33話 王国を出る
フェルド街の門前に二人が辿り着くと多くの人…種族や馬車が行列を作り、辺りはざわめきで埋まっていた。
「おい、ジゴズ騎士団は何やってんだ!!」
「まだ片付かねーのかよ!!」
「金と青果の輸出が遅れちまうだろ、魔獣ならさっさと殲滅してくれ!」
「き、騎士団は現在奮闘中です! もうすぐで勝利の報が届くでしょう、それまで待ってください!」
皆が声高々に口々にする文句の前にどうしたらいいのか分からずに狼狽えつつも時間を稼いでるような兵士たち。
「何かあったんでしょうか?」
「さぁな、でもこんなに人が多いんじゃコローネの奴がどこにいるか分からねーな…」
この場所で待ち合わせをしていた少女コローネを探そうとする。だがここまで人が多いと鬱屈としてしまうのでその前にやるべきことをやる。
まず、ナナシはこの事態を見てすぐ前にいたゴブリンに話しかけた。
「これは一体なにごとだ?」
するとゴブリンは振り返ってナナシの顔を見た。そのゴブリンはナナシが知った顔だった。
以前掲示板に貼り出された紙に書いてある文字を読んでもらったあのゴブリンだ。
ナナシはこんな偶然もあるんだなと思いながらも、ゴブリンは訝しげに問う。
「あんた誰だよ…この商人ハビー様に気安く話しかけるんじゃねーやい」
と言われた。
そこでナナシは初めて話しかけた時にこのゴブリン、ハビーーに対して『信頼する友達』と認識を書き換えて話しかけたことを思い出した。
仕方がないのでハビーに対して能力を使い、今起きている情報を手に入れようとするナナシ。
と、その前にシャデアが前に出てきて小さなゴブリンの背に合わせて屈み込んだ。
「失礼、私たちも急ぎの用があり馬車を借りようと思っていたのでこの騒ぎに驚いていたのです。見たところ商人とお伺いします。対価は払いますので何があったのか教えてもらえないでしょうか?」
「…ほう、なら2万ユルで詳しく喋ってやってもいいぞ」
「高いので別の人に聞きますね、それでは」
「わー!わーったよ!5ユルで良いよ!どうせ大したモンじゃねーし!」
振り返ってどこかに行こうとしたシャデアを引き止めるハビー。
振り返った際にナナシに向けてシャデアが舌を出してウィンクを飛ばす。どうやら能力を使うまでもなかったようだ。
それにしても中々やるやつだ。
シャデアは「しょうがないですねー」と5ユル、薄くて小さい銀板を5枚をハビーに渡すと改めて聞いた。
「さて話してください、なぜ門が開いてないのか」
「フェギル草原で魔獣が出てるって事で、騎士団が街道を封鎖して被害が出ねーようにしてるんだよ」
不満そうに語るハビー。
さっきも言っていたが商人だからなのかもしれない。
「今外で戦ってるのはジゴズ騎士団のようですが…。戦況の方は」
「…俺が来る前、今朝方から戦ってるらしいから苦戦しているらしいわ。偵察に行った妖精の商人から聞いた話だと、どうやらただの魔獣じゃなくて死体を操る死霊術師って伝説のバケモンと苦戦してるらしいんだわ…」
「死霊術師…」
シャデアはその単語に聞き覚えがあった。
彼女は自分の知っている範囲でその単語を照らして、再度ハビーに尋ねた。
「死霊術師は確か操れる死体に限度があったはずです。文献に残ってるのでも最大で80体ほどだと思いますし、いくらジゴズ騎士団でもそんなのに遅れをとるとは…」
「ンなもんゴブリンの俺でも知ってらぁ、でも妖精の話だとその倍以上は死体を操っているって話なんだわ。しかも騎士団の死体も動かしてるってよ…」
ハビーが語り終わる前にそれを聞いたシャデアは顔色を変えて門の方に駆けようとする。
ナナシが肩を掴まなければ人外の速さ商人たちを払いのけ、門を超えていたかもしれなかった。
「待て」
「放してください、テラスがいるかもしれないんです」
「そうだとしても待て、お前一人が行っても意味ねーだろ」
「ですが!!」
居ても立っても居られないシャデア。ナナシはそんな彼女に対して低めの声で言った。
「俺に考えがある…ちょっと待ってろ」
コローネはナナシに昨日約束した時間の少し前に門前に着いていた。早く来た理由はオータニア国まで送迎する大型馬車の切符を購入するためだ。
わざわざ馬車を借りるよりはこちらの方が安上がりで、魔獣ハンターも数人同行するので万が一の場合の時でも安全だ。
そう考え、早くに切符売り場に並んで約束の時刻の30分後に出る馬車の切符を買おうとしていた。
だが、コローネが来た頃には既に人集りが出来ており、さらに切符売り場は店を閉めていた。
今日の馬車の送迎は中止と受付の人に言われてすごすご引き下がり、仕方なく約束していた門前にも行こうとしたが、荷馬車や商人が詰めておりとてもではないが近づける状況ではない。
一本街道が人や馬車で埋まり、身動きも取れなくなりつつあったコローネは一旦道の端に出て息を整える。
「…はぁ、なんで今日に限って門が開かないの…」
口に不満をこぼしながらも、道の端から並んでいる荷馬車や人々を見渡していた。
