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屍してなお、美しきロンバルド  作者: 天地梓馬
〔第一部〕 白の覚醒
7/21

第六話「作戦開始」


 現代でこそ魔法使いとして総合的なランク分けは《タレント》の性能が基準となっているが、

 《魔力》の存在が明るみになった当初ではその魔力の()がそのまま個人の評価に直結していた。


 しかし、魔力はタレントと違ってどんなに努力したところでその量や質を変化させることはできないため、現在より影での差別行為が浮き彫りになってしまっていた。

 そういった諸々の事情も相まって、タレントという概念が研究によって見出されたのだ。


 魔力はよく『水』に例えられる。

 生命という器に湛えられた水。

 それを掬い上げ、《魔法》や《魔術》といった超常に変換するために体外に運び出す『バケツ』が、《タレント》である。


 その『バケツ』の性能はランクによって異なる。

 遠くに『水』を運ぶには何度か往復しなければならない『柄杓』のようなものから、

 何もせずとも大量の『水』を遠くへ排出できる『ポンプ』のようなものなどがある。


 それこそ単純な超常を引き起こす《魔法》ならある程度扱えるものの、

 大規模な結果を得ようとする《魔術》を行うにはかなり長い時間を要する、

『柄杓』の【F判定(ランク)】、

 魔力の強弱を自在に操り、自らの身に宿る力を完全に引き出すことのできる、

『ポンプ』の【S判定(ランク)】といえば分かりやすいのかもしれない。


『水』である魔力には、以下の四段階にクラス分けされる。


水溜級(クラス・プール)

池沼級(クラス・ポンド)

湖沼級(クラス・レイク)

大海級(クラス・オーシャン)


 魔力にゼロは存在せず、生命が宿るもの全てに最低でも【水溜級(クラス・プール)】の魔力は宿っているとされている。

 現在でも同一のランクの中でさらに細分化するために魔力のクラス、

 タレントのランクを並べて一つの評価にする場合がある。

 下は【水溜級X判定】から、上は【大海級S判定】まで。


 つまりは例え世界に7人しか存在が確認されていない《聖なる誉》の称号を持つ【S判定(ランク)】の中にも、

 一発ドカンと魔法を使っただけで魔力が底をついてしまう【水溜級S判定】の魔法使いも存在する。

 逆に、一歩も動かずにただ指をひとふりするだけで山がまるまる一つ穿たれてしまうほどの驚異的な【大海級S判定】などももちろん存在する。


 ようするに、魔法使いとしての総合的な評価は単にタレントを基準とした八段階評価だけではないということだ。

 そしてそんな評価方法を考慮した上で、なお優秀と称される少女がいた。


【大海級A判定】


 最後に受けた健康診断では、確かそう診断されたのを記憶している。

 少女は頭に乗ったトンガリ帽子の大きなつばを片手で抑えながら、木漏れ日のあふれる森を歩く。


 背の高い木がひしめく森は、夏の緑と秋のオレンジが暖かなグラデーションで彩っていた。

 そんな神秘的な背景も相まって、少女の風貌はまさに絵本の中に出てくる不思議な魔女を連想させる。

 黒いトンガリ帽子に、肩からは袖がないタイプの黒い貫頭衣を羽織って、膝辺りまでの丈のスカートを履いていた。


 帽子から溢れる癖のある短髪は、土の地面にまだらな模様を作る木漏れ日に照らされ、赤く輝いていた。

 ここに穂先が荒く大きな箒を携えていれば、誰がどう見ても完璧な魔女っ子である。


 少女は、石を荒く削って作られた平たいナイフを片手に握っていた。

 その石器ナイフで、目に付いた手頃な樹木の幹に次々と記号のようなものを彫っていく。

 しかしそれは複雑な紋様などではない。

 たった一字の、直線と直線を交えただけの単純な記号。


 少女はまるで、森の中で舞を踊るように次々と樹木の幹にその文字を刻んでいく。

 《神の文字》と呼ばれるそれは、人間の言葉のように複雑な文字列を必要とせず、たった一字だけであらゆる意味を内包している。


 すでに古代人の手で二四種類の《神の文字》が開発されていたが、そのような古代の魔術的な代物は全て《センターラ大陸》とともに海に沈められていた。

 本来は魔除けや豊作祈願などに用いられていたお守りの類いだが、それはあくまで古代の話。

 原始人にマッチ箱を渡しても火は起こせないのと同様、

 用途の分からない未知の道具は、ただのガラクタにしかならないのだ。

 しかし、今は違う。

 時代は進化し、人間はマッチで火を起こせるようになった。

 魔力という進化を遂げた人間は、《神の文字》を正確に扱うことができるようになっていた。


 《聖なる誉》の一人である、とある魔法使いの手によって、二四種類だった《神の文字》が、現在では三六種類……、いや先日で三七種類開発されている。


 一文字でも莫大な魔術的意味を含む《神の文字》を、一人の少女は次々と森にそびえる何本もの木々に刻んでいく。

 それはただ乱雑に刻まれているだけではなく、しっかりと計算された配置に、正確に刻まれていく。

 すると、少女はこれまで以上に太い木の幹の前で足を止めた。


「ここが最後……、ですね」


 大木の根元から上までをゆっくりと見上げながら、少女は呟いた。

 今にも枯れ落ちそうなその大木を前に、少女は手の中でくるくるとナイフを回す。

 そして最後の一文字を、大木の幹へと刻んだ。

『意味』がバラバラだった木々が『統一』される。

 それは、森という大きな『意思』へと姿を変える。

 暖色の目立つ草木が不自然にざわめくと、その異変に気付いたのか、どこからか複数の森の妖精(ミノルステラー)たちが眠気まなこをこすりながら森の様子を見に姿を現したが、すでにそこに少女の姿はなかった。


