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4話 ナナシ

とにかく、魔獣が倒されたことには変わりはない。

護衛していたフィンにも傷はない。

危機が去ったことは感謝すべきことだった。



「先ほどは失礼しました。私はデザールハザール王国、ジゴズ騎士団所属のシャデア・パテルチアーノ、あの魔獣を倒してくれたこと心より感謝いたします」


「……同じく、ジゴズ騎士団所属テラス・デルゴラ・サージ。不本意だが助かったのは事実だ、お礼に何かやらんでもない」



少女の騎士の方は親切にお辞儀をしてお礼を言うのに対して、少年の方はムスッとした顔で上から目線で言う。


傲慢な態度に殺してしまいたくなるが、お礼とやらを聞いて先んずは欲しいものを言う。


「情報が欲しい、正確にはこの世界の」





4人はただっ広い広野の一直線に伸びる人の手にかけられて出来た道を並んで歩いていた。



「へぇーあなたは私たちの住む世界とは違う異世界から来たのですか!なるほど、先ほどの実力もその異世界特有のものなんですね!」



興味津々に男が異世界から来たという話を聞く女騎士シャデア、その背にはフィンが背負われており同様に目を輝かせて聞いていた。



「いや、普通に訓練と経験があればアレぐらいは出来るようになる。俺はその経験があったから出来たまでだ」


「なるほど、つまり元の世界ではあなたは高名な魔獣ハンターだったわけですね」


「……そうだな。それにしても『デザールハザール王国』にはいつ頃着くんだ、こっちは少し腹が減ってるのだが」



元の世界では人間相手に同じことをしていたとは言えず、生返事を返す男だったが、さっきこのシャデアから聞いた話を思い出して話を逸らそうとする。



デザールハザール王国。

大昔、大量の金が発掘され人々が大勢集まり、そこから発展していって築かれた。

有名なものはもちろん金だが、それ以外にも国が栄えたので他の産業も栄えた商業国としても有名らしい。


彼らはその国の出身で、さっきの花畑や今いる場所もデザールハザール王国の絶対的な所有地だと言う。


特にフィン、フィン・ローズヴェルト・グラウドベッツは王国の右大臣の娘らしく、その地位は昔の王政などに興味もなく勉強していなかった男にとっても分かるぐらいにとても高いようだった。



そして、その護衛として付いている二人。


テラス・デルゴラ・サージ。

シャデア・パテルチアーノ。


2人はどうたらジゴズ騎士団というにの所属しているらしく、そこの見習い騎士をやっているようだ。


男は見習い騎士が下っ端と同じに考えるが、鎧などの武装がお粗末なものではないのを見て、下級兵に支給するほどの財力があるのでよほど栄えた王国だということを伺う。



「デザールハザール王国はまだですね……馬だと2時間で着くのですが、この分だと夕刻までに着ければいいほうだと思いますね」



シャデアが親切にも答えてくれるが、その後ろを歩いていたテラスが3人の間を割るように入り込む。



「おいシャデア! こんなホラ吹く者を本当に王国へ入れるのか」


「ですが命の恩人ですよ、それにあの一刀の姿には騎士として惚れるものがあります」


「惚れ……! だ、だいたいこいつの話は全部不明瞭だってことに気づかないのか! ここに来た時の状況なんてはぐらかされたじゃないか、それにその顔は何だ!?」



テラスがまくしたて、男の顔に指をさす。


男には顔はあるが表情は無い。



「少しわけがあるんだ、それに顔なんて幾つも持ってるからそんなもん俺にはいらないんだよ」



そう言いながら服、正確には背中から何かを取り出すと彼らに見せる。

それは髪の毛がついたマスクのような物だった。


見たことがなかったのか3人ともそれを見て驚くが、男はそれを頭から被ってみせた。


被り終え、鼻や口、目の位置を整える。


そこには、さっきまで黒かった男から、肌は白く髭に生えた30代くらいの男となった。


それには一同、驚いて言葉も出ない。


男が被ったのは、ある特別な才能に恵まれながらも売れる事や表に出る事を嫌う彫刻家が作ってくれた特殊マスクだ。

暗殺業と特定の名前などを持たない彼は、能力だけでは到底できないことが多々ある。

そのため、このようなマスクを幾つも用意してもらい、時と場所によって人物を演じ分けていた。

言うなれば、スパイマスクだ。



「これで満足か?俺は昔病でこんな風になって普段はこのマスクを被って生活してるんだ。王国に入っても誰にも言わないでくれよ」



もうちろん大ウソだが、病気といえば納得するだろうと思い言ってみる。

案の定テラスも何も言えず少しの間黙るが、それとは別に尋ねてくる。



「お前、名前はなんていうんだ?」



なんと言うべきか、まだ幼さある少年が少し拗ねた様子で聞いてくる姿には少しばかり面白く感じ、笑う。



だが名前、か。



男には名前などはなかった。


殺人鬼。

能力者。

暗殺者。

雇われる所によってコロコロ変わるコードネーム。


その全てが名前と言うには程遠い。

しばらく考えるのだが、さっきの嘘のようなモノがなかなか思い浮かばない。

今後呼ばれる偽名ならそのようなもの以外がいい。

黙って困る男に、しばらくの間黙っていたシャデアが男に言った。



「名前が無いの?」



それにドキリとする男だったが、それで確信したのかフィンは笑う。



「だったら、この私がつけて差し上げますわ。何がいいかしらね……」


「いやそういのは別にどうだっていいんだが」


「決めましたわ!」


「人の話を聞けよお嬢ちゃん」



マスクのおかげで少しだけ呆れ顔を浮かべる男だったが、それでもフィンは男に指をさして自慢げに言った。



「貴方のお名前は、名前が無いので……『ナナシ』としますわ!」



……自慢気に命名して満足しているフィンだったが、男はそれを寒く感じながら。



「それは、無いな」



否定する。

そう言われてショックだったのか、フィンは頬を膨らませ不満そうにシャデアの肩に顎を乗せる。

そして、男の否定に他にも意を唱えたものがいた。



「貴様!フィンお嬢様がお考えになられ、賜った名をあろう事か無いなどと言って否定するとは、それでも男か!!」


男の発言に激昂するテラスが今にも掴み掛かりそうになるが、男はそれをサッとかわす。



「いやよ、さすがに短絡すぎんだろ。確かに大層な名前をもらっても困るけど……だからと言って名前が無いからナナシって……センス無いだろ」


「ヒグッ!」



なにかやら鼻水をすする音がしたのでふとフィンの方を向くと、鼻水と涙を浮かべながらこっちを恨めしそうに見ていた。


「ダサくないんですもの……」


低く可愛げのある拗ねた声でそう言ってシャデアの背中に顔をつける。


それでまたもあーだこーだ言ってくるテラスに、助けてくれという視線をシャデアに投げるが、シャデアも頰をかいて呆れた笑いをするだけだった。


なんとも疲れるやり取りだったが、賑やかだったことには変わりなく。日が落ちて辺りが薄暗くなっても、彼らの声は明るく、楽しそうである。


男は鬱陶しく責めてくるテラスを片手で押さえ、雲がなく晴れ渡った空に大きく広がる星の大群を初めて見て、そのまま見上げて思う。

こういった雑談が何年ぶりだ……と。


殺人に手を染める前か、その後もあったのか。

今では遠い昔のようであり、懐かしくも居心地がいいとさえ思えた。


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