魔物の街 134
「ったくー!急に止まるんじゃねえよ」
頭をさすりながら長身を折り曲げてどうにか自分の愛車のスバル360から降りた嵯峨は、運転席から満面の笑みで降りてきた部下アイシャ・クラウゼ少佐に泣きそうな顔をして見せた。
「なら買い換えれば良いじゃないですか。……と言うかこんな古い車、よくナンバーが取れましたね」
呆れたようにアイシャは上司の溺愛する軽自動車を見下ろした。骨董品と言うよりもはや産業遺産とでもいえるこの車。安全上の観点から車両検査を通ったことが不思議に思える代物だった。
「なあに、見た目はこうだがレプリカだよ。ボディーは強化チタニウム製。ラビロフのでかい四駆の三倍の値段が付くぞ」
そう言って嵯峨は東和陸軍の裏庭に停めた車から裏門へと向かった。
「ここに来ると聞いてから……大体の今回の事件の大枠が見えてきたんですけれどやっぱり東和陸軍のはねっかえりが絡んでましたか」
アイシャはそう言いながら立っている二人の歩哨の背の低い方に身分証を渡した。
「保安隊の方ですか……誰とご面会ですか?」
「決まってるだろ?細野陸幕長だ」
そう叫んだ嵯峨を見て長身の歩哨の顔がゆがんだ。しかし、身分証を見ていた兵士が彼に耳打ちするとその顔色は水銀灯の光のせいばかりではなく明らかに青ざめていくのがアイシャには痛快だった。
「しばらくお待ちください」
「え?一刻を争う事態だぜ。場合によってはこの建物の……」
「隊長は黙って!居留守は無駄よ。こちらもちゃんと行動を把握してから動いているんだから」
アイシャの穏やかな声の調子がさらに二人の兵の恐怖を煽った。
「しばらくお待ちください」
長身の兵士がドアを開いて消えていく。その様子を満足げに眺めた後、アイシャは今にも失禁しそうな表情を浮かべている小柄な兵士を見下ろした。
「隊長が動くとねえ。一応、元遼南の皇帝なんだからもう少し自覚してもらわないと」
迷惑そうな顔で見つめてくるアイシャに嵯峨は頭をかきながらうつむく。
「一応はねえだろ?まあ王侯貴族なんていうのはなるもんじゃねえぞ。面倒ばっかりだって言うのに感謝もされないどころか自称政敵なんていうのが出来てきて友達が少なくなる。損ばっかりだよなあ、兵隊さん」
嵯峨がタバコを手に取ると何を思ったのか歩哨はポケットからライターを取り出した。
「あのー俺も持ってるんだけど」
そう言って嵯峨がライターを取り出すと同時に先ほどの長身の兵士が手に通信端末を持って飛び出してきた。
「ほう、直接は嫌なんですか……シャイだねえ」
嵯峨はアイシャに肩をすぼめて見せた後、兵士に両手で端末を持たせたまま画像を開いた。




