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28話 エピローグ

あれから一週間後。


いつものように気持ちの良い朝を迎え、顔の無い黒い顔に窓から漏れる朝日が射し照らされるナナシ。


いつも通りの黒い服……ではなく、デザールハザール王国の標準の服装に着替えてその後からスパイマスクと肌身をかくす手袋などをする。


今日は暑いので半袖の服。


そして色も地味ながら薄い灰色にし、ズボンも至って普通のものを履く。


服から見える黒い肌の部分は自前の能力の『認識を変える』を使って常時見えないように変えておく。


こうして、写真さえ取られなければ立派な一般男性に姿を整えたナナシは、自室から出て右に曲がり廊下を進んでいく。


何も無い廊下で生活感はしないが、それでも自分の家の感触に浸れる。


元の世界では小さいボロアパートでヒッソリと過ごしていたので、こうした一軒家で住む気持ちは何とも初々しいと思えた。



ナナシはフェルド街から離れた庭付きの一戸建ての家を買った。


正確にはパーランド住宅区と言われる、フェルド街の北側に位置する有名な住宅街だ。


そこは、金で溢れ経済が潤ったこの街の中流階級の人たちが暮らしており、商業として賑やかなフェルド街よりも静かな街だった。


ナナシはその一つの空き家であるこの家を、魔獣討伐の際にテラスから貰った8千万ユルの賞金を使い、4000万ユルで購入した。


生活に必要な必需品も買い揃え、それでもまだ資金は3200万ユルも残っている。


当分の間はここで静かに、そしてのんびりと暮らしながら頑張っていこう。


一軒家を買ってすぐにそう思っていた。

しかし、その考えは一人暮らしならそうだったろうが。

ここには彼らがいる。



「ンー♪ この朝の匂いは神が与えたもうた貴重なものです。今日という日を感謝し、噛み締めていこうと私は思っております♪」


「私を殺しておいて感謝とは何ですか。あれから7日が経ちますがあなたのことをまだ許してはいないんですよ。早く死んで欲しいんですから」


「ア〜〜〜〜♪ 私の生が今まさに脅かされております!これもまた試練、昨日のようにフライパンで往復ビンタされるのでしょうか♪」


「されたくなかったら口を閉じていてください。朝食を作る私の機嫌を損ねたら、今度は熱したフライパンでビンタしますから」



ダイニングの木製で大きなテーブルを挟んだ向こう側、キッチンと同じ場所から声が聞こえてくる。


ナナシは聞こえてくる声に、さっきまで感じていた清々しいまでの気分はなくなり、テーブルに置かれていたこの世界の新聞の束を開きながら目を追っていく。


紙面に書かれているのはイフ語と呼ばれる固有の言語。


元いた世界には無かった言語だが、今のナナシには少しだが読めるようになった。読めるようになったのは勉強したからだが、書くことはまだできない。


それもそのはず、キッチンから聞こえてくる声、伝説の殺人鬼『切り裂きジャック』と見習い騎士だったシャデアから教えて貰ったからだ。


ジャックは教え方が上手いが首だけなので、口頭の説明でしか教えることしかできない。そのため書き取りのところをシャデアに教わっていたりする。


だがシャデアの説明が上手くないので、ここで読みが出来て書き取りだけ遅れてしまう事態になっていた。



ナナシは首やシャデアから言葉を毎晩教わって新聞も読める程度になった。


殺人鬼、見習い騎士、伝説の殺人鬼。


