ってくれない。

 さてどうするか、と頭を掻きながらその腕に嵌る時計を見て「やば」と声を上げる。


「ちぃ急げ、本当にこれじゃあ遅刻だ」

「誰のせいだとおもってんの!」

「だからごめんってほらおいで!」


 そういってましろがちぃに向かって手を伸ばせば、身軽な小学生

ちぃ

はぴょんと軽くジャンプし、ましろの腕に抱かれる。身軽とはいえ、たかだか女子高生の腕力で軽く持ち上げられるほどちぃ+ランドセルは軽くないのだが、軽々抱き上げてしまったましろはまったく重そうにはしていない。ちぃもそれが分かっているため何も言わず、ただ落ちないようにしっかりとましろの首にギュッと抱きついた。

 そのまま玄関を出て、家のドアをきちんと施錠し、誰もいなくなる家へ「いってきます」と静かに声をかける。器用にも片手でちぃを抱いたまま、扉の鍵に手を添えていれば、ましろの声を倣ってちぃが元気よく「いってきまーす」と声を上げた。それを合図にましろは家の敷地を出て走り出した。


 きゃーはやい! と声には出さないものの騒ぐちぃを落とさぬよう、ただ遅刻だけはごめんだったので全速力で走る。走る。

 ―――あぁ、せっかく作った弁当がまた

・・

崩れそうだ

 毎朝の日課となりつつあるちぃを抱いての全力疾走。いい加減支度に時間をかける癖直さないと、と思いつつも、女子高生ならば誰だって通る道。仕方がない。と誰に言うでもなく言い訳をする。


 ちぃの通う小学校とましろの通う高校との分岐点まで来たところでちぃを下ろし時計を見れば、二人とも遅刻することなく学校へたどり着くであろう時間を指している。


「じゃあここからは一人で大丈夫だね」

「うん! お姉ちゃん遅刻しないでよ」

「……いやあんたより私の方が足早いから」

「でも高校の方が遠いよ」

「…………」


 時計を再びみる。―――大丈夫。間に合う。……ぎりぎり。


「……走るわ」

「転ばないでよ~」


 ちぃに背を向け全速力で走りだしたましろ。これではどちらが年上なのかわからないが、ここまでが二人の日常である。






 ホームルームの始まるぎりぎりのところで教室に入れば、「今日も遅かったね」と



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異世界で女王


現代にも魔術が存在するって世界観で、ただし一般人には知られていない所謂ハリポタてきな世界

そこで魔術師やってた主が異世界に召喚される。扉を開けたらその扉の先が異世界で、戻ろうとしたら扉が消えちゃったみたいな


取り乱しはしないけど冷静にどういう術式を組んだのかしらて考えるぐらい研究熱心(研究馬鹿)

なかには軍人風の男と魔術師らしき男の二人だけがおり、「彼女がそうなのか?」「成功しているならそうだと思いますよ」などと二人で話す。


言葉は自国の日本語でもなければ魔術協会のある国の言葉でもない。のにも拘わらず通じる。通訳術なんて開発されていたかしら?もしも開発されていたのだとすると術式がみたいわね。怖いもの見たさで絵里子が近づいていくと、軍人のような男が「失礼した」と腰を折った。


男はスティーブン・ロー・ボグナーと名乗った。それから肘で魔術師をつつき、彼にも名乗るよう促す。面倒くさそうな顔をしながらも短く「シエル」というと、身の丈ほどもある杖を持ち直しスティーブンの後ろへ下がった。それをみてスティーブンは呆れたように首を振る


「お前はもっとこう、愛想を身につけろ」「そういうけどね、別に愛想なんてなくたってこれまで何とかなってきたけど?」「あーあーそりゃよかったな魔術師ってのは愛想がなくとも城でやっていけるとはな」



馬鹿にしているわけではないのだろうけど、それでも魔術師に対する差別のような音を含む声である。ピクリと絵里子が眉を動かせば、その様子に気付いたのかスティーブンがこちらへ向きなおる。もどうやらその理由まではつかめていないようで「貴女の名前を伺っても?」と


丁寧な言葉で尋ねてきた。見た目は先程までの言葉使いとは異なり優男風のため、敬語を使うとぐっときまる。絵里子は短く「木原絵里子」とフルネームをつげる。次いで「絵里子が名前」と伝えるのも忘れずに。こちらの文化はわからないにしても勘違いだけは避けたい。


12

「エリコ様ですね。良い名だ」

様てあんた。思わず口がハァ?のカタチをつくる。するとスティーブンはそれが女性に効くと分かっているようなさわやかな笑みで、「何か問題でも?」とさらりいいのけた。問題しかありませんが。


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スティーブンの後ろでシエルが溜息をついた。

「あんたって顔はいいけどやっぱぬけてるよな」

見るからに呆れている。だが、彼のそのあとの台詞でそれ以上にエリコは呆れることとなった


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「エリコサマ、あんたを呼び出したのはこのオレと、それから顔だけスティーブン」「俺別にかおだけじゃねぇけど」「いいから黙ってろ。ったくなんでオレがそんな説明しなきゃなんないんだよ……」

脱線しないで頼むから本題に戻ってくれ。



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あと敬う気がないのはわかったからそれならサマなんてやめろ。それを伝えればシエルはあっさりと「じゃあエリコで」といった。この男も自分の顔がいいのを理解しているのではなかろうか。スティーブンとは違い、どちらかといえば芸術品のような美しさをもつシエル。



16

こちらの世界の男はどいつもこいつもそんな人間ばかりなのか。絵里子自身の思考も脱線している。が、最初に脱線したシエルがパンと手を打ち、強引に話を戻してくれた。



17

「オレたちがあんたをこの世界に呼んだ理由はただ一つ。あんたに、うちの国の女王になってほしいんだ」

いろいろ聞きたいことはあるが、この世界って、どういうこと?


18

「ここは、エリコ様の世界とは別世界となります。貴方の世界でいう、『剣と魔法の世界』といったところでしょうか」「まほう……?」「正確には魔術。魔法は、あー、素人に話してもよくわかんないだろうから端折るよ」

どうやらそのことについてはひとまず捨て置くらしい


19

特に説明もほしくないし、たしかに端折ってくれて構わない。ひとまず自分は異世界に来たらしい、ということだけが分かれば良い。




20

……異世界かぁ……夢とかじゃないのかしら。彼ら二人から目を逸らすも、「エリコ様」「ねぇ」と二人が同時に自分の名(一人は名でないが)を呼ぶため現実逃避は許されなかった。



21

それに衣服は自身の着ているものと明らかに異なるし、言語だって通じるのが不思議なぐらいおかしい。というよりよく私発音できたわねと感心するほどだ。

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主人公1


1. 自宅


 夢を見た。

 自身がごく普通(・・・・)の女の子だったならば(・・・・・・)の、とても現実味のない、けれどとても憧れる、そんな夢。

 その夢の私は、厳しいけれど優しさも持つサラリーマンの父と、料理が得意な専業主婦の母、それからようやく学校に慣れ、けれど受験まではまだ少し時間のある高生二年生の私の、三人家族だ。『私』の成績は可もなく不可もなく、少しばかり数学が得意といえる、その程度の成績で、友人は多くはないが本当に仲の良い子が数人。なかなか楽しそうに暮らしている。


 そんなの、夢のまた夢でしかないわね。



 夢の『私』のため息とともに、『真織』の夢の世界は崩壊する。

 ゆっくり目を開けば、クッションを大きく振り上げる『ちぃ』の姿が目に飛び込んできた。


「あれ、もうちょっと寝てても良かったのに」

「……ちぃ。殺気が、殺気が滲み出てるから……」

「そう?」


 きょとんと小学生のちぃはクッションと、それから真織を交互に見て、ひょいとクッションを投げた。

 ―――この子、絶対、私の顔にクッション押し付けようとしていたわね

 殺す気かと突っ込みをいれたいが、もしちぃのこの行動で真織の息が止まったとしても彼女ならば蘇生措置(・・・・)を行えるため全く問題にならない。困ったものだと溜息を漏らしながら、ベッドから起き上がる。制服のまま眠ってしまっていたため、スカートに皺がついてしまった。あぁ面倒くさい。顔を顰めながらさっと手で伸ばす。無駄なことではあるがせめてもの応急処置だ。

 学校から帰ったあと、どうやら眠ってしまっていたらしい。くぁ、と欠伸を噛み殺しながらぐっと腕を伸ばせば、ばきばきと女子高生らしからぬ音が体の節々から立った。

 呆れたような、むしろドン引きしたような表情でこちらを見てくるちぃだったが、仕方ないかと言いたげに溜息を吐いた。それは非常に小学生らしからぬものだったが、年相応の無邪気さと不相応な冷静さを持ち合わせているのがちぃであるので、特別疑問視はしなかった。

 ただし、時計を見て気になったことがあったので、それだけは尋ねる。


「そういえばあんた学校の宿題終わった?」

「お姉ちゃんが寝てる間にとっくに」

「じゃあママからの宿題は?」

「……」


 むぐ、と口をつぐんだちぃを見て、「あぁやっていないんだな」とすぐにわかってしまった真織。


「夕飯作ってる間にやってしまいなさい」


 なんとも母親らしい――しかし真織はちぃの母ではないが――一言を投げかければ、「はぁい」と少しばかり面倒くさそうにしながらも、素直にちぃはその場を離れた。

 もう一度伸びをすると、「今日はパスタでいっか」とひとりごちて部屋を出た。

 その呟きに返答を返すものがいたならば、もしくはその場にちぃが残っていたならば、「今日はじゃなくって、今日も、じゃん……」と返していただろう。




 大鍋からトングを使ってゆであがった麺を引き上げる。ネギと鶏肉のパスタソースはすでに出来上がっており、あとは盛り付けてちぃを呼ぶだけだ。あの子は猫舌なので、少しぐらい冷めたところでなにも文句は言わない。

 と考えていたところで、ちぃがキッチンへ入ってきた。パタパタとかえるさんスリッパの音がこちらへ近づいてくる。「フォークだして」と言えば素直に出してくれたが、真織の手に持つ皿と、それからトングを見て顔を顰めた。


