第十一話「vs グラハム=オルブライト③」
三年前の冬。
白い街の、白い教会。
その地下にある地下墳墓で、私は生まれた。
借り物の身体に、仮初の心。
この体の生前の記憶はない。
完全に別人として、しかし生前と変わらない端整な容姿を持って全く新しい生を受けた。
ただの実験の一環だったのかもしれない。
都合の良い、設定された人格を植えつけられたのかもしれない。
だけど、それでも私は、自分の主である彼女を……、
シルビア=ローゼンクロイツを『心』から信頼し、信用し、心頼し、尊敬し、尊崇し、恭敬し、依存し、そしてなによりも――
――私は彼女を、愛している。
※
前人未到の《生命騒霊術》。
一時、三年前の冬ごろに世界初の蘇生魔法の実現に成功したと巷では噂になったが、
それはあくまで噂でしかなくて、公に発表された訳でもなかった。
それ以降は話にも挙がらなかった故に所詮はパッと出た都市伝説みたいなものでしかないということですぐに世間から忘れ去られてしまった。
よって情報が曖昧で、術者の人数、
術式に使用するための道具の選定、季節や時間、呪文や魔力の配分などは謎に包まれたままである。
(世界で唯一の成功例ってことになる目の前のコイツも、一体どこまでが人間でどこまでが異質なのかも目測で判断するしかねえ。現に、体中に風穴を開けてもすぐに再生しやがった)
元々は茶色だった髪の毛を強引に黄色に染め上げて風の属性を取り入れ、
術式を組み上げる《風属性使い》であるグラハム=オルブライトは、
生まれたての小鹿のようにとるとると歩く真っ白な人形を見据えた。
現在、レイティアドールとグラハムは美術館の一階にいる。
先程までいた二階から、レイティアドールがまるで転げ落ちるように階段を下り、
その白い肌にかすり傷を負いながらも、目的地に向かって歩いていた。
グラハムはその背中を眺めていた。
今、やろうと思えばいつでも攻撃を仕掛けることができる。
しかし、先ほど放った彼の全力が無力化されてしまったことと、レイティアドールがまだ隠し玉を持っているのではないかという疑念が、彼をその場に留めていた。
(コイツの息の根を止める手段は……? そもそも息なんかしてんのかコイツ)
「あ……ぁ、あ、」
吐息が喉を鳴らし、声にならない声を発しながら、
己に与えられた命令に抗い、無理やり体を動かすレイティアの不規則な足音が美術館の廊下に響く。
(……、油断なんかしねえ。手加減なんてしてやらねえ。心臓を貫いても、脳を潰しても死なないってんなら)
グラハムは、ポケットの中からピンポン玉ほどの鉄球を取り出す。
それは摩擦熱に強い特殊合金でできていた。
ピンと指で弾くと、黒光りする鉄球は凸の放物線を描いてグラハムの数十センチ前方の空中で静止する。
不規則にたゆたう『空間』が、『規則性』を与えられる。
風音はなく、全長50cmの真空の筒を形成する。
まるで見えない銃身のように、鉄球を的へ一直線に届けるために形作られた『空間』のバレルが出現する。
それと並行して、弾丸である鉄球の背面の一点へと『空気』が凝縮され、収縮され、圧縮されていく。
数メートル先をトボトボと歩くレイティアは、しかし左右の揺れは少ない。
ただ一直線に、無駄の少ない歩数で歩いているため、照準を変更する必要はない。
(この一発で決める。音速を超える速さで、急所の一点ではなく跡形もなく体そのものを消し飛ばしてやる)
『空気』が歪み、ほんの一瞬だけ何かが瞬いたような気がした。
そして。
「あばよ、ボロ人形」
その一言を引き金に、太く眩い光の帯が出現した。
否、これは真空のバレルの中を音速以上の速さで飛び出したことで凄まじい空気抵抗がかかった鉄球が生み出した摩擦熱の弾道だ。
黄色に近いオレンジ色の光線は、それがただの銃撃ではなくレーザービームのように思えるほどだった。
