第十話「vs グラハム=オルブライト②」
『今一度、貴方も気を引き締めてください』
黄色い少年は目の前に立ちはだかった大きな困難をなんとか突破すると、とある一人の少女の言葉を思い出した。
「へへっ、姉さんの言うとおりだったぜ。こりゃ、ちょっと胸張って結果報告ってわけにゃいかねえな」
《属性使い》であるグラハム=オルブライトは、強引に染め上げた黄色い髪を揺らしながら、ゆったりと立ちあがる。
チラチラと視界に流れる電子的な情報が目障りで、グラハムはゆったりと頭部を締め付けていた複合現実デバイスのゴーグルを取り外した。
乱雑に床に放って、額の汗を拭う。
「あーあみっともねえ。自分が放った魔法で傷を負うなんざ初歩的すぎんぜクソが」
忌々しそうに頭を掻きながら、光石展示ホールの奥でショーケースの残骸に背を預けながら脱力して尻をついて気を失っている自らの敵を見据える。
(それにしてもあの殺気……、《スラム》から脱してすっかり角が取れたと思っていたが、どうやらそうじゃなかったみてえだな)
グラハムは少し考えながらも床に転がった自分の《杖》を拾い上げると、その先端を霧熊へと向けた。
両者の間は約10m。このくらいの距離なら、絶対に外しはしない。
「なんにしても、ここで終わりだ」
グラハムは少しだけ間を起き、
「あばよ」
黄色い少年の軽い調子の声が、少し重みを増した。
頭の中で術式を組み上げ、そこで練られた魔力が《タレント》を通して顕現する。
その少し前の事だった。
グラハムの身体が、横から凄まじい衝撃を受け、
そのまま廊下を数メートルほどノーバウンドで吹き飛ばされた。
「ぐ、ぅあ、っは!!」
グラハムの肺から全ての酸素が吐きだされる。
一体何が起こったのか分からなかった。
言葉では言い表せないほどの激痛が、かなり遅れて全身を駆け巡った。
のたうちまわるグラハムはかすむ視界をなんとか認識し、カツカツと足音を立てて自分に近づいてくる何者かを捉えようとする。
それは、白く、白く、白い幼女だった。
それは、瞳に真紅の光を携えた幼い怪物だった。
それは、グラハムが追い求めていた捕獲対象だった。
それは、世界の秩序を乱す、最優先されるべき末梢対象だった。
「レイ、ティア=ロンバルド……ッ!!」
「はん? アンタみたいなクソ野郎に知り合いなんていないんだけど」
外見年齢10歳ほどの幼女が片手を腰に当て、まるで大人の女性が美を意識するように、白い髪を払った。
「ったく。いつまで経っても鍵を開けに来ないと思ったら、やっぱり抜け駆けしていたのね」
階下へと繋がる階段が透けて見えそうだと思うほど白く透き通った肌を持つ幼女は、光石とガラス片が乱雑に散らばる新設の展示ホールへと目をやる。
具体的には、奥で気を失っている一人の少女へ。
「で、私らをわざわざ誘いこんで何をしようってワケ?