「またパスタなの?」

「文句があるなら自分で作りな」


 やはり「また」と言われてしまった。それがわかっていながらも、自分の得意料理がパスタ関連であるためやめられない。たまにはほかの出してあげないと可哀想かな、と思うには思うのだが、特別料理が得意というわけではないため、冒険する気になれず毎晩パスタだ。しかし同じソースを二週間以内に使うような真似はしないし、そのソースだって基本手作りだ。時々手抜きをして出来合いのものを買ってくることはあるが、それも本当に時々である。

 それが分かっているからこそ、ちぃもそれ以上は何も言わず、フォークを二人分と自分の分のスプーンを取り出して椅子に座った。二人分のパスタ皿をもってダイニングテーブルにつけば、くんくんと匂いを嗅いで「おいしそーう」と顔をほころばせた。ほら、結局満足するんだから。顔立ちの整ったちぃのそんな表情に、真織もまた表情筋を緩めた。


「「いただきます」」


 二人そろって手を合わせ挨拶をする。非常時以外は二人で夕飯、が我が家のルールだ。

 さっそくスプーンとフォークを使ってパスタをくるくると巻きつけ、ふぅふぅと息を吹きかけ少し冷ます。だがよっぽど腹がすいていたのだろう。そんなに冷めていないにも関わらず、ぱくりとパスタを口へ運んだ。もぐもぐと口を動かしながらも、熱さに目を白黒させるちぃに「慌てなくていいからゆっくり食べなさい」と冷たい麦茶をコップに注ぎ手渡す。パスタをごくんと飲み込んだところでそれを受け取り、一息にコップの半分ほどまで飲み干してしまった。


「あっつかった」

「見てればわかるよ。あんまり慌てず食べなさい」

「はぁい」


 ニコニコと笑いながら次の一口を食べるべくフォークへパスタを絡めるちぃを見ながら、ようやく真織もフォークを手にする。味見はしているものの、己の味覚とまだ幼いちぃの味覚とに大きな違いがあったら困るので、毎回こうやってちぃがおいしく食べてくれている確認をしてから、食事を始めるのだった。

 ネギと鶏肉を一緒に口へ運ぶ。蕩けそうになりながらも歯ごたえを残したネギがなんとも自分好みで、なかなかうまくできたと思う。メインである鶏肉もすっかり柔らかくなっており旨い。満足げに頷くとパスタをくるくるとフォークで巻く。


「そういえばお姉ちゃん」


 くるくる動かしながら「ん?」とちぃの方を向けば、彼女は食事の手を止めて楽しいものを見つけた子供のような――実際子供だし、むしろ本当に楽しいものを見つけたのだろう――表情でこちらを見ていた。


「どうした?」

「お姉ちゃんの学校、すごいんだってね!」


 あぁ、ネギもいいが玉ねぎと鶏肉の組み合わせでもいいかもしれない。ただ玉ねぎよりもネギの方がどちらかと言えば好みなので、その組み合わせが食卓に上ることは当分ないだろう。あるとすればネギが高かった時ぐらいだ。

なんて現実逃避染みたようなことを考えながら、すっかりふくらみ大きくなってしまったフォークのパスタを口に押し込む。何がすごいのか全くわからない。もぐもぐと咀嚼しながら首を傾げれば、驚いたような表情で「しんじらんない……」とちぃはつぶやいた。


「ほんとに、知らないの?」


 だから何が、と尋ねようとするも口がいっぱいで喋れない。代わりに一つ頷けば、ちぃはまったく仕方ないな、とでもいうように肩を竦めて身を乗り出した。行儀悪いし、猫舌向けどころか冷めきってしまうよ、と言いたかったが、ちぃの次の言葉でそれらはすべて吹き飛んだ。


「お姉ちゃんの学校、出るんだって。……幽霊が!」


 次の一口を食べようと準備していたパスタが、するりフォークから抜け落ちてしまった。

キャー言っちゃった! と実に楽しそうに笑いながら、ようやく食事へと意識を戻したちぃをじっと眺めながら、真織は空になった口を開き、「幽霊、ねぇ……」と呟いた。






2. 学校


「あぁ、知ってる知ってる。てか、むしろ真織知らなかったの?」

「うるさいな。最近忙しかったって知ってるでしょ」

「はいはい怒んない。怒ると教えてあげないよ」


 昼休み。弁当の卵焼きをつつきながら、友人の瑛子に昨日ちぃが聞かせてくれた話を振ってみた。とはいってもちぃも学校で「幽霊が出る」と聞いただけで、詳しい話は何も知らなかったのだが。

 情報通である瑛子ならば知っていることも多いだろう、と思って尋ねてみたのだが、こんなにも呆れられるとは思わなかった。思わずむすっとしてしまったがその状態では教えてくれないと言われ、こうなった彼女は本当に何も教えてくれないのでどうにか表情を和らげる。それを見計らい、瑛子は真織のパックジュースを一口奪い唇を湿らせてから、口を開いた。情報量か、と思いつつパックを振れば中身が乏しいことを示すようにちゃぽんと小さく音がした。


「近所でも結構噂になってんだけど、夜遅くまで部活で残った生徒が、あったんだって」

「どんな幽霊?」

「さぁ。あった、って生徒、学校休んじゃってるから。ほら、うちのクラスでも休みいるでしょう」

「……あぁ、彼女か」


 数日前から欠席したままのクラスメイトの女子生徒を頭に浮かべる。確かに彼女は陸上部で、毎日夜遅くまで練習に励んでいると聞いたことがある。


「幽霊にあったから、怯えて休んでんの?」

「ううん、そうじゃない」


 勿体ぶるように言葉をそこで区切ると、瑛子は昼食のパンを一口大にちぎって口へ放り込む。咀嚼する姿を眺めながら、このままでは昼食を終える前に昼休みが終わってしまうかと箸を進める。


「なんでも、ぐったりして倒れちゃったらしいよ」

「……倒れた?」


 どうにか飲み込み、瑛子の言葉にそう返せば大きく頷かれる。


「意識が戻らないんだって」


 真織の目が大きく見開かれた。それ、相当まずいことになっていないか。

 そんな心の声が瑛子に届いたのかそうでないかは定かでないが、瑛子は残りのパンを全て食べ切り、


「学校側は騒ぎにしたくないからって何も言っていないんだけどね。うちのクラスの子でもう三人目の被害者だし、そろそろ対応にでるんじゃない?」

「…………ねぇ待って。どうしてそれ、幽霊騒ぎって言われてんの?」

「あぁ、やっぱそこ気になるよね」


 当り前だ。口には出さないものの、頷きその旨を伝える。


「その被害者の子、学校で倒れちゃったんだけど、意識を失う前に部活の友達がその子を見つけたらしくってね。聞いたみたいなの」


 勿体ぶるように言葉を止め、声を潜める。


「ゆう、れい……って、被害にあった子が口にして倒れるのを、ね」


食べる気が失せてしまった弁当を片付けながら瑛子を見る。彼女はほんの少し残った真織のジュースを全て飲み干し空のパックを返すと、真面目くさった顔で再び言葉を紡ぐ。


「被害者、三人とも女子生徒らしいから、あんたも気をつけなさいよ」

「それ、そっくり同じセリフをあんたに返すわ」

「問題ないって。被害者の共通点にあたし当てはまんないもん」

「はぁ?」


 訝しげに瑛子を見つつ、空パックを押し付ければ――ほとんど飲んだのは瑛子なのだから彼女がごみを捨ててくるべきだろう――、それは受け取らずひらひらと手を振り自身の席へ戻りながら、にんまり笑って真織の耳にささやいた。


「どの子も、ロングヘアーだったんだって」


 だからどうした、と言いかけ、口をつぐむ。

 肩につかない程度の髪の長さしかない瑛子とは異なり、真織の髪は腰まで届くロングヘアーだ。

幽霊に遭遇したというクラスメイトも、そういえば背中の真ん中まではあっただろう。

 つまりは、そういうことなのだろう。






 午後の授業は、板書をノートに写しながらも、真織の意識は授業から離れてしまっていた。それも仕方のないことだろう。同じ学び舎に通う同級生が、《幽霊》が原因で意識不明だというのだから。真織が普通であろうとなかろうと、きになるのも無理ない。


 ただ、正直なところ真織は本当に《幽霊》が原因とは信じていなかった。

 非現実的だからとかそういうのではなく、《幽霊》というやつが本当にこの事件を引き起こしているのだとしたら、ここまで静か(・・)な訳がないと言うことを知っていたからだ。


(ロングヘアー、か)


 思わず頬杖を着き、黒板より目をそらしノートへ思い付く事柄を書いていく。


 噂では《幽霊》と言われていようとも、真織には本当にそうであるとは思えぬので、仮に噂の《幽霊》のことは《犯人》と呼ぶことする。

 犯人がロングヘアーの女子学生を狙う理由はなんなのだろうか。ただ襲われ倒れただけであれば、変質者による犯行ということも考えられる。しかし、女子生徒らは今だ目を覚まさず、その理由も解明されていないままらしい。


(確かに、襲われた生徒がゆうれいと呟き、そのまま目を覚まさないのなら、犯人が幽霊であると騒がれるのも無理ないか)


 そうなると、本当に犯人の目的がわからない。それから、女子生徒が目を覚まさない理由も。


「わっかんねぇな……」

「何がわからないんだ?」


 頭上より聞こえてきた声に、真織はばっと勢いよく顔をあげる。

 視界に入ってきたのは、呆れたように額を押さえる瑛子と、恐ろしい表情を浮かべながら器用にも笑う教師の姿だった。


 しまった、この教師厳しいことで有名だった。そんなことを思い出しながら教師の顔色をうかがっていれば、「興味がないのであれば廊下に出ていても問題ありませんよ」と丁寧な言葉遣いで言われてしまう。


 真織は素直に、「申し訳ありませんでした」と頭を下げ、どうにか事なきを得るのであった。






 授業中なにやってたのよという瑛子を降りきり、真織は屋上へ出る。

 クラスメイトが目を覚まさないのは気分が悪いし、このまま解決へ進まなければちぃがいつまでも《幽霊》のことを話題にあげるだろう。あの小さな少女は、かなりそういったことに興味を示すお転婆な面がある。