1時間ほど経った頃だろうか。
ボーッと道端で座りながら並んでいる行列を見ていた時、ちょうど視界に見知った顔の人物が入り込む。
それはコローネの求婚した相手だ。
「あ、ナナシさんだ!」
口で彼の名前を言ったコローネは曇らせた顔を一気に晴らし、彼の元に走り出す。
人混みを掻き分けながらナナシの元に着くとどうやらゴブリンと見知らぬ女性と何か会話していたようだった。
「それは本当か?だとしたらそれで…」
「あぁ、俺の魔法があれば門を開けて行くことができる。門を出れば後は何でもいい、俺たちはオータニア国に、あんたはあんたの荷物を届ける場所に行けばいい」
「あん?オータニア国なら…」
「あの…」
ナナシの服を引っ張り自身の存在をに気づかせようとする。そんなコローネにナナシは気付いて一旦会話を中断させた。
「おはような嬢ちゃん、こんな人だかりでよく分かったな」
ナナシの顔は、うっすらと微笑んでいるようにコローネには見えた。
それを見てしまうと、僅かながらにドキリと怖じ気付いてしまう。
「お、おはようございますナナシさん! 今日はお日柄も良くて本当に良かったと…!」
と緊張しながら話しかけるも、今日のこの事態を思い出してすぐに表情を曇らせる。
「ご、ごめんなさい! 今日オータニア国に行くはずの送迎馬車の切符が発売中止になって…今日は日を改めて後日、都合が良ければまた…」
頭を下げて謝るコローネだが、ナナシはそんな彼女の頭を優しく撫でて顔を上げさせる。
「大丈夫、今日行けるから」
「え、でも…」
「今この商人と話をしたところだ。この人の馬車で一旦門外に出てそこから歩けば3日で着くらしいし、途中まで乗っけてもらえそうだから」
そう言って指差す先には大きく小綺麗な荷馬車が二台。二頭ずつで合計4頭もの馬が荷馬車に繋がれていた。
旅用の馬車とは荷物の運搬と用途が違うのでそれほど大きくもないが、それでも荷物が積まれた荷車はまだスペースがあり人が数人は入れる。
オータニア国までとは行かずとも、道中楽に行けそうではある馬車を見て驚くコローネ。
だがそれだけではダメだ。
「で、でも門が開かないと外には出れませんよ?」
「平気だ。とりあえず一緒に馬車に乗るんだ」
「ほえ?」
何が平気なのか、そう不思議に思いながらも引っ張られるようにナナシと見知らぬ女性と共に前から2台目の荷馬車に乗るコローネ。
ゴブリン、ハビーという商人と仕事仲間のオーク族の男性が御者となり手綱を握る。
「そいじゃ、いっちょその魔法かましてやってくれや!」
ハビーが商人らしく意気揚々に魔法をかませと言うので、誰がするのかと疑問に思うコローネ。その横でナナシが気怠げな顔を浮かべながらもハビーが言っていた『魔法』を使う。
「とりあえず、道を空けてから門を開けろか…一度に複雑な認識の変換は簡単だが……面倒だな」
そう言ってナナシは魔法と言い訳しておいた『能力』を真剣な顔で始める。
『認識を変える能力』は効力を発揮する。
険しくも真剣な表情を横から見ていたコローネは、ふと外が騒がしくなったので荷馬車から顔を出して外を見る。
すると、さっきまで行列をなしていたここ以外の荷馬車がどんどん街路沿いに詰めていき、いつの間にかこの荷馬車の前には何も妨げる物もなくなり門まで一本の道が出来上がる。
この光景にコローネは絶句し、ナナシにこうするように頼んだはずのハビーやオークが驚きのあまり目を開いたまま口を開けて何も言葉が出ない状態になる。
「おい商人早く馬車動かせ、これを持続させるの面倒なんだからさっさと抜けるぞ」
「…え……あ、あぁ分かった…!!」
呆けていたハビーとオークはナナシの声に我を戻し、手綱を操って門に向かって街路を掛ける。
ガラガラと揺れて不慣れな馬車にナナシは気分悪くするが、それでも能力を次の対象に切り替える。
「『何気なく街路沿いに寄せる』の次は『命令されて門を開けた』か、まぁ不思議に思われなければいいし別に良いが…!」
「早くして下さいよナナシさん! 門が開く時間も惜しいんですから!」
「急かすなアホ、言われなくてもやる」
隣で座るコローネの知らない女性にそう言われて返事を返しながらナナシは能力を使う。
すると、疾走する荷馬車の前で門が大きく開き始めた。
王国を覆う壁はとても厚いので向こう側の門が開くまで真っ暗闇のトンネルに、荷馬車は勢いを落とさずに入り込む。
コローネは疾走する荷馬車の中、ずっとナナシの服を掴む。
やがて周りが明るくなり、微かに青くさい草原の匂いが鼻につく。
「よっしゃ!これで明日の取引に間に合うぜ! !」
ガラガラと音を立て続ける荷馬車を操るハビーの喜びに満ちた声が王国の外の平野に響き、風の音がそれを祝福するかのように流れる。
「よし、これで時間を無駄にせずに済む」
そう言った人の顔はコローネの見上げた先にあった。
その顔は達成感に満ち、歳を取っているのに少年のように楽しそうな顔だった。