そんな超高速の弾丸は周囲の空気を切り裂き、鋭い衝撃波は瞬時に空気を伝い、
弾丸の軌跡をなぞるように美術館・《メルベイユ・ジャルダン》の窓ガラスや建材が次々と……、という表現が適切かどうかはわからないほど一瞬で、轟音を立てながら外側へ吹き飛ぶ。
こうなれば否が応にも外に異変を知らせてしまうだろう。
館内のセキュリティを断っても外部のセキュリティセンターへ通報がいかないよう、
グラハム側はあらかじめ細工を打っておいたのだが、こうなってしまえば話は別だ。
外からこの美術館に対してなんらかのコンタクトが来るのも時間の問題である。
しかしグラハムに焦る様子はない。
この一撃をまともに喰らえば、例え生きていようがなかろうが、人間だろうがそうでなかろうが、それが三次元的な物質である限り文字通りの木っ端微塵になるだろう。
そうして目標の抹消を確認した後、自らの居た痕跡を消して逃走すれば、あとは上が上手い具合に尻拭いをしてくれる。
激しい爆風がグラハムを吹き飛ばそうとするが、全ての風はグラハムの力の及ぶ領域である。
ただ杖を横に振るうだけで爆風がグラハムの体を避けて後方にそのまま四散していった。
ガラスや建材の破片は、爆風をそのまま操って回避する。
しかしグラハムの目は、様々な破片が迫っても閉じられることはなく、ただ一点に釘付けになっていた。
「な、ぇ……、は?」
前提として、レイティアドール=ロンバルドの体は死んでいる。
前人未到の蘇生術・《生命騒霊術》によって与えられた命だからか、
それとも元々の体質だったのかは定かではないが、そのタレントのランクは【X判定】である。
よって自らの意思で魔法を発現することができないため、《暗号符》のような個のタレントに依存しない方法を使って魔法を扱っている。
それらは基本的に護身のためのものであるが、果たして一瞬で物体を粉々にするような衝撃を背後から受けて、それを無効化できるなんてものが存在するのか。
なぜ、グラハムがそのような疑問を抱いたのか。
そんなことは言うまでもない。
だがしかし、目の前のソレは常軌を逸していた。
グラハムが目にしているのはあくまで後ろ姿で、表情は一切窺えない。
しかしどんな表情だとしても、この状況下であることを踏まえるとどれも狂気に満ちたモノへと変換されてしまう。
指でなぞれば溶けてしまいそうな、雪のように冷たい白。
それを包み込む闇のように冷たい黒の洋服。
しかしその闇が、ポッカリと空いているのだ。
今のグラハムからは、ガラス片や建材の欠片が散乱した床に堂々と佇む、逆立ちした飴色の犬の場違いな彫刻が見えている。
それは幼女の体に空いた巨大な穴から見えた、美術館の玄関付近の光景である。
穴。
これは別に、なにかの暗喩ではない。
本当に、小さな幼女の背中から腹にかけてポッカリと直径10cmほどの風穴が空いているのだ。
ドロリ。
それはまるで蝋が溶けだすように、その風穴に肌色の液体のようなものが溢れる。
ゆっくりと、しっとりと、ねっとりと蠢くソレは粘土を煉るように形を定め、
まるで足りない部分を補うように、少女の背中の風穴に人の顔を形成した。
その顔はまさに身体の持ち主であるレイティアドール=ロンバルドそのものだ。
真っ白な素肌に、熟れた果実のように紅い瞳。
そんな歪で美しい顔は、その視線でしっかりとグラハムを捉えてこう告げる。
『ざんねんだったねー』
違う。
確かにレイティアドールの背中に現れた顔から発せられた声ではあるが、それはレイティアドールのものではなかった。
しかしグラハムはその声に聞き覚えがあった。
霧熊霞美。
場違いなほど能天気なその声は、まるで友達の失敗を嘲笑う子供のように思えた。
(クソッ!! クソ、クソッ!!
何故だ!? 何故、アイツは《柘榴石の原石》の効力を振り切ることが出来た……?