「早く大人になってくれ……」

「誰が?」


 後ろから聞こえた低い声が真織の耳にはいる。屋上は滅多に人が近寄らないことで有名だというのに、これじゃあまた静かな場所を探さなければならない。しかも独り言を呟くなんて今日で二回目だ、どうしてこうも聞かれてしまうんだろうか。そんなことを考え一瞬顔を顰めながらも、すぐに表情を消し、うしろを振り向く。


「別に、誰でもない」

「そう? なにか相談事とかあるなら聞くよ、俺よく相談持ちかけられるし」


 軽い調子で真織に話しかけてきた男は、同学年ということは辛うじてわかったものの、名を知らぬ他人だった。


「興味ないから」


 誰が可愛いちぃのことを話してやるものかと考える真織は、ほんの少しばかり――否、かなり――ちぃにたいして過保護であった。


(これ以上絡まれるよりも、早々に大人しく退散した方が良さそうだ)


 ひらひらと手を降り真織は屋上をあとにする。


 ―――つもりだったのだが。


「…………なに?」


 男の横を通りすぎようとしたところで、腕を捕まれてしまった。思わず睨み付けてしまったが仕方のないことだろう。知らない男に突然捕まれて喜ぶ人間なんていない。


(いや、そんなこともないか)


 男の顔は非常に整っており、そんな男ならいくらでも掴まれたい!と考えそうな人間を真織は何人か知っていた。


 対して、男は戸惑ったように、しかしどこか楽しげに眉を下げ、「ごめんね」と謝った。


「えぇっと、たしか真織ちゃんだよね」

「…………初対面の人間にそういうふうに呼ばれたくないんだけど」

「だって下の名前しか知らないんだもん」


 真織の表情がひきつる。ならば聞くなりなんなりすれば良いだろう。もっとも聞かれたところで答える気は更々ないが。

 ついと目を細め、嫌なものでも見るように男を見れば、一瞬だけ驚いた表情を見せ、それからどういうわけか嬉しそうに表情を蕩けさせた。


「あぁ、女の子にそんな顔されたのってはじめて」


 変質者か。この男犯人に仕立てあげたって問題ないんじゃないか。


 掴まれていない方の手で、力を加減し男の手首へ手刀を叩き込む。「あいた!」と小さく声をもらし、手首を振った。

 そのすきに逃げてしまおう。真織は踵を返し屋上の扉を荒々しく開き、そのまま出ていった。


 男がその後ろ姿を見つめ、「いいなぁ、あの子」などと言っているとは露程も知らず。






3. 自宅




ーーーー

イケメン女子


 イケメンと称される女子


 部活の先輩


 イケメン女子の妹


 馬鹿騒ぎする部活メンバー(モブ)




 妹とは仲は悪くないと信じつつ嫌われている?かも?

 外面クイーンの妹、お姉ちゃんのものを何でも欲しがる。彼氏も。そのため元の顔立ち

を生かして男装するように(ただしスカート)



 最後は大喧嘩。頭のいい姉を羨ましがる妹と、お稽古は何でもこなす妹を羨ましがる姉。

 頭ばかりよくてもねえ、と言われたことも多々。でも妹が可愛いから何も言わずきた。彼氏も奪われてその程度かと思ったし、可愛げがあないと言われ男性的に振舞った。



ーーーーー


l_wt01-azusaのコピー


 

東條梓 * とうじょうあずさ 年齢:20歳 ポジション:パーフェクトオールラウンダー SE:直感力

職業:大学生

好きなもの:トリオン体、両親、友人、煙草

家族:母、姉

太刀川主。駄目な太刀川を注意しつつも基本的に甘やかしてしまうため、ダメ男製造機 と呼ばれる。



冬島隊所属で、隊長及び当真も甘やかすため、こちらでもダメ男製造機と呼ばれる。

二宮の幼馴染。匡貴・梓と呼び合う仲。こちらでは甘やかすより甘やかされる。憎まれ 口を叩くことも多いが、基本的に仲は悪くない。

戦闘スタイルは、トリガーの関係でアステロイド・バイパー、及び弧月を用いた攪乱お とり系。冬島との連携でグラスホッパーを発動してもらい、SE を使ってうまい具合に飛 び回る。また、場合によってはイーグレットによる狙撃もこなすが、本人はあまり狙撃を 好まない。

一応黒トリガーもち。名称はサラスヴァティ。普段は梓の耳にピアスの形でぶら下がっ ているが、発動すると液状化し、発動者を守る盾とも敵を突き刺す矛ともなる。梓は基本 的にレーザーのような使い方をする。発動時は決まった形を持たない。

サラスヴァティ発動時は、かなり集中しなければ文字通り「喰われる」ため、使いこな せるものは限られる。ただ集中力が高ければいいというわけではなく、どうすればどう動 くかを分かっていなければならないため、梓は直感力を全てそちらに割いている。それで ようやく使いこなせているので、梓以外の発動は難しい。また、他に直感力を割けない関 係で、あまり戦闘に用いられることはなく、この黒トリガーの存在を知るものはほんの一 握りしかいない。元となった人間は梓の父。

SE は、迅の未来視ほど先のことは分からないが、瞬間的な予測は梓の直感力のほうが 上。感じたことが外れることはほぼない。

何もないところから答えを見つけることはできないが、この中のどれが正解か、これは 正解か間違いか、などの選択は得意。そのため選択力と呼ばれることも。数字の選択も得 意。戦闘時は、どこから攻撃が来るかの大まかな予想、誰の攻撃が来るか、何人が自分を 狙うか、どこを狙えば命中するか、など多彩な効果をもつ。迅の予知と合わせて、どの未 来が一番濃厚かなどの判断をすることも多い。

ーーーーー


悪役令嬢のフラグ回避


「初めまして、未来の旦那様」


「私は何としても生きて見せますわ!!! こんなところで、こんなくだらない茶番に巻き込まれて死ぬなど、ほかのだれが認めようとも私が認めませんわ!」



 高飛車ながら芯の通ったお嬢様。曲がったことが嫌いで融通が利かない面も。突然前世の記憶を思い出し、そこで自分が悪役令嬢としてヒロインを虐めている姿を見る。だが本人はそのようなことを好まない性格のため、全力で阻止しようとする。

 アンジュとリヒターの娘でもいいかもしれない。兄が一人と双子の弟たちがいる。顔立ちは父に似ており、髪色は黒、瞳は母譲りの宝石のような青




 口の悪い青年。お嬢サマだったりお嬢だったりと呼ぶ。夢のことを本当のことと信じていなかったが、あまりのヒロインの惨状に信じることに。

 続編のメインヒーローであるがお嬢は知らない。




ーーーー

出られない部屋


(いい加減明るい外に出たいなぁ)


 ダリアは隣を歩く男に悟られぬよう、そっとため息を一つ漏らした。

 直後彼がこちらを向いたため、ため息に気付かれたのかと内心ビクビクしていれば、彼はその端正な顔をいやそうに歪めながら、「あったぞ」と素敵な声を聴かせてくれた。


 彼ことキーンが指し示す先には、ここ数日ですっかり見慣れてしまった『あるもの』が、堂々と壁に掲げてあった。

 無駄とは分かりながらも、ダリアは『あるもの』のそばまで近寄り、ぺたぺたと壁を触る。キーンはそれを黙って見ながらも、あたりに何か不審なものがないか探っている様子だ。とはいえ、この《部屋》の中で最も不審といえるのは、ダリアの触る壁と、それから『あるもの』だろう。


「うーん……」

「何かわかったのか?」


 そんな言い方をするのであればもっと期待に満ちた目をしてほしい。

 ダリアは肩を竦めると、黙って首を横に振る。キーンは特にそれに対し不満を漏らすことなく、むしろ「だろうな」と言わんばかりの表情を見せた。

 彼は非常に、あきらめが早く、誰かの行動に対し期待を持たぬ男なのである。それでこそキーンという男であるので、ダリアは何も言うことなくそっと壁を撫ぜた。


(思えば、初めて会った時から、すべてをあきらめているような人だったかも)


 ふとそんなことを思うも、だから何があるというわけではない。

 それに、いつまでもこんなことに時間を費やす余裕を二人は持ち合わせていなかった。


 壁に当てていた手を離すと、キーンに視線を向ける。彼も同じようにこちらを向いた。


 二人で顔を見合わせると、どちらからともなく口を開いた。




「「おいしいカレーを作りましょう」」




 キーンが非常に面倒くさそうな顔を見せた。同じような表情を己もしていることが分かったため何もいうまい。この男との共同生活で最も必要とされることは、必要以上に必要ないことをいわぬことなのだ。気難しいおとこというのはこれだから困る。

 しかし、決して間違えてはいけないのが、彼は気難しいところはあれど、悪いおとこではないということだ。



ーーーー

trip


 私がこちらの世界に来てから、早いもので六年の月日が流れました。

 元年齢十九歳、一度十歳ほど縮んでまた伸び、今では私も十五歳となりました。とはいえそれは肉体年齢でのこと。精神年齢は二十五歳です。

 こちらの世界ですと二十五というのは嫁き遅れとなってしまいますので、縮んでよかったなぁと思っております。……思うように、しています。


 そんなわけで私は元気にやっておりますので、師匠(せんせい)もあまり私のことは気にせず――だからといって本当に忘れたりしないでくださいね。あなたならやりかねないので弟子は大変つらく思います――、自由気ままにお過ごしください。






