束の間の闘争
いきなりの状況で辛くも得た勝利に酔い痴れていれば、ロドリーが目を覚ました様で粘液塗れとなった顔を手で拭いながら身体を起き上がらせていた。
「うぇ…slug、容赦なさすぎ… …slug?」
話しかける様にslugとしきりに呼べば、反応が返ってこない事で周囲を見渡している。
slugはロドリーの横でバスケットボール大になってぐったりとして、それを見たロドリーは慌てて抱きかかえ
「slug!?え、なんで?!何があったの?!」
slugを抱きかかえ詰め寄る彼女に、説明するから落ち着いて…と、平手を差し出し制止させれば
「そいつに魔素石を食わせたら、縮んだ。」
と、自信満々に言い放てば魔素石をロドシーに突き出して見せてやる。
ロドリーの目が疑る様に細まり、石を見れば大きく目を見開く。
「slugの魔素を吸い取らせちゃったの?!!」
理解ができたようで何より。俺が仕事できる男だと理解できただろう?
と思っていたが、ロドリーはなぜか項垂れてしまった。ロドリー?もしもーし?なんて目の前で手を振ってみる。
「信っじられない…!馬鹿!阿保!!間抜け!!!」
顔を勢いよく上げたかと思えば沢山の悪口が俺に向かって投げ掛けられた。
こちらとしてもぽかーん、だ。俺は命の危機を救ったんだぞ?
「この子はねぇ!!この牧場の一番上質な岩を生んでた子なの!!あぁもぉお!!こんなの呼ぶんじゃなかったぁぁ!!」
「こ…こんなの…!?こんなのってなんだこんなのって!つーか牧場の家畜ぅ?俺を襲う様な危険な奴だろーが!!」
「勘違いもいい加減にしてよねッ!!!この子はここでご飯を食べるの!!!でも貴方みたいな雑魚がⅯんが一にでも食べられない様に私が抑えてただけ!!」
「はぁ!?誰が雑魚だ誰がぁ!!図体だけデカイナメクジすらワンパンしたんだぞ俺様はァ!!つーかお前なんてその優しいナメクジちゃんに呑み込まれてたじゃねぇかよぉ!!」
「あーれーはslugの好きなスキンシップなの!!!貴方を売ってもこれじゃあ仕事すらままならないじゃない!!責任取りなさいよ責任ッ!!」
「ンだそれはよォ!!先に言えよ先にぃ!!こちとらお前が死んだら帰る方法も見失って八方塞がりになるから必死こいて助けてやろうとしたんだぞ!!」
「責任取りなさいって言ってんのよ!!言訳はもうたくさん!!」
「い…言訳じゃねぇ!!!!」
俺は悪くねぇ。思わずあげてしまった大声に自分も驚いて顔を俯かせた。
このまま黙るのは自分の非を認める様なもんだ…こっちが折れてやる体で「責任って、なんだよ。」と俯きながらもロドリーを睨んだ。
異世界に来てまでこんな惨めな思いをしなきゃいけないなんて、本当に最悪だ。
ロドリーの要望…もはや望みともいえないような恐ろしい言葉の数々に震えが止まらなかった。
この牧場の経営は元から火の車で、稼ぎの大半を占めていたslugを伸した俺にはそれを補うべく勤めてもらうこと。
牧場の管理、家畜の管理、家事炊事掃除洗濯、外への買い出しに畜産販売…
ほぼ一人で切り盛りしろと言うのだ。無給で。就職さえしたことないのにそんな大量の仕事を押し付けられ眩暈と頭痛がしてくる。
言葉が出ない。絶望だ。突然意味不明な場所に飛び出たかと思えば、違う世界だの、巨大なナメクジだの、牧場でただ働きだの……… 自分の置かれた状況を整理すればするほど、直視したくない疲労感が身体に圧し掛かって溜め息が出る。
「…具体的には、いつまで働けばいいんだ。」
要求を全て呑むのは怖すぎるが、断る勇気もない。話題を逸らすかのように俺はそう聞いた。
ロドリーは指折りしながら何かを数えて
「半年ぐらいかな。」
半年も………。 いままで散々時間を無駄にしてきた俺だが、この先6か月も重労働をさせられるのだと想像しただけで胃が痛い。
なんとかして逃げられねぇかなぁ…
「あー…そう、そうだ。slugから魔素石に魔素を移せたように、魔素石からslugに魔素を移せば…」
「さっき言わなかったっけ。魔素石から魔素を取り出せるのはガチャポンだけなの。」
「な、なら他に稼ぐ方法探すとか。薬草を探したり、宝石を採取りに行ったり。」
