プロローグ
彼らはわずか五歳で、人を殺した。
人を殺すことは許されない大罪だ。彼らも幼いながら理解していた。
それでも彼らは剣を持った。殺るか、殺られるか。その瀬戸際に立たされていることを分かっていたからだ。
色素の薄い茶髪に少しだけ垂れた目の少年、緋人 星那。真っ黒な刀を手に、ガタガタと震えて、歯を鳴らしている。しかしその瞳には、確かな殺気が宿っていた。
紫がかった黒髪につり上がった大きな瞳の少女、藍 綺羅麒。両腕が鋭利な刃物で斬られていた。だらだらと大量の血が流れる。くらくらと頭が揺れるが、気力だけで相手を睨みつける。
今彼らがいる場所は、最強の武器・魔器が置かれている迷宮だ。
「……大人しく引けば、腕を失わずにすんだものを」
「黙、れ!」
綺羅麒は相手の男に向かって走りだす。呆れたように息を吐き、剣を振るう。ギリギリで避けたため、頬からまた血が出る。腕も頬も構わず、少女は男に飛びついた。
男の首に足を回して固定し、首を絞めあげる。ミシミシ、と互いの骨が嫌な音を立てる。だが少女は力を弛める気もなかった。
「貴様……!」
「星那! やれ!!」
「ううっ……ああああああ!」
星那は綺羅麒に言われるまま、溢れる涙をそのままに、男に駆けた。あの真っ黒の剣を突き立て、男の背中から骨もろとも心臓を貫いた。
剣を抜いたとほぼ同時に、少女はどさりと地面に落ちた。捨てるように剣を投げ、彼女に寄っていく。
心配させないように涙を止めたいと思っているのに、彼女が傷ついたことが悲しくて、守れなかったことが悔しくて、涙が止まらなかった。
それに比例するように、綺羅麒も胸を痛めた。彼が泣いているのに、かけてやる言葉も、拭ってやれる手すらない。自嘲気味に笑うと、彼はもっと泣いてしまった。
「星那、泣くな……」
「だって、綺羅麒……! もう魔器なんていらないから、帰ろうよ……」
もともと、迷宮に来た理由は星那だ。彼が魔器をほしいと言い出したため、ここに来たのだ。
綺羅麒を守れるようになりたい。そう思って来た。
二人は幼馴染みで、たいへん仲が良かった。けれど、星那は泣き虫のいじめられっ子。綺羅麒は気の強い彼を守っている女の子だ。
小さくとも男だ。女の子に守られるなど、いい気はしなかった。強くなるために迷宮に来たのに、ここでもまた、守られてしまった。
早く帰るか、ここに来てもらわないと、綺羅麒が危なかった。出血多量で、どんどん体が冷たくなる。血を止めなければ。けれど、たかが五歳の二人には、止血の仕方など分からなかった。
どうしていいか分からず、彼女の冷たい体を少しでも暖めようと、後ろから抱きしめた。腕を腹に回し、綺羅麒の背中にぴったり密着した。
星那も、傷こそないものの、人を殺し、彼女の腕を奪った責任が彼を押し潰しかけていた。
「……星那」
「なあに、綺羅麒」
「さむい、な」
「うん」
死にかけているとは思えない会話だが、星那には綺羅麒と話すことがとても楽しかった。
しゃん、りん。
そんな場違いな、高く美しい鈴の音が響いた。音がしたほうをゆっくりと見る。手のひらサイズの小さな少女……妖精がいた。
赤毛の妖精が綺羅麒の頬に、その小さな手で触れる。ぶわりと風が吹き、二人はすっかり回復していた。
なくなった実感がわかず、星那の頬に手を伸ばした。頬に触れた時に気づいた、腕がある。びっくりして手を引っ込め、生えてきた手を見る。
機械的な鈍色と多くの部品。自分の思い通りに動くそれを、彼女に渡した。ぎし、ぎし。動かすたびにそんな音がした。
『ごめんね』
「! お前が……魔器を見ている妖精か」
『……うん。貴女たちはまだ幼い……生きてほしい』
そっと綺羅麒の腕に触れると、触ったところから肌が生成されていく。触り心地、色、弾力など、すべて彼女の他の肌と同じだった。
機械的だったそれが、今度は本当の肌や腕さながらに変わってみせた。そんな異質なことができるのは、一つしかなかった。
「いいのか、私に渡してしまって」
『ええ、もちろん。ここにある魔器は、勇気の欠片。魔器が貴女を選び、貴女も魔器を拒否しなかった。だから接続げた』
「綺羅麒、いいの……?」
「……ああ」
『貴男も、そこの剣を持っていって? 彼女を、守りたいのでしょう?』
妖精は、いじわるに笑ってみせた。二人もまた、くすりと笑った。
「ありがとう」。そう残して、軽くなった体で迷宮から出ていった。
男の死体も、綺羅麒の腕だったものも、二人にはもはやいらないものだった。妖精は、置いていって構わないと言った。
迷宮は、そういういらないものを置いていける場所でもあると。置いていって、新しく歩み始めるための場所だからと。
一応は、五体満足でここから出た二人。二つ置いてあった魔器は、両方なくなった。この妖精は二人が魔器を使わなくなるまで共にいなければならない。
二人に言わなかった理由は、魔器持ちになったことを周りに分かってもらうまでは、ただ見ておこうと考えたのだ。
五歳のこどもが負うには、ここで起きた一連の出来事はあまりにも大きすぎた。
彼女はすうっと指で線を描くように動かした。次からこの迷宮に入ってくる人々に、腕と死体を分からなくする魔法だ。
姿も見えない、臭いもしない。そこには何もなかったかのようになる。確かに存在するものを、なかったようにする強い魔力を持つ妖精。
彼女たちは迷宮に秘められた魔器の行方を見届ける役目がある。じっと魔器が動くその日まで、身を潜め、魔器の調子を整えてやる。
誰にでもただ使われる殺戮武器でなく、自分の信念や正義に生ける人と共に成長する、心を持った武器になれるように。
小さな体に願いを乗せて、二人のあとを追うように迷宮から出る。ばれないように、魔法をかけて。
『ご武運を。小さな戦士たち……』
ずっと書きたかった魔法系です……!
まだまだ序盤で、何にも出てきていませんが、これからは魔法やら魔物やらバンバン出す予定です!
どうぞ、よろしくお願いします!