 そんなことをつらつらと考えながら、




 自分のもといた世界とは変わって中世のヨーロッパのような世界。

 こんな小説あったなぁと自分の現状を思いながら、喫茶店でお手伝い。パン屋を兼業しており、老夫婦の手伝いをして過ごしていた。ちなみにバイトを始めてから二年。世話になっている孤児院が働かざるもの食うべからず精神だった。マザーと呼ばれる美人だけど豪快なねぇさん(年齢的にはおばさんの域)とか兄貴分とかとほのぼの生活しているところに、喫茶店へイケメン登場。目の保養にいいななんて思っていたら、仕事終わりにつかまる。スマートに、ギルのとこの子だよね、送っていくよ、と。(ギルは実はウィルの腹違いの兄)送り届けられる中で、どうにもうなじが痛む。大体こういう時はろくなことが起こらないんだよな、と考え事をしながらウィルの会話に頷いていたら、異世界の人間であることをポロリともらす。さぁっと顔を青ざめさせたところへ追い討ちかけるように「魔術師だよね、異世界にもいるだなんて思ってなかったよ」顔面蒼白。この世界は異世界の人間が迷い込むことがある。ただしすべて魔力を持たないただの人間。「なんで、わかったの」「俺、魔力の流れが見えるから」ふつう見えないわよとか異世界人てそうなのとか。「俺が特別なだけだよ」脱力。「俺も珍しいけど、君も十分珍しいんだよね、異世界の魔術師さん」そう、異世界の存在は知られていても異世界の魔術師は珍しい、というか存在そのものを知られていない。「意味、分かるよね」と意味深にほほ笑んだウィルに雪菜はすぐさま臨戦態勢をとる。がウィルは両手をあげて「俺は何もしないよ。上には黙っておいてあげる」いぶかしげに見ていれば、「貸しにしてあげるよ」あからさまに怪しい「貸しだからいつか返してもらうよ、当たり前でしょ」何やってもらおうかなと嗤う。きちんと孤児院まで送り届けてもらいバイバイといって帰っていくウィルをみて「どうしよう」と脱力。ウィルを見ていたちびたちが「あのお兄ちゃんだれー?」「かっこいい!」などといっているのを聞いてもっとどうしようとなる。

 翌日、喫茶店に現れたウィルをみて「私の平穏……ッ」と嘆いた。




 入り浸るウィルに慣れてきたころ、たまたま遊びに来たギル。「ウィルヘルム」「やぁギルバート、しばらくぶりだね。元気にしてた?」そういえばこの二人知り合いなんだっけと思っていれば、「うちの妹にちょっかい出すのはやめてくれよ」険悪ではないけど釘を刺すような口調で。「お前だろう、昨日ユキを送ったのは」「暗くなってたから紳士としてお姫様を送り届けたまでだけど?」脱力するギルに、みんな苦労してるのねとか思ったり。

 まぁいったん落ち着いてよ。窓際の席に二人を案内し何か食べるかとたずねる。ウィルはお代わりを、ギルも同じものをといわれマスターのところにいいにいく。ついでにパンを持っていけ、よくやった。初老のマスターに頭をなでられながら、客寄せにちょうどいいですものねとにんまり。奥から出てきたマダムにも良くやったとほめてもらいうきうき笑顔で二人の下へ戻ればなんだか険悪。「どうかしたの?」「何でもないよ」とウィルは苦笑じみた表情を浮かべる。ギルはというと仏頂面を隠そうともせず、だがすぐさま頭を抱えてため息。「そうだな、お前は昔からそうだ……」「そんな末期患者をみるような口ぶりはやめてよね」「お前は末期患者よりもひどいだろう!」ピシャリといいきり、雪菜の持ってきたお茶に口をつける。何の話か気になったがあまり口を出すのも悪いなと思いごゆっくりといってその場を離れる。それに二人は喧嘩をしているというより、弟をしかる兄のようにも見えたため、まあ問題ないかと。しばらく二人は店内に残っていたが、雪菜は一切二人の会話の内容を聞くことは無かった。だが店を出て行くころにはギルの態度も軟化しており、良かったと胸をなでおろした。




ウィルの上司である女騎士様がご来店。明らかに空気が一般人じゃないなぁと思っていたらウィル関連。何でいるのさ!と喚くウィルに新鮮なものをみた、と思いながら珈琲の準備をする。美形二人の効果で店が賑わい店主夫婦はほくほく笑顔。強かだなぁとは思うけどそれまで。実際賑わって悪いことなど無い。そう考える雪菜も十分強か。

 長居した後で仕事終わりの時間を見計らって喫茶店を訪れたギル。ぴしりと空気が凍った。そして一気に距離を縮め、「どうして、貴女様がこちらに?」「ウィルが仕事をしないから」そこで茶々が入る「俺、仕事は終わらせてからきてるよ」「裏切り者!」「ア・ル・マ・リ・ヤ・様?」お淑やかな人だと思ったけど違うんだ……。あの人がああなるのはギルに対してだけだよ。暢気にお茶のお代わりを要望しながら静かに告げる。というか最近ギルの怒った顔しか見てないようなきがする。ずっと優しいお兄ちゃんて感じだったのに。「あいつがただのお兄ちゃんをしてるなんて、俺はそっちのほうが驚きだよ。ま、昔みたいに無理をして、ってわけじゃないだろうからいいけどさ」「二人は長い付き合いなの?」「そうだね……そのことに関して、詳しいことは俺の口からはちょっといい辛いかな」「じゃあきかないね」驚く。「人に聞かれたくないことの一つや二つ、誰にだってあるでしょう」私もあるし。空気が変わってしまい、どうしようかと迷った末、話をかえる。「いつもよりギル、怒ってるみたいなんだけど」「俺のほうは結構あきらめが大きいみたいだけど、あの人に関しては妥協できないんだろうね。―――幼馴染だし、婚約者だったから」幼馴染というところに反応してから、「婚約者、だった(・・・)?」「いろいろあるんだよ」寂しそうに二人を見つめる。




マザーとユキナ。マザーは薬師として生計を整えており、ギルはその手伝いをしている。雪菜が手伝わないのは昔から薬との相性が悪いから。そっちの魔術師は薬作ったりしないのとたずねるウィルに「昔爆発させたことあるから、それでもいいならやろうか?」と答え、首を横に振る。

「マザーはユキナが魔術師って知ってるの?」「知ってるよ、こっちに来たばかりのときに言ったから」だがそれより前から気づいていそうだな。「黙っておいたほうが言いってのはマザーが言ったんでしょ」「そうだけど……よく分かったね」「あの人なら言いそうだと思っただけだよ」

そもそもこんな話になったのは雪菜がつけていた香水が原因。「それ、マザーお手製?」「虫除けにつけていきなさいって言われたの」「その香り、たぶん魔除けじゃない?」この世界には魔物が存在する。結界のおかげで街中にまで侵入することは無いが、それでも街の外に出るときは大抵の人間が護衛を雇うし、良心的な価格で近隣の街へ騎士たちが定期的に送り届けてくれるのでさしたる問題にはならない。「どうして魔除けの香をつけてくれたのかしら」「……どうしてだろうね」そっと視線をそらすウィルの顔には真っ赤なもみじ模様。雪菜は大丈夫?と心配してくれたが理由までは聞かなかった。色男はいろいろあるのね、と。理由は昔遊びで付き合ってた女の子から「あの女とどういう関係なのよ!」と詰め寄られたから。それをばっちりギルとマザーに見られ、お説教。それじゃすまなかったんだろうなって。別に雪菜が嫌がることをするつもりは無いんだけどな。忙しそうにうごく彼女を見てそっとため息。




珍しく一人で店を訪れたアルマリヤ。大抵ウィルと共にきていたので珍しいな、と。すいている時間、というよりほかに誰も客はおらず、休憩にしていいといわれたところにアルマリヤ登場。「少し、話せないかしら」ギルと言い争いをしているところばかり見ているから分からなかったが、この世界に詳しくない

「隣国にだって女騎士はいるのだから別にかまわないと思わなくって?」《銀槍》っていうすごい槍使い。彼女も今は退団してしまったらしい。結局おんなにこちらの世界は生き辛いのよね。「どうして、騎士になろうと?」「結婚したくなかったから」それは、また。「結婚しなくてもしかたない、そう周りが思ってくれるような理由がほしくてね。騎士だったら全うな職業だし、これでも私腕には自信があるから、私よりつよおい殿方でなきゃいやって駄々をこねられると思ってね」それはまたなんとも。小悪魔じみた笑みを浮かべるマリヤ。「やっぱり貴族の結婚って、大変なものなんですか?」「ものすごおく大変。だけど諦めはつくのよ。家のために大事なことというのは分かっているから」表情が変わった。まるで、今までの会話は、これから話すことの前座でしかないといわんばかりに。「ギルと婚約していたというのはご存知よね。おしゃべり男と仲がいいみたいだから」怒っているわけではないのは分かるが言葉の響きがなんとも。



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trip-plot


 私がこちらの世界に来てから、早いもので六年の月日が流れました。

 元年齢十九歳、一度十歳ほど縮んでまた伸び、今では私も十五歳となりました。とはいえそれは肉体年齢でのこと。精神年齢は二十五歳です。

 こちらの世界ですと二十五というのは嫁き遅れとなってしまいますので、縮んでよかったなぁと思っております。……思うように、しています。


 そんなわけで私は元気にやっておりますので、師匠(せんせい)もあまり私のことは気にせず――だからといって本当に忘れたりしないでくださいね。あなたならやりかねないので弟子は大変つらく思います――、自由気ままにお過ごしください。






 そんなことをつらつらと考えながら、




 自分のもといた世界とは変わって中世のヨーロッパのような世界。

 こんな小説あったなぁと自分の現状を思いながら、喫茶店でお手伝い。パン屋を兼業しており、老夫婦の手伝いをして過ごしていた。ちなみにバイトを始めてから二年。世話になっている孤児院が働かざるもの食うべからず精神だった。マザーと呼ばれる美人だけど豪快なねぇさん(年齢的にはおばさんの域)とか兄貴分とかとほのぼの生活しているところに、喫茶店へイケメン登場。目の保養にいいななんて思っていたら、仕事終わりにつかまる。スマートに、ギルのとこの子だよね、送っていくよ、と。(ギルは実はウィルの腹違いの兄)送り届けられる中で、どうにもうなじが痛む。大体こういう時はろくなことが起こらないんだよな、と考え事をしながらウィルの会話に頷いていたら、異世界の人間であることをポロリともらす。さぁっと顔を青ざめさせたところへ追い討ちかけるように「魔術師だよね、異世界にもいるだなんて思ってなかったよ」顔面蒼白。この世界は異世界の人間が迷い込むことがある。ただしすべて魔力を持たないただの人間。「なんで、わかったの」「俺、魔力の流れが見えるから」ふつう見えないわよとか異世界人てそうなのとか。「俺が特別なだけだよ」脱力。「俺も珍しいけど、君も十分珍しいんだよね、異世界の魔術師さん」そう、異世界の存在は知られていても異世界の魔術師は珍しい、というか存在そのものを知られていない。「意味、分かるよね」と意味深にほほ笑んだウィルに雪菜はすぐさま臨戦態勢をとる。がウィルは両手をあげて「俺は何もしないよ。上には黙っておいてあげる」いぶかしげに見ていれば、「貸しにしてあげるよ」あからさまに怪しい「貸しだからいつか返してもらうよ、当たり前でしょ」何やってもらおうかなと嗤う。きちんと孤児院まで送り届けてもらいバイバイといって帰っていくウィルをみて「どうしよう」と脱力。ウィルを見ていたちびたちが「あのお兄ちゃんだれー?」「かっこいい!」などといっているのを聞いてもっとどうしようとなる。

