最初で最後
目が醒めた。何時か分からないけれど布団の内側からでも分かるぐらいに暗い。きっと日も沈んだ頃で、俺のシックスセンスは午後の8時ぐらいだろうと言っている。
普段の癖で布団の中から手を伸ばしてスマホを取ろうとすると、指先がガツッと硬い物にぶつかった。寝ている間に机に近づきすぎて目測でも誤ったか?と思って、次はそっと手を伸ばす。
ぺたり、と壁に手が触れた。ざらざらとした俺の部屋の壁材とは違う感触。それだけでここはいつもの布団の中じゃないとすぐに気付けた。
両手を動かしたり姿勢を変えて壁を触ると、丸くなった俺が入れるほどの何かに包まれているのがなんとなくで分かった。親父の悪戯か?と思うと苛立ちが募り歯を食いしばりながら壁を強く何度も叩く。ドンドンドン!と音がするけれど壊れる様子も開く気配も無い、音を立てた事で誰かが反応をくれるだろうと待っても外から物音ひとつしない。
頭が混乱する。は?なんで?は?と、単調な苛立ちを発散する言葉が何度も頭の中に浮かんでは沈み、また浮かんでくる。
ポケットに入れてたガムでも食べて気を紛らわせようとズボンのポケットに手を押し込む。姿勢のせいで苦労したが、なんとかポケットの布地自体をひっくり返して中身を全て取り出す事でガムを手に入れた。
ガムを噛みながら何気なくもう片方のポケットに触れると、触り慣れた大きさの物が入っている。こちらもなんとかポケットをひっくり返すと、中から自分のスマートフォンが出てきた。
さっきゴミ箱にダストシュートしたせいか、触れた感覚でところどころ油汚れのようなものがついていると感じて服で少し拭ってから画面をつけて灯りを確保する。
密室の中は灰色の楕円型の壁で蔽われていた。継ぎ目も、空気穴さえも見当たらない。自分から好んで布団をそういう形にして寝ることはあるけど、知らない間に誰かにされるのは無性に腹が立つ。怒っていても解決はしないし、母さんか父さんに電話をして助けてもらおう…と、スマホの画面をいつもの様に注視して気付いた。時間がPM2:34で止まっている。
捨てた勢いで壊れたのかと色々と設定を弄ってみるが、一応はスマホ自体に時計以外の問題は見当たらなかった。圏外となっていてゲームもできないし電話さえできない電波の問題を除けば。
正直言えば怒りを通り越してこの状況に飽きてきた。
ゲームもできない、スマホは壊れてる。姿勢も変えられない。スマホが使えないと俺は暇さえ潰せないのか…と、少しだけ考えもしたが、俺はスマホに依存していないし、スマホを上手く御しえていると自負している。だけど、当面は解決しそうにないしもうひと眠りしよう……。
と、欠伸をした所でゴトゴトゴトッと音が鳴って地面が揺れ始めた。
地震か!?と慌てて身体を上げようとしたら壁に顔が思い切りぶつかり、鼻と額を強打する。その衝撃か地震か、俺の入っている物がごろ…ごろ…と動き出すのが分かった。坂の上にでもいるのだろうか、ゆっくりとだが勝手に転がり始めれば、動くことで「もしかすれば外へ出られるかもしれない。」という期待がかかり、壁を押して内側からも物が転がる様に助力する。ちょっと力を込めるだけで坂の上を少しづつと速度を増して転がって… 転がって……
もう止めるのは無理だった。楕円型の物の中で遠心力で壁に張り付きながらシェイクされる俺。坂はまっすぐじゃないのか、何度も左右へ方向転換しながら何かに当たってはゴツン、と音を立て向きを変え また何かに当たっては転がって、と まるで山の傾斜から落ちる岩の様に大暴れしている。
― ガラ ガラガラガラッ
