魔物の街 109
腕組みをして椅子に座るヨハンだが、明らかに重すぎる体重に椅子が悲鳴を上げていた。
「ああ、おそろいでどうも」
振り返ったヨハンに頭をかきながら正面に座るのはカウラだった。
「俺は何もしてませんよ」
「なにか?何かをするつもりはあったってことか?」
ニヤニヤ笑う要に島田は硬直したように静かに視線を落とした。
「まあ茜ちゃんを待つ必要も無いでしょ。私達が来た理由は島田君から聞いてるでしょ?」
アイシャの言葉にヨハンは頷くとそのまま端末に手を伸ばした。
「確かに今回の研究と関連する論文を書いている研究者はそう多くは無いな。地球人に無い能力を遼州人が持っているということになれば混乱は必至ということで、ほとんどの研究発表は秘密裏に行われていたからな。オカルト連中と仲良くやれって言われたこともあったよ、俺が研究所にいたときは。もっとも神前が『近藤事件』であれだけ派手にアピールしたおかげで今や人気課題だ。どこにでも相当研究費を出したい連中がいるらしいけどな」
そうつぶやきながらヨハンのむくれた指が器用にキーボードを叩いている。
そして画面には顔写真つきの資料が並ぶ。三人の比較的若い研究者のプロフィール。誠達はそれに目を向けていた。
「茜さんの資料と東都近辺に勤務している研究者と言うことで絞り込むとこの三人だ。全員若手の法術研究者としてその筋では知られた顔だがね」
そう言って笑うヨハンを無視して誠達はそれぞれの個人の携帯端末の三人の情報を落とし込む。
「若いってことは野心もあるだろうからな。人間を研究する法術関連の技術開発だ。金はいくらでもほしいだろう」
要はそう言うと三人の顔を表示させて見比べている。めがねをかけた細身の四十くらいの男。三十半ばと言う目つきの悪い女性研究者。少しふけて見える生え際の後退した男。
「人となりは茜が来てからでいいか?」
そう言うと再びヨハンは端末に手を伸ばした。その次の瞬間部屋のセキュリティーが解除されて茜が姿を見せる。
「おい、無用心だぞ。アタシの端末にもオメー等の情報が落とし込まれているぞ。少しは配慮ってものをしろよな」
苦笑いを浮かべた子供の様に見えるランがそのまま彼女の小さな体には大きすぎる椅子に登るのを萌えながら誠は見守っていた。
「そうはいいますが神速が必要な時期でしょ?」
そう言って平然と三人の顔写真から目を離そうとしない要。
「シュペルター中尉。とりあえずこの三人に絞り込んだ理由を聞かせていただけなくて?」
茜の声に頷いたヨハンはそのまま全員の携帯端末の画像に資料を落とし込み始めた。
「法術の基礎理論の開発の歴史をちょろっとやってそこから現在の研究の流行なんかを語ることになりますが……」
「別に勉強してーわけじゃねーんだ。さっくり説明してくれりゃーそれでいい」
ランの言葉にヨハンは静かに頷いた。




