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屍してなお、美しきロンバルド  作者: 天地梓馬
〔第一部〕 白の覚醒
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第二話「ふたつのカゲ」

 


 闇が深まれば深まるほど活気が湧いてくるこの繁華街だが、

 現在では遥か彼方から顔を出した朝日によって闇とともにその活気も払拭されつつあった。

 街に散りばめられている百万ドルの夜景を演出していた街灯には、《森の妖精(ミノルステラー)》が大きなあくびをしているのが見て取れた。


 天都(あまみや)の街灯にはそれぞれ四角いガラスケースが取り付けられており、

 夜になるとそこに住まう森の妖精(ミノルステラー)が、妖精の発する眩い灯りをもって街を照らす。


 それらが森へ一斉に帰っていく様は、まばゆく発光する巨大な龍が蠕動しながら飛翔しているようにも思える。

 森の妖精(ミノルステラー)の帰りを迎えるように、木々がザワザワと拍手する音が遠くから聞こえた。

 そんな光景が当たり前として機能する天都の空には目もくれず、

 三人の少女は揃って仲良くあくびをしながら、帰路をよたよたと歩いていた。


「はーんあーんあーん♪」


 (きり)(ぐま)(かす)()

 肩甲骨まで伸びた茶髪。

 《ヴァルハラの華たち》を出る際に鏡の前でしっかりとセットした(と本人は思っている)その髪は、所々ピンとはねていた。


 群れを外れて一匹だけ低空でひらひらと舞っている森の妖精(ミノルステラー)をじーっと目で追いながら、プラプラと筋の通っていない歩き方で適当な鼻歌を歌っている。


「《センターラ大陸》からは、太古の昔から人類が魔術と密接な関係があったことを証明する《人工聖品(アーティファクト)》が数多く出土している。

 世界各国の神話の中で語り継がれている武具や道具のオリジナルも発見されているが、そのかわりにいくつもの紛い物も世に出回ってしまった、と……」


 シルビア=ローゼンクロイツ。

 黒髪短髪・黒縁メガネ・褐色肌と全体的に黒い彼女は、高校の女子制服のようなブレザー姿で、上に厚手のコートを羽織っている。


 シルビアは『センターラ大陸から学ぶ神話の史実』と表紙に書かれた分厚い参考書を両手で持ちながら、それに目を通しつつ歩いている。

 参考書の内容を一字一句脳に収めるために視線は完全に限られた領域に集約されていて、

 たまに電柱やらポストやら自動販売機やらとぶつかりそうになる。


 そんな分厚い参考書を読みながら真面目そうな眼鏡をかけていれば、

 誰だって鉄壁の防御を誇る学級委員長のようなイメージを抱くとだろうが、

 しかしそんな外見とは裏腹に、彼女自身そこまで堅物なわけではない。

 単に自分の本能に忠実に、好きなことを好きなだけ追求した果てにこんな姿になっただけだということに、多くの者は気づいていないのだ。


「んあ~……、頭ガンガンするぅ~……。つか、私らなんでこんなに頑張ってるワケ?」


 毒づくのはレイティアドール=ロンバルド。

 季節も十月に入り、流石に半袖一枚で外を歩く人間もいなくなってきたというのに、

 黒いシルクのネグリジェ一枚の上にグレーのショールを羽織っただけという風貌。

 一見現役のキャバ嬢そのものに見えなくもないが、そもそも彼女の外見年齢は10歳程度。

 シルビアと並んでもさらに幼さが際立つ彼女を『夜の蝶』と例えるのは、些かの抵抗を感じざるをえない。


 極めつけにその肌やウェーブのかかった短髪は極めて白く、

 見ていると吸い込まれてしまいそうなその瞳は、深みのある紅色だった。

 全体的に色素の抜けたその幼女は棒付きの丸いキャンディを口の中でカチャカチャならしながら、

 不満そうに他の二人と並んで歩く。


「仕方ないですよ。うちの家主からの依頼となっては受けないわけにはいかないでしょう」

「ん……、つっても、未成年にキャバ嬢やらせようなんてイカれてるわよ。しかもバニーガールってなによバニーガールって」

「まー、報酬も前払いで受け取っちゃったからねー。なんかー、来月は『猫耳強化月間』らしいよー」

「うげー。なんの罰ゲームよそれ……、そもそもレベッカのやつ、仕事サボってどこ行ってんだか」

「あーなんか急な会合があったらしーよー」

「会合?」

「詳しくはよく分かんなーい」

「なによそれ」


 目抜き通りには道行く人の数が増えてきた。

 もうそんな時間か、と思えば思うほど瞼が余計重くなるのを感じた。

