9話 限られた武器
早朝、元いた世界では7時頃だろうか。
ゆっくり熟睡したナナシは大きく背伸びをし、眠気のまだ宿る目をこすりながら昨日被っていたマスクを今日もかぶる。
手早く身支度を終え、宿を出る。
昨日とは違い宿の前は人の往来に加え、馬車や荷車を押す人、子供達の笑い声、商売に火がついた様な活気のある声。高そうな服を着た貴族。
そして極め付けは様々な人種だ。
昨日の夜は見えなかったが、耳の尖ったエルフ。
小太りで緑色の小さなゴブリン。
人の倍もあるであろう体と鎧を着た岩石の肌のゴーレム。
そして彼らの真上、空中を飛び回る小さい体の妖精たち。
……後半は人種と言ってもいいか迷うが、とにかく違う種族でも互いに店先で笑ったり、またある所では店主であろうゴブリンとエルフが問答をして喧嘩している。
まるで国際的、初めて見る光景にナナシは今日も変わらずに驚く。
ナナシは知らなかったがこの世界では永らくの間、恒久的平和が築かれていた。
それもつい最近ではなく、数百年も昔に。
種族間、国と国同士の争いがなくなり、資源をお互い対等な立場から商売をして分けながらこの時代は出来ていた。
その事実を知らないナナシ。
いつになったら驚かなくなるのだろうかと不安になるも、この世界についての情報が不足している現状、こうしてはいられないと人の往来に混ざり込む。
まず向かった先は、現実世界ではまず無いところ。
すなわち、武器屋である。
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「いらっしゃい! なんかお探しですかい?」
最初に目がついた武器屋には気前の良さそうな強面の男が店主をしており、ぎこちない笑顔で応対してくる。
武器屋には見たことは無いほどの剣やその他武器が取り揃えてあった。
ふと壁を見ると見たこと無い文字で書かれた文と一緒に竜に立ち向かう人間の様な絵が書かれている。
「この店に置かれている武器は、魔獣専用なのか」
「あったりまえですよ、ここにあるものはぜんぶ私が製造したんです! この私お手製の剣や斧さえあれば、魔のつくもんなんざ片っ端から倒せますよ!」
そう言って「これなんてお客さんにぴったり!」と、握ったことも無い様な大斧を差し出す。
斧を持ってその重量感に手応えを感じ、刃の切れ味は良さそうだ。
確かに人間には向かなず魔獣に最適な武器であろう。
それを知って、さらに困るナナシ。
殺人に最適な武器を探していたのだが、それ以外の武器が目の前に広がる現状に落胆する。
大きな大剣。
鋭い刃の刀身の付いた薙刀。
でかい槍とそれよりももっとデカイ盾。
……絵に描いたような化け物退治の道具ばかりだ。
どうやら人と人……知性がある種族同士の争いはこの世界にはもう無く、本来なら廃業する武器屋は代わりにこの魔物や魔獣を狩る武器を売って生活をしているようだ。
ナナシはその斧を店主に返して店を出る。
「……これはいらないな」
「ッケ! 帰れバーカ!」
さっきまで笑顔だったはずの店主が嫌そうに手をシッシと振って追い払う。
そこからは繰り返しだった。
デザールハザール国を歩き回り、目につく武器屋に入って行ったが、どこも魔獣といったものを相手にする武器しか無く、嘆く。
5店目を回ってもう昼時になるときに、ナナシは朝から何も食べていない腹を空かして、マスクに絶望の表情を浮かべて佇む。
……自分に合った武器が無い。
まだ果物ナイフを買ってそれを暗器にしたマシに思えるほど、手頃な武器がなかった。
「……どうなってんだこの国は、まるで魔獣とやらと戦うのを想定した武器の販売しかしてない。まるで元いた世界の日本のような場所だ……」
そう言って立派な建物の壁……金貨の看板が立てかけられているのでおそらく銀行だろう。そこに体をかけて今後はどうするか悩む。
殺人も自分には必須だが、それ以上に暗器の調達が大切だ。
今持つ武器もいずれは尽きる。
しかし、それを取り扱う店など、今のナナシには皆目つかない。
さてどうするか、考えながら周りを見渡す。
すると、向かって右端にある掲示板のようなものに人々が群がっていた。
何事だろうか。そう思いナナシも近寄って掲示板を見てみる。
もちろん、文字が読めなかった。
なので近くにいたゴブリンに尋ねる。
「この街に来たの最近、文字ワカラナイ、アレなんて書いてある、スイマセン」
「あぁん?お前別の大陸から来たやつか、全くお前みたいなのがこんな目に会うんじゃないかと思うからしょうがねぇから教えてやるよ」
言葉足らずに喋れないフリをして聞いてみる。
もちろん能力を使って『友人』という認識に変えて簡単に聞くこともできるが、それだと文に書かれている単語とその意味が分からない。このゴブリンには訳して欲しいわけだ。
気前の良いゴブリンは、目を細めながら文を読んでいく。
「えーっと……『今日未明、南西の商店街【ユーヴァン街】にて、ルミエル騎士団の騎士が殺害される事件が起きた。容疑者は最近噂の人攫いの者だという。この容疑者について有力な情報を提供をした者には5000万ユルを渡す。 ジゴズ騎士団団長 ジゴズより』ってよ。どうだい兄ちゃん理解できたかい?」
「殺人事件……か」
ゴブリンから聞かされる同業者の所業に少し興味がわくが、自分には関係ないことだ。
ナナシはすぐにゴブリンに礼を言ってその場を立ち去る。
ゴブリンは去って行ったナナシを訝しげに見送りながら再度掲示板を眺める。
5000万ユル。
かなりの大金だが、有力な情報などどうやって手に入れるのだろうか。
そう思って顎を撫でていると、ふと背後の人物のコートが背中に当たって振り向く。
「ちょっとあんた、コートが背中に触れて痒いんだけど」
「こいつぁ失敬、いつも人に当たっちゃうんですよ」
「気を付けてくれよ全く」
ゴブリンが文句を言うと彼は違う場所に移動する。
ゴブリンは「ったく」と不満げに言うと、5000万ユルについて再び考える。
多種多様な種族が行き交うこの道の端っこ掲示板に群がる中、つばの長い帽子と黒いコート、黒いブーツを履いた奇妙な者は掲示板に張り出された文面を見て、ニタニタと笑う。
「……はたして、私を捕らえることができるのでしょうか……楽しみです♪」
そう呟くと奇妙な者は人混みに紛れ、流れに沿って消えていく。