生憎だけど、そういう仕事はいくら金を積まれてもやるつもりはないわよ」
「クソがッ!!」
グラハムはがむしゃらに杖を振るった。
そこからは、二つ、三つと魔法が発動された。
それらは凄まじい衝撃波となって、階段の前に立ち塞がるように立つ白い幼女を赤に染め上げようと、音速の域にまで達した。
「風? いや空気そのものを操る魔法……、アンタ《風属性使い》?」
しかし。
そこにいる幼女は、ただただ白い。
その神秘的で究極的なまでに純白の柔肌には、風穴どころか切り傷ひとつついていなかった。
だがそれは別にグラハムの魔法が外れたわけではない。
唐突に放たれたとはいえ、猫目石の効力が付加された強力な魔法は全て、
確かに小柄な少女の急所三ヶ所を的確に射抜いていた。
「テメェ……、その《暗号符》は!!」
「ああこれ? 最近ウチに入った新商品。知り合いにこういうの作るのが好きな変わり者がいてね。秘密裏に提供してもらってるの」
幼女が身にまとう黒を基調とした洋服は、彼女のしなやかなボディラインをくっきりと浮かび上がらせていた。
レイティアドールは膝に届くほどの丈のスカートを艶かしく太ももまで捲り上げる。
するとそこには、手のひらサイズの奇怪な紋様が浮かび上がっていた。
その紋様は、知識あるものが見ればどのような効果であるかは明白だった。
それは『正面からの超常を無差別に相殺する』もの。
つまり、彼女の身体自体があらゆる魔法や魔術に対して頑強な盾として機能するということだ。
《暗号符》とは身に付けることで何かしらの恩恵を得ることが出来るものだ。
昔で言うなら、交通安全や学業祈願、無病息災の御守りのようなものと思ってもらえればいい。
実際にこれはそういった曖昧な偶像崇拝が、魔力という全く新しい力を与えられたことで進化を遂げたものだ。
昔とは異なり、ただの神頼みでしかなかった御守りの効力を現代の技術では実際に付与することができるようになったわけだ。
本来なら魔術的な意味を含む物をポチ袋等に入れて持ち歩くことで自らの身体能力を強化したり危険から身を守るためのものだが、
白い幼女の使うそれは、濡れた布などで擦ると肌に張り付くタイプのシールに特殊加工されたものだった。
その黒い紋様には複数の難解な記号が入り混じり、それらは彼女の身に宿る魔力をタレントを介さずに体外へ排出し適した効力を維持している。
「…………、」
グラハムは笑みを浮かべるが、それは余裕からではない。
余裕に見せようと無理に形成した笑みは、完全に引きつっていた。
「で、アンタの目的はなに? 見たところ、外も中もアンタ以外誰もいないみたいだけど」
レイティアドールはまくっていたスカートを戻すと、腕を組んでグラハムを見据える。
仁王立ちの彼女は床に尻をつくグラハムからでもわかるほど小柄で、同年代男子の平均身長を下回るグラハムでさえも、自分より小さな体格だということがわかる。
「『自然の摂理』って言葉を知ってるか」
グラハムは口を開く。
床から上半身だけを起こし、その上半身を壁にして、背後の床面に手を添えた。
「いわば、世界の均衡を保つためのサイクル。命あるものは生まれ、生き、そして死ぬ。
そのサイクルは何者も干渉してはならない。それを揺るがすことは、世界の均衡を崩すことと同義」
「で? それは今の私の質問の答えになってるの?」
「……、俺たち《黒き月》は自然の摂理を尊重し、それを侵害するモノを排除することで『必然の循環』を維持することを目的とした組織」
少女の眉がピクリと動くのが分かる。
グラハムは探りを入れるように言葉を続ける。
あるいは、これは彼にとっては賭けだったのかもしれない。
「三年前の冬。《レフタイル大陸》最西端の国、《アリヒ》。
そこにある教会の地下墳墓で、自然の摂理を汚す冒涜行為が執行された。
教会は俺たちみてえな連中からそれを隠蔽するために秘密裏に事を運んでいたみてえだがな。
さてここで問題だ。死体に囲まれた地下墳墓で行われた、『自然の摂理を侵害する冒涜行為』って、一体なんだと思う?」
これは質問ではない。
グラハムが発した言句は遠まわしな、目の前の白い幼女に対する皮肉だった。
「…………」
幼女は言葉を口にしない。
なぜなら答える必要がないから。
「『死体の蘇生』。しかもただの蘇生じゃねえ。
死んだモノの体を自分の意のままに操り、その体が朽ち果てるまで奴隷として扱われる残忍な魔術だ!
名前に『ドール』の文字を刻み込まれたお前はもはやただの人形!!
あの魔法使いに操られているだけの、空っぽな人形なんだよ!!
だから俺らはそんな『自然の摂理』から逸脱したお前らを抹消しなきゃいけねえ。世界の均衡を、取り戻すんだ」
瞬間。
純白の生ける屍・レイティアドール=ロンバルドは、
常人とは遥かにかけ離れた脚力で床を蹴り、そのままの勢いでグラハムの顔面へと蹴りを放った。
しかし弾丸のように放たれたレイティアの華奢な足は、ただ美術館の廊下の床を踏み潰すだけだった。
着弾の既のところでグラハムが自らの体を強烈な突風で上へと押し上げたのだ。
猛スピードで突っ込んでくるレイティアの体の上を通過し、グラハムはレイティアドールの背後へと着地した。
「知ってるぜ」
グラハムは口にする。
光沢を帯びた《杖》を構えながら、レイティアドールから視線を離さない。
「テメェ、【X判定】なんだろ?
