魔物の街 103
「覚えてたんだな、シンの言ったこと。備品の寿命が延びるのは良い事だねえ」
そう言うと嵯峨は机の片隅に置かれたタバコを手に取る。管理部の『アラビア商人』と陰口を囁かれていた保安隊の良心アブドゥール・シャー・シン大尉を思い出して誠は不意に含み笑いを浮かべた。突っかかる要の肩を叩いたカウラは三人を机の前に整列させた。
「ベルガー大尉。様になってきたじゃないの」
そう言って三人を見上げる明華。階級でも最上級の大佐二人を前に要も静かにカウラの隣に並んだ。
「最初に言うけどさあ……捜査。まだ続ける?」
タバコに火をつけて大きく煙を吐いた嵯峨は三人を満遍なく眺めた後にそう切り出した。当然、要を見た誠の前には殴りかからないのが不思議なほどに歯軋りをしている要の姿がある。
「怖い顔すんなよ。一応さあ、茜とカルビナは専従捜査官だから事件の報告書を同盟司法局に上げるまでが仕事だ。でもお前等は俺の顔で駆り出された協力者だからな。今回の事件の最後まで付き合う義理は……」
「あります!」
その声がカウラの声だったので驚いたように嵯峨はくわえていたタバコの灰を落とした。
「脅かすなよ……まあやる気は買うけどね」
嵯峨の声は笑っている。しかし、ハンカチで灰を拭って誠達を見上げている目のほうは笑っていなかった。それでも気になるように明華を見る嵯峨だが腕組みをして頷く明華に頭を掻いてみせる
「感傷や義理ってわけじゃないみたいだな、ベルガーは。それなら要は無視して……」
「叔父貴!無視するなよ!」
ようやく嵯峨の狙いが分かったとでも言うように喜びを含んだ要の声が響く。誠はカウラと要のやる気に押されるようにして一歩踏み出した。
「最後まで勤めさせてください!」
誠の言葉を聞いて背後の明華が拍手を始めた。
「隊長、良いじゃないですか。やらせてやれば」
「そうなんだけどねえ」
そう言いつつ嵯峨は目の前にスクリーンを展開して辞令のようなものを開く。
「そんなものいつだって無視してきたじゃないですか。遼南内戦では北兼南部攻略戦で……」
「しつこいねえ、明華ももう十年以上前の話じゃないの、それ」
嵯峨はスクリーンを閉じてタバコに手をやる。そして誠達がにらみつけるのを見て困ったような表情を浮かべて黙り込む。
突然背後のドアが開いた。
「捜査から外すってどういうことですか!」
開けたのは腰に取り付いているサラを引きずる島田。その後ろでは手を合わせて謝るようなポーズを嵯峨にしているリアナの姿があった。
「誤解だってえの。上は茜に捜査の統括をさせたいって言う意向なんだ。それを……」
「捜査の統括?要するに捜査と摘発は東都警察と遼南軍がやりますから俺等は手を引けってことでしょ?そんなのこのこ後から出てきておいしいところを全部持って行きます、なんて言う連中が信用できますか?」
島田はそのままサラを引きずって嵯峨の机のそばまで来ると思い切り机を叩いた。
鉄粉と埃が一面に舞い、誠とカウラ、そして明華がくしゃみと咳に襲われ口を手で覆った。




