第十八話「救いの一撃」
「はぁ……、はあッ!! なん、ですか……、やっと自分たちで、相手をする気に、なりましたか……」
せわしなく体を動かしながらもそのつば広のトンガリ帽子だけは落とさないように最大限の注意を払って、
アイリン=クロックホルムは正面から掴みかかってくる白目の死者を後ろへ受け流し、背後から彼女の脳天を割ろうと斧を振り上げていた小太りの死者へとぶつける。
「どうしてですか?」
シルビア=ローゼンクロイツは赤毛の魔法使いに問う。
その間に彼女は左から横一文字に振るわれた剣を、姿勢を低くして交わす。
そのまま床に手をついて逆立ちすると、そのまま独楽のように両足を振り回して三人束で向かってくる死者達をいなす。
その長いスカートが大胆にも傘のように開くが、アイリンは気にしない。
「はぁ……? 今更、私達の間に、話し合いが、必要でしょうか?」
「答えてください。どうして、貴女はそこまでして、特に信仰している訳でもない組織のために、私達を捕らえようとするのですか?」
ドッ!!!! と、今度は正面から槍を突き立てて突進してくる大柄の屍体との間に激しい爆発を起こす。
するとその死者の槍が柄の部分から自らの身体を貫く形で、その大きな体がはるか後方の壁まで吹っ飛ぶ。
両手を払い、改めてシルビアへと体を向けるアイリンは険しい表情を作った。
「……、私には、三つ下の妹がいます。しかし、あの子はまだ小学生の頃【X判定】の烙印を押されたからと、クラスで迫害されました!!
貴女のような、才能のある人間からッ!! それからあの子は無意識に自分の心を深い深い闇に閉じ込め、ついには自らの心に呪いをかけて、眠ったまま起きない体になってしまったんです。
あの子は優しいから、そんな環境にしてしまった周りやなにも改善してくれない私達を責めることはしなかったんです!!
ただ自分の評価が悪いのは、自分がいけないのだと、自らを責め続けたんです。
だから私は誓った。ベッドに横たわるあの子に、私はッ!!
生まれ持った才能をひけらかし、愉悦に浸っている人間に必ず報いてやると。
例えタレントの評価が低かろうと、そんなものは努力すればどうとでもなると!!
それを証明するために、私は絶対に貴女たちに勝つ!!
そして今回の成果と引き換えに《黒き月》本部の専属呪術師に、妹にかかった呪いを解いてもらうんです!!」
トンガリ帽子の少女は叫ぶ。
ずっと前から、固く心に立てていた誓いを。
それを聞くとシルビアはますます自らの心がキツく締め付けられるのを感じずにはいられなかった。
「貴女は、とても優しいお姉ちゃんだったんですね。妹さんも、さぞ幸せでしょう」
だが、
それでも、
「だからこそ、貴女は無様です」
きっぱりと。
なんの躊躇もなく、シルビアは言い放った。
その言葉を開いたアイリンはもはや攻撃する気力さえも削がれてしまう。
「妹を想う姉の気持ちは、私には分かりません。
しかし大切な人をどうしても救いたいという気持ちは、痛いほど解ります。
だから……、だからこそ、貴女は間違っている!!
貴女と《黒き月》との間にどんなやり取りがあったかは知りませんが、おおよそのことは予想できます。
『ウチにはお前の妹を助けられる者がいる。組織の命令に従い、任務を遂行すれば力を貸してやってもいい』とでも言われたんじゃないですか?
でも、貴女はその呪術師を実際に見たことはありますか?
実際に、その力の片鱗に少しでも触れたことがありますか?」
「…………ッ!!」
「どうしても助けたい人がいる。だから、ありもしない者に縋りたい気持ちはよく理解できます。
けど、貴女はもっと冷静になるべきでした。ここまで綿密な計画を立てられる貴女が、なぜそんな簡単なことも考えられなかったんですか!?」
「……、そん、な」
そんなこと、とっくの昔に分かってた。
アイリンは出かかった言葉を、喉の奥に押し込める。
これ以上自分の感情を吐き出してしまうと、どうにかなってしまうと感じたから。
「どうやら貴女の妹さんが深い眠りに就いてしまったその時から、貴女自身もどこか夢を見てしまっていたようですね」
「なに、を…………」
「それなら、私がその目、醒まさせてあげますッッッ!!!!」
ガギンッ!!!! と、アスファルトを砕いて、教会の床の下から巨大な右腕が飛び出した。
それはアイリンの背後に出現したため、アイリンはとっさに後ろへ振り返り、すぐさま前方に《結界の魔法》を展開した。
しかし。
「レイ、今ですっ!!」
声を発したのはシルビア。
その声に応じてレイティアドールが駆け出した。
歳相応の脚力で、しかし全力を振り絞って走り出したその小柄な少女は、すぐにアイリンの背後まで近づいた。
そのままジャンプすると同時にアイリンの頭に乗っている大きなつばのトンガリ帽子に手をかけ、思い切り奪い取った。
すると用がすんだ巨大な右腕はシルビアからの魔力供給がなくなり、メッキが剥がれるように虚空へと姿を消した。
地面に着地したレイティアドールは大きなトンガリ帽子を腕に抱きながら、そっとアイリンの方へと振り返った。
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そこには。
「ニャァァァァァァァァァァァアァアアアアアアァァアァアァアアアァアアアアアアアアアアアアアアアァァアアァァアアァァアアァアァアアアァアァアアアアァアアアアァアァァァァァアァアアアアアァァアアァアアアアァァァァァァアアァアアァアアアァアアアァァアアァァァアアアァアアァアアアアアアアァアァアアアァァァアァアアアアァアァァァァ!!!!!!!!」
かつてない絶叫。
聞いたことのない悲鳴。
それは紛れも無い啼声だった。