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大変お待たせしておりますm(__)m
腰椎骨折で全治3ヶ月とか、仕事が忙しくてとか、色々重なってしまい、本当にすみません!
また、少しずつ書かせていただきたく思っております、よろしくお願いします!
いただいた感想は、次回までにお返事させて頂きます、いつもお読み頂き、ありがとうございます!
その頃、侯爵家ではーーー
執務机に座った侯爵は、両手を組んで目を瞑ったまま、長いため息を吐いた。
エレノアの所在は全く掴めない。まるで煙のように消えてしまった娘。
エレノアの交友関係はある程度は把握しているものの、取り立てて親しく交流している令嬢はいなかったようだった。
すでにひと月近く経ったというのに、内々に我が家でお世話しているという他家からの連絡もない以上、市井にいるとしか思えないが、侯爵令嬢として生きてきたエレノアが、市井で庶民の中に溶け込めるのかは怪しかった。
控えめなノックの音の後、入室の許可を与えると、アンヌが入ってきた。
「旦那様、エレノア様はまだ……」
「ああ、どこにいるのか、見当もつかない」
「そうですか」
「アンドレイはどうしている?」
「今はお昼寝中ですわ、今日も朝からご機嫌で……」
「そうか」
アンヌの言葉に侯爵は満足げに頷いたが、どこか表情は暗いままだ。
「何か、私でお力添えが出来ることがありましたら、お申し付けくださいませね」
「ああ、ありがとう」
力なく答えた侯爵を労わるような笑みを零し、アンヌは執務室を後にした。
(それにしても、エレノア様はどこでどうしていらっしゃるのやら……)
アンヌにとっては義理の娘であるエレノアだが、侯爵よりは年齢が近いせいか、義母というよりは義姉に近い感覚で接していた。
エレノアは突然現れた義母であるアンヌに対して、疎んじることもなく、礼儀正しく接してくれていた。
どこかぎこちない侯爵とエレノアの関係を目の当たりにし、少しずつでも歩み寄れるように、なんとか出来ないだろうかと気を揉んでいた矢先にアンドレイを授かったアンヌは、初めての出産ということもあって、自分のことで手一杯になってしまい、エレノアを気に掛ける余裕がなくなってしまったことを悔やんでいた。
親切な人に助けられているといいのだけれどーーー治安のよい王都とは違い、地域によってはならず者が多いとも聞く。アンヌはエレノアが無事でいてくれることを心から願っていた。
*****
王城の一角、王子の執務室では、側近のウィリアムがジークフリードに婚約者候補について説明を行なっている真っ最中だった。
「こちらがそのリストになります。筆頭はラグナム侯爵令嬢レティーシア様、サージェント侯爵令嬢エレノア様、続きましてフラム伯爵令嬢...」
「ウィル」
「はい、なんでしょう?」
「それを延々と読み上げるつもりか」
「ええ、もちろんですが」
ジークフリードが半目で睨んでいても、全く気にした素振りも見せず、ウィリアムはケロリとして答えた。
「殿下、この際ですから申し上げますね。そもそも殿下がさっさとお決めにならないからなのですよ?以前から機会はいくらでもあったはずです」
「わかっている」
ジークフリードはこの国で王位継承権第一位の王子である。婚姻と同時に、正式に王太子となる。
いずれ王位を戴く身として、次代を繋げるのも大切な役割だと、理解していた。政は独り身でも熟せるが、子を成す事は一人では不可能である。
ジークフリードは執務机に肘をつき顎をのせて、一つため息を吐いた。
「殿下の仰りたい事は心得ておりますよ、またあの少女のことでしょう?」
訳知り顔でそう言うウィリアムの顔をジークフリードは胡乱な目で眺める。
「エリーの事は諦めた」
