第二十話「やっぱり猫耳がすき」
大都市・天都。
《レフタイル大陸》の最東端、総人口一億三千万人を誇る島国《大和》の首都だ。
大きな港と国際空港を持つ大和の玄関とも言える都市で、様々な人間や異種族たちが頻繁に出入国をしている。
多くの飲食店や娯楽施設が備わった《繁華街》から、
貧困層が密集した《スラム街》まで存在するこの都市は、
百年前に勃発した《センターラ侵攻大戦》を終えた直後の混乱期も乗り越え、
黎明期に突入した現代に大分落ち着きつつあった。
そんな天都の繁華街。
日が沈み、空が暗くなるにつれて活気が増すこの街は、
仕事が終わったサラリーマンたちが少し顔を赤らめて千鳥足になりながら酒臭い街を練り歩いている。
目抜き通りから少し外れたアーケードの中に、控えめな、
それでいて華やかな電飾で光る《ヴァルハラの華たち》と書かれた電光看板が立っていた。
「はーいそこのオッサン達ぃ~!! 今月は猫耳強化月間!
なんと女の子が全員、猫耳をつけてお相手してくれるよぉ!!
しかも今日はなんと、本物の猫耳を持った異種族の女の子がゲスト参加だぁ!! さぁ、寄ってった寄ってったァ!!」
店の前では黒いスーツを着たボーイが、
よろよろとおぼつかない足取りで歩く、お世辞にも『お兄さん』とは呼び難い二人の中年男性へ声をかけていた。
そのボーイはどうみても中学生低学年くらいの年頃にしか見えないが、強引にその髪を黄色に染め上げていた。
今夜もまた、こうしてまんまとボーイの口車に乗せられた活きのいいカモが、《ヴァルハラの華たち》へ入店してくるのだった。
※
「ハァーイ☆ 二名様ごあんなァーい!」
髪の毛を強引に黄色に染めたボーイが二人の中年男性を連れて店内へと案内する。
輝かしいシャンデリア。
青みがかったライトアップは、それだけで大人達を魅了する空間へと変じていた。
脂ぎった小太りの中年男性や、くたびれたスーツを着た冴えない男たちも、この空間では生き生きとした表情をしていた。
それらの相手をする平均年齢二二歳の夜の蝶たちは、ピッタリとしたギラギラな衣装でも、はたまた色とりどりなバニーガール姿でもなかった。
フワフワしたウール素材の飾りっけの多いビキニのような上下。
頭には同じくフワフワな猫耳カチューシャをした女性もいれば、黒いシルクのネグリジェでボディラインをアピールしている女性もいる。
オトナな雰囲気を醸し出しつつ、その頭にはポリエステル製の黒い猫耳と更には上向いた尻尾を尾てい骨の辺りに装着することで、艶美な雰囲気の中に見せるどうしようもない可愛さを引き出した衣装を着る女性もいた。
「にゃー、お二人様ご案内だー」
「オラオラ、どんどん飲みなさい!! 今日は100杯飲むまで帰さないわよ!! シャァァァァァァッ!!」
気弱そうな二人の中年男性を迎えるは、これまた独特な二人のネコ娘。
片や、フリルのついた黄色のビキニを着て、やる気のないくたびれたタレ耳カチューシャをしている寝癖の多い女の子。
しかし手首や太ももにリボンを巻いて、更に首には小さな首輪まで着けている。
一部の人間から見れば『コイツ、デキる!!』と思わせるコーデだった。
片や、もはや小学生にしか見えない外見の幼女で、その体に着けるは純白のニットワンピ。
ただでさえ髪や肌、まつ毛や眉毛に至るまで完璧に白いのに、更に白を上乗せすることで、その深く、深く、深い深紅の瞳がかなりのアクセントになっている。
太ももの付け根までしかないその衣装は、シンプルながらもなかなかのツボを突いた逸品。
更に注目すべきはその太ももから黒いニーソックスまで伸びるガーターベルト!!
