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24話 幽霊騒動と魔獣①

とにかく魔獣を無力化したのは確かなので、テラスが笛を吹いて周りにいる騎士達を一斉に呼び寄せる。


もっとも、ナナシが能力を使って他の騎士の認識を変えていたので7km外に居るのは確かだ。すぐとは言わないがいずれ集まってくる。


ナナシはテラスにその場の事を任せておき、一人で宿屋に戻る。


ついでに蹴りすぎて顔が腫れに腫れてしまい、丸くボコボコになったジャックの生首を連れていく。


テラスには置いていった方がいいと言われていたが、この首にはまだやるべきことがあるからとテラスに言って持って帰ることにした。


宿泊中の宿屋の窓から入りベッドに腰掛けるナナシは、持っていたジャックを床に叩きつけて一息つく。


その際に、いつも被っていたスパイマスクを脱ぎ、いつもの顔の無い顔を晒す。

その顔を、床に転がっていたジャックは目を見開いて驚いた。


「貴方、そんな顔でよく普通でいられますねぇ…」


「フン、生首よりはいいだろ」


口だけを動かし、何の表情も無い顔を浮かべながらベッドに横になる。


「なぁ切り裂きジャック、お前はどうして人を殺したんだ?」


「何をいまさら、私は神の信徒として淫らで卑猥な売女を粛清してきただけです♪ 例に漏れず私の神命を賭した邪魔者も同じようにすべて殺してきました♪」



天井の黒いシミを見つめながらジャックの愉快な声を聞くナナシ。

神の命令で殺した。

それは殺す欲求がある殺人鬼の自分からすれば責任から逃れるための言い訳に過ぎない。

ただの詭弁だ。


「それじゃ、お前は売女以外の子供も殺すのか」


「大きな声で騒がれては大変ですし、姿を見られるのも困りますからね。本当は殺したくはないんですがね♪」


「お前に立ち向かったあの女も売女に見えたのか?」


そう言うとジャックはさっきとは違って少し神妙な表情を浮かべる。


「……彼女、彼女は綺麗でした。容姿とかではなく誰かを守るために立ち上がる愛の形がとてもとても綺麗でした。幾人もの人間を殺めたワタシですらその姿に敬意を抱いたほどです……」


意外な解答にナナシは驚きジャックの方を向く。

ジャックも床に転がりながらナナシの方を見ていた。


「ワタシは淫らなものが嫌いです、肉欲や性欲に溺れる人間の姿が私には耐えられない。だからこそ清めようと思って神の命と共にこの国に来た。ですが…ワタシはしてはいけない事をしたようですね」


「人殺しもいけないことだバーカ」


真面目な顔でどこか外れた事を言うジャックにナナシは侮蔑の言葉を投げるが。自分も人のことは言えなかった。

おそらくこの伝説の殺人鬼よりもナナシの方が人を殺した数も多いし、その理由だってジャックとは違いすべて快楽と仕事の両方だ。どちらが正しいかは無いが、統計的に見ればナナシの方が理不尽で最悪な殺人を犯している。

それも知らずにジャックは話を進める。



「彼女は強かった。あの子はどう見ても強い…いや強すぎました。まさかあの数分であそこまで攻防戦ができるなんて思えませんでした。私がとどめを刺して内臓を抉り取ったのに彼女は尚も剣を振るおうとした…。愛は素晴らしい、あれこそが真実の愛があってこそできる奇跡です!!」



