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魔物の街 152

「さてと……これで失礼しますね」 

 老人の一言にようやく要は視線を上げる。

「あ!……ああ……」 

 自分の隠していた地がばれたことに気づいてうろたえる要。それをニヤニヤしながら見上げる嵯峨。この見慣れた光景を見ている老人の表情に、安心したような表情が浮かんだのを見て軽く頭を下げた。

 誠の行動ににこりと笑って答えた老人。

「本当にすいません。西園寺はこういう奴なので……」 

 抗議するような視線の要を無視してカウラが老人に頭を下げる。

「いえいえ、素敵な人達ばかりで……アイツもあなた達に見送られて逝ったなら幸せだったんでしょう……」 

 再び目に涙が浮かぶ老人。そんな彼の肩を叩く明華の姿にそれまでの騒がしい応接室は沈黙に包まれていた。

「ああ、湿っぽいのはここには似合いませんよね。じゃあ、西園寺大尉には一つだけお願いをしたいのですけど……」 

 老人は涙を拭うと笑顔を作って黙り込む要を見つめる。

「ああ、できることなら何でもしますよ」 

 嵯峨を折檻するのをやめて立ち上がった要。真剣なタレ目が見える。

「うちの店に……新港で営業始めますから。是非来てください」 

 要は大きく頷くがすぐにシャムと吉田を振り返った。

「要ちゃんのおごりだもんね!」

「違うだろ!」 

 シャムを怒鳴りつける要だが、隣の吉田やアイシャは大きく頷いてシャムのそばに一歩近づく。

「わかりました。新港に行くときは西園寺のおごりでうかがいます」 

「何勝手に決めてんだよ!カウラ!」 

 真剣な顔でカウラにまでそう言われて今度は要が泣きそうな顔になる。そんな光景をうれしそうに見守る老人。

「では、お世話になりますね。これからも」 

 そう言うと一礼して老人は出て行った。

「たいへんだなあ……要坊」 

 タバコの箱をポケットから取り出しながら応接室のソファーに座っている嵯峨がニヤニヤと笑う。

「まあうどんは嫌いじゃないからな。仕方ねえけど一回分くらいはおごってやるよ」 

 その要の言葉に目を輝かせるシャム。

「たいへんですね……西園寺さん」 

 誠は思わずそう言うが振り向いた要の笑顔の中で目が笑っていないことに気がついて口をつぐんだ。

「おう!それじゃあ練習するか」 

 要はそう言って立ち上がる。誠もカウラもその言葉の意味が分からずにいた。

「そうね、あの人はパーラに連絡とって駅まで送らせるから」 

 察して立ち上がったパーラはそう言うと腕の端末を掲げている。

「ランニングからですか?いつもどおり」 

 吉田の言葉にようやく要が言い出した練習が野球部のものだとわかって誠は嵯峨に目をやる。

「いいんじゃないのか?俺もしばらく運動してなかったしなあ」 

 立ち上がって伸びをする嵯峨に冷たい目を向ける安城。その厳しい表情を見て諦めて腰を下ろす嵯峨。

「安城隊長。ランニングくらいならいいんじゃないですか?どうせ隊長の運動不足解消の必要があるのは事実ですから」 

 含み笑いを浮かべて嵯峨を見やるのは小さなラン。

「そうね、十キロ走の訓練があるんでしょ?それに隊長自ら参加するのも悪くない話かもね」 

「秀美さん……それは無いですよ」 

 そう言いながら苦笑いを浮かべる嵯峨。大きな亀を抱えたシャムがニコニコ笑いながらその光景を見守っている。

「じゃあ全員着替えてハンガーに集合!」 

 要はそう言って足早に応接室を後にする。

「しゃあねえなあ……」 

 諦めたように嵯峨は立ち上がって屈伸運動を始める。

「それじゃあお先に失礼します!」 

 誠はそう言うとそのまま応接室を後にした。そこには彼を待っていた要の姿があった。

「要さん……」 

「なんだ?」 

 問いかけにぶっきらぼうに答える要。そこにはいつもの要がいる。先ほどまでの飾った姿ではなく、アイシャが言う『底意地の悪そうな表情』の要に誠は安心感を覚えた。

「とりあえず十キロ走って……お前はヨハンを立たせて50球ぐらい投げるか?」 

「やっぱり走るんですね」 

「そりゃそうだろ?安城隊長が見てるんだ。叔父貴も嫌とは言わねえだろ」 

 そう言うと要は女子更衣室に向かう。

「ご愁傷様!」 

「お前も走るんだよ」 

 遅れて出てきたアイシャ、それに声をかけるカウラ。ただ黙ってうつむいて男子更衣室へとぼとぼと歩む嵯峨。

「隊長」 

「ああ、気にするなって。運動不足を何とかしたかったのは事実だしなあ」 

 そう言った後大きなため息をつく嵯峨。再び取り戻した日常に誠はただ半分呆れながら足を突っ込んでいく自分を感じているだけだった。



                                  了




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