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19話 会いに行く殺人鬼



次の日の朝、ナナシは宿を出るとすぐさまジゴズ騎士団の兵舎がある場所に向かう。


兵舎前には門番がいたが「シャデア」と一言言っただけで門番は退き、道を開ける。

見ると同じような訪問客がちらほらと見える。


その数は多く、彼女が決して少なくない人々から好かれていたのが伺える。

その中には見知った人物も見える。


フィンだ。


彼女は一昨日のあの日以来会ってはいなかったが、まさかこの場で出会うとは思っても見なかった。

考えてみても、確かに彼女にフィンは懐いていた。

もっとも主従の関係だったが、それ以上に二人には何かがあったのだろう。

黒いゴスロリのような服を着て、とても暗い顔で空を見上げている。


「……」


その姿に、声をかけることをためらう。



昨日、ある少女を助けテラスと共に逃がした女見習い騎士、シャデア・パテルチアーノが無残な姿に成り果てて殺害された。

頭部はなく、あるのは一部の臓器と手足と胴のみだったらしい。

それを聞くだけで、自分が殺そうとしていた殺人鬼は自分以上にも思えるが、助けられた少女の話では相手の素早い動きにシャデアは反応できたそうだ。


それを聞いて騎士たちの間では残酷性が高いだけで全然脅威ではないと噂されているらしいが、ナナシにはそうは思えない。


彼はさらに歩き、ある騎士達の宿舎目に止まる。

そこには数名の騎士が困った顔で悩んでいた。


「まいったな……テラスのやつが昨日のシャデア以来部屋から出ようとしない」


「まぁ無理もない、あの二人は幼馴染で、どうやらお互い相思相愛だったようだ。目の前であんな風に殺されたら……俺でも無理だな」


「仕方ないな、シャデアの出棺……には参加しなくてもいいだろうな」


「今は一人にさせとこう……」



至ってシンプルな騎士達はテラスの身を案じたのか、宿舎から離れてさっきの参列者達のいた場所に向かう。

ナナシはそれを横目に、大きな宿舎の玄関扉を開けて中に入ろうとするが、ふと誰かが自分の後ろにいると感じて振り向いた。


そこにいたのは、黒い服で泣きそうになるフィンだった。


彼女はふと見覚えのある後ろ姿を見つけ、他の参列者達をかき分けておいかけてきていた。

その彼女の背後から付き人あろう人物が5人ほど付いてくる。

「フィンお嬢様、もうすぐシャデア様の出棺が行われます!お戻りを」


「えぇい!離せぇ! 私はこの者とお話がある!」


「そうは行きません、勇敢な騎士の出棺を見送らなければお父様のお顔に泥を塗りますぞ!早くお戻りを!」


付き人達がフィンを傷つけないように優しく取り押さえて連れて行こうとする。

それでもフィンは嫌だと言って、必死の抵抗を見せる。



面倒だと思ったナナシは、とりあえず能力を使った。


認識を変える能力。

付き人……フィンにも能力を使ってこの場から去ってもらうことにする。

今はテラスと話がしたかったから。


ナナシの能力は見事に決まり。

さっきまで騒いでいた彼らは全員静止したかと思うと、お互いに離れ出してさっきの広場に戻る。


これで無事に済みそうだと思い、ナナシは宿舎の玄関である扉を開けた。


中は大きいボロボロの机が3つ置いてあり、壁にはいろんな種類の武器が飾られている。

男ばかりだからなのか汗臭い匂いも充満している。


職業もそうだが、趣味で映画など見ないのであまりこのようなものには見慣れていない。

そのためこの先何があるか未知なので注意して先に進む。


すると、急に服が引っ張られる。

注意して進んでいたが、それでも何かに引っかかったかと思い振り向くと。


「……フィン?」


「私もテラスに会いに行きますわ」



さっき帰したはずのフィンが、いつの間にか服を掴んでそこに立っていた。

おかしいなと思いながら、今度は彼女ひとりに対して能力を使う。


だが。


「…………どうしたんですの?」


フィンはおかしげに首をかしげるだけで、どこにも行こうとしなかった。

これはまさかと思い、もう一度能力を使ってみる。

だがそれも同じことで、何の効果もなかった。


不思議そうに自分を見つめるフィンに、久しぶりに恐怖を抱いた。


「……何ともないのか?」


「えーと、どういうことですの?」


「いや……何でもない。ともかく、俺はテラスに会いに来たがお前もついて来るか?」


「……私もちょうどテラスに用があったのでご一緒しますわ」


服の端を掴んでいた手を離し、両手を前に添えてナナシに付いていく。

その姿に気品を感じたナナシ。これでもまだ13歳だというのだからとても落ち着いているとすら思える。

……いやこれは愚考だったか、フィンは自分を背に乗せて運ばせるほどにシャデアのことを気に入っていたのだろうし、その前から交流があったのかもしれない。


二階の騎士達個人の部屋に行く階段をゆっくりと進みながら、ナナシはフィンにそのことを聞いてみる。


「……フィンは二人とはどんな関係なんだ?」


「……テラスとシャデアとは6歳の頃に屋敷を抜け出した時からの友人です。最初は私の家のことなど知らなかった2人がよく私と山や危ない道を連れて行ったりして、私のことを知った後も変わらずに屋敷に忍び込んで遊んだりしていたんですわ」


