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狭間の郵便配達員  作者: 仕方舞う
2/16

結衣の手紙と母の想い

 翌日、橋一は張り切って午前6時に出社。特に時間を指定された訳ではない。何としてでも閻魔堂を軌道に乗せ、永続勤務の夢を叶えたい。野望が胸の奥から漏れ出ている。

 閻魔堂には、丸坊主の青年しかいない。

「おはようございます。今日からお世話になる安田橋一です」

 青年は、黙ったまま、手紙の仕分けに勤しんでいる。

「あ、あの…聞こえてる? 青年?」

「うるさいな! 邪魔だから黙っててくれ! それに、青年じゃなくて名前で呼べ」

 そこまで言いながら、ちっとも名前を言い出さない。

「…名前は?」

兼森夕次(かねもりゆうじ)

 名前を言うと、再び黙ってしまう。

「俺の仕事は? 羅刹さん居ないけど、配達とかないのかな?」

 夕次は、橋一を鼻で笑う。

「仕事はねぇよ」

「嘘だろ? だって昨日、沢山運ばれて…」

 作業を止め、木箱が入っていたダンボール箱を持ってくる。木箱がぎっしり詰まっていて、その上に手紙が束で纏められている。夕次は、手紙を退かし、木箱を開ける。中身は空。

「纏められている手紙は、ポストに投函する低価格品。大手が回してくれた仕分けの仕事用だ。木箱は、ただの備品。今のところ予定無し。お前の仕事も無し」

 橋一が受け持つ事になっているのは、木箱に入れて直接依頼先に届ける高級品。生者である利点を生かす必要があり、それ故に高額になっている。閻魔堂が希望に掲げるぐらい希少で、黄昏の町にまだ存在が知られていない。

「じゃあ、給料は?」

「月5万で終わりだろうな」

 その場に倒れ込む橋一。弟の入学資金を工面できると思っていただけに、その落胆ぶりはただ事ではない。

「…頼みがあるんだけど、他の仕事を回して貰えないかな?」

「無い。来たばかりの新人に任せられる訳ないだろ!」

 折角手に入れた仕事だが、早速転職を考え始める。弟が待っている。無給で頑張っている余裕は無い。

「また虐めているの? 夕次」

 アイスを食べながら、結衣が現れる。

「現実を教えてやったんだよ。それの何が悪い?」

「嘘ばっかり。現世に配達できる人員が現れた以上、控えていた金持ち達が黙っていないでしょ。羅刹じいさんは、注文を受けに行っている最中じゃないの?」

 真実を告げているだけなのだが、橋一には女神のように見えた。

「本当か?」

「間違いないわね。閻魔堂復活は羅刹じいさんの悲願だから」

「いや~、教えてくれてありがとう」

 橋一は、再び元気を取り戻す。

 そんな橋一の様子を見て、結衣は何やら不気味な笑みを浮かべる。スカートのポケットから手紙を取り出す。

「でも、今は暇よね? これ、届けて」

「手紙?」

「ちゃんと手渡しでよ!」

 受け取った橋一は、宛先を見て驚く。

「お母さんへ…って、大丈夫なのか? まだ死んでいないのに、こんな物を持って行ったら…」

 馴染み具合を見る限り、結衣は黄昏の町に長い間居る。それは、脳死を宣告されても、諦めず待ち続けている証。いつか目を覚ます、また幸せな日を送れる。母は、諦めるつもりがない。そんな状態で、いきなり死者の国から手紙が届いたら? 絶望するか、激怒するか、そのどちらかだろう。

 受けられないと、結衣に返そうとする。だが、既に結衣の姿はない。

「困ったな~……でも、仕方ない」

 悲しむ姿を見たくない。でも、それは橋一の想像。親子にしか分からない理屈があるかもしれない。気が進まないが、取り敢えず手紙を届ける事にした。

「知らねぇぞ。後でどうなっても…」

 橋一に聞こえない小声で、夕次は忠告。

 それは、自滅を願う心の表れ。



 午後3時、市内の総合病院に到着。

 受付で結衣の病室を訪ねる。すると、警戒するでもなく、困った顔をする。

「申し訳ありませんが、親族以外の面会はご遠慮ください」

「そこを何とか。この手紙を届けるだけなので…」

「そう言われましても…」

 病院に来て分かったのは、6歳の時の事故が原因で、10年間脳死状態のまま目覚めていない事。最初は面会も許されていたらしいが、母親の意志で、親族以外面会禁止になった。有名な話らしく、一般患者に聞いただけで分かった。