『ヤバイ。』この一言に尽きる少女の頭には、そのキツい性格も全て緩和してくれるほど可愛らしいフワフワの白い猫耳が乗っていた。
どうやら魔力を送ると動く仕組みになっているらしく、時折不自然に左右していた。
くわえてその細い首元には黒いチョーカーがあった。
まさに白い飼猫のような風貌の少女に、
『こんなキツい性格ながら、しっかりと主従関係を守る従順な娘』というギャップに心臓を射抜かれ、男たちはいとも簡単にこの店で一番高いシャンパンを注文してしまうのだが、それらは全て彼女の計算通りだということはあまり知られていない。
そして一際賑わっている席がひとつ。
そこには二人のホステスが座っていて、4人ほどの客の相手をしている。
しかし他の席の客も早くあの娘たちに相手してほしいとか漏らすモンだから、プロである他のホステスたちが少し嫉妬してしまうほどだった。
「ほら、ちゃんと練習した通りにやってください」
「む、無理ったい!! なんで私がこげんことしないかんのかー!!」
「それは貴女が妹さんの件でお礼がしたいって言ったからでしょう」
「こげんことするなんて聞いとらん!!」
「ほら、せっかく本物の猫耳なんだから隠さないでください。はい、両手は顔の横でグー。アホみたいに体を横にかしげながら、せーのっ」
「に、ニャァァァアァァァァアアァアアァアァァァァァァァアアアアァアアァ!!!!!!」
もはや涙を浮かべながらヤケクソに叫ぶ一人の少女と、それを見て再び指導をし直す少女。
客をそっちのけで展開される二人の絡みが案外好評で、周りの男たちはそのやり取りを見るだけで日頃の疲れがゼロどころかマイナスに傾くのだとか。
こちらは、その控えめなボディラインを抜群に引き出すチャイナドレス。
褐色の肌を包み込む赤い生地の上に描かれた純白の龍の刺繍は、まるで彼女を護る何者かを表しているような気迫だった。
本物のネコ娘を指導することに夢中になって、時折その深いスリットから溢れる細い足がかなり際どい角度になるのをオヤジたちが見逃すはずもない。
その頭に着けられた猫耳はリアルを追求したものらしく、薄いフェルト製の生地に本物の動物の毛を使った耳毛まで生えていた。
更にはその黒縁メガネが少女の姿を総称するように、何かを訴えかけてくる。
そしてその少女から接客の指導を受けるのは、本日のメインゲスト。
ゴシックな黒地にフリル満載の白いエプロン。
飾り気は少ないがどことなくエロスを感じるこの衣装は、古来から伝わる大和の伝統的衣装だ。
本来は外国のハウスキーパー達が着用していたもので、それがここ《大和》に伝来してサブカルチャーの発展とともに今の姿になったという経緯があるのだが。
赤毛のショートヘアをもった頭には同じくフリル満載のカチューシャを着けて、その隙間からはピクピクと動く本物の猫耳が恥ずかしげもなく顔を覗かせている。
この風貌はここ大和において一部の人間たちの間では専らこう呼ばれている。
NEKOMIMI MEIDO、と。
そして彼女にはどうやら尻尾も生えていたようで、それを知ったシルビアはすぐさまスカートのお尻に穴を空けた。
そのお陰で今は長い尻尾が感情の起伏に伴ってゆらゆらと揺れたりモワっと毛が逆立ったりしている。
普段はこの長い尻尾を太腿に巻いて丈の長いスカートの中に隠しているらしい。
本当はズボンを履きたいらしいのだが、そうするとどうしても片方の太腿の部分だけが変な形になってしまうので仕方なくスカートを履いているのだとか。
そして今日はフリルのミニスカートの下に黒い下着を着用しているのだが、これもチャイナドレスの少女からのリクエストだった。
しかし実は、それが黄色髪のボーイと裏で行われた闇取引が原因であることをネコミミメイドの彼女は知らない。
どん詰まりの地獄の中、何故かノリノリなチャイナドレスの少女にいらぬお世話を焼かれるが、一応彼女は妹の命の恩人なので、今にも逃げ出したい気持ちをグッと心に押し込めて震える笑顔を作って見せている。
ネコミミメイドの少女はもはやただの着せ替え人形と化していた。
「はーいみんな、写真撮るよー」
そこでこの店のオーナー兼ホステスのレベッカ=アーノルドは、
本物のネコ娘もいることだしということで記念写真と店のホームページの素材作りとして各テーブルで一枚ずつ写真を撮ろうと古いデジタルカメラを持ち出してきた。
一通り撮り終えたところで、チャイナドレスのシルビア=ローゼンクロイツが個別にレベッカへ話を持ちかける。
「レベッカさん、あのもしよければ《BUY MORE》の皆で個別に一枚撮りたいのですが、構わないですか?」
「んー? なんだい、シルビア。幸せそうな顔をしているねぇ。
いいよ、いいよ。そういう顔の時に撮ったほうが、一番思い出に残って後悔しないんだ。あのお友達たちも皆連れておいで」
「はい。ありがとうございます!」
※
「はい並んで並んでー。グラハム、ちょっとはみ出ちゃってるかなー。もっとアイリンちゃんにくっつきなよぉ~」
「う、うっせえ!! 気持ち悪い顔しながら言うんじゃねえ!!」
「こらグラハム。そんな大声で騒いだら周りに迷惑になりますよ」
「姉さん……、そのトンガリ帽子どこに隠し持ってたんだ? どんだけ猫耳隠したいんだよ。もういいだろ今更」
「そうはいきません。この写真は後世に残るかもしれないんです。変な格好はできないでしょう」
「メイド服にトンガリ帽子の時点で変すぎることに気づけよ……」
「そうそうそのままー。んー、レイティアドールとシルビアは少しだけ離れて、もうちょっとアイリンちゃんの方に寄れない?」
「んー、位置取りって難しいですね」
「シッシッシ。イーコト思いついたわ。よしよし、配置はこんなもんかしら」
「んー? 霞美は端っこでいいのかい?」
「んーん。端っこじゃないのー。こうしてー……、よっと」
「おやおや? 膝をついたら、一人だけちっちゃくなっちゃうよ」
「いーの! わたしはねー……、ここで写るんだぁ♪」
「おー、なるほどなるほど。レイティアドールとシルビアの間か。これだと三人重なって写れるね。霞美は二人が大好きなんだな~」
「そーだよ~、えへへ~」
五人の配置が終わる。
レベッカはピントを合わせると、片手で合図を送る。
「そんじゃ、撮るよー。はい、チーズ!!」
パシャリ。
夜はまだ、始まったばかり。
闇が深まるほどに色めいていく天都の街。
そんなどこかの夜景に、今夜はなぜか甲高い啼声が響いたんだとか。