『なんでも屋』を営む三人はまるで事前に打ち合わせをしたかのように、同時に大きなあくびをした。


  ※


「で、あれが今回のターゲットってことでいいんだよな?」


 どこかの雑居ビルの屋上の(ふち)に座って足を揺らしている少年が、片手でひさしを作りながら遠くを窺う。

 強引に染められた黄色い髪が朝の心地よい風に揺られた。

 13歳という歳にしては少し低めの身長だが、本人はあまりそのことを気にしてはいない様子だ。

 全体的に黒い衣装を身に纏い、貫頭衣を羽織った少年の首元には、

 猫目石(キャッツアイ)をあしらえたアミュレットが朝焼けに照らされていた。


「ええそうです」


 言ったのは、少年の隣に立つ少女。

 つば広の黒いトンガリ帽子を被ったその少女はまるで、絵本の中に出てくる魔女のような風貌だ。

 しかしその顔はシワだらけの老婆とは程遠い、とても整った顔立ちだった。

 高身長で全体的に細身な体型。実は結構なナイスバディなのだが、それを微塵も感じさせない大きめの黒装束が彼女の堅実さを表していた。

 帽子から溢れる短い赤毛が、朝日に照らされて美しく輝いていた。


「ひっさびさに大和に来てみたが、この街の空もすっかり見通しがよくなったな。

 数年前までは人間やら物やらで四六時中ごった返してたってのに、今じゃすっかりカラスどもの楽園に戻ってら」

「魔法や魔術が当たり前になった世界で、人間のような貪欲な生き物が初めになにを考えるか、なんて大体予想がつきます」


 赤毛の少女は帽子の大きなつばを片手で軽く抑えながら、前髪が目に入りそうになるのに片目を閉じて少し眉をひそめる。


「空中を自由に飛べるようになったことで、確かに人々の外出頻度や遠征頻度は高まりました。

 しかしそれに伴って予想もできなかった事故や、思いもよらない手口での犯罪件数の著しい増加、

 そして何よりも今まで経済を支えていた公的な交通機関が大ダメージを受けたんですよ」


 フーッ、と目に入りそうな前髪をなんとか息を吹きかけてどかせる。


「流石の大和政府も厳重規制を敷くことを余儀なくされたらしいです」

「結局、人間には地面を這いつくばって生きていくのがお似合いってわけだな」

「人類の科学依存によって魔術や魔族たちの排斥が行われ、それらに関わる全てのモノを大陸ごと封印してしまったのが約三千年前です。

 その三千年の間に人類は空を飛ぶために飛行機を開発し、遠くへ移動するために車や電車を開発しました。

 そうして果てしなく長い時間をかけてインフラを整備し、科学だけが支配する世界を完全なものに仕上げたんです。

 それに対して人類が再び魔術を取り戻したのが百年前。三千年かけて築いてきた世界を、たった百年で再構築するなんて不可能なんですよ」

「しかも魔法や魔術は平等じゃねえ。豊富な魔力を持っていても、それを外に排出する恩寵(タレント)が不足してたら、なーんもできやしねえ。

『不公平で圧倒的な差』ってやつは、いつの時代も多くの人間から反感を買うもんだ」

「……、なにはともあれ。私たちはそういった『自然の摂理』を遵守しなくてはなりません。

 今回のターゲット然り、自然に背けるということはそれだけ極めて危険な力を持っているということです。今一度、貴方も気を引き締めてください」

「お堅いなあ姉さんは」


 強引に染められた黄色い髪の少年の片手には、一本の《杖》が握られていた。

 そのよく磨かれた光沢のある杖をヒョイと振ると、それを合図にしたように一瞬の突風が隣に立つ少女を下から煽るように吹き上げた。

 少女は可愛らしく小さな悲鳴を上げると、その大きなトンガリ帽子を両手で抑えて風に飛ばされないように力を入れる。

 しかし少女は誤った選択をしていた。


 ブワァッ!! と。


 某有名なハリウッド女優よろしく膝より少し下ほどまである賢女スカートがいとも簡単に舞い上がり、その中にある純白の布地が恥じらいもなく顔を出した。


「ウーン白かあ。確かに清純さが際立つ白はクソ真面目系女子(くうるびゅうてい)な姉さんにはお似合いだけど、

 俺的にはそんな慎ましやかな顔の裏に隠れた獣の一面を見たいわけよ!

 つまりは黒!! 黒こそが女性が身に付けるべき下着の色であって――」


 少年が意味のわからないことを熱弁し始めるが、それが終わるより早く岩をも砕く勢いで振るわれた力強い小さな拳が、少年の脳天を直撃したのは言うまでもない。


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