 翌日、喫茶店に現れたウィルをみて「私の平穏……ッ」と嘆いた。




 入り浸るウィルに慣れてきたころ、たまたま遊びに来たギル。「ウィルヘルム」「やぁギルバート、しばらくぶりだね。元気にしてた?」そういえばこの二人知り合いなんだっけと思っていれば、「うちの妹にちょっかい出すのはやめてくれよ」険悪ではないけど釘を刺すような口調で。「お前だろう、昨日ユキを送ったのは」「暗くなってたから紳士としてお姫様を送り届けたまでだけど?」脱力するギルに、みんな苦労してるのねとか思ったり。

 まぁいったん落ち着いてよ。窓際の席に二人を案内し何か食べるかとたずねる。ウィルはお代わりを、ギルも同じものをといわれマスターのところにいいにいく。ついでにパンを持っていけ、よくやった。初老のマスターに頭をなでられながら、客寄せにちょうどいいですものねとにんまり。奥から出てきたマダムにも良くやったとほめてもらいうきうき笑顔で二人の下へ戻ればなんだか険悪。「どうかしたの?」「何でもないよ」とウィルは苦笑じみた表情を浮かべる。ギルはというと仏頂面を隠そうともせず、だがすぐさま頭を抱えてため息。「そうだな、お前は昔からそうだ……」「そんな末期患者をみるような口ぶりはやめてよね」「お前は末期患者よりもひどいだろう!」ピシャリといいきり、雪菜の持ってきたお茶に口をつける。何の話か気になったがあまり口を出すのも悪いなと思いごゆっくりといってその場を離れる。それに二人は喧嘩をしているというより、弟をしかる兄のようにも見えたため、まあ問題ないかと。しばらく二人は店内に残っていたが、雪菜は一切二人の会話の内容を聞くことは無かった。だが店を出て行くころにはギルの態度も軟化しており、良かったと胸をなでおろした。




ウィルの上司である女騎士様がご来店。明らかに空気が一般人じゃないなぁと思っていたらウィル関連。何でいるのさ!と喚くウィルに新鮮なものをみた、と思いながら珈琲の準備をする。美形二人の効果で店が賑わい店主夫婦はほくほく笑顔。強かだなぁとは思うけどそれまで。実際賑わって悪いことなど無い。そう考える雪菜も十分強か。

 長居した後で仕事終わりの時間を見計らって喫茶店を訪れたギル。ぴしりと空気が凍った。そして一気に距離を縮め、「どうして、貴女様がこちらに?」「ウィルが仕事をしないから」そこで茶々が入る「俺、仕事は終わらせてからきてるよ」「裏切り者!」「ア・ル・マ・リ・ヤ・様?」お淑やかな人だと思ったけど違うんだ……。あの人がああなるのはギルに対してだけだよ。暢気にお茶のお代わりを要望しながら静かに告げる。というか最近ギルの怒った顔しか見てないようなきがする。ずっと優しいお兄ちゃんて感じだったのに。「あいつがただのお兄ちゃんをしてるなんて、俺はそっちのほうが驚きだよ。ま、昔みたいに無理をして、ってわけじゃないだろうからいいけどさ」「二人は長い付き合いなの?」「そうだね……そのことに関して、詳しいことは俺の口からはちょっといい辛いかな」「じゃあきかないね」驚く。「人に聞かれたくないことの一つや二つ、誰にだってあるでしょう」私もあるし。空気が変わってしまい、どうしようかと迷った末、話をかえる。「いつもよりギル、怒ってるみたいなんだけど」「俺のほうは結構あきらめが大きいみたいだけど、あの人に関しては妥協できないんだろうね。―――幼馴染だし、婚約者だったから」幼馴染というところに反応してから、「婚約者、だった(・・・)?」「いろいろあるんだよ」寂しそうに二人を見つめる。




マザーとユキナ。マザーは薬師として生計を整えており、ギルはその手伝いをしている。雪菜が手伝わないのは昔から薬との相性が悪いから。そっちの魔術師は薬作ったりしないのとたずねるウィルに「昔爆発させたことあるから、それでもいいならやろうか?」と答え、首を横に振る。

「マザーはユキナが魔術師って知ってるの?」「知ってるよ、こっちに来たばかりのときに言ったから」だがそれより前から気づいていそうだな。「黙っておいたほうが言いってのはマザーが言ったんでしょ」「そうだけど……よく分かったね」「あの人なら言いそうだと思っただけだよ」

そもそもこんな話になったのは雪菜がつけていた香水が原因。「それ、マザーお手製?」「虫除けにつけていきなさいって言われたの」「その香り、たぶん魔除けじゃない?」この世界には魔物が存在する。結界のおかげで街中にまで侵入することは無いが、それでも街の外に出るときは大抵の人間が護衛を雇うし、良心的な価格で近隣の街へ騎士たちが定期的に送り届けてくれるのでさしたる問題にはならない。「どうして魔除けの香をつけてくれたのかしら」「……どうしてだろうね」そっと視線をそらすウィルの顔には真っ赤なもみじ模様。雪菜は大丈夫?と心配してくれたが理由までは聞かなかった。色男はいろいろあるのね、と。理由は昔遊びで付き合ってた女の子から「あの女とどういう関係なのよ!」と詰め寄られたから。それをばっちりギルとマザーに見られ、お説教。それじゃすまなかったんだろうなって。別に雪菜が嫌がることをするつもりは無いんだけどな。忙しそうにうごく彼女を見てそっとため息。




珍しく一人で店を訪れたアルマリヤ。大抵ウィルと共にきていたので珍しいな、と。すいている時間、というよりほかに誰も客はおらず、休憩にしていいといわれたところにアルマリヤ登場。「少し、話せないかしら」ギルと言い争いをしているところばかり見ているから分からなかったが、この世界に詳しくない

「隣国にだって女騎士はいるのだから別にかまわないと思わなくって?」《銀槍》っていうすごい槍使い。彼女も今は退団してしまったらしい。結局おんなにこちらの世界は生き辛いのよね。「どうして、騎士になろうと?」「結婚したくなかったから」それは、また。「結婚しなくてもしかたない、そう周りが思ってくれるような理由がほしくてね。騎士だったら全うな職業だし、これでも私腕には自信があるから、私よりつよおい殿方でなきゃいやって駄々をこねられると思ってね」それはまたなんとも。小悪魔じみた笑みを浮かべるマリヤ。「やっぱり貴族の結婚って、大変なものなんですか?」「ものすごおく大変。だけど諦めはつくのよ。家のために大事なことというのは分かっているから」表情が変わった。まるで、今までの会話は、これから話すことの前座でしかないといわんばかりに。「ギルと婚約していたというのはご存知よね。おしゃべり男と仲がいいみたいだから」怒っているわけではないのは分かるが言葉の響きがなんとも







 「しばらく街をあけることになるの」遠征。もちろんウィルも。「危険はないだろうけど、どのくらいの期間かは言えないの」「軍事機密ですもんね」「!」驚いたような表情。まさかそんなことがわかるとは思わなかったらしい。

 お気をつけて。その声が、戦場を知っているものの声で、あの子は一体何者なの?と。どうせウィルにいっても無駄だろうけど、一応調べてみましょうか。



 数日後、再び店を訪れたアルマリヤ。ギルもいるのだがそちらには見向きもせず言いづらそうに、「ウィル、見てない?」「ご一緒に遠征へ向かわれたのでは?」昨日戻ってきて、ふらりと消えたらしい。よくあることだったし、今回のはユキナ目当てとおもったから止めなかったの。見ていないとなると……。「夜にね、今回の遠征を命じた……まぁ上司に、報告しなきゃだったの」「(まぁ……?)ええ、とそれで?」「来なかったのよ、あの子。絶対、どんなにふらついてもやることはやるのがウィルなのに」青ざめた表情になったところでギルが支える。「とりあえず探しましょう」マスターに謝り店を出る。ちりちりうなじが痛む。何もなければいいのだけど。残念ながらそうはいかないのが雪菜の人生。

 見つからないので一度店に戻ると、ウィルの部下がアルマリヤに報告しているところだった。ギルも聞いていたが、部下は雪菜の姿に言葉を一度止める。「彼女―は大丈夫だから、続けなさい」命令口調。了承するも、「彼女を幼くした姿に似ています」どういうこと?「ウィルは黒髪の幼い少女と共に行動しているそうよ」「雰囲気は彼女よりも冷たく感じましたが」報告者はウィルの部下でなおかつ目撃者。たまたま目にしたとのこと。だがその話は雪菜の耳には届かない。「まさか……」血の気が引いて顔面蒼白。青を通り越して真っ白。

 そこへ雪菜宛ての郵便。中にはウィルのピアスが片方だけ。「あの配達員追いかけて!」雪菜が叫び追いかけるも、部下が見つけたのは気を失った配達員の姿。連れてこられた配達員を見て、「し い な」唇が震えている。ギルが見かねて「ユキナ、何があったか説明してくれ、どういうことだ」はっと顔をあげるもすぐに俯く。

ーーーー


魔王

 ここは一体どこなのだろうか。

 少しばかりこじゃれた格好の私は、記憶が確かならば先程まで己の格好同様こじゃれたレストランで、恋人と共に―――そう、そうよ。恋人と共に食事をとり、女ならばだれしも一度は言われたいであろうセリフを言われたのだ。

ーーーー

受付嬢39

 クエストの報告書は、原則としてその担当しているクエストが完了してから一週間以内にギルドの受付カウンターへ提出することとなっている。

 そのため受付けでは基本的に、依頼主よりクエストを受注する『受注カウンター』、そのクエストを傭兵へ発注する『発注カウンター』、それからクエストの完了報告を受け報酬の受け渡しを行う『完了カウンター』と大きく三つに分かれている。