「私が、届けましょうか?」

「手渡しと言われているので…」

 門前払いされる事を知っていてお願いした。だとするなら、揶揄われただけの可能性もある。進展も見込めないし、一旦引き返そうと考え始める。

「どうしましたか?」

 橋一の背後に現れたのは、春歌。前日手紙を届けた相手。白衣姿で、喪服姿とはかなりイメージが違う。親身に対応してくれる離島の医者といった雰囲気。

「昨日は、本当に助かりました。もしあの手紙が来なければ、遺産相続で大変な事に」

「俺はただ届けただけで。でも、そう言ってもらえると嬉しいです」

「ところで、何を揉めていたんですか?」

「実は…」

 橋一は、春歌に事情を説明。

「そうでしたか」

 春歌が受付の女性に目で合図を送り、自ら案内を買って出る。死者からの手紙を受け取った経験者、話が早い。

「春歌さん、ありがとうございます」

「副院長ですから、このくらい楽勝です」

 橋一は、上級役職者には非常に弱い。倒産の悪魔として名が知れ渡ってから、何度も不採用を言い渡された経験の所為。

「ご迷惑かけました! では、これにて失礼します!」

 急に素っ気なく立ち去る橋一に、春歌は慌てる。

「今度お話しませんか?」

「え、えっと…遠慮しておきます!」

 副院長と知ってしまった以上、今まで通りに対応できない。トラウマから逃げるように去って行く。



 春歌に見つからないように探す事一時間、ようやく3階でそれらしき部屋を発見。303号室、名札には、籠島結衣(かごしまゆい)。フルネームに馴染みは無いが、他に該当する名前は確認できない。違ったら謝る覚悟で断定する。

「さて、どうしたものか…」

 先ずは、疑われない設定を作る。面識がない時点で、知り合いは不可。年齢が離れている時点で、友達も無理。ふと、サスペンスを思い出し、良いアイディアを閃く。

「すみません」

 病室に入ると、生命維持装置に繋がれた結衣の姿が目に付く。吸入器が口に装着され、腕には点滴、喉には管が通されている。心電図の音が虚しく響く空間に、ペラペラと本を捲る音。ベッド脇で、椅子に座り読書をする女性が居る。

「どなたかしら?」

 女性は、本を小さな机に置き、橋一の方を見る。

「突然申し訳ありません。実は、脳死患者とその家族について取材をしている者ですが、この度、同じ経験を持つご家族から手紙を預かり、届けに参りました。結衣さんのお母さんで間違いないですか?」