新聞を斜め読みしながらナナシはこの一週間のことを長く感じ、大変だったなと感慨に浸る。




まず家具選びの際にジャックが口うるさく忠告してきたこと。

イギリス生まれだからなのか知らないが、ジャックはインテリアに関しては色々と知識があり、その日暮らしのナナシが選ぶ適当な家具に陰口のようにネチネチと言ってきた。


だがその忠告もあってこの色調高いテーブルと椅子にくつろげるわけなので、ナナシにしては不愉快だが頭が上がらない。

…いや人外なので別に頭は下げないし上げもしないのでどうでも良かったが。



シャデアはシャデアで夕方になると剣の稽古をお願いしてくる。

稽古は1時間程度付き合うが、彼女自身剣の腕が上がってきていた。

その反面、魔獣になっているのかナナシよりも力がある。

彼女が空を切ると地面がえぐれたりするので細心の注意を払って稽古に付き合っている。


色々とあったが、それ以上この一週間の間に事件などは起こっておらず。

残る一つの問題を除けば全て良好だった。


問題、それは彼にとっても死活問題の大切なこと。

どうしようかと考えていた。


と、その前にカチャリとテーブルにハムや野菜が乗った食器が置かれナイフやフォークを渡される。


「ナナシさん、今日の朝食です。フェルド街で旨いと有名なグタさんの肉屋で買ったハムと、新鮮な野菜を仕入れるのが上手なフェルド街一の目付け人であるコロルさんのところで買った野菜で作ったサラダです。ご賞味してください」


シャデアが笑顔で出す食事にナナシは「ありがとう」と言って朝食を頬張ろうとする。

すると、味見としてキッチンに持って行っていたジャックの頭をテーブルに置いて面と向かい合う。



「あなたとてもフェルド街を推すのですね〜〜♪ 昨日もこの前もここに来てからずっとフェルド街の食品でしつこいんじゃないでしょうか」


「生首だけの魔獣さん、黙らないとこのフェルド街で買った調味料用のトウガラシを口に詰め込みますよ」


「なんと無慈悲な所業を……身体があればあなたをもう一度殺せるのに♪」


「やれたらいいですね。もっとも今の私なら簡単に返り討ちでしょうね」



毎朝の恒例となっている二人の口喧嘩。

もちろん殺し合った仲なので仕方がないと思うが、お互いにこやかに笑顔で言い合う姿はまさに何も知らない人間がみれば怖いだろう。


だがナナシはそんな二人を無視しながら朝食を黙々と食べ、テーブルの脇に置かれた新聞の一面を目で読んでいた。












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デザールハザール王国の王城。

ジゴズ騎士団の騎士長、ジゴズ・クァンジュは銀色の甲冑を装備し、色調高い王城の廊下をカチャカチャと音を立てながら歩いていた。


「おいサツキ、用ってのは何だ? 王城にわざわざ呼ぶんだから重大な事だろうな」



足を止めずに歩くジゴズの周りには、小さく光る球体が浮かんでいた。

ジゴズはそれに向かって語りかけている。



『えぇ、前の魔獣についてのお話もそうですし、これを倒した騎士についてですよ』


「うちの見習い騎士についてだと? まさかお前の騎士団にスカウトするとか言わないだろうな」


『とんでもない、私が張った結界を破った魔獣を無傷で倒した騎士です。もし下克上でも起きて、私が王のお側でお支えできなくなったら嫌ですわ。むしろ逆にあなたについて行ってもらいたいですよ』



