手にする物は
手に持っていた水晶版に目をやると、画面は俺とナメクジが対峙している様な物へと差し変わっていた。だが、対峙しているのみでゲームらしく攻撃したり何したりといった項目がない。俺自身の身で何とかしろという事だ。
水晶版をズボンのポケットにしまう。片方に自分のスマホ、片方に新しいスマホだ。気分はガンマンだが武器にもなりゃしない以上荷物は片づけておいたほうがいい。
両手が空き、戦うという心構えから拳を握り顔の前で構えるという雑なファイティングポーズを取り、そしてまじまじと対戦相手を見る。超ヘビー級のナメクジ。オッズは297.0 0.1といった感じだ。素手で勝てるわけがないだろう…構えは解かずとも周囲に武器を探す。石ころ、藁、木片、それを集めるフォークが転々と転がっているのが見えた。
一番武器らしいのはフォークだが、転がっているのはナメクジの目の前だ。
回収するには悩んでいる時間も惜しい…ッ!
俺は足をバネの様にそこから弾ませ駆け出した、腕を伸ばしフォークの柄を掴んで引き寄せ、慌てて進路を逆へと切りがてらに全速力からの蹴りを牽制代わりにナメクジの身体へ加えた。…だが、弾力もさもありながらその肌は質量の為か岩の様にとても硬い。慌てて膝を折り曲げ、奴の身体を蹴り上げて離れる。
ナメクジという印象と、ロドリーを呑み込んだ様子から勘違いをしていた。あいつは硬い。普段が硬く、柔らかくもなれるといった感じだろうか…
より勝ちの目薄くなるのを感じる。辛辛に手にした武器でさえ一突きしようが傷なんてきっと負わせられない。
牽制とはいえ渾身の一撃も奴には挨拶にすらならなかったのだろう、こちらに向けてにじり寄るスピードは依然変わりない。
後ずさりながらも転がっている石ころを拾いあげポケットに入れる。
…ガリガリ、と 中で水晶版と擦れ合ってしまう音が聞こえた。まずい、さっき格好つけて両方のポケットに入れたのが徒となった…!
慌てて水晶版と石を取り出す。水晶版から放たれる色が若干弱まり、石の方にはその色が僅かに移っている。いや、映っている…? 石の方に、なぜかナメクジの絵が映っている。水晶版に映し出されていた、デフォルメ調の絵と同じ物だ。水晶板を見れば、若干薄くなっているが先程と同様に俺とナメクジの対峙が映っている。
石…そうだ、石だ!! 手に持った石を利き手で握りしめ、開口をしたままのナメクジの顔を見据える。モンスターに対峙して握っているものを投げ当てるなんて、小学生時代の自分に言ったらとても興奮するだろうな…。
速度は要らない、放るだけでもいい…奴は避けない。その自信のままに、ゴミ箱にするかのように石が弧を描いてその口へと投げ込まれた。
ボッ ヒュン!
小さな爆発と、口からその衝撃が漏れる音。震動によるものかはたまた別の要因か…ナメクジはその巨体が蜃気楼であったかの如くあっと言う間に萎んでしまい、その跡には萎みきり鏡餅となったナメクジと、ロドリーと、鮮やかに色づいた石が残った。
石を拾い上げ、ロドリーに近寄って肩を揺する。直ぐに目を覚ましたロドリーは慌てて半身を起こし上げ辺りを見回し、小さくなってしまったナメクジを見れば「slug!!」と大声を上げた。
「…なんとかなった。」
そう自然と声に出れば、藁の上へ腰が落ちて安堵で笑みが零れる。
手に持った石を掲げて光に当てて覗き込めば、赤色になったかと思えば青色に、黄色に、紫に、緑に…万華鏡を見ている気分になるほど様々な色が楽しめた。
自分も生きてて、ロドリーも生きてる。戦利品も得た。土壇場だったが、予想が当たって本当に良かった…と、今度は自虐的な笑みが出てくる。
魔素が入っていた石ならば、魔素を入れる事だってできるはずだ。水晶版に擦る事で石に水晶版の力が移ったのを魔素が移ったのだとすれば…ナメクジの魔素を石に移すことも出来るはず。
明確な方法が思い付かず食わせてみたけど…正解だったんだな。石はナメクジの魔素を吸い上げてこうも綺麗になっているんだから。