 ただしこれらは必ずしも分かれているわけではなく、話がしやすい担当者のほうへ直接それらを告げに行き、クエスト受付を済ませることもあるのが今の状態である。最終的にそれらを受けた取りまとめは、ギルドの裏方とも言える事務官の元へ向かうので、連絡ミス等が起こらなければ問題とはならない。




 今回は、そのすこし緩い制度が功を成してくれた。




 アンジュはつい今しがた届けられた報告書をみて、そんなことを考える。

 そして大きくため息を漏らしてしまった。幸いギルドというのはいつ何時も人で溢れ返っているので、まわりから気づかれ指摘されるなどということは起こらなかった。の、だが。


(こっそり書き直しておかないと……)


 先に述べた受付の仕事は基本的に固定業務だ。

ギルドでは現在、アンジュやルイーシャのほかに数名の受付担当者を抱えており、その数人で仕事を回している状況にある。ただしそれぞれの担当に一人ずつ受付を配分しているというわけではなく、仕事量に応じて配置しているのだが、そんな体制であっても特に仕事量が「ハンパない」とみなが口をそろえて言う担当場所があった。


 『完了カウンター』のことである。


 基本的に仕事の量が多い。クエストを受けた傭兵から報告書を受け取り、いちどその報告書を事務官(裏方)へ回しそちらで依頼主に報告してもらい、依頼主より受け取った報酬を傭兵へ回す、というのが大まかな仕事である。

 それだけでも仕事が多いといわれているのだが、それ以上に問題となるのは、傭兵からの報告書(・・・)である。


 仕事柄、その性質上傭兵の多くは『脳筋』と呼ばれるような人間が殆どである。時折それに当てはまらないものもいるにはいるが、ほんの一握りでしかない。またそれ以前に、文字の書けないものも少なからずいるため、そんな人間に報告書を書面で表わせというのは大変酷なものだ。


 何が言いたいかというと、つまりは報告書の書き直しも『完了カウンター』の仕事の一つであるということだ。

 そして、その仕事が、『完了カウンター』業務の大半を占めているというのが、現状であった。




 報告書は、必ずしも『完了カウンター』へ提出しなければならないわけではない。

 アンジュの仕事は『発注カウンター』業務であるが、そんな制度の結果、見知った傭兵より報告を受けることも多い。

――なおそんな制度ができた裏側には、過去にとある傭兵が受付嬢に対しおいた(・・・)をしてしまい、それをギルド職員が報復したことがあったが、関係のないことなので詳しくは語らない――



 現在アンジュが頭を抱えることとなっているのは、そんな見知った傭兵より届いた『報告書』が原因だ。



 片手で顔を覆いながらも、指の隙間から恐る恐る目をのぞかせ問題の報告書の文字をおう。

 上質すぎないがそれでも良いインクを使っていることがわかるそれは、先程熱い視線を浮かべたリヒターより届けられたものだ。

 貴族令嬢の護衛であることや、そのほかにも様々な事情(・・)により、リヒターにはこまめな報告を頼んでいた。しかしこんな報告書は必要ないとアンジュは呻き声を今にもあげそうである。


(こんな、こんな恋文みたいな報告書は頼んでないわ……!)


 時間がないからと普段してくれるような口頭での補足報告はなかったのだが、なくてよかったとアンジュはそれを見た瞬間に安堵したものだ。

 口に出して読むには憚られる、そんな内容が報告書のなかに組み込まれていたのだった。

 一言報告が終わる度に甘ったるい言葉がかかれているせいで読み飛ばすわけにもいかず、自分の顔が真っ赤になっているだろうということがありありとわかってしまう。

 しかしそれでいて嫌な気持ちになるほど鬱陶しく書かれているわけではないので、どうしてこうもまぁそんな微妙な匙加減がお上手なのかしらと変に感心してしまうアンジュであった。



 これは残業ルートね。まだ仕事が残っているために髪をぐしゃぐしゃと乱すわけにもいかず、報告書を裏返して他の誰からも見られないようにすると、両の手で顔を覆い真っ赤になった頬を隠す。



「……アンジュちゃん、大丈夫?」


 心配そうな表情で声をかけてきたのは、自分と同じ制服に身を包んだ美少女(ユラ)だった。

 シシリア嬢より護衛を断られたユラは、一人でクエストにでるわけにもいかず、リヒターや首領(ドン)との相談の結果、暫くギルドで受付の手伝いをすることになったのだった。仕事の要領もよく、またその容姿から、ユラは既にギルドのアイドルとなっていた。


 書類を見せるか否か。考えを巡らせ、結果アンジュは「何でもないよ」と笑みを浮かべた。

 いくらユラといえども、こんなこっぱずかしい報告書(恋文)は見せられない。

しかし残念ながらユラはアンジュがそっと隠した用紙が、リヒターから贈られたものであることに紙質より気付いていた。敢えて何も言わないのがやさしさだ。アンジュの表情に暖かい表情を浮かべると、その場を離れたのだった。






 翌日になって、再び報告書をもってギルドを訪れたリヒターは、護衛を始めたほんの数日前とは打って変わり、すっかりやつれてしまっているように見えた。


「お……お疲れさまです」

「あぁ、本当に、憑かれた……」


 なんでだろう、どうにも自分の言葉とはニュアンスが異なるように聞こえてしまった。

 そしてそのままカウンター正面に座り込んでしまうものだから、アンジュは慌ててカウンターから飛び出し、リヒターの腕をとって立たせてやる。そうこうしているうちにユラも飛んできて彼を支えるアンジュの手伝いを始めてくれた。挙句の果てには、偶然通りかかったという首領(ドン)より応接間で休憩を取らせてやれというありがたい言葉までついてきてしまった。


 このままリヒターを外に出したら追剥にでもあってしまいそうだ。


 そう判断すると、ひょいとリヒターの腰を支えそのまま歩き出した。傍からみたら彼が自分の足で歩いているように見えるだろう。実際にはアンジュが彼を持ち上げて歩いているが。

 ぎょっとしたような表情を浮かべるのは当事者たるリヒターと、それからアンジュの逆側でリヒターを支えようとしたユラの二人だけ。恐らくは首領(ドン)も気付いていただろうが、彼は何も言うことなく、しかし「あきらめろ」とでも言いたげな表情でこちらを向いていた。いったいどういうことかしら。アンジュだけがその理由に気付けずにいた。


ーーーー

受付嬢40




 密着状態で支えていたのはいいが、途中からリヒターは自身の足で歩き始めてくれた。どうやら女性であるアンジュに支えられっぱなしというのは嫌なのだとか。しかしその旨を告げたリヒターの顔色は薄らではあるが紅く染まっていたので、恐らくは支えられるのが嫌なのではなく、純粋に恥ずかしかったのだろう。意外と初心な男だ、とはアンジュに前世の記憶があるから思うことなのだろうか。―――いや、もとの性格が大きいだろう。それに最近では彼女が前世を、ゲームのことを思い出すことは少なくなっている。


「こんなに密着しても照れないのか……」


 考え事をしていれば、ぼそりそんな声が聞こえてきたがアンジュはさらりと聞き流す。女性なのだからなどという声は聞こえてこなかったが、貴族としてどうなんだという表情を見せられてしまった。

しかし彼は忘れているようだが、アンジュの元の職業は騎士である。人命救助でいちいち照れていては仕事にならないだろう。まぁアンジュはそのような仕事に就いたことはないが。




 華美になりすぎず、それでいて荒くれものが集まるギルドとは思えないほど整えられた応接室。大貴族の令嬢であったアンジュから見ても決して粗末とは言えないソファにリヒターを座らせると、「お茶を持ってくるわね」とその場を離れようとした。だがその前にユラがアンジュを手で制す。ここは自分がやるから、そう言いたげな瞳で見つめられてしまっては、アンジュにはどうすることもできない。黙って頷けば、満足気な表情を浮かべてユラは応接室を後にした。


 そうなってしまってはほかにやることがなくなってしまった。だがこのまま仕事に戻るというわけにもいかないような気がする。そもそもお茶の準備をユラが買って出たのは、自分をこの場に留めるためというのが大きいだろう。

 数瞬悩んだ末に、アンジュはリヒターからみて正面に位置するソファへ腰かけた。


 話し掛けるべきか否か。悩んだ末、アンジュは『話しかけてかえってきた答えが疲れた気のものならばそこで会話を止めよう』という考えに至った。


「このあとも護衛に向わなければならないの?」


 仕事で尋ねているのではないということを強調すべく、砕けた口調を心がける。

 リヒターは緩慢な動作で顔をあげると、「父親との会食があるらしい」と簡潔に答えた。なるほどと頷きながらも、あまり答えになっていないような気がしてならない。結局どちらなのかと尋ねるべきか、それとも口を噤むべきか否か考えあぐねていれば、リヒターは姿勢を正し再び口を開いた。


「一緒にどうだと誘われたから逃げてきたんだ」


 声に普段のような張りはなかったが、会話を続けられないほど疲れているようには見えない。これならば会話を続けても問題にならないだろうと判断がついた。


「流石にそんなところにまで付き合っていられるほど、俺の神経は強くないからな……」

「それは……お疲れさま」

「本当に、憑かれた……」


 なんだろう。アンジュの言葉とは微妙にニュアンスが違うように聞こえたが、それはあえて黙殺した。いちいち確認するのはなんだか悪いし、実際本当に疲れているようなものだろう。

 リヒターからの報告書はあんなもの(・・・・・)ではあったが、本題であるシシリア嬢については、それはまぁ細かく、細かすぎるほどに書かれていた。一度読めば彼女の人柄がよくわかるというものだ。


 シシリア・ベルデ・コルピッツ。そう名乗る彼女は、初対面の時点ですでに分かっていたことだが、非常に子供のようなにんげんだ。傍若無人といえばいいのだろうか。一言『我儘』といってしまっても差し支えはないかもしれない。

 リヒターが護衛として彼女に張り付いていた時間中何をしていたのかというと、レディレイクでいろいろな買い物をしていたらしい。嬢より、自分に似合うドレスや宝石はどれか聞かれて困ったと報告書に書いてあった。分からないといったり、無難なものを選んでにげたとのことだったが、私の時はちゃんと選んでくれたのにと思ってしまうのはいけないことだろうか。―――意味が分かるだけに、なんだかこそばゆい。