球体から声が聞こえ、ジゴズはそれに答えている。


サツキ騎士団 騎士団長であり、王城の門番長を務める魔法騎士『サツキ・ヒビノ』。


彼女が魔法で作った遠隔操作式の魔法球は、王城で引きこもるように王の身辺を守る彼女にとっては便利な物だった。

なぜなら、動かずに遠くの人物と会話ができるのだから。


今も遠くからジゴズと会話するサツキ。

ジゴズは慣れたように歩きながら光球に話しかける。



「あの魔獣の体を貴様に預けたが何かわかったのか?」


『不明です。全裸でしたし現場に落ちていた武器も衣装もズタボロで解析不能。わかった事は魔獣はまだ生きており、今も自分の体を求めて牢屋内をウロウロしていますよ』


「それで大丈夫なのか? オリなんて魔獣はすぐに抜け出してしまう」


『デザールハザール王国を覆う結界以上に濃厚な結界を張っておいたので問題はありません。それに敵意もないのか触れても何の反応も示しません』



ジゴズは、そうかと呟く。


一週間前に起きた魔獣騒動。

人型で知性がりなおかつ結界を破るほどの魔力を内包した魔獣がデザールハザール王国で出没した。


今まで人攫い事件と思われていた女性を中心としたモノもこの魔獣が食べいていたのも判明した。

最初の行方不明者が出たのが時間にすると約2週間前。



もっと早く気付くべきだった。


魔獣の仕業だとは思ってもみなかったジゴズや他の騎士団長もそうだが、その間に結界が破れたことに気づけなかったサツキも彼女なりに責任を感じていた。


そのためこの1週間は騎士たち、一部を除いた騎士団総出で朝から晩まで訓練をするといった苦行を行なった。


気休めだが、これでこの国を守るために尽力を尽くそうとする彼らなりのアピールだ。


もっとも、今回の騒動の魔獣を討伐した功労者でもある見習い騎士には賞金と休暇を出しておいた。2週間ほどの長期休暇に彼は驚いた顔をしていたが、ジゴズにはそれが相応の対価だろうと思っていた。


だが、訓練の途中だと言うのに訓練には参加しなかったサツキに王城まで呼び出されていたのだ。

途中で放棄することを嫌うジゴズは嫌な顔で王城まで来てこの光の球に道案内と詳しい説明を受けている。



『今日あなたを呼んだのは見てもらいたいものがあるからです。その前に、クアーデスト帝国で起きている事件を知っていますか?』


「帝国か…いや知らねぇ、何かあったのか」


『あの魔獣事件が終わってすぐです。帝国領土内の村が次々に滅んでいってます。人間もそうですが他の種族の辺境の村も何者かの手によって滅ぼされているそうです』



それを聞いてジゴズは足を止める。



「…生存者はいるのか?」


『いいえ、ただ帝国兵によって発見されているのはいずれも大人の死体ばかりで子供の死体は一体もいないそうです。今のところはこれが救いでしょう』


「デザールハザール王国、他の国の被害報告は?」


『王国はまだ無いですが、周辺国だとアトランティア盟約国の地上に住んでいる海人族の村だけでしょうか』


「深海の国の村まで襲われているのか…」



ジゴズは悔しくなる。

自分達が訓練をしている間にも友好国で多くの死者が出ている。

さっきまで自分で気持ちよくなっていたのが馬鹿馬鹿しく感じた。

人々を守る騎士が友好国の惨事に気付かずに何をしているのかと。


ふと昔を思い出す。

それはまだ成り立ての騎士だった頃。




すべての周辺国の騎士達で合同訓練を行った。

だが山奥で天気が急変し、土砂災害で帰りの道も塞がれた時があった。


雨が降り風も激しかった暴風雨の夜。

寒さで凍えそうだった自分に、一人の騎士が一杯のぬるくなった粥を出してくれた。

ジゴズはそれを少しすすり、すぐに他の騎士達に分ける。

彼らは違う国で種族も違うものもいたが、他の騎士達と手を取り合い、その山を越えた。

誰一人も欠けなかった彼らは最高の友だった。




同じ釜のメシを食べた仲間とも呼べる騎士達。

彼らもジゴズと同じように正義感があるものばかりだ。今回の事態に彼らは国など関係なく動くはずだ。


ジゴズがここに呼ばれたのだって、王が他の国の騎士団と仲が良いことを知っての采配だ。



「ここに呼んだのは、今回の事件の捜査を俺に任せるためって事か」


『えぇ、王が先ほどこの報を受けしばらくの間は貴方に国家間の支援部隊の団長を任命されました。会議室で法務大臣と右大臣が待ってます。そこで治安の委託と私の騎士団の団員配置の会議をします。早く来てくださいね』


「言われなくとも!」



ジゴズは急いで王宮の会議室に向かう。

途中で侍女やらメイドがジゴズのことを不思議に見るが関係ない。

友の国の民を守るために、これ以上の死者を出さないために彼は行く。










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朝食を食べた後すぐにイフ語の書かれた書物を読み、お昼頃になって、ナナシは久しぶりに外に出かけることにした。



