魔物の街 104
「島田!考えて動いてよ!」
明華が口を押さえて叫ぶ。そのドサクサにまぎれて机を叩く要。
「馬鹿!西園寺止めろ!」
満面の笑顔の要の腕を取るカウラ。仕方が無いというように立ち上がった嵯峨が窓をあける。ここ豊川市の北、野呂山脈を吹き降ろす冬の風が一気に部屋の中に吹き荒れて埃を廊下へと吹き飛ばしていく。
開いていた扉に立っていたランと茜が口を押さえて立ち尽くしている。隣のアイシャとラーナがすでにハンカチを用意して待機していた。
「お父様……たまにはご自分で掃除をなされては?」
「来週やるよ」
「来週って!私が配属になってから一度も掃除をしていなかったではありませんか!」
茜の声にようやく部屋の緊張が解けた。島田もようやく我に返ったように立ち尽くしている。
「島田の……俺だってさ、はらわた煮えてるのは確かなんだからさあ。そこでだ」
嵯峨はそう言うと封筒を取り出した。要、カウラ、アイシャ、島田、サラ、誠、そしてラン。それぞれに名前の書かれたそれを手渡す嵯峨。
「これは?」
「そりゃあ辞表だよ」
突然の嵯峨の言葉に青ざめる誠。慌てて中を見れば規定の書式にサインをするだけの退職願の原紙が入っている。
「へえ、ずいぶんと思い切るねえ」
にやにやと要が笑いながら手にした辞表に机の上からペンを取って署名する。
「片道切符ですか。地雷を踏めばもう保安隊には一切かかわりが無いということに出来るということですか?」
カウラの言葉に明華が頷く。
「それだけの覚悟をしなさいと言うことよ。それだけの部下が一度に辞職となれば隊長の首も飛ぶんだから」
「皆さんはよろしいんですの?」
ニヤニヤしながら嵯峨を見上げる明華。茜の心配そうな顔を見て要が肩を叩く。
「よろしいも何もアタシは気にくわねえだけだ。パシリに罪をかぶせてドロンなんざ根性が腐ってるんだろうからな、連中は」
そう言って辞表を机に投げつける要。
「島田、顔が青いぞ」
余裕の要の声に島田の笑顔が引きつっている。
「正人……」
「分かりました!書きますよ!」
島田はそう言うと要からペンを受け取る。
「ああ、今日からしばらくは休職扱いで……給料は出ないよ」
ポツリと嵯峨がつぶやいた言葉に要は振り向いたがどっと疲れたように誠にもたれかかった。