 赤毛の少女はどこかでひっそりと拳を握る。

 それは、守るべき大切な人をしっかりと掴む、小さくも、とても力強い彼女の『意志』だった。


  7


 あれからは少し大変だった。

 依頼人から受け取った哀れみの一万円札を手に、

 焼肉屋に向かおうとするレイティアドールを必死に抑えたり、

 自らが得意とする《幻覚魔法(イリュージョニズム)》を使って一万円札を何百枚にも増やそうとする霧熊に対し、

 大和国の刑法第一四八条の有り難みを三時間くらいかけてなんとか理解させた後、

 タイムセールの時間を狙ってシルビアたちは商店街にあるスーパーマーケットへと向かった。


 シルビアの考案した超効率的お買い物ルートを通り、安い食材を多く買うことができたところで、ひとまずは安堵の息を吐く三人。


 そして、作戦決行当日。

 この十日間で一通りの準備は終えた。

 依頼人から送られた資料を元に、レイティアドールと霧熊は今回の目標である美術館・《メルベイユ・ジャルダン》へ下見に赴き、 建物の構造と監視カメラの位置をその目で確かめて当日のシミュレーションを練った。


 シルビアの方はというと、《ステラの森》にある廃墟の教会がどの位置にあるのかという資料だけが送られてきた。

 実際、こちらはすでに人の手から離れていることもあって特に常駐する警備員などがいるわけでもない。

 現地についてすることと言えば、のんびりと廃墟の中を探索して魔導書を発掘することくらいだ。


 現在、レイティアドール=ロンバルドに霧熊霞美の両名は、天都南部にある住宅街を歩いていた。

 分譲住宅の並ぶこの区画は、同じような構造の建物をブロック塀一枚で仕切り、向かいのブロックとの間に幅の広い道が一本敷かれただけのシンプルな構造になっていた。

 上から見ると、迷路というよりは蜂の巣のように均一にブロックが並べられている。

 つまりそれは、逆を返せば裏路地といった人目の届かない細い道などが全くないということだ。

 これから美術館に強盗に入ろうというのに、ただでさえ目立つビジュアルのレイティアドールがこんなところを歩いていたら確実に第三者に目撃されてしまう。

 しかし、二人はそんなことをとくに気にした様子もなく道の中央を堂々と歩いている。


「霞美、いま何時よ」

「んー? 20時ーみたいなー?」

「……、星の配置で分かる時間じゃなくて、ちゃんとした時間!! その肩に掛けてる目覚まし時計はオモチャか!?」

「19時53分46びょー」

「よろしい」


 霧熊は、まるでショルダーバッグのように肩から斜め掛けした目覚まし時計を空に掲げるように眺めた。

 銀白色の乳房のようなベルが二つ付けられた、古典的な丸い目覚まし時計だ。

 霧熊の腰が当たる度に小さくりんりんと鳴るが、どうして彼女がそんな奇っ怪な行動をとるのかを、

 レイティアドールは敢えて聞いたりはしない。

 おそらく、理由なんてないからだ。


「れいちー、資料は全部読んだのかーい?」

「一通りね。閉館と同時に入れ替わって配置される警備員は三人。

 一人は中央管理室で監視カメラを常に見て、二人は館内の巡回。

 まあこんな小さな美術館、そんな値打ちものがあるわけでもないから、

 どうせ大体は中央管理室で喋り込んでるんじゃないかしら」

「じゃあ館内に姿を見せるのはちょっと危ないねー。

 わたしの幻覚魔法(イリュージョニズム)もカメラ越しには無意味だからー」

「まあ警備員がちゃんと仕事していようが、中央管理室で遊んでいようが、どっちにしても最初に攻めるのは中央管理室ね」

「監視さえ潰しちゃえばあとはどうとでもなるしねー。

 しかも、館内のセキュリティを一括して管理してるらしいからねー」

「閉館まであと……、五分ね」


 その美術館は、分譲住宅のブロックをまるまる一つ使ったもので、平たい鏡餅のような外見だった。

 正面入口が一面ガラス張りになっていて、そこからは受付カウンターなどが見える。


 入口の自動ドアを抜けると、客を出迎えるように玉虫色のドギツイ色彩を施された、

 変なポーズの人間の像や、ガラスでできた裸体の女性の像など置かれている。

 なんだか魔除けのような威圧感があった。

 館内の電気がすでに落ちているところを見ると、警備員が早めに閉館準備を進めたのか、

 正面入口にはすでに『閉館』と書かれた札がかけられていた。


「とりあえず確認よ。私は外で待機してるから、アンタは中央管理室を無力化。

 それが出来次第、正面入口の施錠を解除しに来て。

 そうしたら私も館内に入って、残った警備員を一掃する」

「はーい」


 霧熊は、間延びした声で片手をゆるーく挙げて返事をした。

 肩掛け目覚まし時計がヂリンと鳴る。


「くれぐれもセキュリティトラップには引っかからないでよ。通報されたら終わりなんだから」

「分かってるよー。もし危なくなったらどっかにぴょーんって移動するしー」

「そう簡単に行くかしら……」


 どこまでも楽観的な霧熊に、完全にペースを乱されるレイティアドールなのであった。


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