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魔物の街 113

「なんやかんや言いながら、アイツも司法捜査官なんだな。ちゃんとここからなら動きが良く見えるわ」 

 納得するようにカウラのスポーツカーの窓からマンションを眺める要。東都理科大での一般教養科目の生物学の講義を終えて片桐博士が自宅のマンションに帰っていた。茜の指示でその三階の部屋の明かりを見ながら要はあくびをしていた。

「一般教養科目の講師か。確かに屈辱でしかないだろうな」 

 カウラの声に誠も頷く。

 東都理科大は誠の母校だった。理系の専門大学の私大では東和でも一番の難関大学である。専門課程の研究室の准教授が高額の研究費を貰っているのに対して教養科目の講師の立場があまりにも低い待遇なのは誠も知っていた。

「しかし……男の影も無いのかよ?寂しいねえ」 

 まるで自分のことを考えずにつぶやく要に思わず噴出すカウラ。だがそれは要の耳には届かなかったようで彼女はひたすら車の中から夕闇に明かりの目立つ片桐博士の部屋を見つめていた。

「西園寺。あのマンションの訪問者の画像データは?」 

「当然手に入れたに決まってるだろ?あのオバサンがらみはとりあえず無し。これじゃあライラさんの部隊や東都警察の連中もすぐに手を引くだろうってことが分かるくらい綺麗なもんだ」 

 要の言葉と共にカウラと誠の端末にデータの着信を知らせる音楽が流れる。誠の深夜放送のアニメの主題歌が流れる端末を見て、要が監視をやめてニヤニヤ笑いながら助手席の誠を見つめてくるが、誠は無視してそのままデータを開いた。

「綺麗と言うか……この数ヶ月の間誰も訪れていないじゃないですか」 

「なんならお前が行くか?『お姉さんさびしいでしょー』とか言って」 

「そう言う話じゃなくて!」 

 要の冷やかすような視線を避けて誠は片桐女史のマンションを見上げた。築3年、東都の湾岸沿いの再開発で作られた新築マンション。博士号を持つ新進気鋭の研究者にはふさわしいといえるが、最近はすっかり研究から取残された知識人が住むには悲しすぎる。そんな感じを受けるマンションだった。

「あのさあ」 

 そう言って軍用のサイボーグらしく眼球に備えられた暗視装置でもなければ見えないような暗がりを見つめていた要の声が車内に響く。

「もし、オメエ等が一言の失言ですべての地位を失ったらどう考える?」 

 静かな調子で要がつぶやく。その言葉にはそれまでの軽口の調子はまるで無かった。

「考えたことも無いな」 

 運転席のハンドルにもたれかかりながらカウラはすぐに答えた。誠は突然の言葉に要に視線を向けていた。

「僕は……」 

 要は視線を薄い明かりの漏れる片桐博士の部屋に向けたままじっとしている。誠はしばらく要の言葉の意味を考えていた。

「簡単な言葉で済みませんが絶望するでしょうね。この世のすべてに……」 

 飲み込んだ誠の言葉が耳に届いたのか軽く頷くと要の表情に笑みを浮かべる。

「だろうな。カウラ、アタシにも一缶よこせ」 

 要はそう言うと視線を動かさずに手だけをカウラの手元に向けた。

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