だから《暗号符》に頼んなきゃ魔法もろくに使えねえ。
哀れだよなあ? 本当は腐るほど強大な魔力を生まれつき秘めていたかもしれないのに、
《タレント》がないからってそれを満足に発揮することができねえなんてよ」
「最近の科学技術って凄いのよ? 私みたいな【X判定】でもちゃんと魔力を引き出せるような道具を次々と開発してくれるの。この《暗号符》だってそうだし、アンタの首についてるその光石だってそう」
「ああ確かにそうだな。才能格差による差別をなくすために、今世界は躍起になってる。
だがな、所詮そんなものは開発途中でいずれ頓挫しちまうよ。
考えてみろ。もしそんなモンが更に開発されちまったら、次に風評被害を受けるのは誰だと思う?
【F判定】の烙印を押された奴らさ。
今まで散々見下してきた唯一の格下がいなくなっちまうんだ。
そうなれば必然、次は自分たちも含めて社会のゴミにされるんじゃねえかって恐怖する。
そんなモノの発展を、世間が許すはずがねえんだよ」
赤い光が二つ、ゆらゆらと揺れながらグラハムに迫る。
魔力を引き出す力を持ち合わせないレイティアドールがその欠点を補う形で使用する《暗号符》には様々な効果がある。
だがその性質ゆえに融通のきくものは少ない。
身体能力の大幅な補強、自らを害なす魔法の相殺など多種多様に見えるが、これには制限が存在する。
そもそも《暗号符》は歯止めがきかない。
一度魔力を持つものに《暗号符》を適用すると、
その魔力がなくなるか、使用者から《暗号符》を剥離させない限り延々とその効果を放出し続ける。
つまり一人の人間に複数の《暗号符》を使用してしまうと、
その分だけ魔力を放出してしまい、強力な《吸魔の石》に魔力を吸い尽くされた時と同じ状況に陥ってしまうのだ。
「お前はすでに二つの《暗号符》を使ってる。
『身体能力補強』に『攻撃魔法の相殺』。
これだけでも【湖沼級】の魔力を常に放出していることになる」
「だから?」
双方間の距離およそ3m。
純白の幼女と、黄金の少年。
お互いの視線は確実に相手を捉え、その些細な動き一つひとつを窺っている。
次に口を開いたのはグラハム=オルブライト。
「【湖沼級】以上の魔力を有する魔法使いなんて滅多にいるモンじゃねえ。
おまけに、《暗号符》ってのは基本的に自らの身体を保護、補強するためのものだ。
攻撃性のあるものはそれだけで多大な魔力を必要とする。つまりッ!!」
グラハムは《杖》を素早く振り、レイティアドールの足元に魔法を放った。
瞬間、それに呼応するように猛烈な上昇気流がレイティアを襲う。
それは『正面からの超常を無差別に相殺する』という《暗号符》の隙をかいくぐったモノ。
真下から顕現したそれは、いとも簡単に身長135cmの身体を軽々と舞い上げてしまう。
「いくら身体能力が常人を遥かに上回っていても、空中に浮かされちゃ何もできねえだろ」
レイティアが空中で視界を定めた時には、すでにグラハムは次の攻撃魔法の準備を終えていた。
使われる魔力の強度は猫目石によって爆発的に増強される。
放つのは無数の真空弾。
たとえレイティアが正面からの魔法を打ち消してしまうとしても、四方八方から魔法を打ち込めば必ずどこかの急所にあたるはずだ。
「ハチの巣になりやがれ!!」
耳をつんざくような甲高い音が、館内に響き渡った。
触れれば人間の皮膚などバターのようにスライスしてしまう無数の真空の塊が、空中に舞うレイティアへと一斉に襲いかかった。
そして。
その正確すぎる真空の群れが、確実に白い少女の柔肌を赤に染め上げた。
殺傷能力の伴った全ての真空弾は、驚くほど正確にレイティアの急所を複数貫き、その先にある天井や壁、窓ガラスなどを次々とを砕いていった。
グシャリ。
生々しい水音を立てながら、小さな幼女の身体は床を跳ねる。
数秒の静寂は、グラハムには数時間にも感じた。
それは、決して油断のできない数秒。
普通の人間ならば絶命している状態であれ、先程まで目の前に立ちはだかったソレは、果たして普通の人間であったか?