…つーかこいつしれっと敬語が抜けてやがる。
「この辺りに目ぼしい資源はないわよ。イワナメクジの主食になるヌメリ草とコンクリ岩ぐらい。どっちも売り物にはならないわ。」
イワナメクジ育成用の土地っつーわけか…まぁ、だから牧場には最適なんだろうけど。
「…じゃあslugを売るとか。」
その言葉を聞いたロドリーが溜めていた怒りをまた爆発させる。
「あんたねぇ!"タモツ"のくせに"スラグ"を売るとか考えるなんて信じられないッ!」
やけに名前を強調され、まるで俺という存在を否定されたようでイラっときた。だがそれを表情には出さず「どういう意味だよ。」と返す。
「貴方の名前はタモツ。私はロドリー。この子はスラッグ。イニシャルはTとRとS。階級は私、スラグ、タモツの順番よ。」
「…名前で優劣決めるってのか?」
どうにもこうにも文化の違いがありすぎる。名前で偉さが決まるのなら"ア"で始まる苗字が強すぎるだろ、不公平だ。
「えぇ、その通りよ。あなたはモノノベのタモツ。MとT。…けれど、私の世界だとMの付く名は禁忌になってて、外世界モンスターがその名を関している場合に除外するの。だから貴方はT。…Tぐらいは分かるわよね?」
状況故に知識の無さを認めざるを得ねぇが、煽られるのも納得いかねぇ。だけど、それでこいつが満足するんなら大人しくしてやる。
「あぁ。A、B、C、D、E、F、G、H、I、J、K、L、M、N、O、P、Q、R、S、T、U、V、W、X、Y、Zだろ。」
「じゃあ、Tの貴方は何番目?」
上から。って意味だろうか。えぇっと…A、B、C………
「20、か?」
「ぶぶー、はずれ~。」
あ?なんでだよ、A、B、C……… 指折りして数えれば、確かにTは20個目だ。何が違うんだよ。
俺の不服な目を見ればロドリーは揶揄って遊ぶのに満足したかのように笑って
「ガチャポンから出てくるモンスターを教育しなきゃいけないなんて聞いてなかったなぁ。…AからEまでの5つは王族階級。FとHとIとJとLが貴族階級。PからUが労働者階級。Vが…奴隷階級。覚えた?」
省かれていた文字に気付けば頭の中で照らし合わせる。
…G、K、M、N、O、W、X、Y、Z。この9文字がイニシャルとして使えないのか。日本なら結構な数がイレギュラー扱いされるな。
で、俺は労働者階級の5番目って事か。指を5本立て右手を出せばロドリーは「せぃか~い」と呟いた。
「使っちゃいけない名前には、理由でもあるのか?」
「さぁ。でも使おうとすると貴族階級や王族階級に目を付けられちゃうからモンスターでも隠した方がいいらしいよ。」
…王族だの貴族だの、名前で位が変わるのは血の強さ的な意味合いなんだろうか。俺にしても名前が使えないだの労働者階級だの言われて腹が立つし、生まれながらにして自分の人生を決められているような感じがして胸糞が悪い。
「…でも、今までの話の真の意味は"真名"にだけ当てはまるの。」
…真名? 真の名前、で、真名…? 俺は生まれながらに物部太茂都だけど。
「名前には、普段名乗れる名前。親から貰う物が"仮名"。そして、生まれる以前に神様につけて貰る名前。隠された本当の名前が"真名"。」
仮名に、真名…… そんな名前の双子がいたような。なんて考えていればロドリーが続けて話だした。
「仮名での階級は建前。王族でも、貴族でも、労働者でも、みんなそれを演じているの。…でも、真名は違くって、ある日突然思い出したり、天啓を受けたり、…あるいは占って貰ったりしてやっと知る事ができて、真名での階級が本来のその人の適正な階級なの。」
ふぅーん……生まれが王族でも適正は労働者~、って事ね。
「…でも、そのルールってこの世界の人間に当てはまるんだろ。俺には関係ないんじゃないか?」
今の俺はモンスター扱いだ。階級としては…何処に入るんだ?家畜? 家畜ならスラグも…あ、でもこいつもSだなんだって今言ってたし…んん?
俺が首をひねっているとロドリーも察したようで
「もちろんモンスターにも当てはまるわよ。その場合もちょっとだけルールが違うんだけど。」
うへぁ…覚えきれないっつーの。 でも仕事の話からだいぶそらせた。疲れたふりをしながら藁の上へ寝転がる。