魔物の街 138
誠が少し感覚を取り戻し始めたとき、急に合同庁舎の車止めの一部が陥没した。
『神前曹長!例のプラントの確保に失敗したとクバルカ中佐からの通信だ!出てくるぞ』
カウラの声に緊張の色が見える。それまでただ装甲車両から指示を出していた彼女が誠の後ろで装甲車両から降りて指示を出しているのが見える。
誠はそのまま陥没の土煙の中に目を向けた。
『あんなにでかいのか?』
痛い誠の05式のモニターの画面を受信しているらしく、要の表情が驚きに包まれる。
「これが……」
そこまで言うのが誠には精一杯だった。まるで巨大ななまこのような物体。そこからは無数の人の手足、そして顔のようなものまで見て取れた。しばらく息を呑んでいた誠。そして次の瞬間、衝撃波が誠の機体を襲った。
「なんだってこんな!」
誠の気持ちはもはや届くことは無かった。18メートルの誠のアサルト・モジュールを優に超える巨大な肉の塊がぞろぞろと地下から這い出してくる。
全身から取り込まれた法術適正者の足や腕、かつてそれが人間と呼ばれていたときの記憶のようなものを感じさせる突起を全身に配した褐色の不気味な海鼠に似た怪物。それが今誠の目の前にあった。
「どうしたらいいんですか!」
東都警察の機動隊の照明で明かりを浴びて伸び上がろうとする目の前の物体を前に誠が叫ぶ。
『法術兵器だ!サーベルは使えるからそれで行け!』
カウラの叫び。ようやく誠も理解して大破した07式に突き立てていたサーベルを引き抜いた。
「ムゴー!!」
雄たけびのようなものを上げる巨大な海鼠のような物体。そしてそこに渦巻く取り込まれていた人々の思いが誠を襲う。
東都に来れば仕事がある。そう言われて東海のシンジケートに借金をして東都に渡った若者。生まれたときには不法入国者として租界のにごった空で身体を売って暮らしていた少女。法術が何かの足しになるかと誘いに乗ってみた七人の子持ちの父親。それらの過去が誠の頭の中を走馬灯のように走った。
「やるしかないのか……」
目の前の物体の総合としての意思はただ意識を持つものをうらみ、ねたみ、そして破壊すると言う本能だけの物体だった。
サーベルを構える誠。その目の前で肉塊はじりじりと間合いをつめる。衝撃波を放たないのはそれで誠の05式を仕留められないということを学習したからだろう。
『干渉空間発生!下がれ!』
カウラの声で誠は機体を飛びのかせた。切断された空間が都心のアスファルトを削り取りビルを寸断する。
『やばいぞ!あれに巻き込まれたらオメエの機体ももたねえぞ!』
要の指摘を受ける前からその可能性は誠は認識していた。そしてそこに目の前の肉塊が気づくだろうと言うこともわかっていた。
『やばいな。こちらは飛び道具無し。そして次々と干渉空間を展開されれば……』
そんな誠の思いを理解したかのように再び干渉空間発生の感覚が誠を襲う。
再び飛びのいてカウラの装甲車両の前にまで後退した。後ろには07式のパイロット確保の為に集結した東都警察機動隊がひしめいている。誠はこれ以上下がることができないと考え直してサーベルを構えて目の前の肉塊に向き直った。