慎重に。
最後まで慎重に、グラハムはレイティアの様子を窺う。
しばらくしてその風穴だらけの少女の左手首に手を添えた。
そしてゆっくりと、彼は確信を得る。
グラハムは無様に床に転がったソレに背を向け、目を閉じた。
「こちらグラハム=オルブライト。捕獲対象の絶命を確認。
対象の生死は問わないってことでよかったよな?」
空気が揺らぐ。
空間に漂う風が、空気が、グラハムの声をこの場ではないどこかへと運んでいく。
そして、風や空間はどこからか新たな振動を運んできた。
『すでに殺してから任務の内容を確認しないように。
任務が完了したのなら速やかに対象を連れ帰ってきてください。
クロックホルムの方にはこちらから連絡しておきます。
撤収が完了し次第、また連絡してください』
そこで、空気の振動は途切れた。
グラハムは目を閉じたまま深く息を吸う。
グシャリ。
グラハムは目を見開く。
生々しい水音が聞こえたのは背後。
そこには、もう動くはずのないモノがあるはずなのに。
ありえない。
黄金の少年の内には、様々な感情が渦巻いた。
それは疑問であり、恐怖であり、虚無であった。
それらは、グラハムがその場に杭を打たれたように動けなくなるには充分すぎた。
ネトラ、ネトリ、ネトル……。
粘り気のある水音を響かせながら、その『足音』は明確にグラハムの背中へと近づいている。
「なにをした……、テメェ。完全に脈はなくなっていたはずだ」
グラハムは背後を確認できない。
後ろへ振り返ったその瞬間、何をするにも相手の方が先手を打つことになる。
「アンタ、さっき自分で言ったでしょう。私は『空っぽな人形だ』って」
足音は背後数メートル……、いや数十センチまで近づいて止まる。そして聞こえてきた声は紛れもない。
先程まで交戦していた白い幼女のものだった。
「死んだ人間の身体に風穴を開ける、死んだ人間の脈を測る。それって凄く滑稽なことだと思わない?」
顔を見ずとも分かる。
幼女の声は、悦楽に浸った笑みを含んだものだった。
言われてみれば当たり前だ。
グラハムは、今まで何人もの人間、異種族と対峙してきた。
その全員が自然の摂理を脅かす、死を超越しようと試みた魔術師や魔法使いたちだ。
しかしそもそもグラハムが手に掛けたのは『人間』である。
それも生きた、通常の人間。
「……、正直、『《死屍起し》とその奴隷の回収』なんて任務を託された時は、
そんな噂話を信じるなんて、ついに上も頭がどうにかなっちまったと思っていたが……、こう目の当たりにすると心底気持ち悪いぜ」
「言いたいことはそれだけ? それならこっちも言わせてもらうけど、アンタは二つ誤解をしている。
まず一つ、私はシルビィに命をもらった人形ということを自覚している。
その上で私はそれを受け入れたし、今の生活が私にとっての幸せだと思ってるわ」
「泣けるねえ。その都合の良い感情も、お前を従順にさせるために術者が植え付けたものなのに」
「そして二つ目。アンタは私の魔力クラスを見誤っている」
動いた。
行われたのは回避行動。
行使したのはグラハム=オルブライト。
彼はまだ13歳という若さにして、おそらく同年代の誰よりも多く、人の死というものに関わってきた。
そんな彼でさえ本能的に悟った。
コイツは、危険すぎる。
今まで対峙してきた幾許もの魔法使いたちの比ではないと感じたグラハムは、自らの身体を下から持ち上げる形で《風属性魔法》を行使する。
大きくバランスを崩しながらも、転がるように背後に立っていたソレからなんとか距離を取る。
すぐさま立ち上がり、ソレを正面に見据える。
先ほどまで真っ赤な風穴が空いていたはずの人形は、すっかり元通りの真っ白で透き通った幼女の姿を取り戻していた。
