第33話 行ったり来たり
新しいパンツに機嫌を良くし、可那は元来た道まで戻って来た。
「それにしてもこのパンツのフィット感。つばめさん、私より年上なのにお尻のサイズ同じ位なのか? 胸もあんまりなかったもんな。お子ちゃま体形か?」
ニヤニヤ笑いながら相変わらず読者に向けて独り言を言う可那。
笑いながら示された道を目的地に向かいながら歩き出す。
フッと思いついて、袋を肩に背負い、デロロを胸元で抱えたまま、グラビアモデルの様にちょこんとお尻を出してみる。
「小さいお尻は好きですか?」
甘えた声で言ってみる。
「アーッ、ハハハハハ」
つばめを想像して自分の言った台詞に可那は馬鹿笑いした。
「あ~可笑しい…」
一頻り笑った後に、一人ぼっちの虚無感が可那を襲った。
今度は下を向いて、自分の足元を見ながらトボトボと歩き出す。
微かな記憶を頼りに以前の世界を思い出す。
幾ら思い出そうとしても、父親と母親の顔が思い出せなかった。
それだけではない。学校の友達の顔も。
人の、顔という顔が思い出せなかった。
建物や景色、学校の授業で学んだ知識、テレビで見た事などは、幾つか思い出せるのに。
可那は好きだった本の幾つかを思い出した。
「『砂の惑星』…そうだ。私はその本の続きを買いに自転車で出掛けたんだ」
頭の片隅から可那は強引に記憶を引っ張り出そうとした。
「あの日誰かと自転車で走っていて。そしてカーブで曲がり切れず……落ちた」
立ち止まり顔を上げる。
瞳孔を広げ、重要な何かを思い出したように。
「そうだ! 自転車を忘れた!」
そう言うと可那は慌てて後ろを振り返り、走り出した。
「はあ、はあ、自転車ある方が楽だもんな。何処へ置いて来たんだろ? はあ」
袋とデロロを持ち、息を切らせながら走った。
(それにしても…確か川に落ちたんだ…ここは…死後の世界? 丹波哲郎?)
自称悪の大魔王・ぐりんぐりんは、可那が来るのを待っていた。
「ぐぬぬぬぬ~! 神の啓示は絶対な筈。何故来ないカナブン!」
一本道の坂になった所、高台に位置した場所で、ぐりんぐりんは背伸びをして、目の前の道の遥か先を眺める。ワンピースの裾がそよ風に軽くはためく。
しかし可那の姿は見えなかった。
「遠くに姿も見えない…私に待ちぼうけをくらわすとは。ぐぬぬぬぬ~! 絶対に許さんぞカナブン! ボロボロにやっつけてやる。待ってる間にな~、お腹が空くんだぞ! トイレにだって行きたくなるんだ! この恨み、晴らさずおくべきか~!」
可愛い顔を鬼の様な形相に変えて、ピンクのワンピースの悪の大魔王・ぐりんぐりんは、その場にしゃがみ込み、胡座をかいて、可那が現れるのを待つ事にした。
その頃可那は、先程のマンドラゴラの二人、キッキョーとフタバンに会った場所まで戻り、やっとスタンドを立てたまま放置していた自転車を見つけた。
「良かった。盗まれなくて♡」
つづく
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