魔物の街 122
同盟司法局ビルの地下駐車場に車を停めたカウラがそのままエレベータへ向かうと、入り口近くの喫煙所でタバコを吸う嵯峨の姿を三人は見つけた。
「おう」
そう言って軽く左手を上げた嵯峨の表情。明らかにその視線は疲労の色を帯びているのが誠にも分かった。いつものようによれよれのトレンチコートにハンチング帽をかぶり、めんどくさそうに火のついたタバコを備え付けの灰皿に押し付けている。
「隊長、お疲れのようですが」
「おい、ベルガー。それは俺の台詞だよ」
そこまで言って嵯峨が大きくため息をついた。そしてそのまま誠に向ける瞳にはいつものにごった嵯峨の視線が戻っていた。
「茜のとこの会議。俺も出ていいかな?」
それでも明らかに余裕を感じさせない嵯峨の態度に誠は苦笑いで答えた。それを見ていつもなら噛み付いてみせる要も苦笑いを浮かべながらカウラを見上げる。
「私達にそれを拒否する権限はありません。茜さんに聞いてください」
そう言って敬礼をしてそのまま横を通り過ぎようとするカウラを見て呆然と口を開けていた嵯峨が慌てたように三人の後についてくる。エレベータが開き乗り込むときも妙に卑近な笑みを浮かべながら嵯峨はおとなしく付き従っていた。
「今回はマジでごめんな。俺も完全に裏をかかれたよ」
そう言って帽子を手にして苦笑いを浮かべる嵯峨。その弱弱しい笑みを見て誠は嵯峨が珍しく本音を吐いたと直感した。
「いつも人の裏ばかりかいているからじゃないですか?」
振り返って嵯峨を見つめるカウラの鋭い視線に嵯峨は目をそらした。エレベータが減速を始め、止まり、そして扉が開く。すでに定時を過ぎたとは言え、法術犯罪の発生により同盟司法局のフロアーには煌々と明かりがともされていた。端末に向かい怒鳴りつけるオペレーター。防弾チョッキを着込んで出動を待つ機動隊の隊員。
「あちらさんも大変みたいだ」
嵯峨が指差す先では遼南軍の制服の兵士達が仮設の端末の前で囁きあっている。
「裏をかかれたのはライラの姉貴のところも同じだってことだろ?」
黙っていた要はそう言いながら先を振り向かずに司法局長室に続く廊下へと向かった。次第に背後の喧騒から解放された誠達の前に調整本部長でもある明石が自室から出てきた姿が目に入った。
「あれ?おやっさん」
不思議そうな表情で嵯峨に敬礼する明石を見て、部屋の置くから茜が顔を出した。
「お父様、何しにいらしたのかしら?」
「おいおい、ひでえ歓迎だな。俺がいるのがそんなに不服か?」
苦笑いの嵯峨。トイレに行くのだろう、そのまま明石は廊下を誠達が来た道を戻る方向に素早く歩き始める。
「おう!雁首そろえての密会に俺を誘ってくれないとは……つれないねえ」
「隊長。暇なんですか?」
嵯峨の言葉にやり返すランだが、隣にはうつむいているサラの姿があるのを見て全身に緊張が走るのを誠は感じていた。




