魔物の街 126
「そこでそのロン毛がねえ……」
そう言うと映像が切り替わる。それは中国古代王朝を思わせる遼南朝廷の皇族の衣装に身を包んだ男の姿だった。そしてその表情の見ているものを憂鬱にさせるような重苦しい雰囲気に一同は息を呑んだ。
「お前等も知ってるだろ?遼南王朝初代皇帝ムジャンタ・カオラ。カオラが王宮を出た後、帝位には次男のジェルバが付き、惣領のシンバは王朝を追われたその息子がこいつ、廃帝ハド」
「その廃帝の写真ですか。なるほど、仙なら年を食わないというのも当然か……おっと自分で言うのもなんだろーなー……」
ランはそう言いながらソファーの下に足を伸ばす。小さな彼女では当然足は宙でぶらぶらとするだけだった。
「ちょっと待って下さいよ!でもこの人達は法術師でしょ?それがどうして……あんな仲間を実験材料にする連中と手を組んだんですか?」
ためらうような誠の声に一同の視線が嵯峨に集まる。
嵯峨は頭を掻きながら画面を消した。
「まあお前さん達の気持ちも分かるよ。こんな正気の沙汰とも思えない計画を誰が考え、そしてそこで生み出された化け物を誰が囲おうとしているのか。それがはっきりしなけりゃ今回の研究を潰したところで同じことがまた繰り返される……と」
タバコをくわえていた嵯峨が火をつけるために一服する。だが誠達の視線はそんな落ち着いた様子の嵯峨を見ても厳しさを和らげることは無かった。
「ここからは俺の推測だってことをあらかじめ断っておくよ。まあ推測だから断定しない言い方をするからって責めないでくれってわけで……」
そう言うと嵯峨は天井に向けてタバコの煙を吐いた。
「今回の事件には三つの勢力の意図が関係している。そう俺はにらんでいるんだ。一つはお前さん達がこれから潰しにいく研究開発を行っていた組織……と言うかその研究成果そのものがその組織の価値と同じ意味を持つわけだがね」
あいまいな言葉遣いに誠は首をひねった。
「素質のある素体をいかにして自分の望む能力を持った法術師にするかと言うノウハウだ。遼州同盟厚生局がそれを独占しようとしているみてーだがまず無理だな。流出するぜ」
ランはそう言って誠を見つめた。
「そして流通した技術を見て遼州人を便利な道具か何かと考える思想が生まれる。丁度、私達の存在が兵器でしかないのと同じように」
カウラの声が冷たい。
「私達の髪の色が自然な地球人のそれと違うのは、私達が人間じゃなくて戦争の道具だっていうゲルパルトの地球人至上主義勢力の思惑だしねえ」
「アイシャさん」
アイシャの言葉で誠は嵯峨が後手を踏んだという意味を理解した。
『近藤事件』以後、東和政府は国民に法術適正検査を実施した。そして遼州人で潜在的に法術適正を持っている割合が4パーセントであるという事実も知った。そしてすでに法術適正をめぐる差別や対立がネットの世界を駆け巡っている事実も知ることが出来る位置にいた。
「必然的に同盟は割れる。力のあるものだけが生き残る世界に……」
導かれる結論として誠の口からはそんな言葉が漏れた。




