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第1の街。中央。聖なる樹を囲うように五本の樹がそそり立つ。その一角の廊下を鬼の形相で1人の男が走っていた。そして、エルフ最高評議会の扉を無造作に開けた。
「おい、評議会はなにをやっている!結界が破られたと報告が」
男の言葉が止まる。
「なんじゃ、騒々しい」
「そないに、慌てなさるな」
「もう一杯飲むかえ?」
「あ、いただきます」
そこでは最高評議会のジジババがのんきにお茶を飲んでいたのだから。お世話役を巻き込んで。男はブチ切れ吐き出すように怒鳴り散らした。
「建国以来破られるはずのない結界が破られたんだぞ!なにを悠長にお茶など!」
「お主こそ少し冷静になれ」
真ん中で1人お茶を飲んでいたエルフ。1番年上のエルフだろう。怒鳴り込んできたエルフを一喝する。鋭く否められた男は口を閉ざした。
男は目を伏せ大きく息を吸った。吸った息を長い時間かけて吐き出したあと真っ直ぐ見つめ口を開いた。
「…長老、話しても?」
「よい」
男の目を見て長老は発言を了承した。
「…結界は修復済みだが、…少し危機感を持っていただきたい」
「精霊達は落ち着いておる、むしろ喜んでいるようにも見える……たいして害もなかろう」
しばし二者が睨み合う。
「……わかっている。だが、ハマールの隊を向かわせた」
「お主の好きなようにせい」
長老のその言葉に苦味を潰したような顔になった。
「失礼する」
そして、吐き捨てるようにそう言うと乱暴に部屋を出て行ってしまった。
越えられることのない山脈を越え、破られるはずのない結界が一時的に消滅し侵入者を許した。
なぜ、ここまで取り乱すのか。エルフという種族は精霊と共に今まで歩んできた。精霊には感情がない。しかし、外からの感情に酷く影響される。故に、もし危険因子がこの国に入ろうものなら精霊達はこんなにも穏やかなはずがないのだ。そんなこと、大地の母ハマロフィンの子供達なら考えずともわかること。
「…アスティアにも困ったものだのう」
「そうじゃな。精霊を疑うなどと本来あってはならんことじゃ」
「おっとと。ハル様注ぎすぎです」
「ええ?ぁあ、すまぬ。…そうかえ?妾は好きじゃぞ。ああいう進化恐れぬ若造は」
「ふん、アルティアはお主にそっくりじゃ」
「なんじゃそれは褒め言葉かえ?ラルクラフト」
1番年上のノスフェラを始め、ラルクラフト、そして唯一女性であるハルルーラ。300歳が寿命とされるエルフ。3人で年齢を合わせると800歳を超える。長い月日を生きてきた彼らにとってこのような事態はあまり心を驚かすものではなかった。
「ふふ、ごめんなさい騒がせてしまって」
ふわりと現れたのはこの国の守護者にして長きにわたりこの国を見守ってきた精霊。
「ハマロフィン様」
唯一、精霊の中で実態を持ち自我を持つ彼女はまさに精霊の王。
各々、静かに頭を下げた。
「どうもシーが帰ってきたみたいなの」
シーという聞きなれない名前。余程の関わりがあるものなのだろう。皆、口は出さない。
「…左様でございましたか」
「ハマロフィン様のお知り合いとは珍しい」
「そうね、久しぶりで舞い上がってるのかも?」
照れたように笑うハマロフィンを彼らは初めて見たことだろう。
「それはそれは、一緒にお茶を飲みたいものじゃの」
ハルルーラがカラカラと笑う。
「ありがとう、細かいことお願いしてもいい?シーを懲らしめてくるわ」
「…はぁ、心得ました。ハマロフィン様」
長いため息の後、ノスフェラは了承した。
「ふふ、お願いね」
そんなため息をわかった上で笑ってハマロフィンは答え姿を消した。
「あんな生き生きとしてるハマロフィン様初めて見ました」
「妾も初めてじゃ」
「余程の者なのだろうのう」