バチィッ!!!! という轟音が響いたと思えば、レイティアドールの右手から更に白く輝く光の帯が無数に迸っていた。
それは別に、彼女が強力なスタンガンを握っていたわけではない。
その眩い光の糸は、紛れもない魔法によって発現したものだ。
レイティアドールは白蛇のように自らの体にまとわり付く光の糸を、まるで振り払うようにして腕を振るうと、白い光は枯れ木のように無数に枝分かれしながら黄金の少年へと襲いかかる。
グラハムは咄嗟に杖を振るって《結界騒霊術》を発動する。
しかしそれは呪文も紡がれず、ただ杖を振るうだけで発現したものだ。
効力よりも瞬発力を求め、雑に組まれた術式には綻びが生まれる。
威力は半減されたものの、レイティアの放った電撃の魔法はグラハムの肌に焦げ跡を残す。
「痛っ……、《閃色の鎧》か……」
「そんな大それた代物じゃないわ。これは……、そう。試供品ってところね」
「《暗号符》ってのは、個々で開発が可能なレベルにまで世の中に浸透してるわけじゃねえはずだが……、それもあの《死屍起し》があしらえたのか」
「アンタ、まさかここまで調べ上げておいてシルビア=ローゼンクロイツがどんな人物なのか、知らないわけじゃないわよね」
「ハハッ!! まあいい。どうせすぐ事は終焉を迎える。向こうは既に、任務を完了しているみたいだしなあ!!」
レイティアの目が見開く。
その赤い光を宿した瞳が収縮した時、彼女の脳裏には激しい情景が駆け巡ったことだろう。
『その仕事は、一度にこなしてもらいたい。
だから、二手に分かれてもらう必要がある』
とある男が、そんな言葉を放った。
考えてみればあの時から、
レイティアドール=ロンバルド、
シルビア=ローゼンクロイツ、
霧熊霞美の三名は既に第三者の術中にはまっていたのだ。
現状、レイティアドールの前に立ちはだかるグラハム=オルブライトという少年の口ぶりから察するに、レイティアドールと霧熊はこの美術館に意図的に誘い込まれたことになる。
このタイミングで奇襲してきたこと、
それから無関係の霧熊を先に襲ったことを考慮すると、
《BUY MORE》の二人がここに来る原因となったあの依頼そのものが、魔術結社《黒き月》が仕組んだ罠というのは想像に難くない。
だとするのなら。
シルビア=ローゼンクロイツは、今どこで何をしているのか。
彼らの主張する『自然の摂理への冒涜を行った人物』とは、そもそも誰だったのか。
「あの場で《ソロモンの鐘》を引き合いにだしたのは……ッ!!」
「探究心の塊と称されるあの魔法使いのことだ。
自分の知識の外界にあるものの魅力に釣られて、シルビア=ローゼンクロイツは絶対に《ソロモンの鐘》を取ると踏んだ!!
そして見事、奴は術中にはまったんだ。
お前になんの変化もないってことはまだ死んではいないと思うが、果たしてナニをされてるんだろうなぁ……?」
「い、行かな……、きゃ……」
レイティアドールは、まるで自我を喪失したように動き始める。
一切チカラのこもっていない、か弱い一歩。
それは本来、外見に相応しい幼き挙動であった。
思考が硬直し、それでいてなお無理やり身体を動かして足を進めようとする。
そんな背中を見て、グラハムは思わず唖然としてしまった。
「オイオイオイオイ……、なんだあ? その情けねえ背中はよぉ。急に弱々しくなりやがって」
魔法とは、簡単に人の命を奪うことができる。
そんな力を有する者同士の決闘において、相手に背中を向けることは自殺行為そのものであることは、裏稼業に身を置くレイティアドールが知らないはずがない。
しかしレイティアドールには目の前の死闘に背を向けてでも、足を運ばなければならない場所があった。