表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

その魂に惚れた魔女

作者: 結雪天綺

 ――ここは常闇、ひかりの棲む魔女の森。鬱蒼とした木々草々とはちょうど対照的な孤独、齢にして十六ばかりの迷い人が、しゃく、しゃく、と黒き魔葉を踏みしめる。その少しばかり湿った音は響かずに消え失せ、されど"ひかりの魔女"の鋭く尖った耳孔にはしっかりと届いていた。

 近い。ひかりの魔女は長く伸びた蒼髪を揺らし、琥珀と翡翠をそれぞれ閉じ込めた両眼を爛々と輝かせて、頬をうっとりと桜色に緩ませた。そして、


「あなた、私の夫になりなさい」


 と、互いに姿を知覚出来ないはずの距離で、極めて蠱惑的に、確かにそう言い放った。



 私の夫は段々と甘えんぼうになっていった。


「ねぇ、それとって」


 そんな夫の気怠げな指示に、私は呆れる。

 彼の不思議な発明で世の中は便利になった。例えば井戸水。今まで井戸水の汲み上げは、桶を落としてくるくると持ち上げるのが常識だった。しかしそれは、"真空ポンプ"とやらの発明によって変わった。手押しによる簡易な作業で可能になったのだ。他にも細かい事から革新的な技術まで、様々な場所で彼の発明は活用されている。しかし、


「最近、たるんでない?」


 私の口をついて出た言葉は、直接的な内心の不満だった。彼は発明によって稼いでから、ずっとこの調子でゴロゴロしている。これでは可愛いだけの置物だ。無性に腹が立つ。


「といってもさー、もう出尽くしたんだよねぇ。発明」

「別に些細なものでもいいの。最近、とんとぐうたらになっちゃってる」

「だってこれ以上働く必要ある? ずーっとぐうたらしててもいいじゃんー」


 そう言って夫は寝転がり、くぅくぅと眠りはじめる。働いていない私は、それに有効な反論手段を持ち合わせていなかった。しかし私はそんじょそこらの主婦とは違う。そう、私は魔女。本気を出せば旦那の生殺与奪権なぞ私が握っているのだ。

 決めた。魔女として、夫を教育しよう。教育といったら、育てる必要があるよね。

 私は左眼を金色に光らせて、史上最高傑作の魔法を編み始めた。



 今の私の夫は、夫ではない。


「この身体ちっちゃくて不便。戻してー」


 鈴の音の様なこの声は、()夫の声だ。八歳程度の体躯に、私の片目をそのまま二つ譲ったような翠眼。蜂蜜色の長髪からは、これまた私にそっくりの長耳を覗かせていた。

 私はホムンクルスに夫の魂を宿し、娘として育てる事にしたのだ。流石私の最高傑作、膨れっ面も可愛い。


「無理だよ、アリス。元の身体はもう溶けてなくなっちゃったから、貴女は私の娘として生きるの。そう、アリス。今日からは自分の事をアリスと名乗って」

「何でこんなことしたのさ」

「そりゃ、可愛いだけの置物にぴったりの器を用意しただけよ。いずれ永遠を宿す器に移し替えるつもりだったのだから、早いか遅いかの違いでしょ?」


 実のところ、特に意味はない八つ当たりだった。私としては魂に一目惚れしたのだから、姿形なんてあまり関係ない。ただ、働かないならこうした方が美しいと思っただけ。


「ひかりはいつも何を考えているのか分からないよ。男の魂をこんな器に入れて、どうしたいってんだ」

「少しは女心が分かると思って」

「魔女め」


 そういってアリスは、キッと私を睨めつける。うん、睨みつけているつもりなんだろうけど、身長差と一杯に膨らんだ涙のせいでもはや上目遣いにしか見えない。もう、反則。


 ――私はアリスを抱きしめた。


 うっ、とアリスの嗚咽が漏れる。背中をぽんぽんと撫でると、そのままアリスは子供みたいに泣きじゃくった。



 しばらくして、どこか吹っ切れたようにアリスは泣き止んだ。泣きはらした後のアリスは、迷い人でも夫でもなく、アリスになっていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