魔物の街 144
「兄さん、良いんですか?またクラウゼ少佐達が何か始めてますよ」
そう言うと兄の顔を見ながらソファーに腰掛ける管理部部長高梨渉参事。その隣では湯飲みに茶を注ぐ技術部部長の許明華大佐がいた。
「まあいいんじゃないの?アイツ等も俺等の仕事が結局何が出来るのか、何が出来ないのか。今回のことでわかったんじゃないかな?結局事件が起きなきゃ動きが取れない、終わったときには被害者の涙ばかり、あんまりおいしい仕事じゃ無いってことだよ俺達のお仕事は」
嵯峨はうまそうに羊羹を頬張る。その姿に大きくため息をつく安城。
「いつのもことだけど……そんな部下の使い方しているとそのうち足元掬われるわよ。今回の事件だってあの化け物の登場くらいは予想してたんでしょ?」
その声に頷きながら明華が湯飲みを高梨に差し出す。目の前の湯飲みを包み込むようにして持った高梨は同意するように大きく頷いた。
「なに、忠告したってやることは同じなんだからさ。まあ俺は隊長なんて柄じゃねえことはわかっているんだ。今回だって辞表を司法局長に提出したんだけどさあ……」
「また握りつぶされたの?これで何度目?」
噴出す安城に情けない顔をしてみせる嵯峨。明華も呆れたようにその光景を見つめていた。
「でも今回はかなり事後処理に手間取りそうですね。東都軍部の上層部。兄さんが脅しをかけた連中は全員諭旨免職処分になったそうですが」
「身分が自由になれば好き勝手なことを言い出しかねないってこと?まあそれを相手にするほどマスコミも暇じゃないでしょ。まあ地球人至上主義のネットユーザーが騒いで終わりよ」
安城の一言を聞いても納得がいかないというように頭を掻く高梨。そんな小太りのまるで兄の嵯峨とは似たところの見えない彼から嵯峨に明華が視線を移した。
「けど……今回の厚生局の違法研究のデータが流出した件の方が軍幹部の政治ゲームよりももっと重要な事件だと思うんですけど」
その言葉を聞くと嵯峨は一口目の前の湯飲みの茶を口に含んだ。
「直接応用しようなんて動きは無いでしょうけど……まあ警戒しておくに越したことは無いわね。その辺は本局の調査部に連絡しておくわ」
そこまで言うと安城はじっと嵯峨の顔を見た。明らかに納得がいかないというように手元にあった書類の角をぴらぴらとめくっている同僚に不思議そうな視線を向ける。
「何か気になることでもあるの?」
安城の言葉に顔を上げた嵯峨。相変わらず納得がいかないと言う表情で高梨、明華と目を向けて、そしてそのまま天井を見つめる。
「俺はさあ。人体実験の材料にされたことがあるからわかるんだけどさ。今回の事件であの化け物の材料にされた被害者いるだろ?シャムの奴は自分達の制御が出来なくなった彼らが誠に止めを刺してくれって言ってたっていうんだけどさあ」
「ナンバルゲニア中尉らしい話ね」
そう言うと安城は手にした湯飲みを口に運ぶ。
「だとしたらそんな言葉がなぜ周りの研究者に聞こえなかったのかなあって思うんだよね。俺の場合は意識があったから注射針とか突き刺してくる連中をにらみつけてやったら結構びびってたよ」
嵯峨の口元に微笑が浮かぶ。それを見てため息をつく安城。高梨は黙って茶を啜り、明華はポットから急須に湯を注いでいた。