「心にもない事を。妃選びにも全く身が入ってないではありませんか。王妃様に小言を言われる私の身にもなってくださいよ」
ウィリアムは一つため息を吐くと、仕方がないとでも言うように、肩を竦めた。
「このリストをご覧になって、何かお気付きになる事はありませんか?」
ウィリアムにそう言われて、横目でリストを眺める。貴族の顔と名前は概ね一致している、何を気付けと言うのか...と、そこで一人の令嬢の名前に目を留めた。
サージェント侯爵令嬢、エレノア。
名前はもちろん知っているが、顔が思い出せない。
「サージェントの娘...」
「さすが殿下!よくお気付きになられましたね!」
ウィリアムは満面の笑みを浮かべている。何がそんなに嬉しいのか、ジークフリードにはさっぱり理解出来ないが。
「サージェント侯爵令嬢エレノア様は、昨年までは候補に上がっておりませんでした。唯一のお子だったからなんですが、実は侯爵が娶った後添えが男児を産んだそうで、後継から外れたのですよ」
「なるほどな」
そういう事情なら王妃主宰の茶会にも招ばれる事はなかっただろう、それで覚えていなかったのか...いや、それにしても全く記憶にないというのはどういう事なのか、とジークフリードは不思議に思う。
「まぁ、ありがちな話ではあるな」
「......殿下」
ウィリアムが呆れたような顔をして続けた。
「殿下が憎からず思っておいでの少女とは、どちらでお会いになったんでしたっけ?」
ここで唐突にエリーの話を振られて、一瞬何のことを言われているのかわからなかったジークフリードだったが、ウィリアムの言葉にハッとして目を見開いた。
ウィリアムは大きく頷く。
「そうです、当時の宰相様の御領地のお隣はサージェント侯爵領。殿下のお見立て通り、使用人の娘なら、エレノア嬢は何かご存知かもしれませんよ?」
ジークフリードは椅子を蹴倒す勢いで立ち上がった。
あの日の事を忘れた事などなかった。
ジークフリードの代わりに怪我をした少女。
あの時、咄嗟に自分を庇ってくれたにも関わらず、護衛の者たちに守られて、その場を去らなくてはならなかった。どんなに泣き叫んでも抱えられ、一目散に連れて行かれてしまった。
その後、護衛として仕えていた者たちは処罰され、それぞれ近衛を外れて一兵卒になってしまい、あれ以来会う事も叶わず、少女がどうなったか、聞くことすら出来なかったのだ。
サージェント侯爵には内々に問い合わせたものの、そういう者はいないと言われ、彼女を探す事は出来なかった。
「エレノア嬢に是非一度会いたい」
「そう仰るだろうと思いました。ですが、リストにある御令嬢には平等にお会いになって頂かなくてはなりませんよ」
「わかっている、また母上主宰の茶会を開いて、そこに偶然訪れればいいのだろう?」
まどろっこしい事この上ないが、これも政治的なバランスを保つには重要な事だというのはジークフリードはきちんと理解している。
だが、逸る気持ちは抑えられない。
エリーに会えなくても構わない、元気でいるのかどうかだけでも知りたい...その為にはエレノアに一刻も早く会わなくては。
「ウィル、母上のところに行ってくる」
「お供致します」
ジークフリードは執務室を足早に出て、王族の私室のある内宮へと向かうのだった。
*****
侯爵は焦っていた。
王家からエレノアが王子の花嫁候補としてリスト入りしたと書面で通知が来た日には、本人は屋敷から出奔していたからだ。
おまけに王妃主宰の招待状まで届いては、どう言い訳したものか、と頭を悩ませていた。
「エレノアは見つかったか」
もう何度目かわからない問い掛けを、執事であるルーカスに投げる。
「申し訳ございません」
「あの娘は一体どこへ消えた?何が不満だ、一体何が!」
「...旦那様」
「なんだ」
「恐れながら、お嬢様のお気持ちを考えられたことはございますか?」
「どういう意味だ?」