加工された《装飾品》ならともかく、《原石》の吸魔力に捕まっちまえば、
それから逃れるにはあの原石から100mは離れないといけねえはずだ!!)
グラハムは視線を走らせて館内を見渡すが、目の前の奇怪な幻影以外なにも見えない。
おそらく、彼女は《幻覚魔法》で姿を隠しつつ、
どこかのタイミングで本物のレイティアドールと幻覚を入れ換えたのだろう。
「どうやった!? 一体、どうやってお前は《柘榴石の原石》の力から逃れることが出来た!?」
グラハムは、ただ感情にまかせて叫ぶ。
それは問いかけであり、悔恨の情であり、どうしようもなく惨めな叱責だった。
『んー? あなた、もしかして自分が身に着ける光石のことしか知らないの?
あなたの猫目石同様、柘榴石にもちゃんと、独特の性質があるんだよ』
霧熊の声は、その出所が全く掴めない。
前方から、後方から、天井から、床から、壁から、
一言ひとことが紡がれる度にその発声場所が変わる。
囁かれるような声から酷く曇った声、反響したような声が不規則に聞こえてくる。
「光石の……、特性……?」
もちろん、知らないはずがない。
今日の計画を実行するために、準備には半年も要した。
《死屍起し》とその奴隷の回収計画において、グラハムは奴隷の回収の任を託された。
本部から寄せられた前情報では、回収対象である奴隷のタレントランクは【X判定】とあった。しかしそれに連れ添う魔法使いが、元スラムの《四大覇者》の一人であるという見逃せない情報もあった。《迷霧の墓守》との異名を持つその魔法使いの少女はスラム出身ということもあり、
身体検査などの公共機関で行われる魔力およびタレントの力量を計る検査を受けた痕跡が皆無で、
タレントのランクも魔力のクラスも全くの未知数であった。
だが、本部の情報網から仕入れた数々の目撃談などから推測するに、おそらくは【大海級A判定】以上の力を持っていると考えてほぼ間違いないだろうという結論に至った。
グラハムには、ごく身近に件の魔法使いと同等の力を有する知り合いがいる。
だから、自分よりも格上の魔法使いと対峙するのが如何に無謀なのかを理解していた。
故に今回の作戦でも回収対象を優先的に狙うのではなく、まずはイレギュラーなその《幻覚使い》の少女を先に封じようと考えたのだ。
そのために、敢えて簡単に制圧できる住宅街の小さな美術館を舞台に選んだ。
そのために、逃げ道が一つしか存在しない壁に囲まれた展示ホールに捕獲対象を誘い込んだ。
そのために、その強大な魔力が《柘榴石の原石》によって吸収されるのを狙った。
そして少女が常人並みの身体になったタイミングで、奇襲を仕掛ける算段になっていたのだ。
さらに、もしもの時を考えて彼女の《幻覚魔法》を無力化できる機械まで装着した。
慎重に計画を練り上げていく上で最も重要となる《柘榴石の原石》だって、数ある光石の中から一番無難なものを選んだはずだ。
「柘榴石の特性は『底なしの忍耐力』……、
精神的、肉体的な様々な面での力強い持久力を必要とするときに、それに応じた魔力を引き出してくれる……、
しかも『原石』ともなればその力は計り知れないだろうが、まさかお前はあの短時間で原石を制御してなんらかの保護魔法を発動したってぇのか!?」
『んー、まあ大体あってるけど、柘榴石にはもうひとつ、あまり知られていない特性があるんだよ』
「知られていない……、特性、だと?」
それも、長い時間をかけて調査を重ねたグラハムでさえも知り得なかった情報。
しかしグラハムは一瞬疑問に思ったが、何故霧熊が暗部の情報網でも手に入れるのが困難な情報を掴んでいたのかを考える前に合点がいった。
シルビア=ローゼンクロイツ。
世界各地に眠る魔導書や古文書を読み漁り、齢17歳にして前人未到の《生命騒霊術》を成功させた唯一の魔法使い。
その抹消対象が莫大な知識を持っていることを考えると、身近にいる霧熊がその知識の一端を握っていてもなんら不自然ではない。
『柘榴石ってね、すっごくろまんてっくな光石なんだよ。
友情や愛情や絆を強めたり、それらが傷つくのを阻止してくれる。それが柘榴石の隠された特性』
唖然。
それこそ、霧熊がなにを言っているのか分からなかった。
焦りに満ちていたグラハムの眉間にシワが寄り、その思考は疑問で埋め尽くされた。
「ゆう、じょう……? 愛、ジョウ……?