 そしてどんな報告書の内容であっても共通しているのが、彼女が非常にリヒターへ想いを抱いており、リヒター自身はその想いに応える気はないということ。

 それくらいわかっているから報告書には書かないでくれ。そういってしまいたい衝動に駆られながらも、それを言ってしまっては彼が調子に乗ることがありありとわかるため、行動に移せない。


 なんだかなぁ、とアンジュはそっとリヒターの表情を盗み見た。

 アンジュが考えに耽っている間にユラが持ってきてくれた紅茶を疲れた気に、それでいて優雅に飲む姿はなかなか様になっている。


 ――ちなみに、ユラが紅茶を持ってきたとき、これで自分の役目は終わりだろうと席を立とうとしたところ、彼女に目で制されてしまった。仕事が、という思いは彼女の無邪気な「ルイーシャさんと頑張るね!」という声にかき消され、どうすることもできずそのままソファに座り続けていたのだった。――


 彼が、自分を想ってくれるのは痛いほどわかる。わかる。だがその想いにじぶんはまだ答えることが出来ない。


 ―――それに、彼はどうして私をこんなにも想ってくれるのだろうか。


 首をゆるゆると横に振り、そんな考えを頭から追い出す。

 考えたってしかたのないこと。どうせ恋愛事はよくわからないのだから。前世の記憶があったところで、経験は己だけのものでしかないうえ、偏りのある記憶を参考にすることはできない。


「アンジュ……?」


 黙りこくった自分を心配し、声をかけてくれたらしい。最近こういうことが多いわね。治すべきだろうなと肩を竦めた。


「本当に、お疲れさま」


 何度目になるか分からない労いのことばをリヒターに投げかければ、彼は少し驚いた表情を見せながらも、柔らかく微笑み「ありがとう」と返した。

 直後、


「誰かさんは報告書を読んでいるのかどうか分からないけど、状況は分かってくれているらしいな」


 悪戯が成功した子供のような笑みでそういいのけたリヒターに、アンジュの表情はぴしりと固まってしまった。「えぇっ、と……」戸惑いをあらわにすれば、リヒターは天真爛漫に笑って見せた。どことなくその笑みがユラのように見え、二人の長い付き合いが分かってしまった。なにかがつっかえるような感覚に陥りながらも、アンジュは彼の言葉が自分をからかうためのものだったと気付き、はぁと脱力してしまった。




「もう少し頑張れそうだ。ありがとうな」

「…………、ごめんなさい」


 報告書のことばかりに思考がシフトしてしまっていたが、彼がこんなにも疲れてしまう原因を作ったのはアンジュだ。正確にはアンジュと首領(ドン)が、ではあるが、リヒターにお願いをすると決めたのはアンジュであるため、素直な謝罪の言葉を口にした。

 だがリヒターは黙って首を横に振る。


「事情があって、それには俺が適任だった。そうなんだろう?」


 今度は、アンジュが首を縦に振った。


「俺はな、アンジュに認められたきがして、嬉しかったんだ。王都でのことは、俺が勝手にやったことも多かったからな」

「それは……」

「だから、ごめんでなく、頑張れっていってくれないか? どんな形であれ、俺は君の想いにこたえたいんだ」


 アンジュの言葉を遮るように告げられた言葉は、想いの意味こそ違えど、アンジュの考えていることと全くの逆のことであった。それに気まずさを覚えながらも、アンジュはその気まずさを追い払うように、


「頑張れ」


 とこぼれるような笑みを顔に浮かべた。

ーーーーー

受付嬢41


 探れることがないか探りに戻るとリヒターが疲れを感じさせない表情で告げた。どうやら自分は彼の息抜きになれたらしい。

 正直なところ、コルピッツ家の情報は彼からだけでなく、ボーア家の私兵であったり、首領(ドン)の個人的な部下たちも調べてくれており、その情報の内容はリヒターがもたらすそれと大差ないことが多かった。しかし、情報の届くスピードは断然リヒターのほうが早い。そうなればやはり彼に頼まないわけにはいかなかった。出来れば父親との会食にも参加してほしかったところだが、さすがにそれは何が起こるか分からない。身体的危険ではなく、シシリア嬢の思考回路(恋愛脳)とい面で。


(ま、そちらへはきっと首領かお爺様がうまくやってくれているわよね)


 アンジュの祖父であるボーア家前当主は、前線を息子である現当主――言わずもがな、アシェルの父のことであり、アンジュの母の兄、すなわち叔父のことだ――に譲った後も、王都で多忙の日々を送る当主に変わってレディレイクを中心とした付近一帯のボーア領を治める豪傑だ。首領に頼ることも少なくないとはいえ、祖父の手腕にはまだまだ衰えを感じさせることを許さない何かがある。

 暫く顔を合わせていないが、アシェルという後継者育成も終盤に差し掛かり、祖父にも余裕ができていることだろうから、アンジュのような若輩ごときが心配することなど一つもないだろう。


(そうなると、どうしてコルピッツはレディレイクを訪れたのかしら)


 目的という意味ではなく、その目的を何故この地で(・・・・・・)達成しようとしているのか。そちらに着眼点が向いた。

 目的自体は彼の家のこれまでの行動から『ボーアの掌握』であることは予想はつく。

しかし、今までそのようなことができたのはコルピッツよりも力を持たないもの達ばかりを狙ったからだ。ボーアとコルピッツでは天と地ほどの差がある。それなのになぜだろう。


(駄目だ。私はアシェルやお爺様方ほどこのような考え事には向いていない)


 首を横に振り、悩むことを諦めた。

 しかしアンジュは決して『向いていない』のではない。―――ただ、わからないだけだ。アンジュはこちらで生を受けてから、18年もの長い間を貴族令嬢として、前世の記憶を取り戻すことなく過ごした。騎士としての性質も持ち合わせているが、しかし根本的な面では変わらない。

 実に、令嬢らしいのだ。なぜそうまでして権力を求めるのかがわからない。恵まれているからこそ、わからない。特にアンジュの記憶はゲームのことにばかり偏っているので、余計にそれを助長しているのだろう。


 しかし、わからなくてもいいのだろう。

 他者を卑劣な手で蹴落とすような者の気持ちなどは、想いなどは、アンジュに必要のないものだ。





 伏せていた顔をアンジュがあげると、リヒターが柔らかく笑ったのがわかった。

 何故そのような笑みを浮かべるのかわからないでいると、彼は瞳を閉じ、瞼の裏に何かの情景を映すような、そんな表情を浮かべた。


「俺は、君を知らなかったんだな」


 言葉の意味が、わからない。

 目を細め次の言葉を待つも、リヒターが口に出したのは全く別のことだった。


「そろそろお暇するよ。また休ませてくれ」

「そんなのは全然かまわないのだけど……ねぇ、さっきのどういう意味?」


 そう尋ねるも彼は何も語ろうとはせず、美しい顔に曖昧な笑みを浮かべるばかり。ねぇ、ねぇ、と尋ねても何も答えてくれない彼に思わず顔をしかめれば、リヒターは肩を震わせ始めた。そんな態度に余計腹が立つのは仕方のないことだろう。

 一体何なんだこの男は。知らなかったとは、何に対しての言葉なのだ。

 いつも人を見透かしたような態度ばかり取って、そしてアンジュのことをアンジュ以上に分かっていそうな彼が、突然なんだというのだ。


 むっとした表情を取り繕おうともせずにいれば、リヒターはついに観念したように「それだよ、それ」と言いのけた。


「俺は、アンジェリーナのこともアンジェリカのことも分かっているつもりだったけどな、目の前にいる君がそんな表情を浮かべるなんて思いもよらなかった」


 そういえば、先程からリヒターはアンジュの名を呼んでいない。意識してのことかもしれないが、アンジュとしてはそうでないような気がした。


「―――分かったつもりでいたんだろうな」


 独り言のように呟かれた言葉に、どうしてかアンジュは顔を酷く歪めてしまった。それは怒っているというよりも、泣き出しそうな、そんな顔。

 リヒターはそれに気づかない。気付かないまま立ち上がり、








リヒターから頬にキスをし、照れて逃げる。

真っ赤な顔からいやがってる訳じゃないことはわかった。

 だがあまりにも照れた表情がかわいくて、リヒターの顔も真っ赤。ゆでダコも吃驚だとか初な生娘か俺は、とかなんとか。


 ギルドに戻ったアンジュも真っ赤な顔でずるずると座り込んでしまう。






ーーー

受付嬢43

 ボーア邸はレディレイクの中心部にある。またギルドも同じく街の中心部に位置していた。とはいえレディレイクは決して狭い街などというわけではなく、同じ中心部と言っても歩いて数分なんて距離にはなかった。


 魔術師というのは元来動かないものであると言った人間がいたが、それは正しくない。術の発動中は動けないためそう思われがちだが、実際には敵よりその位置を覚られないためにも足で逃げるしかないことも多々ある。

 そこで役立つのは、魔術師だという事実だ。

 肉体的には一般人に勝るとも劣らない、しかし騎士であったり前線で戦うものからしたら圧倒的不利な魔術師は、自分の有利な部分で戦う。すなわち魔力だ。魔力を手足に纏うことで足りないパワーを補うことができた。魔力量の少ないものでは決してできない、魔術師ならではの戦い方。

 今回はそれを活用した。


 足に魔力を纏わせ、脚力強化の術式を展開する。これならば半分以下の時間でボーア邸まで辿り着ける。己が魔術師であることがばれぬよう裏道を通るにしても、大幅に時間を短縮することができる。


 しかし実際には想定よりも早く到着した。

 このまま窓から入ろうかとも考えたが、それでは警備の者に不要な警戒をさせてしまう。

 大人しく正面から入ることにした。


「アンジュはどうしている」


 入ってから大人しくするとは言っていないが。


 使用人にアシェルの執務室に案内させると、扉を開けるよりも先に下がらせる。どうせ伝令はいっているのだからアシェルは既にリヒターが来ていることを知っているだろうとあたりをつけてのことだ。