それを聞いていたナナシはジャックが今口に出した事に疑問を感じた。


先の戦闘の際にナナシはジャックのナイフ捌きを避けることができた。しかしそれはナナシやそれ相応の技能がある者だけだ。


本来なら見えるはずも無く、あのナイフと腕の数と素早い動きに、見習い騎士だったシャデアが数分間攻防できたとは到底思えなかった。


さらに身体中切られて内臓を抉られても動くとなると、それはある意味でフィクションだ。


実際にやったことは無いが、1度だけ心臓を抜かれても数秒生きていた者を見たことがあるナナシには、彼女がそういった人間だったと思えない。


そう想像すると、自分が剣術の基本とそのやり方を教えて、それに頑張っていた女騎士が得体のしれない化け物のように思ってしまう。


死んだ人間の話は意味が無いといつも通りのロジックに戻し、ナナシは考えるのをやめて寝る事にする。


明日になったら考えよう、そう思いながら彼は深い眠りについた。



----------------------------------------------------------



翌日、いつも通り朝早く起きたナナシは眠気覚ましにジャックの頭を蹴って準備運動の真似事をする。


生首だけなのによだれを垂らして寝ていた殺人鬼の魔獣ジャックは、急に蹴られたことで朝一番に鳴く鳥のように高い声で悲鳴を挙げる。


宿主がドア越しから「どうされましたか!?」とドアを叩くので、虫を見てビビったと言っておいた。

ガムテープがこの世界に無いことに少し不満を覚える。

あればこのジャックの口をガムテープで塞げて楽しく蹴ることができるのに……。



とにかくチェックアウトしたいので生首の口に布を突っ込んで紐で縛り付けて喋れなくする。


フガフガと苦しそうになる生首だが、どうやって呼吸してんだろうなと根本の疑問がナナシの頭をよぎったので気にせずにこの部屋に置いてあった麻袋に入れて持ち歩く。


首自体は動かないので、黙っていればただの物が入った袋だ。

ナナシは生首入りの袋を持ちながら宿屋のおじさんに挨拶を交わして、この世界に来て3回目の雑踏に紛れ込む。


歩きながら昨日のシャデアの葬儀を行うはずだった騎士団の兵舎に向かう。

その最中に、道行く様々な人たちが密かに噂話をしていたのを小耳にはさむ。

内容は、この国を騒がせていた魔獣が討伐されたという旨の話だ。

もちろんその魔獣はまだ生きており、ナナシが持っている袋に猿轡をされて放り込まれているのだが、誰もそのようなことは夢にも思わないだろう。


しかし、どこも同じような話ばかりだというのに、同時に一部の人たちは妙な話もしていた。


「おい聞いたか、昨晩この近くで殺された騎士の幽霊が出たって」


「あぁこの前殺されたっていう見習い騎士のやつか、さっきそこで妖精たちが噂してたぜ。なんでも顔の皮がない化け物になって深夜にこの辺りをうろついていたって……」


「俺が聞いた話だと、蘇って自分の肉体を求めているだとか……」


「おー怖! 本当だったら嫌だし今日は早く帰って寝ることにすっか…」


「俺も仕事終わったらまっすぐ家に帰るわ…幽霊なんざ見たかねぇ」


怪奇話をする豚の種族とトカゲのような種族がお化けに怖がっている姿にナナシは口を開けてしまいそうになるが、失礼だと思って早々に彼らから去る。


見習い騎士の幽霊。

おそらく、シャデアかその前に殺された騎士なのだろう。

化けて出るとなると無念であったのは間違いない。


しかし、ナナシはその類を信じないので幽霊という存在も尾鰭がついたただの噂話と思っていた。


死んだ人間は絶対に生き返らない。

殺した人間の前に化けて出てこない。

自分が死んでも化けることもない。

彼が多くの人間をこの手にかけて、この世から消したからこそわかる現実。


ナナシは人一倍そういった考え方を持っていた。


だが良く考えてみると、自分が持っている袋に死なない化け物の頭が入っている。

しかも伝説の殺人鬼。


彼は片手で目元を抑え、とりあえず自分の定義が崩れそうになるのを止める。

この世界には自分の現実にはない常識がある。

今話していた者たちだってそうだ、違う人種と種族でありながらまるで友達のように話している。

往来の人々も、自分がいた世界以上に大小種々多様な者たちばかりだ。


身体が岩石で出来た者が花を売り。

小さい羽を羽ばたかせてる妖精が絵画を売りあるき。

身体中がなぜか水だけのような者たちが屋台で焼きそばのような物を作っている。


とにかく様々だ。

この光景を見ると自分の定義はこの世界では通用しないかもしれないとナナシは頭の片隅で静かに思考し、この世界で頑張ろうと改めて思う。


そうしているうちにシャデアの葬儀が行われている騎士団の兵舎にたどり着いた。

門番の兵士が昨日会った人だったので、ナナシは顔パスで通してもらえた。


昨日と変わらない人だかり。

しかし、その騒めきは昨日とは違っていた。


「おいどういう事だ!! どうして墓荒らしなんて出てくるんだ!」


「うちの姪っ子の遺体が消えたってどういう事よ!?」


「守衛は何やってんだ!!」


「ほかにも魔獣がこの街にいるんじゃないのか!? そうじゃなきゃ遺体のかけらを墓荒らしがわざわざ盗んだりしないだろうが!」


見て見ると喪服の着たシャデアの遺族らしき人物が若い騎士たちに詰め寄っていた。

騎士たちは鬼気迫る遺族たちの問答に慌てふためく。


ナナシは『認識を変える能力』で近くで傍観していた他の参列者に『友人』として聞いてみた。


「なんかあったようだが、一体どうしたんだ?」


「あぁお前か、実はパテルチアーノ家の娘さんの遺体が消えたんだってよ」


「遺体が消えた…つまり墓荒らしってことか」


「わざわざ手練れの騎士がいる場所で墓荒らしなんてありえないんだけどよ、昨晩は魔獣討伐でここの騎士が全員出払ってて、そん時に守衛は2人しか置いていなかったらしい。そん時の守衛も、今は寝込んでるんだよなぁ」