 橋一が思いついたのは、取材関係者。別人の手紙を持って来る可能性は無きにしも非ず。しかも、差出人が同じ境遇と知れば、目を通してくれる可能性も更に高まる。

「はい。結衣の母、籠島結子(かごしまゆうこ)です」

 取り敢えず、人違いは回避。結子は、結衣の手紙を疑う事無く受け取る。面会禁止にした当人とは思えない柔和な対応。

「読んでも良いかしら?」

「ど、どうぞ」

 何が書かれているか分からないが、せめて傷つく内容で無い事を祈る。

「…まるで、本人が書いた文章ね」

 本人の手紙であると気付かれてしまったか? 橋一は、気が気ではない。嘘で偽ろうか、認めて謝罪しようか、考えが纏まらない。

「そんな顔をしないで。大丈夫、ちゃんと事情は知っています。娘が何処に居るのか、どんな気持ちで居るのか…」

 結子は、受け取った手紙を抱きしめる。その表情は、我が子を抱いている時の様。橋一の心配は無駄に終わった。

「知っていたんですね?」

「黄昏の町で、手紙師をしている。そうですよね?」

 何度も手紙を交わしているから、結衣は橋一に任せた。よく考えれば分かる話。出会ったばかりの他人に重要な役割は任せない。

「……なんだか歯痒いですね。娘が居る場所を知っていながら、会いに行けないなんて…」

 手紙をもらう度に、結子は胸が苦しくなる。存在を認識しながら、触れ合えない痛み。歳月を経る毎に強くなっていく。

「…あの、すみません」

「謝らないで下さい。慣れなくてはいけない事なんです。あの子が望んでいる限り…」

 踏み込んではならない家族の領域。橋一も十分理解している。だが、止められない。好奇心と妙な責任感が一歩踏み出させる。

「結衣は、何を望んでいるんですか?」

「手紙師を続けたい…」

「死にたくない…って事か」

 手紙師を辞める時が来るとしたら、目を覚ますか、死んで転生するか。本人がわざわざ手紙で念を押す状況を考えると、家族に死の選択が突きつけられている…。

「もしかして、延命を止めろと言われている…?」

「…察しが良いですね。病室を空けろ、医療費は足りるのか。病院と親戚から…」

 橋一は、母は強いと思った。孤立無援、目覚めるか分からぬ娘の為に戦い続ける。娘からの手紙を糧に…。

「でも、私は負けません! 結衣を誰よりも愛しているから…」

 橋一は、安心した。この母なら、これからも結衣を信じて守り続けて行ける。でも、一言だけ言っておきたかった。

「俺も祈っています」

「ありがとうございます。何だか、初めての仲間を得た気分。あの、もしよろしければ、お名前を聞かせてもらえませんか?」

「…安田橋一です」

 仲間になったのなら、名乗るのは当然。結衣がどう思うのか些か心配だが、少しでも結子の負担が軽減出来るなら後悔は無い。

「これからも来てください。待っています」

「…はい」

 亡くなった母を思い出した。同じように優しく、強い母の姿を…。



 黄昏の街に戻った橋一は、考え込みながら死者で賑わう郵便局街を歩いていた。手紙を渡せてよかったと思いつつも、正式な手続きを踏んだ配達ではない事に不安を感じている。

「橋一、渡せた?」

 結衣が、路地から脅かすように飛び出す。

「まぁな。喜んでいたぞ」

 手紙が渡せた知らせに、結衣は必要以上に驚く。

「よく受け取ってくれたね。今まで何人かに頼んだけど、橋一が初めて」

「あ? じゃ、じゃあ、結子さん、知らなかったのか?」

「何、その反応? お母さん、知っていたの? 私の事?」

「ああ、手紙師をしている事も…」

 混乱が二人の頭を埋め尽くす。黄昏の町に来れない、黄昏の町と接点がない、その時点で通常の方法では結衣の現状を知り得ない。

「もしかしたら……守護神が教えた?」

「何だ、それ?」

「お母さんには、守護神が憑いているの。害をなす者、相応しくないと判断した者を遠ざける為に」

 結衣は、重要な事実に気が付く。

「……え、待って……守護神が認めた? こんなオジサンを?」

「失礼な奴だな。それより、渡して欲しくなかったのか?」

「そんな訳じゃないけど……大した事書いてないし」

「どんな内容だ?」

「辛くなったら、殺しても良いよって」

 結衣が分からなくなった。優しい母に、どうしてそんな事を言えるのか。

「なぁ、結衣。頑張れよ…」

「急にどうしたのよ?」

「…ずっと待っているんだ。生き返る日を」

 結衣は、溜息をつきながら…。

「…さっさと諦めてくれればいいのに。いい加減解放して欲しい」

 手紙の内容が冗談であって欲しいと思った。でも、違った。母の気持ちとは裏腹に、娘は終わりを受け入れていた。境遇の所為、幼さの所為、どちらにしても許せない。

「ふざけるな!」

 突然怒り始める橋一に、結衣は呆然。

「お前だけは、絶対に裏切るな! 誰よりも愛してくれる人を…」

 圧倒され、結衣は小声で呟く。

「…10年も会っていないのよ。もう、殆ど顔も思い出せない…」

「そんな事ない! 絶対残っている! 抱きしめられた記憶は消えない…」

 橋一の言葉で、母の温もりに満ちた記憶が蘇る。顔も、匂いも、だんだん強くなっていく。

 気が付いたら、結衣の瞳から涙が零れていた。

「…責任取ってよ。思い出した所為で、恋しくなったじゃない…」

「幾らでも責任取ってやる! だから、諦めるなよ」

 結衣は、涙を拭い、笑顔を見せる。

「じゃあ、次もお願いね」

「はっ?」

「手紙の配達♪」

 橋一は、少し後悔した。これからどんな難題と頼んでくるのか不安になる。それでも、結衣の心に光を灯せたのなら、何とか許容できそうだ。

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