 勢いよく扉を開きそう尋ねれば、なんとも言い難い表情で「意外と無礼ですね」と書類から目を離した。


「今更だろう。……ただまぁ、連絡もなしに訪ねたのは悪かった」

「そこは構いませんよ。予想はしていましたし」


 執務室にはソファも置いてあり、勧められた。お茶はありませんよと言われたが、人払いのためだろうから問題ない。


「しかし、どうしているかと来ましたか。てっきり昨晩のことについて聞きに来るかと思っていたのですが」

「一番に聞くのはそれのつもりだったんだがな。俺が既の所でギルドへ行った理由を思い出した」

「といいますと?」


 笑みを崩さず尋ねるアシェルに若干の疑問を抱きつつも、口を開く。


「突然の休暇だ」

「よかったではありませんか。あのお嬢さんには辟易していたのでしょう、リンクスから聞きましたよ」

「……本気か? あの女が、自分から俺に今日はくる必要がないといったんだぞ」

「ほぅ」


 楽しそうな表情で耳を傾けるアシェルは、おそらくリヒターが話し終えるまでは自分から情報を開示するつもりはないのだろう。

 これでアシェルが敵方だったのであれば話術・交渉術などを使い口で戦うべきなのだろうが。彼は味方である。―――今のところは。しかも正確にはリヒターの味方なのではなく、アンジュの味方でしかない。

 ひとまずは信用するしかない。曖昧な関係は非常に面倒だ。


「何か企んでいるんだろう。そしてここにきて確信した。昨晩届いた手紙、あれはあの女がアンジュを呼び出すためのものだ」

「なぜお嬢さんと言い張れるのです? もしかしたらコルピッツ卿があれの有用性に気付き、勧誘目的でいるのかもしれないですよ」

「それはないだろう。卿のほうも探ってみたが、そんな素振りは見せなかった。それに、おそらく娘が何をしようとしているのか知らない」


 探りを入れたとき、卿はリヒターが休みであることを知らないようだった。

 父親にも知らせず何をしようとしているのか。ボーアやギルドの目的はコルピッツ卿だか、決して家を見逃すつもりはない。娘諸共だ。

 だからこそギルドに報告へ行ったのだが、それはどうやら正解のようだ。


「アンジュはどこだ。どうしているんだ」


 まっすぐ見据え、尋ねる。

ーーー

wt12


前日譚:王子様が来るまでは




 一瞬、というか数分の間、私は思考が停止してしまった。目の前の男性がそれを辛抱強く待ってくれるのはうれしいような悲しいようなで、それ以前に私のこの状況を作りだしたのはこの人だったと気付き、私はようやくそこで頭の整理がついた。


「えっと、二宮さん」

「……あぁ」


 非常に低い声を出され、臆病な私の肩はピクリと小さく震えてしまった。二宮さんは目敏くもそれに気付いたようで、険しい表情のまま、だが声は幾分か柔らかく「悪い」と短く謝罪をしてくれた。

 いえそんな気にしないでくださいとか言ってしまいたかったのだけれど、どういうわけか私の口は別のことを口走っていた。


「私のことを好きって……本当ですか」

「冗談でこんなことをいう趣味はない」


 だろうなぁと思い、分かり切ったことを聞いてしまったことに謝罪を述べた。黙って首を横に振る二宮さんは大変見目麗しいが、よりによって―――何故、私?



 時間はほんの少し前へと戻る。B級隊の隊長会議に隊長代理で出席したところ、どういうわけか私の隣の席に二宮さんが座ったのだった。「隣いいか?」の一言もなしに。早い時間だったために同級生の隊長、荒船君だとか影浦くん……はあまり話さないが、まぁそのあたりは来ていなかった。話し相手として捕まったのかな、と検討をつけていたのだが、二宮さんは隣に座ったまま、会議が終わるまで一言も言葉を発することはなかった。

会議の最中もどうしてお前隣に二宮さんいるんだ、という視線が絶えず、非常に困った。体調の優れない玲ちゃんの代わりに会議へ出席することは初めてでなかったため、平隊員の分際で会議に出席することに関しての緊張はなかったのだが、隣に二宮さんがいるだけでこんなにも緊張するんだなぁと変な汗をかいてしまった。

 会議が終わり、ようやく解放された……と思ったところで、どういうわけか二宮さんから「空木」と声をかけられた。二宮さんが隣に座ったことをからかおうとしていたであろう荒船君や、二宮さんと不仲だと有名な影浦くんがはっきり驚いた顔をしたので、やはり驚くことなのだろう。正直私も驚いたのだが、むしろ驚きすぎて変に冷静になっていた。


「なんでしょうか」

「この後時間はあるか?」

「はい」

「なら少し付き合え」

「はい」


 あとから聞いた話では、あそこまで感情を消して業務的な口調で受け答えをするお前は見たことがなかった、らしい。じゃあやっぱり冷静じゃなかったのかなぁとのちの私は考えるのだった。


 そして連れてこられたのは未使用中の札がかけられた小会議室で、そこで私は二宮さんより愛の告白を受けた。わぁなんだかその言い方は痛い、痛いぞ私。


頭を整理して二宮さんにまで確認を取り、そこでようやく二宮さんって私のこと好きなんだぁ、となんとも暢気なことを考えられるほど落ち着けた。

そんな私を見計らっていたのか、二宮さんは


「返事はいつでもいい。なにかあったら連絡をくれ。―――――何もなくても連絡をくれても良いし、連絡自体しなくてもいい。好きにしてくれ」


 そういって私に几帳面な字で書かれた連絡先を渡すなり、とっとと会議室から出て行ってしまった。


 残された私は、というと。


「え、えええ……えええぇぇえ」


 本当は大声で叫び声を上げたかったのだが、この会議室は防音設備が整っているというわけではなかったため、小声で喚いた。

 ちょっと待って、待って。どうして私なのとか、それ以前に私のどこが好きなんですとか、てか私のこと知ってたんですねだとか、もうとにかくいろんなことが渦巻き―――


「……玲ちゃんに会議の報告しなきゃだ」


 という結論に落ち着いた。今の最優先事項は二宮さんでなく玲ちゃんだ。二宮さんだっていつでもいいって言ってくれたんだし。

 これがただの言い訳で、逃げているに過ぎないことは私が一番わかっていた。


ーー



 ノックもなしに突然開いた扉。昔だったら即短剣を投げつけていただろうなぁと過去を懐かしみながら、しかし一言はいわなくてはと机の正面を向いていた体を音の方向へと向けた。

 ようと片手をあげ、気安い笑みを浮かべるクロウに形だけのため息を。彼はそれだけで私の言わんとしていることがわかったようで「おっと」とかとってつけたようにいい、開いている扉を軽くコンコンと叩いた。これには形だけでない本気のため息がこぼれてしまった。


「おいおいなんだよ、ちゃんとノックしただろ」

「普通ノックって部屋に入る前にするものだから。私が着替えてるとこだったらどうするのよ」

「お、ラッキー、て言ってそのまま居座る」


 机の上の辞書を思い切り投げつけてやれば、クロウは慣れた様子で軽く辞書をキャッチしてしまった。顔を顰めながら「お帰りはそちらですよ」とクロウを――正確にはその後ろの出入り口――を指させば、「悪かったって」と笑いながら部屋に入ってきてしまった。

 私のもとへ近づくと頭上から手元を覗き込み「何やってたんだ?」と尋ねる。その図々しさに小さく肩を竦め、その時点で作業を諦めた。クロウの手の辞書を受け取りながら短く答えてやる。


「予習」

「うへぇ……真面目なことで」

「クロウもやっておいたら? 本当にもう一回一年生やることになるかもよ」

「セレナと一緒ならそれも悪くないかもな」


 その返しに絶句してしまう。だめだこの男早く何とかしないと。

 先輩であるはずのクロウがⅦ組に編入してから早くも数週間。もとより人との距離を埋めるのがうまそうなこの男は、元からクラスの一員だったかの様にⅦ組に馴染んでいた。だが馴染んだからと言って留年してもいいということにはならない。ずきずきと痛むこめかみを押さえていれば「おい大丈夫か?」とクロウが私の頭にそっと手を乗せた。だがわかっている。この男、声が笑っている。絶対心配なんてしていない! むしろ面白がっているに決まってる!!


「私ほんとに貴方と同い年なんて信じらんないわ……」

「そういやそうだったな」


 何とも気楽な一言である。こめかみをもんでいれば、クロウは笑いながらポンポンと軽い調子で頭を撫でてきた。


「ま、何とかなるだろ。そのためにⅦ組に合流したんだし」

「サラ教官に土下座したんだって?」

「……サラが言ったのか?」

「うん」


 導力カメラで撮影しておけばよかった、と言っていたことは黙っておいた方がいいのかもしれない。手の動きを止めて顔を引き攣らせるクロウを見てそっと心に決める。


「卒業してからのこととか考えてないわけ?」

「……あー、まあ」


 何とも歯切れの悪い声に天を仰いでしまう。その際クロウの手は頭から離れたが、彼はそれを戻そうとはしなかった。

 その代わりに、「セレナは何か考えてんのか?」と聞かれた。話の流れ的にも聞かれておかしくはなかったというのに、私はその答えを用意していなかった。これじゃあクロウと変わらない。思わず顔を逸らしてしまえば、それですぐにわかってしまったようで「一緒じゃねぇか」と笑われてしまった。何とも気まずい思いをしながら、そこでどうしてクロウがこんな遅くに私の部屋を訪れたのかが気になった。その疑問を口にすれば、クロウは「話をごまかすなって」と笑いながらも、「顔が見たくなった」と答えてくれた。その返答には呆れてしまう。


「さっきもあったばかりじゃない」

「夕飯の時は別だろ。みんないたんだし」


 そう告げるなりいたずらっ子のような笑みを浮かべ顔を近づけてきた。そんな風に言われてしまっては「あぁそう」とは簡単にはこたえられない。それがわかっての言葉のようにも思えるのでやっぱりこの男には呆れてしまう。

 吐きかけたため息はクロウに飲み込まれてしまい、私は心の中にそれをとどめた。


 結局私たちは将来のことなど話せないのだ。先が見えないからでなく、互いの事情から、打ち明けることができない。それがわかったのはお終いのカウントダウンが始まった後で、その時にはすでにどうにもならない状況だった。残念だね。でも仕方ないね。そうとしか言えないのが私たちだ。どうすれば良かったんだろうねなどとは間違っても言えない。言えないのが、私たちなんだ。




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