そんな……、そんな占いのラッキーアイテムみたいな力で俺はッ――」
『――そんな乙女心をくすぐるようなロマンチックな力に、あなたは負けたんだよ。わたしに、負けたんだよ』
ギィ!! と、グラハムは犬歯を剥き出しにして力強く歯噛みする。
「なあにが友情だ!! 愛情がどうしたって!? 絆なんざクソ喰らえ!!
今時そんなモン流行らねえんだよ!!
そもそも、お前らは烏合の衆だ。血の繋がりもない人間同士が行き当たりばったりで寄せ集められた集団に、絆なんてあるわけがねえッ!!」
『……、やっぱりあなた、なーんにも知らないんだね』
不規則で不安定な声がグラハムの耳へと運ばれる。
それに不快感を覚えつつも、彼はどこから不意に攻撃が仕掛けられるかという不安で一杯だった。
『柘榴石が力をくれたのは、くだらない友情ごっこのためなんかじゃない』
声の発声場所が、固定される。
それはグラハムの背後。
密着さえしていないが決して遠くはない距離。
それを聞くと、グラハムは瞬時に振り返った。
「「尻餅!!」」
対峙する二人の魔法使いの口から同時に呪文が紡がれ、互いの杖の先端から閃光が迸った。
それは《転倒の魔法》であり、その呪いがかかれば一定時間立ち上がることが困難となる。
グラハム=オルブライトは【池沼級B判定】の魔法使いだ。
対する霧熊は推定【大海級A判定】以上の力を有する魔法使いである。
能力に格差のある魔法使い同士が同等の呪いを掛け合った場合の話をわざわざするまでもないと思うが、
それは極端に例えるなら、プロレスラーと小学生が腕相撲をするようなものだ。
ここは、努力をすればどうこうなるという世界ではない。
個の才能がそのまま力に直結し、その力を以て弱者をねじ伏せる。
ここは、そういう世界。
しかし今のグラハムには猫目石の力が付加されている。
『巨大な敵に対する圧倒的な突破力』を与えるその光石は、対峙する敵が自分より格上であればあるほど、本来の力を遥かに上回る強靭な魔法を行使することができる。
おそらくは、霧熊のタレントを上回るほどの瞬間出力を叩き出せるだろう。
しかし。
それは霧熊も同じである。
《柘榴石の原石》の力を受けている霧熊には、常人を遥かに凌ぐ忍耐力と持久力が備わっている。
おまけに、魔力の排出を強める引き金はすでに引かれていた。
つまり。
「が、ァァアアアアッ!!!!」
全く同じ呪いであるはずが、それらの閃光は互いにぶち当たると、
一瞬の均衡の後、霧熊から放たれた呪いがグラハムの呪いを押し退けながら真正面から襲いかかった。
その呪いはグラハムの膝から足先にかけて一切の力を奪うと、いとも簡単に殺しのプロである彼を地べたへと這いつくばらせる。
トテ、トテ、とゆっくりと歩を進め、立ち上がることもままならないグラハムの目の前でかがみ、両手を頬に当てながらまるで蟻の行列を眺めるように哀れな姿の彼を見下す霧熊。
「これで勝った気でいるんじゃんねえぞキリグマァ!!