フィンは懐かしい思い出を楽しそうに、1つずつ語っていく。


「橋の下ではよくカニを取ってシャデアが私に投げてはさまれたり、テラスが廃墟で私たちを置いて一目散に逃げたり、シャデアの叔父様がやっているパン屋の厨房を借りて3人で作って食べたパンなんて、今まで食べてきたお菓子よりも美味しかったですわ……」


一段一段と、フィンが楽しそうに語る思い出を先に階段を上がっていたナナシは静かに聞く。


「楽しかった。だから私はテラスとシャデアにおねがいしたんですの、『いつまでも仲良くしようね』って……」


「でも、この国じゃ身分の差があるんじゃないのか? お前だって右大臣の娘だろ」


「そうですわ……身分が違っても、大人になっても一緒がいいと……お互いがいつでもそばにいられるように、2人は騎士を目指すようになったんですの……、私に仕える騎士であれば、どんなに身分が違えどそばにいられるから……」



フィンは自分の胸元に手を置き、思いつめた表情で続ける。


「……でも、後から気づいたのですが、テラスとシャデアは本当は騎士にはなりたくなかったんですの……魔法を使う魔術師を目指そうとしていたんですのよ……」


「誰でもなれるもんなのか、その魔術師ってのには」


「……いいえ、才能がある人間にしかできない職種なんです。才能である自身の魔力から魔法の元を練って、それを放出する……つまり生まれ持った才能でなれるかどうかなんです」


「……シャデアから聞いた話だと、テラスとお前にはその才能があったんだってな」


その言葉に、階段を上る足を止めて俯いてしまうフィン。

どうやら、この話は地雷が多そうだ。

だがそれでも、ナナシは知りたかった話を聞くためだけに問う。


「つまり、お前を守るためだけに、二人は本来の道を外して騎士を目指すが、テラスは才能があるのに騎士を目指して、シャデアは才能が無いから女の身でも強くなろうとしていた。こんな感じか?」