シャデアの遺体が消えた。

どうやらこの騒ぎはそれが原因で起きているようだ。

ナナシは騎士たちに声高に抗議する親族や関係者たちを見て、多くの人から愛されていたのだなと思う。

それはそうと、ナナシは参列者の小太りの男にもう一度尋ねる。


「守衛が寝込んでると言っていたが、襲われたのか?」


「いや、なんか要領を得ない話だけど。どうやら守衛がパテルチアーノさんちの娘さんのお化けに追われたんだとか…」


「おばけって…」


男が呆れたようにナナシに言うには、昨晩、守衛の二人が誰もいないはずの兵舎で人影を見かけたので近づくと、それは顔の半分の皮がない死んだはずのシャデアだったらしい。

当然頭部が魔獣に食われていて無いのを知っていたので剣を抜いて戦おうとしたら、急に笑顔でこっちに駆け寄ってくる全裸…内臓やら筋肉がはみ出ていたり少しばかり見えるシャデアに恐れを感じてその場から逃げたらしい。


2人は、団長が率いる騎士団が帰ってくるまでお互いに背中合わせで門の前で座っていたらしく、団長の顔を見てからすぐに気絶したそうだ。


その姿を、魔獣討伐に駆り出していた魔獣ハンターの数名に見かけられ、朝になってから噂があっという間にフェルド街に広まったそうだ。


今朝聞いた怪奇話に荒唐無稽で意味がわからないものに、ナナシはため息をつく。


「つまり、シャデアが復活でもして棺桶から抜け出たとでも言ってるのかその守衛は」


「まぁ守衛が墓荒らしと共謀してるってのが有力らしいが、死体が動くとか言われても…しかも魔獣に食われた頭部が戻ってくるとか、もう少しマシな嘘をついて欲しいもんだ」


男はそう言ってブツブツと文句を言っていたが、やがてナナシに「またな」と言って騒ぐ遺族のもとに駆け寄る。

どうやら仲裁に入ったようで、他にも諌めているもの達がいる。


ナナシは『友人』として接してくれた小太りの男に軽く会釈をし、この場にいるある人物を探す。


その人物は、小さくてよく見えなかったが…近くにいたようだ。


「ちょっとどういうことですの!? なんでシャデアの遺体が消えるんですのよ!! せっっかくテラスが魔獣を討伐したというのにこれでは意味がないじゃない!」


「そ、それについては俺が守衛に指名した騎士に問題があるのは認めます。現在も俺の騎士団が捜索中ですからもう少し待ってください!」


「だったらお父様にも言って国中で捜索してあげますわ!」


「それだけはおやめ下さいフィン様!?」


大きな声で見たことある小さい子…フィンが、ガタイが良く本来なら鋭くなるであろう目つきが困惑していた騎士に対して詰め寄っていた。

周りの参列者もフィンの圧倒的な攻めに離れており、どう考えてもここの責任者っぽい騎士は助け船も無しでフィンに言い寄られて困っていた。


ナナシははぁと息を吐くと、二人に近づいていきフィンの頭を触る。

フィンは急に頭を触られたので振り返ると、見知った顔で安心し、ナナシに対してはいつも通りの笑顔に戻る。


「あら、ナナシではありませんか!! ちょっと聞いて下さいよ!、今ここに来たら…」


そこまで言っていたフィンを、麻袋を腰に巻きつけて空いた両手で持ち上げる。

驚くフィン。


「な! 何するんですのよー!!」


「……本当に効かねぇんだな」


「ほぇ?それはどういうことですの?」


なんでも無いと言って、喪服用の高そうな服が汚れないように彼女を背負いその場を離れる。


この時ナナシは『認識を変える能力』で周りの人の遺体が消えたことに関する認識と、さっきまでフィンと喋っていた騎士の認識を変えて会話する認識を変えておいた。


これで一旦この場は静かになるが、一人だけ騒がしい者がいる。

フィンだ。


「おーろーしーてー!(わたくし)は騎士団長さんにまだまだお話があるんですのよー! うぅ〜〜〜〜〜!!」


フィンは原因は不明だが、ナナシの無敵の能力が効かない唯一の少女だ。

そんな少女が背負ったら背負ったで、今度は背中で暴れてくる。ジタバタと暴れるのでナナシはうんざりする。


デザールハザール王国の右大臣の娘。

それがこの少女だとはとても思えないくらいに。


参列者から少し離れたところで、フィンを下ろす。

そっと、服が汚れないようにゆっくりとナナシなりの気遣いも入れて。


「ほら、あんまりかっかすんな。無くなっちまったもんが戻ってくるなんてのはすぐじゃねぇんだ、時が経ってようやく失くし物が見つかるんだ。あの騎士さんに言っても埒が明かねぇだろうが」


下ろす際にそう言ってフィンを嗜める。

フィンはふくれっ面でナナシに何か言いたそうだが、その前にナナシはフィンに聞く。


「テラスはあの後どうした?」


「テラスですの?テラスでしたら魔獣討伐から帰って来てからずっと部屋に篭ってるって、ジゴズ騎士団長から聞いていますわ」



「…………………………………………………」




「………はぁ!?」



昨日と同じ状況に何故かデジャブを覚えるナナシだった。





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