お世話役が呟くと各々も頷いた。
「精霊の、自然の心に触れようなどと浅はかなことよ」
「あらー、知らない顔が増えたね」
6人程度か。エルフ達が私たちを取り囲んでいた。
「ほらほら、カルーヤたいちょー。大丈夫ですよ。精霊達があの人の周り飛び回ってますよー」
「アイシャの言う通りっすよ。自然を疑ってるようなモンっすよ」
「ええい、アイシャ、ハイロードうるさい!精霊に頼らない勘と知恵を持っていかなければならんのだ!」
アイシャと呼ばれた女のエルフとハイロードと呼ばれた男のエルフがカルーヤと呼ばれたエルフに言う。さっきの面持ちは何処へやら。なんとも言えないこのうだうだ感。
「ちょうどその子たちに身柄を預けたところよ」
笑いそうになるのを抑えながら状況を簡潔に言った。
「そうなのか!!」
ギラリと睨まれたチタとサラは恐縮し、はいっ!と答えた。殺気の量を間違えてるだろ。チタとサラが恐縮しちゃってあらまあ可哀想…。
「ならば、そのまま中央へと連行する!父上_____若頭の元に突き出してやる!」
カルーヤがそう言うと、エルフ達がしょうがないなというように動き出した。
「全く、困った人ね」
私の目の前にふわりと現れたのは、私の1番目の妹。
「ハマロフィン様!」
エルフ達は各々頭を下げた。
「ごめんなさい、カルーヤ。この人はディモンシーよ。私と知り合いなの」
にこりと説明するハマロフィンにカルーヤは混乱してる様子。
「えっ、あ…」
「そうだったんですかー!」
「精霊様が言うっすよ。疑うも何もないっすよ。元々ないっすけど」
「ふふ、ディモンシーあなた知名度低いわよ」
前の3人が言い合っている中、ハマロフィンが私に話しかける。
「どの口が何言ってんのよ。ところであれ何?傑作なんだけど…」
私を抑えながら指をさす。
「これでも頑張ってるのよ。彼らなりに」
にこりと微笑む彼女の笑みはまさに子を愛する母親そのもの。私は軽く「そう」と返すことしかできなかった。
「…精霊様。失礼ながら説明願います」
キリリッとした面持ちでカルーヤがそう言った。…どれだけ持ち直しても彼の印象など後の祭りだが…。
「そうね、精霊と人の中間ってところ?んー、そう説明したほうがみんなも納得が行くかな?」
「半精霊だと…?」
「ええ、そういうことになるわね」
「……」
何を言ってるのか理解できないらしく。驚いたまま固まってしまった。
「くっふふ、ぅん〝ん……カルーヤといったわね、そんなに妬かないで。後で美味しいケーキご馳走するわ」
「ケーキ…?」
首をかしげる彼はまた可愛らしい。コロコロと表情の変わる彼。まだ笑っちゃダメだ。様子を見よう。
「カルーヤたいちょー、知らないの?人族のあまくておいしい食べ物のことだよ」
またも馬鹿にされている彼に私はついに声を出して笑ってしまった。
「シー?」
「くふふっ、なによ…」
笑いをこらえきれず笑っているとハマロフィンに声をかけられた。しかし、振り返った瞬間笑いが一気に引いた。
「言ったわね?」
にっこりと微笑んだ。背筋がぞくっと危機感を覚えたのは言うまでもない。
「400年間も心配させといてようやく帰ってきたんだものね。しっかりゆっくりここで休んで行くといいわ。なんだか、旅話もたくさんあるみたいだし?そうそう、聞けば人族の方で美味しい美味しいケーキ家を作ったっていうじゃない?」
ニコニコと微笑むハマロフィンが怖い。
要はつまり、400年も心配させてようやく帰ってきたかと思ったら土産の1つもないのかと思っていたところだったと。そしたら?…私は確かに聞いたぞ。言ってませんなんて言わせねーぞ?人族で発案したケーキをたらふく食べさせてもらうまでこの国から出さないから覚悟しろ、と。
「はは、」
我が妹ながら、随分と抜け目ない。
これはバケツを掘ったかもしれない。