侯爵に睨まれながらも、ルーカスは続けた。
「ジュリア様が亡くなられてからの旦那様のお辛い気持ちは、私共もよく存じております。ですが、お嬢様にとって、お母上亡き後、頼れるのはお父上たる旦那様お一人だったのです。その事に気付いておられましたか?」
「......わかっておる」
「本当でしょうか?お嬢様を抱きしめて差し上げた事がおありですか?涙を拭って差し上げた事は?夜、ベッドで声を殺して泣かれるお嬢様をお慰めになられた事はございますか?」
侯爵がどれも実行に移していない事は百も承知の上で、ルーカスは敢えて問うている。
そしてそれは、確実に侯爵の心に衝撃を与えた。
「旦那様がジュリア様を亡くされて、長い間、深い悲しみの淵にいらした事は重々承知しておりますが、同じように、お嬢様も悲しんでおられたのです。ひと時でも、悲しみを分け合っていらっしゃれば、お嬢様はお屋敷を出る事もなかったやもしれません」
ルーカスの言葉に、侯爵は項垂れるしかなかった。
「今の旦那様には、アンヌ様とアンドレイ様がいらっしゃいます。もう、ご自分は不要だと思われたのだとしたら...」
「馬鹿を言うな!エレノアはジュリアの忘れ形見だぞ!不要などと思うはずがない!」
そう言いながらも、今まで、自らの心の内をエレノアに話してこなかったのだ、エレノアがそう結論を出すのも無理はない、と思い至り、途端に手が震え始めた。
「まさか...馬鹿な真似をしでかして...」
侯爵の手の震えなど視界に入ってはいないのか、ルーカスは淡々と告げた。
「今のところ、お嬢様に似た死者が出たという話は聞いておりません」
どこまでも冷静な執事に侯爵が途方に暮れたような顔を向けても、彼は動じなかった。
「旦那様には心当たりなどお有りになるとは思えませんでしたので、乳母の他に乳姉妹にあたるターニャにも使いを出しましたが、なにぶん隣国に嫁いでおりますので、少々時間がかかるかと存じます」
更にチクリと嫌味を言われて、侯爵は何も言えなかった。
「旦那様。もし、お嬢様がお戻りになられたら、何もおっしゃらず抱きしめて差し上げてくださいませ。いくら私共がお慰めしたところで、お嬢様のお心には届きませんでした。やはり、お父上である旦那様の温もりが、お嬢様には必要でいらっしゃるのだと存じます」
それだけ言うと、ルーカスは一礼して執務室から出て行った。
置き去りにされた侯爵は、今更ながら娘に対して向き合って来なかった自分を情けないと思いながら、今はただ、娘の無事を祈ることしか出来なかった。
*****
「今日はここらで泊まるか」
「そうだな」
エレノアの旅は概ね順調に進んでいた。
ボリスという男はやはり世話好きで、なんやかやとエレノアを気遣ってくれていた。
クレムスからラント、そしてマラヤに辿り着き、明日には王都に入る。
宿屋ではお馴染みの二人で一部屋ずつ取ってから、食堂で夕餉を摂っている時、エレノアはなんとなしにボリスに尋ねた。
「そう言えば、あんたの仕事って何なんだ?」
「俺か?」
「ああ」
ブレゲーネの国内の事はともかく、アールベルク国内の事情にも詳しかった。商人にしては荷物もない、この男は何を生業としてるのか、不思議で仕方なかったのだ。
「まぁ、エルマー坊ちゃんの素性を知っててこっちが明かさないのもフェアじゃねぇかもな」
そう言って歯を見せて笑うと、ボソリと呟いた。
「とてもそうは見えねぇかもしれんが、俺は騎士だ。両国の連絡係みたいなもんだな」
「そうだったのか」
ボリスの言う通り、とてもそうは見えない。一歩間違えればならず者と言えなくもなかった。
エレノアが心底驚いているのを見て、ボリスは微妙な顔をする。
「もしかして、ロクなもんじゃねぇと思ってたのか?人は見かけによらねぇ場合もあるんだぞ?」
「確かに」
エレノアが神妙な顔をして頷くと、ボリスはまた笑った。