詰み木が瓦解するような、軽い音と一緒に坂の上から投げ出され、ゴゥインッ!と音を立てて地面に落ちた。その衝撃で壁にヒビが入り、容易く左右に割れる。曲げたままで固まった手足を伸ばすようにその隙間へ挿し込めんで押し広げれば プァーン…と気の抜けるラッパの様な音が耳に入った。
外へ出て立ち上がってみれば、俺の入っていたものは形からも感づいていたがまっしろな卵の様なものだった。俺を拘束してくれやがったそれを足で小突けば周囲を見渡す。見たこともない場所だ。馬小屋のような、倉庫のような…木造の小屋に小さな柱が何本も立っていて隅の方には藁が山積みとなっている。埃っぽい場所に居るという事に気付けば無意識い咳払いが出た。
夢にしては異様で気持ちが悪い。さっきシェイクされたせいで胃の物も出そうな程に。吐き気を耐えようと口元を抑えて軽く目線を下げた所で、俺の前に小さな子供が居て そいつがずっと俺の事を見ていただろう事に気が付いた。
誰だこいつ… 首を傾げる俺を見て、その子供は泣きだしそうな この世の全てを恨むような目つきで俺を見て
「最低級レアだァーーーーーーーーーーー!!!!!!!」
と、叫びやがった
喚いている意味が分からないが、侮辱されているのだとさすがに分かって無意識に舌打ちが出る。
見た感じだと小学生の高学年ぐらいな雰囲気、肌は日焼けしたぐらいに程よく茶色に染まっていてその上からださい布きれの様なシャツと牧場で使われている様なオーバーオールを着ている。
って事は、小屋の雰囲気からしてもここは牧場なのかもしれない。
「うっ…うぇえ…うぐぅっ…」
俺を見ていたかと思えば顔を俯かせて泣き始めた。
何に感極まってるか知らないけれど俺だって状況が掴めずイライラしてるんだ。俺がまた舌打ちをするとそいつがその感情の矛先を俺へ向けてきた。
「なんでッ…なんで最低級なんですかぁ…!!」
俺に向かって泣き顔を晒すそいつはそらもうぐっちゃぐっちゃって言葉が似合うものだった。
「せっかくの、異世界ピックアップだったのに…中級以上確定って言ってたのにぃ……魔素、返してよぉっ!!」
そいつが足元に転がってた石を拾って、振りかぶったと思えば俺に向けて投げつけてきた。
まぁ、そんな大振りな動きをされてただ見つめるわけもなく…俺はその一投を軽くぴょんと横に跳ねて避ける。俺の後方でからんからん…と軽い音がしたが目も向けずガキに歩み寄ればそのぐちゃぐちゃの顔にデコピンを繰り出す。
ぁぅっ…!!と小さく怯んで呻いたそいつはより顔を歪ませると睨むように俺の顔を見てきた。
現状が掴めない以上仕方ない、俺は溜め息を吐いてから自分にしか聞こえぬ様か細くあー… あー…と声を出し、咳払いでそれを誤魔化してから
「…お前、誰だ。ここはどこだ。」
先に声を出していたおかげで、擦れもせず噛みもしなかった。喉が渇いていてこんな少しだけ喋るのも気持ちが悪くなって仕方がない。
「……ロドリー。ここは、ソセスサ牧場。」
はぁ、良かった、最低限の会話は出来た。
名前と場所を教えて貰えれば俺も聞きやすくなり質問を続ける
「最低級ってなんのことだ。なんで俺はここにいる。なんで俺に喧嘩ふってきた。やるか?やるのか?」
「最低級、が、何の事…って言われても…最低級は最低級だし…… なんで居るのか、って言われれば、呼んだから……?」
質問している内に急に石を投げられた苛立ちがぶり返してきてむしろこっちから喧嘩をふっかけているような絵面になったが、ロドリーと名乗ったそいつは気にする様子もなく俺の喧嘩腰の質問におどおどと答えはしたがいまいち内容があやふやだ。
質問に質問を重ねるのはナンセンスだ。こういう時は素直に…
「いちから、説明してくれ。」
主導権を投げ捨てた。