ロンバルドの回収はあくまでサブだ。
メインは術者ローゼンクロイツの抹消。
今頃別動員が身柄を確保して俺の連絡を待っているはずだ。
だが、もし予定より数分経っても連絡が来なかった場合は速やかに任務を遂行せよってお達しがきてる。
甘々な友情ごっこで肩組み合ってる間に、仲間が一人死ぬことになるんだ!!」
「随分とあなたは友情とか愛情っていうあったかいモノに否定的だね。過去に何があったのかは知らないけど、同情してあげようか?」
「……テメェ、足に力ァ入らなくても魔法は使えるってこと忘れんなよ」
「やってみる?」
霧熊は両手を頬に当てたまま、ニタァ、とねっとりとした笑みを浮かべつつ、グラハムを見下ろす。
「アァァァあああぁぁあああぁあああぁぁぁぁああぁああぁッ!!
完全なる暗闇ッ!!」
それはまさしく咆哮。
力を奪われ、憎悪にまみれた者の腹の底から溢れた怒号。
その呪いは、かかった対象の視覚を完全に奪う《幻覚魔法》の一種だ。
そう、つまり
『ハッハァ!! おいおい、得意でもねえ魔法を専門家に向かって放つもんじゃねえよ』
霧熊霞美は高らかに笑う。
しかしその声とセリフは、目の前に這いつくばるグラハム=オルブライトのものだ。
「な、に……?」
グラハムは驚愕を露にする。
しかしそれは、霧熊の口からかつて彼女を皮肉った自分の声が聞こえたことに対してではない。
霧熊に対して放った《盲目の魔法》が効かなかったことに対して、だ。
グラハムが霧熊に先ほどのセリフを放ったときも、確かに霧熊が放った《風属性魔法》がグラハムに効かなかった。
しかしそれは別に、グラハムがなんらかの力で魔法を無効化したわけではない。
《吸魔の石》である《柘榴石の原石》の特性を掴めていなかった霧熊がその魔力をほぼ完全に吸い尽くされてしまっていたため、
魔力がエンプティ状態になった霧熊は成す術がなかっただけの話である。
だがグラハムは、すでに猫目石の効力の及ぶ範疇におり、その他の《吸魔の石》の影響は一切受け付けない――
「――ないッ!! 俺の……、俺のキャッツ、ア……ッ!!!!」
グラハムは咄嗟に片手を首元に運ぶが、そこには何も提げられていなかった。
しかし視線を首元から目の前の霧熊に移すと、彼女はまるで手品を成功させた時のような得意げな顔をしながら、片手の指でくるくると《装飾品》を弄んでいた。
無論、グラハムのものである。
「はーいこれであなたも《原石》の効力の範囲内。
どう? 心にこう、ポカーンと穴が空いちゃったみたいに感じるでしょ?」
霧熊は猫目石があしらわれた《装飾品》を自らの首にかけながら言葉を紡ぐ。
アクセサリーに加工された光石は、原石と違ってその装着者にのみ効力がもたらされる。
猫目石の効力を強制解除された今のグラハムは、霧熊のポケットに潜む《柘榴石の原石》の吸魔の力に捕まってしまった。
「お、ま……、返せッ!!」
グラハムは血眼で霧熊に追い縋ろうとするが、《転倒の魔法》と《柘榴石の原石》の持つ吸魔の力による相乗効果で、
下半身は全く動かず、上半身はまるで厚い皮を被っているかのように感覚がひどく鈍くなっているのが分かった。
柘榴石がその輝きに秘められた強大な魔力を貸与してくれる引き金は『愛情や友情や絆を強め、守りたいとする想い』だ。
しかしそれはグラハムにとって、一番欠落している感情でもあった。
「それとあなたは、最後まで勘違いをしていたよ」
霧熊は片手に持つ《杖》の先をグラハムの額へと向ける。
「レイティアドールとシルビアは、友達なんかじゃない。
あの二人はわたしに生まれて初めてできた、
掛け替えのない、最愛の……、家族なんだから」
その時は静かに訪れた。
体の感覚をほぼ完全に奪われたグラハム=オルブライトは、
唯一働く五感であった視界を奪われ、その瞳は闇に囚われる。
しかし彼は最後まで霧熊の声を耳に収めていた。
その上で改めて思う。
何から何まで、憎たらしい、と。