「……そうですわ」


それを聞けてナナシは十分だ。

シャデアはただがむしゃらに強くなろうとしているように見えた。それがナナシには引っかかっていたからだ。

それだけわかれば、あとはどうでもいい。


あとは、この件をどうするかだ。

感情を浮かべるはずのない顔だが、今つけているスパイマスクに浮かぶ顔にはある決意を浮かばせていた。




階段を上りきり、一階同様にゴチャゴチャと物が置かれた廊下を進んでいくナナシとフィン。

するとフィンが「ここだよ」と言って一つの部屋の前に止まった。

どうやらドアに名前が掛けられていたようだ。


「まずは私が先に話しかけてみますわ」


フィンはそう言って1回深呼吸をし、ドアをノックした。

ドアの向こうからは応答はない。


「テラス? 私です、フィンです」


『……フィンお嬢様? 一体どうしてこのような場所に来られたのですか……』


「……シャデアの葬儀を見送るためですの」


シャデアの葬儀。

その言葉を聞いた途端、テラスは苦悩に満ちたうめき声をあげる。


『あぁ……あいつを守れなかった……。俺は、おれはあいつと一緒にフィンお嬢様を守るって……、おれはそれで魔法の道を止めて騎士になったというのに……あぁ、あぁ……』


カリカリと、何かをひっかく音がする。

ナナシはその音に少しばかり聞き覚えがあった。

これは自分の皮膚を引っ掻く音だ。

人間はパニックや強いストレスを受けると自らの力で自分の体を傷つけ、それを見てもらい他人に守ってもらおうとする行動を取ったりする。

今まさに、テラスは自分の腕をひっかいて自傷行為にでている。


『俺があいつを守るって……でも私には何もできなくて…目の前であいつが死んでて……急いでいたのに……死んで、て………あぁぁぁあああああああーーーー!!』


ドアの向こうからテラスの叫び声とその苦悩に満ちた声が漏れだした。

おそらく外にまで聞こえているだろう。

それほどまでに大きな声だった。


フィンはその様子に怯え、ドアの前から離れてしまう。

だがナナシはそんなフィンと変わるようにドアの前に立つ。


「一昨日ぶりだなテラス」


『………お前は…ナナシか? どうして貴様がフィンお嬢様とここに来たのだ? いや、それよりもなぜここに来た?』


「俺はお前に用事があったから来ただけだ。そこのフィンは俺とたまたま会ったから一緒に会いにきたんだよ」


『………用事って…私はいま誰とも会いたくもないんだ』


「そのままで良いんだ。話だけ聞けば」


ドアの向こう側から「何を。」と言っているがナナシはその先を言わせないためにあえて先に言った。


「俺にその魔獣の殺しを依頼しろ。そうすればシャデアの仇は討ってやる」


『……はぁ!?』


その発言にドアの向こう側から驚きの声が漏れる。

チラリ後ろを見ると同じようにフィンも驚いて目を見開いている。


『おい貴様ふざけているのか!! 私があいつの仇をとると決めているのだ! どうして貴様のようなやつなんかにシャデアの敵討ちを任せなければならないのだ!!』


怒りに怒りまくるテラスの声に、ナナシは予想通りと言った不敵な笑みを浮かべる。


「やっぱりシャデアの敵討ちしようとしてたのか。でもやめておけ、どうせ死んじまうぞ」


『貴様に何が分かる!! あいつは私の…友だった。一緒にフィンお嬢様を守ると誓い合った騎士だった! なのに、なぜ、貴様が止めるのだ!! 騎士は自らの思い立った行動を誉れとするのだ! だったら私は』


そこまで言わせておいて、ナナシは頃合と思い話を中断させる。


「だったら、今この瞬間に部屋から出ないで閉じこもってんじゃねぇよ。心境の整理とかそんなもん問題じゃない、お前は怖いんだろ」


『な、何を言ってるんだ貴様は』


「俺はお前に殺しの依頼をしろと言ったが自分がやると言ったよな? だったらなぜ剣を振らない。なぜ自分よりも強い相手と戦うのに何もしないんだ。ようは自分を守って欲しいんだろ、我が身可愛さにお前は自衛のために閉じこもってる。違うのか?」


『ち、違うに決まって…』


「話はフィンから聞いてるぞ、お前がどうして騎士になったのかとか色々な」


ナナシがフィンから聞いたように言うと、フィンは「え、それ言っちゃうんですの!?」とアタフタしたが、ナナシはそれを少し面白く思って心に留めておく。


『フィンお嬢様、どうしてこのような者に私たちのことを言ったのですか! この者は部外者なんですから話さないでいただきたい!』


「だ、だって……」


「心配すんな、俺はそれについて何も言わないし、何も思わない。こいつは約束する。 話はこの聞いた話のお前自身のことだからな」


テラスに怒られてとばっちりを受けたフィンが涙目になる姿に少し面白いなと思いながら、ナナシは話を戻そうとする。


「お前はフィンをずっと守ろうと思って魔法ってやつの道から騎士になったんだろ?」


『その通りだ。だからなんだと……』


「シャデアも守れないくせに逃げて何が騎士だと思ってな」


その一言で十分だった。

直後ドアがガタンと開き、中から恐ろしい形相のテラスが飛び出てくる。

彼はそのままドアの前にいたナナシに掴みかかる。


「前言撤回しろ!! 私はあの状況下で仕方なく逃げたんだ!! あの場で守るべき少女を助けるために!!」


「現実じゃお前の幼馴染が死んでるのにか? 俺だったらどっちも助けられるだろうに」


「ふざけるな!」


テラスはそのまま勢いよく拳を振り上げ、ナナシの顔に拳を叩き込もうとした。

だが、その手前で……。


「実力差だ」


その拳をパシッと受け止められ、勢いを殺さずにナナシに投げられる。

ドガシャンと廊下の床にテラスは背中を打ち付けられ倒れこみ、痛みに悶え苦しむ。

フィンが解放しようと近寄ろうとするがそれを片手で制してナナシは言う。


「ほらな、お前は弱いんだよ。だから守れない、救えない」


「……っうるさい」


「そんな軟弱で、守れるわけがない」


「黙れ」


「これからも失う、そいつが常だな」


「黙れぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」


起き上がってすぐさまナナシに襲いかかる。

だがナナシはその顔をがっちりと片手で掴んで、止めた。

フガフガと暴れて両手でナナシの手をどけようとするが、それでも一向に動かない。


「敵討ちは俺に任せろ。弱いお前はそうしておけ」


「うるせぇ!離せよっクソ!」


「なら戦うか?」


「当たり前だ! 奴を倒すのは私だ! シャデアを殺したあの化け物を殺すのはこの私だ! たとえ軟弱だろうと私は息の根を止めてみせる!!」


掴んだ指の間からまだ見たこともないようなテラスの殺意の籠った瞳が覗かせる。

その瞳には、さっきまで閉じこもっていたような弱気なテラスの姿はない。

これで良い。うまく誘導できた。

内心ほくそ笑んで、まだ少年であるテラスの顔の前に近づく。

いきなり接近するナナシに驚くテラスだったがそんな拍子抜けの顔と面と向かって言った。


「だったら、一緒にやろうか」







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