魔物の街 107
「どういう人物なんでしょうか?」
そのまま寮を出て駐車場のカウラの車にいつもどおり後部座席に要とアイシャが座り、誠は助手席でそうつぶやいていた。
「人体実験だからな、今回のは。研究者の矜持で動いているんじゃねえの?まったく迷惑な話だな」
要は無関心そうに動き出した車の振動に身を任せている。アイシャは誠に見つめられると首を振っていた。
「あっさり引くなよアイシャ。お前も私もこの前の肉の塊に変化した少女と違いは無いんだ」
ハンドルを切りながらカウラが言った。二人は人の手で創られた存在であり、科学が生み出した地球人類を超える存在をうたわれて作られた人造人間である。
「それはそうかもしれないけど。私は誰が私を作ったかなんて考えたこともないし……ってそれじゃあ嘘になるかもね」
そう言いながらアイシャは笑う。車は前に飛び出してきたサラを後ろに乗せた島田のバイクについて走る。
「科学者の好奇心?禁秘に触れる快感?自分の理論の証明?どれにしても勝手な理屈だな」
要の言葉に誠達は頷いた。後ろを見やればすぐに茜のセダンが迫っていた。
「そう考えると……今のところはヨハンも容疑者の一人なわけだな」
要の一言。あぜに黄色い枯れ草を晒している田んぼの向こうに巨大な菱川重工業の豊川工場の姿が見え始める。
「まあアリバイはすぐ取れるからいいとしても聞いてみる価値はありそうだな。同じ法術の研究者として今回の事件のきっかけを作った理論を組み上げた奴が何を考えていたのかをさ」
要の声に全員が心を決めるように頷いた。工場に向かう車にトレーラーが混じり始めると流れは極端に悪くなり、それまで先導するように走っていた島田のバイクがその間を縫うようにして先行した。
「島田の奴、ヨハンをつるし上げたりしないだろうな」
冷ややかな笑みを浮かべる要を誠はにらんだ。
「冗談だって!島田もそこまで馬鹿じゃねえのは分かってるよ。だがアイツの法術を使っての体再生能力は今回の実験で作られた化け物の共通点だ。アイツが突っ走ったことばかりしていたのは覚えているだろ?」
そんな要の言葉に車の中の空気が寒く感じられる。工場の正門を抜け、リニアモーターカーの車体を組み上げていると言う建物の先を折れ、生協の前を抜けると保安隊を囲む高いコンクリートの塀が見えた。
「ただ容疑者が一人減るだけじゃないの。そんなにエンゲルバーグが信用できないの?」
「アイシャ。エンゲルバーグ呼ばわりをしながらそんなことを言っても何の意味も無いぞ」
カウラが笑みを浮かべながら部隊のゲートに車を進める。警備部の隊員が珍しそうに詰め所から顔を出した。
「あれ?今日は帰ったんじゃ……」
「残業だよ!」
スキンヘッドのスラブ系の警備部の隊員に要が叫んだ。彼の軽い敬礼に右手を上げると再びカウラは車を駐車場へ向けた。




