魔物の街 106
「かなりの大病院かどこかの大学病院ですね」
「そーだな」
誠の言葉にランが頷く。ようやく話が飲み込めたというように要も頷いた。
「アタシ等が追ってた……今では同盟軍や東都警察が血眼になって捜しているのはその末端組織の使い捨ての実験場だったということだ。これまでも法術関係の闇研究はちょこちょこあったが、どれもものにならずに摘発されて即終了ってところが今回は明らかに成果を出しているからな、昨日の映像で成果を示して見せたくらいだ。この実験を続けている人間がそれなりに優秀だってーことだろうな」
ランの言葉に再び画面に目をやる。しばらくしてすれ違う看護士の制服に誠は目をやった。
「じゃあこれで……」
「待てよ」
立ち上がろうとする誠の肩を叩くのは要だった。すでに口にはタバコをくわえて静かに煙を誰もいない方向に吐いてみせる。
「仕切っている大物の研究者のめぼしをつけねえとな。この看護師の制服だけを目印に突っ込めば地雷を踏むぞ。大学の大物の研究者となればいくつもの大学や病院にいろんな肩書きで勤めているってこともあるんだ。空振りだったらすぐに逃げられるな」
「良いことを言うな、西園寺にしては。で、どうするつもりですか?」
カウラはそう言うと茜とランを見た。腕組みして画面を凝視するラン。茜はすでに自分の携帯端末を見て情報を集めていた。
「頭の固い東都警察は別としてムジャンタ・ライラ中佐の山岳レンジャー。あそこの情報収集能力は舐めてかかると痛い目見るぞ」
そう言うと要は黙り込んだ。その隣で小さな顔でにやりと笑っているランがいる。
「いくら精強とは言っても全員が情報収集能力に優れているわけじゃねーよ。当然ライラの信頼している連中は志村とか言うあの人買いのリストで優先順位の高いところに張り付いているはずだ。基礎理論を発表している立場のある研究者の調査にはそれほど力は割けるもんじゃねーよ」
ランはそう言いながら要の吐き出す煙を手で払いのける。
「クバルカ中佐の仰るとおり、ライラさんの捜査報告は主に湾岸地区の廃墟や工場跡ばかりが上がってきてますわ。病院めぐりをしているのは主に新人の方ばかりのようですわね。それにほとんど顔を出した程度に法術関連の論文を発表している医師や研究者の訪問もしているみたいですけど……」
「急がねえと感づかれて高飛びされるんじゃねえか?」
手にした吸殻を携帯灰皿に押し込む要。島田とサラはその言葉に大きく頷いて見せた。
「速やかでなおかつ正確に調査をする必要がありそうですね。空振りが続けば危機を察知して証拠を消して手を引くのが得意な組織なのは先日の突入で分かったはずだ」
そう言うカウラの言葉と同時に画面が切り替わり、茜の携帯端末の情報が映されていた。
「わざわざ発覚する危険性を犯してまで東都で末端の実験を行っていたと言うことから考えると、恐らく東都近郊の大学や病院に勤務する研究者に絞ってもかまわないと思いますの。そして法術系の論文をこの数年間で10件以上発表している研究者はこの十二人」
次々と切り替わる画面。そこには研究者の顔写真、経歴、受賞研究の内容などが映し出されている。
「これのうち生体機能回復と干渉空間制御に関する専門家の辺りをつけろと言うことか。ヨハンに声がかけれればいいんだけど……」
保安隊の法術研究担当者である巨漢、ヨハン・シュペルター中尉を思い出しため息をつく。そして視線は自然と茜に向いた。
「シュペルター中尉にお話を聞きましょう」
そう言うと『図書館』の住人達はそのまま同時に立ち上がった。




