ハロー、アンドグッバイ
「タモツ。改めて大事なお話させてほしいの。」
自分の物のように先程見せられた半透明の板…水晶版を弄る俺に向かって、ロドリーは少しばかり強い口調で話しかけてきた。
正直乗り気はしない。モンスター扱いされ、呼び出した俺に言う事なんてもう予想が付いている。しかもわざわざ知ったばかりの名前呼びと来たものだ…俺の嫌な予感は当たるんだ。
「来て貰っていきなりで悪いんだけど…売らせてほしいの。」
……は?売る?
売るって、要らないドロップモンスターとかを金にするって事だろ?
おい、おいおいおい…俺はてっきり『ダンジョンへクエストに行ってきて!』だの『モンスターを狩ってきて!』だの、お願いされるのかと思ってたぞ。
待ってくれ…売られたモンスターってどうなるんだ……何処に売られるんだ…?
俺の不安が顔に出ていたのか、ロドシーが更に顔を落ち込ませて続けて言った。
「あ、売るって言っても挽肉にされたりは、しない…よ? ガチャポンへ貴方を戻す事で、少しだけ魔素を返して貰えるの。…そうすれば、またちょっとだけ頑張って魔素を稼いで、ガチャポンをして…レア度の高いモンスターを呼び出せるかも、で」
…あー、クーリングオフ的な、そういうのか。
俺を捨てるって感じの選択が気に食わねぇけど、最低級レアってのは…名前からして一番悪い奴なんだろう。俺でもそんなのが出れば魔素っていうガチャ出来る資産に戻したくなる気持ちは分かる。
「…魔素ってのは、幾らぐらいするんだ?」
気になったのはそこだ。現実じゃあソシャゲのガチャは大抵が有料アイテム…課金で行われてる。だが、こういう世界じゃゲーム内通過なんてのはないだろうしなぁ。
「えっとね…10魔素が大体200ウォルカ。水晶石が溜めこめる魔素が10で、50あればガチャポンが呼び出せるの。」
ウォルカ…単位が分からないと価値が分からない。指を2本立てて首を傾げる。パッと見、ピースをしてプリクラでも撮る感じだが照れる暇なんてない。
「あ、そっか異世界だとウォルカは使えないんだった。えっとねぇ…私の大体の稼ぎが20日で100ウォルカ、よ。」
…飯なんかを全く考慮しないで、半年に一度引けるって所か。
無料石しかなかった時の季節限定ガチャでゴミが出てきた記憶が重なって、苛立つ様な虚しくなるような感情が湧き立つ。 …そのゴミが自分なのだから。
だが、ガチャポンに戻されるという事は、今ここで胡坐掻いてるよりは元の世界へ戻れる可能性は高いはずだ。
気分が一転して、ハズレ枠として様々な奴の所で引かれては煽ってガチャへ戻されて、ってのも帰れるまでの暇潰しにはなるだろ。…と、ほくそ笑んでいた矢先に
「…次に呼び出された人が強化合成を行わない方で在る事を祈ります。」
待て、待て待て、待て。おい、聞き覚えある。聞き覚えあるしそういう要素が在るであろう事を失念していた。
強化合成、モンスター同士を食わせてレベルアップさせる行為。もし、自分がそんなものの餌に使われたら…?
慌てて俺は祈る姿勢を取るロドシーの肩を掴む。
ひゃわ!?と 驚いたロドシーの声が上がると、俺も慌てて手を離してしまい気まずい沈黙が流れる。制止した理由すら声に出せず、俺は口を噤んで俯いていた。
「…説明、した方が良いでしょうか。」
ロドリーがおずおずと聞いてくる。この空気を変えられるのなら願ってもない、俺は顔を上げるとそのまま縦に振った。
「強化合成は、モンスターが他者の持つ魔素を吸い上げる行為の事を差します。魔素はモンスターの生命力そのものであり、強さの源です。吸い取られ、枯れてしまえ、ば…………」
俺を気遣ってくれているというのがひしひしと伝わってくる。皆まで言わずとも と、俺は軽く頷いてロドシーの濁った言葉をそのまま切らせた。
「…それで、野生のモンスターは自然に存在する魔素を吸い上げ、そして放出しているので純度も低く、人でも倒せたり食べられたりと、魔力容量で言えば雑魚っぱです。
逆に、ガチャポンから呼び出されたモンスターは最低でも呼び出す際に使用した魔素が注がれています。なので野生よりも純度も高く、人間やモンスターすら超越した力を持っています。」
ふぅん、つまりは野生モンスターを食ってもそうそう強くはならない、ガチャ産を食えば魔素が旨いって事か…
魔素を石からそのまま摂取するのが早いんじゃないのか?と、魔素を失った石を拾えばロドシーに見せる。
「あっ、魔素石に封じられた魔素はガチャポンでしか取り出せないの。特異な能力を習得出来ればできなくはないですしそれを仕事としている人も居るのですが……取り出す料金でガチャポンが何回か出来てしまいます。」
上手く出来てるんだなぁ。
あ?……つまりは、自分のご自慢のレアモンスターを育成するためにガチャポン回してる酔狂な奴が、もし居たら。そんなやつにもし俺が引かれたら………
「ロドシー。俺はこの通り人間だ。…元、になるんだろうが。言葉も話せる。歩く事も出来る。手で物だって運べる。食費だって並の人以下で充分だ。住む場所だってこの小屋でもいい。俺を売っても、またガチャポンするまで一人でを稼ぐよりは、人手が居る方が長い目で見れば悪い物じゃないはずだ。」
必死に自分をPRしていた。いままで就活すらしてこなかった俺が、死を目前にすれば口がすらすらと動く。ロドシーに辛い思いはさせない、暫くは役立たずかもしれないけれど此処に置かせて欲しい。そう懇願をした。
ロドシーは答えなかった。必死に縋り付く俺を哀れと思ったのか、目も合わせようとしない。
またも沈黙が流れる。俺はこれ以上自分をアピールするのが苦痛でしかない…できれば、これで是非として貰いたい…。
「…時間がないの。」
重い口が開いた。深々と被った帽子の縁から少しだけ目が見え、緑色の眼光が此方を差した。
「本当なら、ここで中級以上の子を引いて担保とするつもりだった。
上級以上がもし出たら、その子の力を使って一気に牧場を盛り返そうと思ってた。
…タモツ、貴方と知り合えて良かった。でも、貴方を…低級を抱えられるだけの余裕は―――」
ロドリーの言葉を遮り、小屋の壁が轟音を立て吹き飛ぶ。木材の破片が外へ向けに飛び散る中、壁の穴から覗かれたのは…身の丈4mはありそうな粘液に包まれた不定形の物がそこに居た。