シャデアは変装(布とか仮面)してついて来ようとするが、ナナシはいつも通り「テラスと買い物でもしていろ」と言っておく。

テラスはあの後休暇を貰い、ずっとシャデアと一緒に外で買い物などに付き合っている。

もちろんフェルド街ではなくその隣、ルーヴァン街でだ。

知り合いが極力いないところで買い物している。



シャデアはどうしてでしょうかと何故か不思議がっているが、当然シャデアは死んだことになっているので何ら不思議なことではない。



シャデアはついでに家でうるさくされると迷惑なのでジャックの首も持って歩く事にする。


ナナシの力『認識を変える』能力で喋る生首を腰から下げていても不思議に思われない。

最初からこうしとけばよかったなと思ったのと同時に、出会った当初はキモかったなと改めて思う。


ジャックはその後も殺すのを試した。

眼球抉り出し。

脳みそ開帳。

ブツ切り。


とにかくできることはやったが、30分ほどで復活してしまう。

だから殺すのは諦めてこうしてペットにしてやっている。

神とやらの情報も全くと言っていいほど無く、仲間達の情報も聞いていくうちにこいつが奇人すぎて誰も近寄らなかったことも分かった。



『女の子がいたから『まだ穢れていませんよね』って聞いたら嫌な顔して私から離れた』


『ガタイの良い方に『貴方に付いてる剣はお元気ですか?お名前とか聞いても?』って言ったら見たこともない銃で脳天打たれた♪」



全部これだ。

そのせいでこいつは仲間達の名前どころか、そいつらの集会とやらにも呼ばれていなかったらしい。

最も聞いていくうちに大体の人数と容姿は想像して絞れた。何名かは見たこともない姿と言うが、殆どが異世界から来た人間だ。それぐらいはまだナナシの許容範囲だ。


あと残るは神だけ。

この存在だけはまだ不明瞭だが、いずれ会って話をしようと考え今は我慢する。



我慢する。



ナナシはそんな疑問すら忘れるほどの由々しき問題があった。

我慢ができない。

まさに生理現象とも言える。

それは…。



(やべぇ、人殺したい…)



元の世界では毎日のようにたくさん血を浴びて喜んでいた名前と顔も無い殺人鬼。


今は顔だけでナナシという個人を指す名前を付けてもらった殺人鬼は、異世界に来てから、まだ、誰も、魔獣しか殺していなかった。


ジャックを解剖するのも飽きた。

血を浴びたい。


魔獣では人間のような死に方をしてくれない。


どうしようか悩む。


この国で無差別殺人をやったとしても、静かで平穏で暮らしたいナナシにとっては絶対してはいけない行為。


さてどうしようかと、様々な種族が往来する道を考え事をしながら歩くナナシ。


と、そんな彼に近づく人影があった。


トンッ、と背後から誰かがぶつかってくる。

……いや、服を掴んでいる。



ナナシは警戒を怠ってしまった自分の不注意を責めるのと同時に背後にいる人物に語りかける。



「…何者だ?」


「やっと見つけました…!」



幼い少女の声。

聞き覚えのあるその声に、ハッと何かを思い出したナナシはすぐさま振り向く。

そこにいたのは赤茶色の髪で気弱な雰囲気を纏い、トロンととろけそうな目元の少女。



酒場『マリエル』の一人娘、コローネだった。



ナナシは忘れていた。

いや、いつかはやろうとしていた。

コローネに約束していた事を。



ナナシは魔獣(こしにいてる)討伐の際に、彼女に化けるために体を触らせてもらった。


その際に『オータニア国に一緒に来て』とお願いされていたのだ。


色々と準備ができたらコローネのお願いを聞こうと思っていたナナシは、今この場で会ったことに対して心の中でため息をつく。



(ここで会うとはな…今はあまり長旅とかしたくないんだけど、仕方ないか)



まだ新居に置く雑貨を決めあぐねていたのだが、コローネの純粋な瞳に負けて彼女に正直に言った。



「よぉお嬢ちゃん、アレから会えなくてごめんな。おじさん今すっごい忙しくてこっちが終わってからお嬢ちゃんの願いを…」


「早く挙式しよ!」


「そうだな、オータニア国に行くには準備とか…」




「は?」




生き生きと、恥ずかしがりで泣きそうな少女が溢れんばかりの笑顔で言ったセリフは今のナナシには理解できない。









〜〜〜〜『異界に迷った能力持ちの殺人鬼はそこで頑張ることにしました』〜〜〜〜




第1章【異界に迷った殺人鬼】

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